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Tadaatsu IWASE
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2016 Volume 59 Issue 6 Pages 425

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  • 『科学の経済学:科学者の「生産性」を決めるものは何か』
  • ポーラ・ステファン著,後藤康雄訳・解説
  • 日本評論社,2016年,四六判,194p.,2,700円(税別)
  • ISBN 978-4-535-55792-5

本書は冒頭で,「科学に対して経済学者が関心を寄せる理由が少なくとも三つある」と述べている。

第1に,科学は経済成長の源になるということである。科学が経済に影響を及ぼすということを疑う余地はない。第2に,科学研究は公共財の性質をもつということである。経済学者からみると,経済は公共財を効率的に生み出せない,という視点での関心がある。第3に,科学研究の公共的性格,およびそうしたシステム特有のスピルオーバー(波及効果)が,「内生的成長理論」の基礎的な概念となっており,現代経済学における成長理論の礎をなしているためである。こうした3つの理由が,「科学の経済学」を研究する眼目となっている。

原著者のポーラ・ステファン教授(ジョージア州立大学アンドリュー・ヤング公共政策大学院)は,「科学の経済学」の分野の第一人者であり,経済学者としての業績に加え,経済学の立場から科学の世界を客観的に分析した研究が科学界からも高い評価を得ている。本書は,こうした著者が,ベースはあくまでも経済学に立脚し,豊富な事例やデータを交えつつも主眼を「考え方」の説明に置きながら,「科学の経済学」全体の議論をバランスよくサーベイしたものとなっている。なお,2000年代末の経済危機の影響が完全に表れる前に執筆されているため,少々「明るい」ものとなっていること,欧米(特に米国)の状況を念頭に置いた記述となっていること,には留意が必要である。

以下,興味深いいくつかの論点についてご紹介する。まず,知識の公共的性格と報酬の構造についてその特徴を論じている。そこで特に関心を払うのは,発見に対する「先取権」である。これにより,時に科学は「勝者独り占め競争」と評されること,ただし,現実的な比喩は,科学は「トーナメント制」に従っているとの見方も紹介している。

次に,研究成果については,「初期の研究は,社会学者によるものがほとんどであったが,最近は経済学者や公共政策の研究者も加わり,生産性に関わる諸要因を特に個人のレベルで理解しようとする取り組みがなされている」と指摘した後,年齢や性別と生産性との関係,コホート効果(生まれた年代や世代による影響)がどの程度存在するのか,といった研究について紹介している。

本書の後半は,効率性に関する考察と資金調達体制に関する議論から始まる。そこでの論点の一つは,一部の科学的競争への参加者が多すぎる可能性について指摘している。また,一般的な科学者や技術者の労働市場について概説している。ここでは,「科学者の労働市場のモデルは,需給を左右する要因の理解にある程度成功しているものの,信頼できる市場予測は存在しない。その理由の一つは,信頼し得る外生変数の予測値が得られないことである」と述べている。このため,科学者の労働市場を扱う分析では,フォーキャスト・エラー(予測の誤り)がよく発生するとも指摘している。

結びではさまざまな今後の課題を述べており,これまでの科学者個人に着目する研究に加え,「研究室」に関する研究の重要性についても指摘している。

なお,本書には独立行政法人 経済産業研究所上席研究員である,訳者の後藤康雄氏の解説も付されている。最新のデータも含め大変有益である。

(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 岩瀬忠篤)

 
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