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博士人材の研究公正力(3):博士の意識と研究倫理教育
松澤 孝明
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2018 年 60 巻 10 号 p. 701-709

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著者抄録

博士課程在籍者(一部,修士を含む)を対象とした「移転可能スキル」についての意識調査(約500人が回答)を分析したところ,専門分野7:非専門分野3で専門分野を重視する者が半数を超えた。非専門分野の能力を12種類に分け,自分に「足りない能力」と「博士課程等で身に付けたい能力」は何か質問したところ,語学力を筆頭に,プレゼンテーションやコミュニケーションなど意思疎通・伝達能力,研究計画書・プロポーザル作成能力,プロジェクト管理能力を挙げた回答が多かった。しかし,「倫理」と答えた回答は最低数であった。この結果から博士人材の「倫理」に対する関心は,他の移転可能スキルに比べて低いと考えられる。「科学活動の質の保証」が求められる今日,研究倫理教育の制度的な普及だけでなく,博士人材の意識の向上が求められている。

1. 緒言

「博士人材の研究公正力」についてこれまで2回にわたり連載してきたが,本報はその最終回である。第1回(vol. 60, no. 6)では,研究公正の体制整備が進みつつある今日,研究倫理の特徴を考慮し,研究倫理教育自体をこれまでのコンプライアンス教育から一歩進めて,教育の内容や方法論を発展させる段階にきていることを問題提起した1)。第2回(vol. 60, no. 7)では,研究実施者を対象としたこれまでの研究倫理教育から,研究倫理教育対象の拡大(たとえば研究指導者・管理者に対する教育)や,機能(研究を取り巻く「場」の教育,再教育等を含む)を整理し,より系統的な研究倫理教育システムを確立することが研究倫理教育発展の一助として必要ではないかと提案した2)

今回は,「科学活動の質の保証」という観点から「博士人材の意識」に焦点を当て,わが国の研究倫理教育に何が必要かを考えてみたい。「研究者自身を研究活動の一つの成果」と見なした場合,研究倫理は「研究者の質の保証」そのものである。世界に向けて研究者を輩出するわが国の博士人材の質の保証は,果たして大丈夫なのだろうか。博士課程在籍者(一部,修士を含む。以下,「博士課程在籍者等」という)に対する意識調査注1)の結果を基に考察を深めたい。

なお,ここに示した見解は筆者の研究に基づくものであり,国や所属機関等の見解ではないことに留意されたい。

2. 調査:博士課程在籍者等の意識調査

今日,わが国では文部科学省ガイドライン等により,各大学における研究倫理教育体制の整備が行われている。しかし,研究倫理教育の実効性は単に制度的な整備だけではなく,受講者の研究倫理に対する認識の向上があって初めて達成されるものである。

諸外国では,博士人材の雇用適性の涵養(かんよう)を図るため,博士課程教育における構造的訓練を導入し,その中で倫理を含む「移転可能スキル(transferable skills)」を教育している1)。一方,わが国の場合,博士課程教育は専門知識の習得の場としての認識が強く,移転可能スキルをはじめとする専門分野以外の能力に対する認識が,博士課程在籍者には低いようである1)3)

そこで筆者は,大学の協力を得て博士課程在籍者等を対象に「移転可能スキル」についてアンケート調査を2016年度に実施した。この調査では,移転可能スキルの内容や国際的な取り組み状況をあらかじめ知らせるため,EUの状況を記した資料注2)を回答者に示した(情報提供型調査)。そのうえで「専門分野に関する能力(専門能力)」と「その他の能力(非専門能力)」を重視する比率や,「自分に足りない能力」「博士課程等で身に付けたい能力」について質問した。約500人(n=499)の博士課程在籍者等(修士課程在籍者(n=91)を含む)から回答を得た。わが国では年間1万5,000人もの「博士」が生まれているので,回答の絶対数としてはまだまだ足りない。しかし,博士課程在籍者等の意識の一端を知るうえでは一つの参考になるだろう注3)。なお,アンケートは現在分析中なので,本報では博士課程在籍者等の倫理に対する意識をとらえたアンケート部分を基に説明したい。

