情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
記事
国立公文書館アジア歴史資料センター15年の取り組み:歴史資料データベースの構築とサービス
波多野 澄雄大野 太幹
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 59 巻 7 号 p. 465-471

詳細
著者抄録

国立公文書館アジア歴史資料センター(アジ歴)は2001年11月に設立され,2016年で16年目を迎える。その間,日本とアジアにかかわる近現代の歴史資料(デジタル化資料)約200万件・約3,000万画像をデータベース化して,広く利用者に提供している。本稿では,アジ歴の現状および最近の取り組みを紹介するとともに,大規模な歴史資料のデータベースを,専門家以外の利用者に対しても,いかに利用しやすく提供するかについて,特に,センター独自の目録データ(メタデータ)項目,およびそれら目録データから抽出した検索用のキーワードをより理解しやすくするための新規作成コンテンツ「アジ歴グロッサリー」について,詳しく紹介する。また,他機関との連携など,アジア歴史資料のハブとしての機能を充実させるための取り組みについても,いくつかの事例を挙げて紹介する。

1. はじめに

2001年11月30日に設立された国立公文書館アジア歴史資料センター(以下,アジ歴)注1)1)は,2016年11月で16年目を迎える。この15年にわたるデータベース構築の努力,および各種の広報活動により,アジ歴は,日本では最大規模で,世界にも誇りうる先導的な歴史資料のデジタルアーカイブとして,広く利用されるようになったと自負している。

アジ歴は国立公文書館・外務省外交史料館・防衛省防衛研究所戦史研究センターの3機関からデジタル化された資料の提供を受け,インターネット上でこれらの歴史資料を公開している機関である。上記の3機関から提供される資料は,近現代の日本とアジアとの関係を中心とするものであり,2016年3月末現在,累計で206万件・2,985万画像を公開している。アジ歴の発足当時,3機関が所蔵する明治期から第二次大戦終結までのアジア関係の全資料は3,000万画像と推定されていたので,その目標をほぼ達成したことになる。

本稿では,アジ歴の設立から現在までの15年間におけるアジ歴データベースの構築とその公開のための業務,およびより広範な利用者獲得に向けた各種の取り組みについて紹介する。この間,アジ歴の上部機関である国立公文書館においても2005年にデジタルアーカイブを開設している。国立公文書館はアジ歴への資料提供機関の一つであるが,日本のナショナルアーカイブとして,アジ歴提供資料以外にも多くの資料を所蔵しており,順次デジタル公開を進めている。この国立公文書館デジタルアーカイブ(以下,公文書館DA)とアジ歴との関係性についても適宜,触れることにする。

図1 アジ歴Webサイト

2. 2つのデジタルアーカイブの特徴

2.1 アジ歴データベース

アジ歴は1994年に村山内閣が発表した「平和友好交流計画」の主要な事業の一つとして具体化が進められた。1999年11月30日の閣議決定「アジア歴史資料整備事業の推進について」(以下,「閣議決定」)をよりどころに,日本の政府機関が所蔵するアジア諸国との歴史的関係にかかわる資料を広く公開することによって,アジア諸国との「相互理解と相互信頼」の構築に資する目的で設立された。その背景には,1990年代に入って,近代日本の戦争や植民地統治に起因する,いわゆる「歴史認識問題」が顕在化していたことがある。

アジ歴設置を促したもう一つの事情には,歴史記録の保存と公開のための取り組みが,他の先進諸国に比べて日本では相当に遅れており,アーキビストの育成も進んでいなかったということがある。これらの事情は,日本の近現代史に関する研究と教育の遅れをもたらし,歴史問題に関する近隣諸国との対話を妨げていたのである。

アジ歴の構想から開設までは紆余(うよ)曲折があり,7年間を要したが,この期間は無駄ではなかった。なぜなら,当初計画で前提とされていた旧来型の史料館建設構想を,IT技術の急進展を見越し,巨大な建物を要しないデジタルアーカイブの構想へとかじを切ることができたからである。アジ歴の設置が閣議決定された1999年の時点では,インターネットの普及率も限定的で,ブロードバンド回線も一般に普及していなかったことに鑑みれば,アジ歴は,デジタル時代の本格化に先駆けた,先見性ある取り組みであった。

以上のように,アジ歴は資料の原本を所蔵しない,「デジタルアーカイブの運営」に特化した機関として設立された。そのため,アジ歴はデータベースの構築に当たって,データの信頼性の確保について,最も注意を払っている。

