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博物館におけるコレクション情報の組織化:情報標準と東京国立博物館の事例
村田 良二
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2016 年 59 巻 9 号 p. 577-586

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著者抄録

多様な資料をコレクションとして扱う博物館では,資料の情報を適切に組織化して管理することが必要である。博物館資料の情報は,対象となる分野が多岐にわたるためさまざまな資料を扱うこと,資料自体から得られる情報が少ないこと,またすべての資料がユニークであるといった特徴がある。多様な要求を満たすために,コレクション情報の整備のための標準が国際的なレベルでいくつか提案されている。実際の情報の整備には調査研究が欠かせないが,学芸員が日々の業務を遂行する中で自然に情報を蓄積していけるような環境を整えるのが効果的である。整備された情報は,博物館業務だけでなく一般の観覧者向けの情報提供にも用いられる。

1. はじめに

博物館は一般に,歴史や美術,自然科学などの多様な分野の資料を対象として,それらを収集・保存し,主に展示によって公開し,その分野について教育・普及するとともに調査研究を行う機関であるとされている。そして例外はあるものの,基本的には実物資料のコレクションが中核となっている。

博物館における資料は,単にモノだけが存在していても十分な活用はできず,それらがどのようなモノであるのか,という情報とセットになって初めて博物館の資料として生きてくる。美術館や博物館の展示には原則としてキャプションが付けられるが,こうした情報を抜きにしては,資料の意義や価値,それらを取り巻く背景を観覧者に伝えることはおぼつかない。

コレクションを管理する組織としても,また資料を学術的に調査研究するうえでも,それぞれのモノについての情報を整備し,組織化していくことは博物館の基本的な活動の一つである。しかし博物館におけるコレクション情報の組織化は,まだまだ成熟した段階とは言い難く,さまざまな課題を抱えている。

なお筆者の所属する東京国立博物館は注1)美術工芸,歴史,考古,民俗を主な対象とする人文系の博物館であり,資料情報のとらえ方は自然科学系の博物館とは異なるところがある。本稿は人文系の博物館を対象としたものであることに留意いただきたい。

2. 博物館ドキュメンテーション

2.1 目的

国際博物館会議(International Council of Museums: ICOM)に設置された国際ドキュメンテーション委員会(International Committee for Documentation: CIDOC)が1995年に公開した「博物館資料情報のための国際ガイドライン:CIDOC 情報カテゴリー」(以下,CIDOC 情報カテゴリー)1)では,博物館ドキュメンテーションの主要な目的として以下の4項目を挙げている。

  • •   資料についてのアカウンタビリティーを保証する
  • •   資料のセキュリティーを補助する
  • •   資料に関する履歴文書を提供する
  • •   資料への物理的,知的アクセスを支援する

これらはいずれも資料を安全に保管するとともに,資料についての知識を拡張することにつながるもので,まさにドキュメンテーションがあってこそ博物館のさまざまな活動が可能になるといってもよい。

2.2 現状

実際に博物館で作成される資料に関する文書には,大きく分けて公開のものと非公開のものがある。公開されるものとしては所蔵する資料を収録した所蔵品目録や,展示された資料を収録した展覧会カタログなどがある。図版のあるものも多く,図録などとも呼ばれる。資料の名称や年代,作者や出土地といった基本的な情報の他に,一般向けの解説が加えられることもある。

非公開の文書は組織によって異なるが,一般的には資産管理を主な目的とする台帳の他,資料について詳しく記述する調書を作成することが多いだろう。台帳には受け入れ年月日や購入元,金額の他,資料自体については名称と簡単な記述のみであるのが普通である。一方調書は,調査研究の結果や保存状態等について詳細な記述がなされることが多い。2013年の調査2)によると,資料台帳の整備状況は2,258館のうち,「ほとんどすべて」が47.1%(1,064),「4分の3程度」17.1%(385),「半分程度」9.1%(205)で,内訳をみると人文系は比較的整備が進んでいるものの,不完全な館も少なくない。また目録については57.0%(1,287)の館が作成しているが,コレクション全体に対するカバー率はこの調査では不明である。