2.1 「専門分野に関する能力」と「その他の能力」

「博士課程等で身に付けたい能力」として,「専門分野に関する能力(専門能力)」と「その他の能力(非専門能力)」についてどのくらいの比率で重視しているか質問したところ,「専門分野に関する能力(専門能力)」と「その他の能力(非専門能力)」の比を,7:3と答えた者が過半数(51.3%)いた。5:5と答えた者も約3割(31.7%)いた(1)。

なお,修士課程在籍者と博士課程在籍者を比較すると,専門能力重視(専門能力が7以上)は博士課程在籍者の割合が相対的に大きく,非専門能力重視(専門能力が5以下)は修士課程在籍者の割合が相対的に大きい。同様に,留学生と日本人学生を比較すると専門能力重視は日本人が相対的に大きく,非専門能力重視は留学生が相対的に大きい。しかし,全体的な傾向はどの場合もあまり変わらなかった。

図1 「専門分野に関する能力(専門能力)」と「その他の能力(非専門能力)」を重視する比率(回答数499)

2.2 「自分に足りない能力」と「博士課程等で身に付けたい能力」

次に,EUの調査(2)との対照性を意識しながら,「非専門能力」を12種類に分け,博士課程在籍者等に専門分野以外の能力のうち,「自分に足りない能力」を単一回答方式で,また「博士課程等で身に付けたい能力」を第1・第2回答方式で質問した。

「自分に足りない能力」(3)についてみてみると,圧倒的に語学力(28.3%)を挙げる学生が多かった。これは非英語圏の特徴の一つではないかと考えられる。それに続くのはプレゼンテーションスキル(10.8%),コミュニケーションスキル(9.8%)であり,これらは意思疎通・伝達能力としてまとめられる。

次に顕著なのは,研究計画書・プロポーザル作成に関する能力(9.4%)およびプロジェクト管理能力(計画,遂行,報告など)(9.2%)である。これらは,いわば競争的資金等の研究費を獲得し,研究を着実に実施するために必要な能力である。

第1,第2回答(1番目・2番目に身に付けたい能力)を合計した「博士課程等で身に付けたい能力」(4)では,1位の語学力(19.8%)に次いでプロジェクト管理能力(計画,遂行,報告など)が2位(15.4%),研究計画書・プロポーザル作成に関する能力がほぼ同率で3位(15.3%)注4)となる。

一方,産学連携に関する能力(知的財産権,産学連携,起業家精神)や,プロジェクト管理能力以外の管理能力(時間管理能力,人的管理能力)は相対的に順位が低い。しかし,最も注目すべきは,「自分に足りない能力」と「博士課程等で身に付けたい能力」の両方において,倫理(研究倫理,生命倫理を含む)がともに最下位という点である。

図2 博士課程における構造的訓練のモジュール(EU27か国平均)博士課程における構造的訓練で学んだ移転可能スキルの割合
図3 専門分野以外の能力で自分に足りない能力(単一回答)(回答数499)
図4 博士課程等で身に付けたい能力(第1位と第2位の回答合計)(回答数499)

2.3 レーダーチャート分析

「自分に足りない能力」と「博士課程等で身に付けたい能力」とを,より視覚的に把握するため,12種類の能力をレーダーチャート(5)にまとめた。レーダーチャートにおいて,12種類の能力を大きく分けると以下のようになる。

  • •   第1象限「意思疎通・伝達能力」に関する能力

    (1)プレゼンテーションスキル,(2)コミュニケーションスキル,(3)語学力

  • •   第2象限「管理能力」に関する能力

    (4)プロジェクト管理能力,(5)時間管理能力,(6)人的管理能力

  • •   第3象限「その他」の能力

    (7)一般教養・知識,(8)研究計画書・プロポーザル作成に関する能力,(9)倫理

  • •   第4象限「産学連携」に関する能力

    (10)知的財産権に関する能力,(11)産学連携に関する能力,(12)起業家精神

レーダーチャートを時計の文字盤にたとえれば,「自分に足りない能力」については,語学力を中心とする「意思疎通・伝達能力」および「研究計画書・プロポーザル作成に関する能力」を挙げた人が多い,ほぼ8時15分の方向を示した図になる。

