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情報論議 根掘り葉掘り
情報論議 根掘り葉掘り 『ブルーブック』,『ベビー・ブルー』そして『インジゴ・ブック』
名和 小太郎
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60 巻 (2017) 1 号 p. 56-59

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「法の不知は害する」という法格言がある。3世紀ローマの法律家パウルスの言葉であるとされ,6世紀には法律になった,という1)。その狙いは国民に「法律を知らないでは通さない」という杓子(しゃくし)定規を強いることにある。こう言い切るためには,法律は国民にあまねく知らされていなければならない。

ローマ法はその後の欧州諸国の法律――大陸法――につながるが,上記の法格言は現在では英米法の分野においてもよく引用されている。

1. 『ブルーブック』

ある法的な事件が生じたとする。裁判官,検事,弁護士などの法律専門家は,これを既存の法規範のどれかと関係づけなければならない。

このためには,法律専門家は自在に法律や判例を操作できなければならない。その手順が‘citing’あるいは‘quotation’ということになる。『英米法辞典』をみると2),前者には「引用,出典」とあり,後者には

(逐語的)引用:引用文 法廷で弁論の根拠として,もしくは一般に自己の主張や説を基礎づけるために,法令・判例・その他の典拠資料をそのままの文言で引用すること,または,著作物のなかで他の文献の一部を逐語的に引用すること。⇒citation

とある。

だから引用にせよ逐語的引用にせよ,法律の世界には厳しいルールがある。米国にはこのためのマニュアルがある。題して『ブルーブック』(“The Bluebook: A Uniform System of Citation”)と呼ぶ注2)3)。‘Bluebook’と呼ぶのは,表紙が青色だからである。筆者の手元にあるものは第17版(初版1926年),本文391ページとなっている。©2000の表示もある。

このマニュアルの編集者をみると米国の代表的なロー・レビュー4誌の編集者になっている。だが,その素顔を知る人は法学関係者を除いては少ないのではないか。

じつは,学生である4)。学生が投稿論文の採否を決定し,引用法の正確さと原典の存在とを確認する。つまり『ブルーブック』の求める操作を実行する。くわえて匿名論文も書く。編集委員となる学生は1年次の成績優秀者から選抜される。

米国の法学雑誌は,19世紀末に学生によって創刊された。当初は試行錯誤的であったが,1887年に発行された『ハーバード・ロー・レビュー』が成功し,この動きが広がったという。現在,法学雑誌は約800種ある。

学生が編集するからといって,掲載論文の質が劣るとはいえないとのよし。投稿論文の採択率は約1%といわれ,雑誌のインパクト・ファクターも高い。判例への引用もしだいに増えている。こうした環境のなかで,『ブルーブック』は法学文献検索のためのデファクトスタンダードとなっている。

このマニュアルがあるので,法律家は「知らないでは通さない」と法律を国民に強制できることになる。

2. 「巨人の肩の上に」

ここで立ち止まる。そもそも引用とは何か。前人の知的財産を自分の知的資源に組み込むことだろう。とすれば,そこには「巨人の肩の上に」(On the Shoulders of Giants)という理解が前提とされており,その理解がとおるためには,巨人つまり先行者(複数)の知的資源は公有になっているはずである。

知的財産の公有は,第1にそれらが集積されていること,第2に集積されている知的資源が相互に参照,つまり引用できるようになっていること,第3に前記2つが公開されていることだろう。これらの前提があって「巨人の肩の上に」という知的営為が可能となる。

現に,「巨人の肩の上に」という箴言(しんげん)は,一般には17世紀のニュートンの言葉とされているが,じつは12世紀のシャルトルのベルナールの言葉である。科学社会学の研究者K. マートンによれば,この箴言については,ベルナールから28番目のリレー走者がニュートンであるという5)

さらに付け加えれば,ニュートンもガリレオもその知的成果を秘匿し,アナグラムや暗号で記録しておくことが少なくなかった6)。とすれば,3世紀から「不知は害する」として公開されていた法律という情報は,情報として極めて特異なものだった,ともいえる。

無駄話をもうひとつ。20世紀末,ロータス社がペーパーバックス社を知的財産の侵害者として訴えた事件があった7)。このとき被告は「OTSOG理論」によって自らの立場を正当化した。その‘OTSOG’とは‘On the Shoulders of Giants’の省略形であった。

3. 「さよならブルーブック」

引用の方式や表現は専門分野ごとに違う。あるいは著者ごとに異なる。出典は忘れたが,一説には700種あるという。

いくつかを紹介しよう8)。まず,本文に原著を丸ごと引用する場合,それも逐語的に引用する場合とリライトした要旨として引用する場合とがある。さらに引用の長さが長い場合(例,50語以上)と短い場合とがある。