台帳や目録の整備は近年進みつつあるが,人員や時間が必ずしも十分に確保できないのが現状である。そこには,博物館における資料情報の特質も関係している。

3. 博物館の資料情報の特質

博物館の資料は極めて多様である。さまざまな種類の専門博物館や,多領域にわたる総合博物館があり,分野に限定はない。資料を収蔵庫や展示室に長期間保管することができさえすれば,その博物館のコレクションの対象となるのである。自然史系であればあらゆる自然物が対象になりうるし,人文系では人工物でありさえすれば対象になりうる。美術工芸や歴史,考古などと便宜的に分野を分けてはいるものの,実際に存在する資料は実にさまざまで,人間の創造力の多様性に驚かされる。

しかしコレクションとして博物館が受け入れる以上,それは一定の価値が認められるということであり,博物館的なものの見方によって評価されたということである。保管され,調査研究され,展示されるものとして扱われるという点では,どれほど多様であっても同じように博物館的な観点でみられるのである。その内容としては,資料1点ごとに名称や作者,出土地,あるいは材料や技法,寸法といった項目になる(1)。しかし個々の項目についてみる前に,博物館資料の情報がもつ基本的な特性を押さえておきたい。

図1 東京国立博物館Webサイトの風神雷神図屏風

3.1 ユニークであること

博物館では原則としてすべての資料はユニークなものとして扱う。たとえ複製であっても,一つひとつの資料は異なるものとして考える。版画のように複製されるものであっても,刷りの状態や保存状態には違いがあり,かつての所蔵者などの来歴も異なるため,それぞれ異なる価値を有していることになる。写真なども同様で,原板が同じであっても作者によって1枚ごとにエディション・ナンバーが付けられていることもある。同じ原型から鋳造されたブロンズ像でも,やはり変形があったり刻印が異なったりと,さまざまな点で違いがある。こうしたことから,ある館で作成された目録情報を他館のコレクションで流用するという考え方はあまり実際的ではない。

3.2 情報が限定されていること

図書資料では,タイトルや著者名をはじめとするさまざまな情報を原則として資料自体から得ることができるが,博物館資料ではそうしたことは期待できない。出土した土器や石器はもちろん,多くの民俗資料や工芸品などでは,名称やタイトルが資料自体に書かれているわけではない。博物館が受け入れる際に,その分野の慣例を尊重しながら名称を付与しているのである。あるいは絵画などの美術作品で署名や年記が画面中や裏面などに記されている場合,それらは重要な情報ではあるものの,そのまま転記するのが適切とは限らない。資料本体に記載されている文字としては記録するが,本当にそれを作者として同定できるかどうかは,付属する箱の箱書きや由来を伝える書状などの文書資料など他のさまざまな情報源や,詳しい調査研究の結果との関係で決まってくることである。

調査研究によって情報を作っていくということは,研究の進展や新たな発見によって変化する可能性があるということでもある。新資料の発見によって作者や制作年代が確定することもある。あるいは,かつて肉眼では読めなかった墨書が,赤外線撮影によって読めるようになるといったこともある。また研究でなくとも,修復によって情報が変化することもある。多数の土器片を復元して1個の壺になるようなケースや,逆に襖(ふすま)の表裏それぞれに描かれていた絵画を2面のパネル装としたケースなど,員数や物理的な状態が変化することも少なくない。