具体的には

1)資料の分類や簿冊(ぼさつ)名(数件の資料を1冊にまとめたファイル)を,各資料提供機関における原本資料と同一にすることで,資料の歴史的背景(historical context)の理解を阻害しないこと

2)利用者が原本を容易に確認できること

3)提供されたデジタルデータを選別せず,すべて公開対象とすること

  • を原則としている。

アジ歴データベースの最大の特徴は,複数の機関(前述の3機関)から提供された厖大(ぼうだい)な資料群をデジタルデータとして統合したことである。すなわち,3機関の資料を横断的に一括でキーワード検索することが可能なのである。3機関資料の横断的な検索によって,防衛省では失われていた海軍関係の文書が,公文書館の所蔵資料から見つかったこともある。

アジ歴データベースは約200万件,3,000万画像にも及ぶため,検索機能を充実させることが重要である。後述するが,アジ歴では独自の目録データを整備して,より広範なユーザーの利用に供している。また,国内外のユーザーに広く歴史資料を公開するという趣旨から,英語による資料検索も可能としている。

2.2 公文書館DA

公文書館DA注2)2)は,21世紀に本格的な取り組みが始まった日本政府によるIT戦略の一環として構築されたものであり,それは「デジタル時代」への必然的な対応であったといえる。また,2011年4月に施行された「公文書等の管理に関する法律」(以下,「管理法」)第23条1)に明記されている特定歴史公文書の利用の促進という理念にも合致するものである。その意味では,公文書館DAは原本資料を公開する国立公文書館としての機能を補完するものともいえるだろう。

公文書館DAでは,2016年現在,所蔵資料139万冊のすべての目録についてインターネット上で検索可能であるが,デジタル画像で利用可能となっている資料は,全体の13%,約18万冊分(2,023万画像)である。デジタル画像の中には,日本国憲法などの国の基本文書や法令等の制定に係る公文書,貴重地図などの重要文化財の他,江戸幕府が収集した文書を含む「内閣文庫」があり,専門家以外には利用が困難であった貴重な資料が,インターネット上において自由に閲覧可能となっている。

図2 公文書館DA Webサイト

2.3 システム統合と新サービスの提供開始

2つのデジタルアーカイブ(アジ歴データベースと公文書館DA)の技術的課題は,最新のIT技術およびサービスの進展を踏まえた,両システムの運用コスト全体の効率化である。このため,国立公文書館は,2つのシステムの統合により,経費の削減ならびに運用と保守の効率化を図る「国立公文書館デジタルアーカイブ等システムに関する業務・システム最適化計画」を推進した。具体的には,2つのデジタルアーカイブのインフラ基盤を統合して運用コストを削減するとともに,新たなメタデータ技術やWeb技術を付加,コンテンツのダウンロードも可能とするなど利便性の向上を実現した。アジ歴に先立ち,公文書館DAサービス部分は2016年4月に運用を開始した。

現在,上記統合システムのアジ歴サービス部分に関するデータ移行作業やWebサイトの改善作業の最終段階であり,2016年10月から統合運用を開始する。なお,それに合わせて,アジ歴で公開している画像データの形式もDjVu形式からPDF形式に切り替わる。DjVu形式は圧縮率が高く,操作性にも優れているため,アジ歴発足時に採用を決定したが2),その後の高速インターネット通信の発展もあり,またDjVu形式の画像データを閲覧するためのプラグインがブラウザのバージョンアップに対応できなくなってきていることもあるため,今回のシステム更新に合わせてすべての画像データをPDF形式に変換することとなった。なお,PDF形式に加え,二次利用に適したJPEG形式での画像データ配信も引き続き行う。

なお,この統合はインフラ部分のみであり,2つのデジタルアーカイブのサービスは,これまでどおり,別個に行うこととなっている。

2.4 アジ歴データベースと公文書館DAの相違点

公文書館からアジ歴に提供された資料については,アジ歴・公文書館DAのいずれでも資料画像が閲覧できるなど,この2つのデジタルアーカイブは相互に連携,協力しながら運用されている。また,2つのデジタルアーカイブは,どのような検索機能がユーザーにとって利便性に優れているか,という観点から,絶えずその充実に努力している。

2つのデジタルアーカイブは,より利用しやすいデータベースを追求するという点では共通の問題意識を持っているが,その一方でデジタル化資料の公開目的について,相違点もある。それは,両データベース開設の目的にかかわるものであり,公文書館DAは「管理法」に基づき,歴史公文書の利用促進を「補完する」ものとしてデジタル化資料を公開しているのに対し,アジ歴は「閣議決定」に基づいて国内外のユーザーに対し,デジタル化資料を「広く閲覧に供する」ことである。そうした違いは,アジ歴データベースと公文書館DAの目録データの違いに端的に表れている。