いっぽう,出典名のみを脚注として示す場合と論文の末尾に一覧表として示す場合とがある。その一覧表も,出典の順序が本文での出現順の場合(シカゴ方式)と著者名のアルファベット順の場合(ハーバード方式)とがある。理系のSIST 029)はシカゴ方式に近い。

ここで『ブルーブック』にもどる。その引用法の例をすでに『英米法辞典』からの引用(前記)として示した。ただしその引用法が特異すぎて煩雑という難点もある。たとえば,引用文献の表記法だが,脚注としては,

著者名,タイトル名,巻,雑誌名(略称),ページ数(発行年)

となる。「巻」の位置が他分野のものの目には異様である(『ブルーブック』自身を『ブルーブック』方式で示すと注2のようになる)。

法学にも経済学にも詳しい,そして判事としても文筆家としても評判のR. ポズナーは,1986年に,「さよならブルーブック」と題する論文を『シカゴ・ロー・レビュー』に発表している10)

『ブルーブック』は形式偏重,冗長の雰囲気をもち,そのスタイルは生気のないラテン語趣味,婉曲話法に満ち,法学雑誌と法廷の意見とを衒学(げんがく)的にしている。

ポズナーが『ブルーブック』について攻撃的な言説を発表したことには,理由があった。当時,シカゴ大学は『マルーンブック』(“Maroonbook”)という『ブルーブック』の代替版を刊行しており,かれはその活動を支援していたからであった。だが『マルーンブック』の計画は失敗した。『マルーンブック』は単純かつ柔軟な引用システムではあったが,それだけに伝統墨守的な法学専門家から嫌われたためであった11)

話はとぶが,20世紀哲学者のL. ウィトゲンシュタインに『青色本』(“Blue Book”),『茶色本』(“Brown Book”)という著作がある。偶然の一致なのかな。

4. 『ベビー・ブルー』そして『インジゴ・ブック』

『ブルーブック』の世界にもオープン化の波が迫ってきた。2014年,オープンソースの活動家であるC. マラマッドは『ブルーブック』のオープン化を検討していた12)。ニューヨーク大学のC. シュプリグマンがその検討に協力した。

シュプリグマンは,まず,法律は万人に公開されなければならない,そのためには万人が『ブルーブック』を使いこなせなければならない,と考えた。だが現実には,『ブルーブック』は高価であり,しかもその管理はハーバード・ロー・レビュー協会(HLRA),つまり少数の専門家によって独占されていた。

検討の結果,シュプリグマンは『ブルーブック』をオープン化し,それを万人によって洗練すべし,という方針を固めた。このための素材としては『ブルーブック』に互換性をもつテキストを入手しなければならなかった。互換性にこだわったのは,『マルーンブック』の失敗を繰り返したくなかったからである。

『ブルーブック』の第10版を使った理由はつぎのとおりであった。第1に,引用法はシステムであり,システムは著作権の対象にはならない。第2に,『ブルーブック』は法廷など公的組織にとっても不可欠である。つまり準公的な存在になっている。第3に,第10版は1958年刊行であり,旧法によれば,第10版の著作権保護期間はすでに切れている(この時点では旧著作権法が運用されていた)。

マラマッドは上記の検討結果をHLRAに伝え,『ブルーブック』第10版の主要部分を『ベビー・ブルー』(“Baby Blue's Manual of Legal Citation”)注1)として公開することについて了解を求めた。「ベビー」の語意だが,そこに多くの成長可能性を含んでいる,ということだろう。

だがHLRAは,第1に,第10版も第19版――その時点での最新版――もその表現はほぼ同一であり,したがって,前者のオープン化は後者の著作権を侵害すると反論した。くわえて第2に,すでに「ブルー」という単語を商標として登録しており,『ベビー・ブルー』の刊行は『ブルーブック』の市場を脅かす,と警告した。

また無駄話。かつてIBM社は「ビッグ・ブルー」という通称で呼ばれていた。社名のロゴはブルーであり,社員はブルーの背広を着ていた。

マラマッド側は「ブルー」という単語を私有化できるとは考えなかったが,警告に応じて『インジゴ・ブック』(“The Indigo Book: A Manual of Legal Citation”)という名称でそのオープン化を実現することにした13)。「インジゴ」は「ブルー」の染料の成分であることに注意。

『インジゴ・ブック』は2016年5月2日に公開された。その表紙には議会図書館の所蔵するポスター(制作は1936年頃,したがって公有)が置かれている。そして上部には『インジゴ・ブック』というタイトルが,下部には「引用統一システムの公開的かつ互換的な導入」,くわえて「ブルーブック®,引用統一システム®との提携なし,また認可もなし」とある14)