3.3 情報の項目

資料について記録すべき情報にはさまざまな項目があるが,それらは大きく4つのカテゴリーに分けられると筆者は考えている。

(1) 識別・同定

資料に付けられた番号や名称,分類といった情報は,識別・同定に役立つ。日常的なレベルで識別・同定するために便利なのは名称である。すでに述べたように,博物館資料には「正しい名称」といったものはない。近代以降の美術作品では作家本人がタイトルを付けることが多いが,他は慣例に基づいて付与されるものである。また展示室でキャプションに表示される名称は,展示の趣旨や同時に展示される他の資料との関係によって,通常とは異なる名称が使われることがある。また時代によって名称が変化する場合もあり,一つの資料にはさまざまな名称が使われると考える必要がある。逆に,固有名がなく多数の資料が同じ名称で呼ばれることもある(「土偶」「観音菩薩(ぼさつ)立像」「風景」など)。そこで,正しく資料を識別・同定するために,博物館では資料にユニークな番号を付与するのが普通である。

(2) 物理的特性

資料の物理的な側面を記述する情報としては,寸法や材料の他に員数がある。掛幅装(かけふくそう)であれば1幅,巻子であれば1巻,ふた付きの陶磁器は1合,仏像は1躯(く),といった具合に種別や形態によって助数詞を付ける。ひとまとまりの資料についてレコードとして記録する際にその内容がわかるようにするためだが,その「まとまり」もまた一様ではない。5枚セットの皿,2幅で1組の絵画,多数の破片を含む出土品一括などさまざまである。博物館への受け入れ時のまとまりをベースとして番号が付与されるのが原則だが,そのときには十分な調査・整理ができず多数の部分を含む一括資料として受け入れることもある。このため一つの番号の中にいくつものアイテムが含まれることになるが,たとえばその一部を展示した場合には,展示履歴としては番号の付いたまとまり全体ではなく,実際に展示したアイテムに対して記録する必要がある。資料の全体や部分それぞれをレコードとしたときに,レコード間に階層関係を設定できなければならない。

さらに,展示や貸し出しといった学芸業務と連動して資料の使用予定や使用歴を管理するのであれば,ある資料の全部の利用と,その資料の一部利用とが同じ期間に重複していないか,つまりダブルブッキングになっていないかをチェックできるようなシステム設計になっていることが望ましい。

資料の部分や階層関係にも,やはり調査の進展や修理によって変化することがある。こうしたレコード間の関係についても,柔軟に対応できなければならない。

(3) 履歴

作者や制作地,制作年代といった制作にかかわる情報や,過去の所有者や伝来の経緯といった情報は,資料そのものがたどってきた履歴と考えることができる。考古遺物の場合の出土地なども含め,博物館に受け入れられる以前の情報から,受け入れ後の展示歴や貸し出し歴,修理歴なども同様に履歴として考えることができる。

(4) 参照

資料同士の関連や,関連する文献あるいは画像などの情報は,必ずしも資料自体に内在するものではないが,重要な情報である。資料同士の関連では,同一作者や同一出土地といったものだけでなく,美術品の原本(オリジナル)と模本(複製)や,下図(したず)(下書き)と本図,石こう原型とブロンズのような関係もある。過去の作品を参照し強い影響を受けて制作された美術品などもあるだろう。これらの情報は,研究的にも一般の観覧者にとっても興味深いものである。

4. 博物館資料情報の標準

図書館の世界における「日本目録規則」のような詳細な記述についての国内標準は,日本の博物館には存在しない。博物館の資料はすべて唯一のものであるため,データの流用が行われず,記述を標準化するインセンティブが弱いことが背景にある。とはいえ博物館が十分に使命を果たすためには資料のドキュメンテーションが不可欠であるという認識は広く共有されており,国際的にはさまざまなガイドラインや記述法が開発・公開されている。