「博士課程等で身に付けたい能力」についてはプレゼンテーションスキル,語学力,プロジェクト管理能力(計画,遂行,報告など),研究計画書・プロポーザル作成に関する能力にピークがみられ,その結果,全体として右側に張り出した形がみられる。

なお「博士課程等で身に付けたい能力」は,「自分に足りない能力」と比べ,相対的に語学力の割合が減り,プレゼンテーションスキル,プロジェクト管理能力(計画,遂行,報告など),研究計画書・プロポーザル作成に関する能力の割合が高くなる注5)。この傾向は,近年各大学でもコミュニケーション能力等を中心に移転可能スキルの重要性に着目した取り組み等が行われており,博士人材の関心が高まっていることとも一致している。

図5 12種類の能力のレーダーチャート(n=499)

2.4 EUの調査との比較

前報1)で紹介したEUの調査でも,博士課程における構造的訓練で学んだ移転可能スキルとしてはコミュニケーション/プレゼンテーション技術(40.0%)という回答が最も多い(24)。したがって,5の右に張り出したわが国の博士人材の意識も,この点では国際的動向とほぼ合致したものとなっているといえるだろう。

しかし,わが国の場合,5の第3象限(「その他」の能力)に特徴がある。「倫理」について,「自分に足りない能力」および「博士課程等で身に付けたい能力」のいずれにおいても回答者がほとんどいない。EUではグラント/プロポーザルの書き方(18.6%)とほぼ同じ水準で倫理(18.1%)を学んでいるとの結果が得られている(2)。質問の仕方が違うので,単純比較はできないが,少なくともわが国の博士課程在籍者等の倫理に対する意識は,EUにおける博士課程での倫理の扱いとは大きく異なると考えられる。

本調査ではEUの状況についてあらかじめ情報を与えているので,それに影響されもう少し倫理の回答が上がるのではないかと当初予想していただけに,この結果には非常に驚かされた。同時に,研究倫理が制度的に普及することと,博士課程在籍者の心理に定着することの間にはギャップがあることを感じさせられる。

3. 考察:博士人材の研究倫理に対する意識は本当に低いのか

次に博士課程在籍者がこのような意識形成をする原因を考えてみたい。回答数を限定している(単答式および二答式)ために,他の選択肢に比べて相対的にプライオリティーが低いと回答に表れてこないことが原因の一つであることは否めない注6)。それにしても博士課程在籍者の意識の中で倫理のプライオリティーが低いことは, 「倫理に関する関心(意識)が低い」「自分は倫理をすでに十分身に付けていると信じている」「第1,第2回答に比べて倫理のプライオリティーが相対的に低い場合」のいずれかであろう。このことはわが国の博士課程在籍者の意識の特徴を端的に示している。その原因は何にあるのだろうか。

3.1 可能性1:研究不正の語感

「不正」という語感から,研究不正は悪い人が故意に起こすものととらえ,身近な問題と思っていないことが考えられる。前報1)で報告したように研究不正は悪い人ばかりが起こすものでも,故意だけで起きるものでもない。正しい認識と必要な知識,そしてスキルが相まって「起こさない」ものなのである。研究倫理そのものが,「研究活動の品質管理のための技術」である。

3.2 可能性2:すでに十分教育を受けているという思い込み

研究倫理教育を博士課程以前にすでに受けているので,現在の自分は改めて倫理を学ぶ必要がないと考える者がいるのかもしれない。しかし,わが国の研究倫理教育はスポット的な講習や研究室での個別訓練が中心なので1),そこが終わりではなく,始めであることを意識する必要がある。

実際,研究不正の実行責任を問われた者のうち,認識がなかった等故意でないことを主張する者が,故意であると告白する者よりもはるかに多い5)。これらの事実を博士課程在籍者はどの程度認識しているのであろうか。善管注意義務注7)が導入され,故意でなくても不正を問われる今日の研究活動の品質管理は,その分,研究倫理に関する技術の向上も求めているだろう。