マラマッドは序文で宣言する。

私たちの民主主義においては,法律を仲間の市民たちと共有するにあたり,その方法について,いかなる所有権も管理も及ぼしてはならない。

「法の不知は害する」という言葉の含意は,国民の側からみれば,こうなる。

[追記]

『インジゴ・ブック』の公開とその可能性とをみて,保守中道的な法律家からも『ブルーブック』に対する辛口な評価がでるようになった。最近,『ニューヨーク・タイムズ』は,

(『ブルーブック』は)法廷資料と法学雑誌――いずれも怪奇かつ必須――の引用法にかんするでたらめかつ反直観的な藪である。ただし喜劇的に洗練されている。

と論評したという15)。その紹介記事はE. ヴォロクによるものであり,そのブログ「ヴォロクの共謀」――『ワシントン・ポスト』配信――は米国でもっとも読まれている法学ブログであるという16)

執筆者略歴

  • 名和 小太郎(なわ こたろう)

焼け跡闇市派の世代。東京大学理学部卒。工学博士。タテ社会をヨコ歩きして,現在は情報セキュリティ大学院大学特別研究員。専門は情報政策論。著書に『技術標準対知的所有権』(中央公論社),『起業家エジソン』(朝日新聞社),『学術情報と知的所有権』(東京大学出版会),『個人データ保護』(みすず書房)など。

本文の注
注1)  Baby blue's manual of legal citation:https://law.resource.org/pub/us/code/blue/src/BabyBlue.20160205.html

注2)  これ(参考文献3)を『ブルーブック』流に示すと,以下のようになる。

THE BLUEBOOK : A UNIFORM SYSTEM OF CITATION (Columbia Law Review Ass'n et al. eds., 17th ed., 2000)

参考文献
  • 1)  柴田光蔵. 法格言ア・ラ・カルト:活ける法学入門. 日本評論社, 1986, p.118-120.
  • 2)  田中英夫ほか編. 英米法辞典. 東京大学出版会, 1991, p. 145, p. 693.
  • 3)  The Editors of the Columbia Law Review, the Harvard Law Review, the University of Pennsylvania Law Review, and the Yale Law Journal (Compiled). The bluebook: A uniform system of citation. The Harvard Law Review association, 2000, 391p.
  • 4)  指宿信. 米国における法学紀要(ロー・レビュー)と法律論文:『リーガル・ライティング』翻訳出版を契機として. 法律時報. 2009, vol. 81, no. 3, p. 70-77.
  • 5)  Merton, Robert K. “77章”. On the Shoulders of Giants. Free Press, 1965, p. 267-279.
  • 6)  名和小太郎. 学術情報と知的所有権:オーサシップの市場化と電子化. 東京大学出版会, 2002, 394p.
  • 7)   Lotus v. Paperback, 740 (Mass.Dist.Ct., June 28, 1990) 37
  • 8)  林紘一郎, 名和小太郎. 引用する極意引用される極意. 勁草書房, 2009, 225p.
  • 9)  “SIST02 科学技術情報流通技術基準:参照文献の書き方”. SIST. http://jipsti.jst.go.jp/sist/handbook/sist02_2007/main.htm, (accessed 2017-02-08).
  • 10)  Posner, Richard A. Goodbye to the bluebook. University of Chicago Law Review. 1986, vol. 53, p. 1343-1368.
  • 11)  Salmon, Susie, Shedding the uniform: Beyond a 'Uniform system of citation' to a more efficient fit. Marquette Law Review; Arizona legal studies discussion paper No. 15-31. 2016, vol. 99, p. 763-812.
  • 12)  Sprigman, Christopher, Steiger, Daryl. Interview: The indigo book: A manual of legal citation. New York University Journal of Intellectual Property and Entertainment Law, vol. 5, no. 2, 2016, p. 1-10.
  • 13)  "The indigo book". Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/The_Indigo_Book, (accessed 2017-02-08).
  • 14)  Sprigman, C. J. et al. The indigo book. Public Resource, 2016. https://law.resource.org/pub/us/code/blue/IndigoBook.pdf, (accessed 2017-02-08).
  • 15)  Post, David. "The new (and much improved) 'Bluebook' caught in the copyright cross-hairs". The Washington Post. 2016-02-09. https://www.washingtonpost.com/news/volokh-conspiracy/wp/2016/02/09/the-new-and-much-improved-bluebook-caught-in-the-copyright-cross-hairs/, (accessed 2017-02-08).
  • 16)  "The Volokh conspiracy". Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/The_Volokh_Conspiracy, (accessed 2017-02-08).
 
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