4.1 CIDOC 情報カテゴリー

最も基本的なものとしては,「2. 博物館ドキュメンテーション 2.1目的」の項で触れたCIDOC 情報カテゴリーがある。これは資料に関するデータを整備するにあたって,記述法の基礎となるガイドラインとして開発されたもので,対象とするべき基本的な情報をグループごとにまとめたものである。グループは全部で22あり,グループの中にいくつかのカテゴリーが含まれている。たとえば「取得情報」のグループの中には「取得方法」「取得日付」「取得元」の3つのカテゴリーが含まれている(1)。CIDOC 情報カテゴリーでは,グループごとにその情報を記録する目的や,記述例,注記などが書かれている。人文系・自然系のいずれもカバーするもので,対象は広く想定されている。ただし各カテゴリーの内容については具体的な記述方法が定められているわけではなく,「統制語の使用を勧める」あるいは「年を記録するときには4桁の数字を用いる」といったアドバイス的な注記がなされるにとどまっている。

表1 CIDOC情報カテゴリーの情報グループの例(取得情報)
情報カテゴリー 定義
取得方法 ある資料がコレクションに受け入れられた方法 寄贈,購入,交換,遺贈,不明,採集
取得日付 資料がコレクションに受け入れられ,所有権が移転した日付 1994-03-01
取得元 博物館が資料を取得した先の人,あるいは機関の名称 ジェーン・S・ハップグッド

4.2 CIDOC CRM

CIDOCではその後,多数の博物館で整備されている情報が,それぞれ独自の項目やデータ構造をもち,容易には交換したり流通させたりできないという状況に対応するため,新たにオブジェクト指向モデリングによる標準の開発をスタートさせた。ISO標準にもなっている「CIDOC 概念参照モデル」(CIDOC Conceptual Reference Model: CIDOC CRM)3)である。CRMは単に項目名を列挙するのではなく,博物館のコレクションに関して用いられるさまざまな概念をオブジェクト指向の方法論で分析し,モデル化したものである。

「作者」を例にとってみよう(2)。作者の実体は1人の人間またはグループである。これはそれぞれPersonとGroupというクラスとして表現される。またこの2つの上位概念として「行為する者」すなわちActorというクラスが定義されている。PersonとGroupはActorのサブクラスという関係になる。作者は何らかのActorであるが,それは資料とどのような関係にあるのだろうか。資料そのものは人工物を表すクラスMan-Made Objectが該当する。このMan-Made Objectに対して過去に「制作」という出来事(Production Event)が発生し,そのEventを実行したActorが通常「作者」と呼ばれるのである。モノがあり,それに対してイベントが発生し,そのイベントにかかわった行為者がいる,という形に抽象化してみると,それぞれのイベントの種類やかかわり方によって,私たちは「作者」と呼んだり「発見者」や「所有者」と呼んだりしているのである。

たとえば,明治を代表する画家の一人に黒田清輝がいるが,その作品に「瓶花」(1912)という静物画がある。CIDOC CRM的にみると,黒田(Person)は「瓶花」(Man-Made Object)の制作(Production Event)を実行したということになる。またこの作品は制作と同じ1912年に当館に寄贈されている。このときは,取得(Acquisition)という出来事により,黒田(Person)から博物館(Group)へ所有権が移転したわけである。黒田というPersonが,同じMan-Made Objectに対してProduction EventとAcquisitionという2つのイベントでかかわっているという図式になる(3)。

CIDOC CRMは,このように概念を抽象化し,そこに現れる対象物や出来事をクラスとして定義し,クラス間を関係づけるプロパティーとともに体系化したものである。したがって,これは記述法のようなものではない。むしろ各館で実践され蓄積されてきた記述やデータを相互運用するときに,項目名などに用いられる用語の違いを乗り越えてデータを互いに関係づけるために,そこに現れる概念の構造をとらえようとするものである。RDFなどの知識表現に非常に近いもので,実際にRDFを用いた表現も検討されている。また,近年ではLinked Open Dataへの応用が期待されている。

さらにCIDOCでは,CRM等の成果を踏まえて,さまざまな異なるフォーマットによるコレクションのデータを相互運用するために,「Lightweight Information Describing Objects(LIDO)」というXMLスキーマも開発している4)