3.3 可能性3:学生と社会の接点の少なさ

これまでの調査で博士人材の置かれた孤立的環境と情報不足については知られている6)。研究が忙しく,ほとんどの時間を研究室で過ごす者も少なくないだろう。研究室のルールや慣行について知っていることをもって,自分が研究倫理について十分な知識を習得していると誤解してしまう場合がある。

研究室のルールに従っていれば研究不正が防げるものではないことは過去の事案が示している。自分の研究コミュニティーの中だけにとどまっていると,自らのコミュニティーの慣行や規範を客観的にみることが難しくなる。また,他分野との慣行の違いや他国の状況等を意識することがないまま研究生活を送ることにもなりかねない。グローバル化の時代にあって,こうした状況が非意図的な研究不正のリスクを増大させる引き金になりうることは前報1)で紹介したとおりである。

3.4 可能性4:海外との制度的な違い

海外では研究倫理は,研究助成の応募の段階から求められ,博士課程の構造的訓練として,研究費獲得のためのグラント/プロポーザルの書き方と倫理が同程度の割合で教育されている(24)

しかしわが国の場合,研究倫理を求めるのは研究の過程(データ)や成果(論文)に対してが中心であり,研究応募書類(プロポーザル)の段階では必ずしも研究倫理に関する厳格な審査が行われるわけではない。わが国の博士人材の意識が,研究計画書・プロポーザル作成に関する能力には高い関心を示す反面,「倫理」についてはほとんど関心を示さない事実は,このような研究倫理の取り扱いの違いを反映している可能性がある。

もちろん,各国・地域のアカデミアの伝統や,研究費申請の段階から研究倫理をチェックする社会的コストの考え方の違いなどもあり,制度の違いの是非を論じることは難しい。しかし,研究者の研究倫理に対する関心や意識において,国際的なギャップが生じる一要因になりかねないことは確かである。

研究費申請の段階から研究倫理に注意してグラント/プロポーザルを書くことで,おのずと研究倫理に関する意識も高まってくるだろう。世界市場に研究者を送り出すわが国としては,博士課程における研究倫理教育の中で各国・地域の制度の違いや倫理意識について十分教育することが必要と考えられる。

3.5 可能性5:博士課程における研究倫理の取り組みの違い

あくまで推測であるが,博士課程における研究倫理教育の取り組みの実態に大学や分野により差があることが原因の一つではないかと考えられる。

前報でも論じたが,わが国における研究倫理教育は文部科学省のガイドライン上,職業上の研究者を対象としており,また,博士課程を含む学生に対しては,研究倫理教育の実施を機関に推進するよう求めている2)。職業上の研究者の場合,研究倫理に抵触すると雇用契約に基づく懲戒処分の対象となるが,学生は雇用契約に基づく懲戒処分の対象ではない。したがって,ここに研究倫理に対する意識の差が生じる可能性はある。

また,わが国では競争的資金に関与する場合,研究倫理講習の受講等を義務づけているのが一般的であるが,研究テーマや研究分野によっては競争的資金に関与した経験がない学生もいると思われる。そのような学生に対して,どの程度の研究倫理教育が行われているか,実態は明らかになっていない。

4. まとめ

4.1 科学政策の量から質への転換

「研究倫理」とは何か。それは「科学活動の質の保証」である1)。質の保証には「品質管理」が必要である。品質は自然に達成されるものではなく,品質管理自体が重要な技術であり,それを習得するのが研究倫理教育の役割と考えられる。研究倫理教育は進化する必要がある。なぜなら,科学と社会の関係が成熟する過程で科学政策は量的政策から質的政策へと転換し,科学活動の質の保証に対する要求がますます高まるからである。

科学技術のキャッチアップフェーズでは,模倣はある意味,重要な技術獲得の手段である。このフェーズでは独創性より,技術の習得と自己消化が求められるので,必然的に模倣が氾濫する。その結果,盗用の増大につながりかねない状況が生まれる。多くの新興国・途上国において盗用は深刻な問題となっている。

科学政策の成長期にあっては,研究開発投資や研究者などの投入量が増大し,その結果,対価として産出された論文数や特許数のような計量可能な指標を競い合うフェーズを必ずといっていいほど経験する。「論文数自体が増えること(科学活動の量的拡大)」が評価の対象となるので,一定の比率で不適切な論文の産出が増えるリスクを内包している。