公文書館DAの目録データ(3)には,「件名」や「階層」情報に加え,原本資料の「保存場所」・原本資料の「受入方法」・「媒体の種別」・「利用制限区分」・複製物としての「マイクロフィルム」に関する情報などが含まれている。

他方,アジ歴の目録データ(4)は,「件名」や「階層」情報,および原本資料にひもづいている「所蔵館における請求記号」などに加え,アジ歴独自の項目「作成者名称」・「組織歴/履歴」・「内容」を持っている。

次章では,アジ歴が独自に整備している目録データ,およびそれを基にしたアジ歴独自の検索機能について紹介する。

図3 公文書館DA目録データ詳細画面
図4 アジ歴目録データ詳細画面

3. 利用しやすいデータベースを目指して

3.1 アジ歴独自の目録データ整備

アジ歴の目録データを整備するに当たり,最も重視すべき点は,より広範な利用に供することが可能な内容とすることである。それは,上述のアジ歴設立の目的にかかわる部分であり,アジ歴データベースで公開している資料はより多くの人々が利用できるものでなければならない。そのためには,資料をより利用しやすく,より理解しやすくする目録データ,およびそれを補助する機能を備える必要がある。

こうした観点からして,まずアジ歴データベースで公開している資料の特徴を押さえることが肝要である。アジ歴で公開している資料は,その多くが近現代に日本の各政府機関において作成された行政文書である。行政文書であるということは,すなわち,必ず一定の事務的,行政的な目的を持って作成されるか,取得されることを意味する。ある文書を作成・取得する主体は何らかの機関に属し,何らかの役職をもつ者である。つまり,アジ歴で公開している資料を効率的に探すためには,どのような主体が作成(取得)したのか,その主体はいかなるものだったのかを理解することが重要である。

そのため,4に示したように,アジ歴ではメタデータ中の「作成者名称」項目および「組織歴/履歴」を重視している。アジ歴で公開している資料には,一件の資料中にその案件にかかわる複数の機関や人物が作成した文書が含まれているケースが多々ある。そうしたケースについて,アジ歴ではそのうち最大3名までを「作成者名称」として採取することとなっている。

また,「組織歴/履歴」については,一件の資料中に含まれる文書が記載されている用箋(ようせん)(各機関・組織が使用している専用の用紙)から,その一件に含まれるすべてを採取する仕様となっている。これによって,上記の「作成者名称」項目としてすべて採取できなかったものを補完することができ,またある件名の目録データを見れば,その資料が扱っている案件にどの機関・組織がかかわったかがわかるようになっている。

また,検索機能の充実のため,1件の資料の冒頭300字をテキスト化している。アジ歴が独自に開発したこの方法は,「件名」だけではカバーできない部分を検索の対象とすることができ,上述の3機関資料の横断的な検索機能と合わせ,検索の範囲と精度を格段に充実させている。

3.2 アジ歴グロッサリー

上記3.1で述べたように,より詳細な検索を実施し,ユーザーが探す資料にピンポイントで行きつくためには,「作成者名称」と「組織歴/履歴」の項目が重要となる。言い換えれば,ユーザーが調べたいと思う案件に,いかなる機関・組織,および関連する肩書を持つ人物がかかわっていたのかを理解することが重要なのである。しかし,当該時期の歴史を研究している専門家でもなければ,そうした知識をもつことは容易ではない。そこでアジ歴では,2015年からアジ歴グロッサリーという新たな試みを開始した。

アジ歴グロッサリーとは,一つのテーマに関する資料検索のナビゲーション機能で,検索するためのキーワード一覧,および地図や組織変遷表・年表などから,探したいと思う資料を効率的に検索するための仕組みである。テーマは順次増えていく予定だが,現在,2015年は終戦70周年だったこともあり,「公文書に見る終戦―復員・引揚の記録―」というタイトルで,第1回のアジ歴グロッサリー(5)を公開した。

アジ歴グロッサリー「公文書に見る終戦―復員・引揚の記録―」では,終戦前後に各地に展開していた日本の陸海軍部隊の動向や,復員・引き揚げを含む終戦処理にかかわった第一復員省・第二復員省・内閣・外務省・厚生省などの省庁や各部局の解説を詳述しており,またそれらの部隊名・機関名・組織名によってアジ歴データベースを検索し,関連資料を閲覧することにより,いかにして戦争に幕が引かれたのかを知ることができる内容となっている(6)。