図2 CIDOC CRMでの「作者」
図3 黒田清輝と「瓶花」の関係

4.3 その他の標準

CIDOCによるものの他,広く知られているものとしてはゲッティ財団による「Categories for the Description of Works of Art(CDWA)」がある5)。CDWAは美術品や建築を対象とした目録記述のガイドで,タイトルや制作,あるいは所有歴といったカテゴリーのそれぞれについてサブカテゴリーが定義されている。それぞれのカテゴリーについて詳細な考察が加えられている他,豊富な記述例も含まれており,充実した内容になっている。またCDWAに基づいて,OAI-PMHによるメタデータ交換のためのXMLスキーマとしてCDWA Liteが作られている。さらにゲッティ財団では美術家名の典拠データとしてUnion List of Artist Names(ULAN)6)や,地名シソーラスであるThesaurus of Geographic Names(TGN)7)なども公開している。

CDWAなどのカテゴリーの定義に対して,データの具体的な記述法を定めているのがCataloging Cultural Object(CCO)である8)。こちらはゲッティ財団ではなくVisual Resources Associationによるものだが,両者は深く関連しあっており,随所で相互を参照している。

この他,各国・地域の国内レベルで開発・利用されている標準もあるが,主要なものは互いに連携を深めているようである。わが国では,2005年に東京国立博物館から「ミュージアム資料情報構造化モデル」注2)9)が公開されているが,具体的に普及が進んでいる状況とはいえないだろう。情報資源のオープン化や連携がいっそう求められる現在,国内外との相互連携に向けてどのようにメタデータ標準を考えていくべきかは,国内の博物館にとっての課題として残されている。

5. 博物館での情報の整備と活用

一定以上の規模のコレクションをもつ館では,情報の管理のためにデータベース化が必要になる。博物館のシステムがどのようなものか,ここでは例として当館の所蔵品管理システムを紹介する。4は当館のシステムで名称に「菩薩」を指定して検索した結果である。画像とともに基本情報が表示され,名称のリンクから各資料の詳細を表示できる。

すでに述べたように,博物館の資料情報は時とともに変化する。また博物館には通常目録作成のための専従の人員はおらず,学芸員がデータを整備しなければならない。このような状況でデータが常に最新のものとなるよう保つためには,学芸員が日常的にシステムを利用し,さまざまな業務を行う中で自然にデータを調整できるようにする必要がある。そこで,単に所蔵品のデータを収めたデータベースとしてだけではなく,日常的に行われる業務を支援する機能を盛り込んだ総合的なシステムとして設計・構築することが有効である。展示や貸与をはじめとする学芸業務では,ほとんどの場合に何らかの資料リスト・作品リストを作成し,会議資料や公文書として出力するため,そうした定型文書の作成をうまく支援することが特に効果的である。

そこで当館のシステムでは,基本的な所蔵品データの検索・閲覧に加えて,そのデータを用いて展示案を作成したり,貸与のスケジュールを管理したりすることができるようにしている。4の画面上部には業務に対応したメニューが並んでいる。たとえば展示では,ある時期のある展示室での展示の計画に対して,データベースから検索した作品を追加していく。このとき,検索結果画面で作品名のとなりにある「追加」(4では[仮リスト]へ追加)ボタンを押すことで,いわばショッピングカートのような要領で操作できるようにしている。必要に応じて並べ替えや,展示ケースの番号などの情報を追加すれば,一つの展示案ができあがる仕組みである。データがそろってしまえば,会議資料などの必要な文書は自動的に整形されPDF等で出力することができる(5)。

資料の展示や貸与などの調整をするうえで避けなければならないのはダブルブッキングである。前述のようにレコード間には階層関係がある。当館のシステムでは,適切な階層関係を設定することによって,個々のレコード単位での予定の検査だけでなく,階層の上下にある全体や部分に対して設定された予定間の矛盾を検出することができるようにしている。