しかし,科学活動が量的に一定の規模に達した成熟社会では,国民に対する科学知識の普及(教育)や科学活動の社会的透明性に対する関心の向上などから,必然的に社会の科学コミュニティーへの視線が厳しくなる。社会は,科学活動への資源投入に対する当然の対価として,量的要求だけでなく質の保証を求めるようになる。わが国の場合,研究不正に対する発表報道件数が2000年頃から急速に増大するが5),これは科学活動の質に対する社会的な関心の高まりと無縁ではないだろう。

このフェーズでは科学活動は量的競争から質的競争への価値転換が求められる。すなわち,価値の乏しい成果(論文)の大量産出より,より価値(質)の高い成果(論文)を輩出することが評価の対象となる。そのため,単純な量的指標以外に,質的な研究の価値をいかに測定するかが現実的な課題となり,論文の引用度やインパクトファクターの測定,あるいは著名な論文誌への採択件数など,さまざまな指標化が行われるようになっている。

さらに,研究のオリジナリティーや新規性・独創性の価値が重視されるようになり,その結果,論文や特許などの研究成果はもとより,研究のアイデアなど,研究活動におけるより上流の知的活動の保護が重要な問題となっている7)

4.2 研究成果としての人材

さらに一歩進んだ社会では,そもそも「研究の価値」とはいったい何か,果たして論文や特許の産出だけが研究の価値なのかということが改めて問い直されるフェーズに至る。そして,研究の価値をいかに把握したらよいのかという非常に本質的な問題に社会が向き合うことになる。

2017年3月,文部科学省科学技術・学術政策研究所にオハイオ州立大学の経済学者Weinberg教授を招いて,2015年から米国が開始した人材データベースプロジェクト「UMETRICS」注8)についての講演会が開催された。この中で,「人材が研究の最も重要な成果物の一つである」という考えの下,研究の価値(value)を測定する目的でプロジェクトを進めているという説明があった8)。この言葉は,今日の科学技術の国際競争における関心が,論文・特許など計量可能な成果物から,それを生み出す原動力としての「ヒト(人材)」にシフトしつつあることを端的に表現した名言である。

大学が生み出す「ヒト(人材)」そのものが研究の最も重要な成果物であると考えるならば,その製造過程の博士課程教育に国際的な研究の関心が集まるのは当然である。博士人材の品質管理として,一定のスキルセットが求められることはいうまでもない。EU諸国等での倫理(ethics)を含めた移転可能スキル1)のように,博士人材として必要とされるスキルセットは当該分野の専門教育だけではない。

4.3 結論

研究倫理教育とは研究者としての,「意識」「知識」および「スキル」の「メンテナンス」である。研究倫理教育は研究活動の中核となる「ヒト(人材)」の「メンテナンス」であり,その高度化(イノベーション)を怠れば,故意か否かにかかわらず,認識の乏しさに基づく研究不正は増加するであろう。研究倫理教育の効果を疑問視する論調も一部にあるが,まずはその前に,効果的な研究倫理教育を行うための改善努力を実行すべきではないだろうか。

本報で示した博士課程在籍者等の意識調査は,研究倫理教育の制度的な普及が進んでいる割に,倫理に対する意識の向上が必ずしも追い付いていないのではないかという懸念を感じさせる結果であった。受講者が「講習として受けなければならないから受けている」という認識レベルだとすれば,意識のメンテナンスができているとはいえないだろう。また,研究倫理教育を「研究費獲得のためのコスト」と考えている人も意外に多いように思われるが,人材を研究の製品(成果)ととらえるならば,粗悪な製品を生まないためにコストをかけることは,生産者(大学・研究機関)の当然の義務であると考えられる。

科学技術政策は質的高度化への転換点を迎えつつある。わが国は,優秀な人材を国際社会に輩出・供給する,いわば「成熟した人材国家」のフェーズを迎えている。科学活動が国際化し学際化する中で,研究倫理も含めて,国際社会からの「人材の品質管理」に対する要求水準はますます高くなるものと思われる。それに伴い,移転可能スキルの一つとして,博士人材に対する研究倫理教育におけるイノベーションが必要となりつつある。