なお,アジ歴グロッサリーについては,今後も拡充していく方針であり,2016年度は戦前・戦中と戦後の行政機関の変遷をテーマとして,第2回のアジ歴グロッサリーを公開する予定である。

図5 アジ歴グロッサリートップページ
図6 アジ歴グロッサリーキーワード一覧

4. 最近の取り組み:アジア歴史資料のハブを目指して

4.1 リンク方式による情報提供の拡大

アジ歴が提供する資料は,上述のように,3機関からデジタルデータとして提供を受けた資料に限られている。他方で,利用者からは提供する資料の範囲の拡大を求める要望が高まっている。こうした要望に応えるため,2013年から,沖縄県の琉球大学附属図書館が所蔵するデジタルデータによる資料コレクションについて情報提供を開始した。これは,従来の方式とは異なり,システム内には資料の目録情報のみを登録し,画像情報の閲覧は,琉球大学附属図書館データベースへのリンクをたどるという方法である。

今後は,このリンク方式を,重要資料をデジタルデータの形で保存する他の文書保存施設にも逐次,広げていく方針である。2016年度中には,北海道立図書館がデジタル公開している「北越殖民社関係資料」,および滋賀大学経済経営研究所がデジタル公開している「旧植民地関係資料」とのリンクを実装する予定である。

4.2 「デジタルアーカイブ・ネットワーク」の構築に向けて

アジ歴は資料範囲の拡大を求める内外の強い声に応えるため,3機関以外が運用する国内各地のデータベースとのリンク方式(上述),対象資料の第二次大戦後までの延伸といった取り組みを関係機関の協力を得ながら推進している。これらは近現代日本の対アジア関与を記録した資料を幅広く収集して公開するという任務の一環である。将来的には,東アジア地域に構築されつつある,歴史資料に関する有力なデジタルアーカイブを相互につなぐ「デジタルアーカイブ・ネットワーク」の整備を目指したい。言語体系が異なるアジア地域のデジタルアーカイブを相互につなぐことは容易ではないが,IT技術の進歩はそれを可能にするであろう。

「デジタルアーカイブ・ネットワーク」構想と関連し,アジ歴では広報活動で各地を訪れた際,そこに所在する関連機関を訪問し,日本およびアジアに関する資料の所在調査を行っている。資料所在調査の結果については,年3回程度発行しているアジ歴ニューズレターに掲載している。これまでに,台湾・米国・シンガポール・英国における資料所在調査の記録をニューズレター上で公開しており,今後も随時情報を追加していく予定である。

5. おわりに

デジタルアーカイブの普及は,原資料(第一次資料)へのアクセスと解釈を一部の専門家が独占していた時代を終わらせ,原資料を一般市民にとって身近なものとし,歴史の解釈や評価を多様なものとする。その結果として,人々の歴史への理解が深まり,歴史解釈にまつわる誤解や偏見を取り除くことや,多様な歴史像の形成にも寄与することができる。アジ歴を通じて提供される資料が,専門家だけではなく,中学や高校,社会教育の教材としても広く活用されるよう,利用者の協力を得ながら努力を積み重ねていきたい。

執筆者略歴

  • 波多野 澄雄(はたの すみお) sumio.hatano@archives.go.jp

筑波大学教授,同副学長,附属図書館長,ハーバード大学ライシャワー日本研究所客員研究員等を経て,2014年4月よりアジア歴史資料センターセンター長。外務省外交史料館にて『日本外交文書』編纂委員会委員長を兼務。主な著書に『太平洋戦争とアジア外交』(東京大学出版会,1996年),『国家と歴史:戦後日本の歴史問題』(中央公論新社,2011年)など。

  • 大野 太幹(おおの たいかん) taikan.oono@archives.go.jp

2011年4月よりアジア歴史資料センター勤務。主要な論文として「支配の連続性と断絶性:満州国期における満鉄附属地の視点から」(『中国21』No.31,2009年),「アジア歴史資料センターの事業と公開資料の内容」(『アルケイア』8号,2014年),「The Present Situation in Field of South Manchurian Railway Company Studies」(『Asian Research Trend New Series』No.9, 2014年)など。

本文の注
注1)  国立公文書館アジア歴史資料センター:Japan Center for Asian Historical Records (JACAR). https://www.jacar.go.jp/index.html

注2)  国立公文書館デジタルアーカイブ:National Archive of Japan Digital Archive. https://www.digital.archives.go.jp/

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
feedback
Top