また資料の過去の使用歴や今後の使用予定を管理することは,資料の保全のためにも役立つ。博物館の資料は種別によって非常に脆弱(ぜいじゃく)なものがあり,劣化を防ぐために年間の展示日数に上限が設けられていることがある。スケジュールの管理はこの上限を超えていないか確認するうえでも必要である。

こうした機能で業務を支援することによって適宜手を加えられ整備された情報は,さまざまな形で活用される。一例を挙げれば,当館のWebサイトでは展示作品リストを公開しているが,これは館内の業務用の収蔵品管理システムで作成された展示案のデータを転送したうえで,公開に適した形に若干の加工を施したものである。公開時の調整は手作業になるが,業務とデータがうまく連動していればこのようなデータの公開も比較的少ない手間で実現できる。

一般に向けてデータを公開するチャンネルは,展示室やその周辺に端末を設置して来館者自身が操作するもの,Webサイトとして公開するもの,モバイルデバイス向けのアプリとして提供するもの,の3つに分けることができるだろう。当館の所蔵品を含む代表的な例として「e国宝」注3)6)がある。これは当館を含む4つの国立博物館が所蔵する国宝・重要文化財の情報を5か国語の文字データと高精細画像で提供するものである。はじめWebサイトとして公開していたが,その後iOSおよびAndroid向けに専用の検索・閲覧アプリ(7)をリリースした。さらに当館では同じデータを用いてタッチパネルで気軽に操作できる「トーハクで国宝をさぐろう」というコンテンツを,本館内の教育普及スペース「みどりのライオン」内に設置している(89)。

図4 所蔵品管理システムの例:検索画面で「菩薩」を検索した結果
図5 会議資料の出力例(展示案)
図6 「e国宝」Webサイト
図7 「e国宝」iOS版アプリ
図8 「トーハクで国宝をさぐろう」
図9 「トーハクで国宝をさぐろう」タッチパネル画面

6. おわりに

冒頭に挙げた博物館ドキュメンテーションの目的は今日でもいずれも重要であるが,特に最近ますます重要度を増しているように思われるのが,「知的アクセス」と「セキュリティー」である。

何かについて知りたいと考えたとき,現代ではまずインターネットでの検索が最初にとられる手段となっている。資料への「知的アクセス」のために,博物館はこれまで個別にデータ整備や公開を行ってきた。それらを統合したり関連づけたりした有機的な情報環境の整備について議論されはじめてから久しいが,今日ではその要求はより強くなっているといえる。相互運用のための実際的な作業を進めていかなければならない段階である。

資料を保全する「セキュリティー」については,大規模な災害等のときにコレクションを保護する文化財レスキューのような活動に際して,コレクションの情報は決定的に重要である。がれきの中から文化財を弁別していく作業は,そこに「あるはず」のモノについての情報がなければ成り立たない。こうした文化財防災の観点からも,コレクション情報の整備は不可欠である。

博物館は単にモノを収集し展示するだけの施設ではない。コレクションの情報を整備し,さまざまな方法で活用することは,従来の博物館の機能にとって必要であるだけでなく,新しい役割を発信していくうえでも大きな力となるのではないだろうか。

執筆者略歴

  • 村田 良二(むらた りょうじ)

筑波大学大学院 修士課程芸術研究科修了(デザイン学修士)。東京藝術大学 美術学部先端芸術表現科および武蔵野美術大学 芸術文化学科の非常勤講師を経て,2005年より東京国立博物館勤務。所蔵品管理システムの開発・運用の他,資料のデジタル化,デジタルデータの管理運用に従事。

本文の注
注1)  東京国立博物館:http://www.tnm.jp/

注2)  「ミュージアム資料情報構造化モデル」本文は次のURLで公開している。 http://webarchives.tnm.jp/docs/informatics/smmoi/

注3)  e国宝:http://www.emuseum.jp/ 4つの国立博物館 とは,東京国立博物館,京都国立博物館,奈良国立博物館,九州国立博物館である。言語は日本語,英語,フランス語,中国語,韓国語に対応している。

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
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