博士人材の研究公正力を確保するためには,「知識を教える」予防倫理の段階から,「意識を磨く」志向倫理の段階へと質的高度化を図る必要がある。わが国の研究公正力は本当に大丈夫か,という本質的な問いかけに,改めて向き合う時期に来ている。

執筆者略歴

  • 松澤 孝明(まつざわ たかあき)

科学技術・学術政策研究所 第1調査研究グループ総括上席研究官。専門は科学技術政策。研究倫理,人材問題,イノベーションシステム等に特に関心がある。

本文の注
注1)  実際の調査では,博士課程在籍者には「博士課程で身に付けたい能力」,修士課程在籍者には「大学院で身に付けたい能力」として質問した。本報では以下,「博士課程等で身に付けたい能力」と記載する。

注2)  参考文献1のp. 386~387を参照。欧州諸国では「倫理教育」を博士課程における「構造的訓練(structural training)」の一つとしている。

注3)  この種のアンケートは博士人材の回答協力を得るのが一般に難しい。特に,調査の行われた2016年度は博士人材追跡調査等,博士人材に対する大規模なアンケート調査の実施と重なった年であり,アンケートの回答数は499人にとどまった。

注4)  第1回答のみみると,語学力に次いで,研究計画書・プロポーザル作成に関する能力が2位となる。

注5)  自分に足りない能力が単答式,身に付けたい能力が第1,第2回答の合計という回答方法や集計の違いがあるが,後者の第1回答をみても,この傾向は変わらないと考えられる。

注6)  この点は,マルチアンサー形式の質問結果との比較で,ある程度わかると思われるので引き続き調査課題としたい。

注7)  善管注意義務:「善良な管理者の注意義務」の略。管理者に通常期待される注意義務のこと。「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる」ずさんな行為がみられた場合は,善管注意義務違反に問われることがある。

注8)  UMETRICS:Universities: Measuring the ImpacTs of Research on Innovation, Competitiveness, and Science。2015年1月に,米国オバマ政権が進める STAR METRICS (Science and Technology for America's Reinvestment: Measuring the EffecTs of Research on Innovation, Competitiveness, and Science)から分離・独立し,中西部の主要大学等の協力の下で進める人材データベースプロジェクトである。

参考文献
  • 1)  松澤孝明. 博士人材の研究公正力(1):グローバル化時代の研究倫理教育. 情報管理. 2017, vol. 60, no. 6, p. 379-390. http://doi.org/10.1241/johokanri.60.379.
  • 2)  松澤孝明. 博士人材の研究公正力(2):研究倫理教育の類型学. 情報管理. 2017, vol. 60, no. 7, p. 481-492. http://doi.org/10.1241/johokanri.60.481.
  • 3)  篠田裕美, 松澤孝明. 博士人材データベース(JGRAD)を用いた博士課程在籍者・修了者の所属確認とキャリアパス等に関する意識調査. 科学技術・学術政策研究所, 2016, 調査資料250, 121p. http://doi.org/10.15108/rm250.
  • 4)  IDEA Consult. "MORE2: Deliverable 8 ― Final report MORE2". EURAXESS, 2013. https://cdn4.euraxess.org/sites/default/files/policy_library/final_report_0.pdf, (accessed 2017-11-06).
  • 5)  松澤孝明. わが国における研究不正:公開情報に基づくマクロ分析(2). 情報管理. 2013, vol. 56, no. 4, p. 222-235. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.222.
  • 6)  松澤孝明, 小知和裕美. 博士課程在籍者のキャリアパス等に関する意識調査:フォーカス・グループ・インタビューからの考察. 文部科学省科学技術・学術政策研究所, Discussion Paper no. 152(公開予定).
  • 7)  松澤孝明. 諸外国における国家研究公正システム(3):各国における研究不正の特徴と国家研究公正システム構築の論点. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 12, p. 852-870. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.852.
  • 8)  松澤孝明. 博士人材政策から見た米国UMETRICS:UMETRICSと博士人材データベース(JGRAD)の国際比較研究. 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2017, 調査資料263, 42p. http://doi.org/10.15108/rm263.
 
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