2018 年 60 巻 10 号 p. 739-743
2017年10月21日,22日,「ゲームジャム高梁(たかはし)2017」注1)が,筆者の所属する吉備国際大学(眞山滋志学長)高梁キャンパスで開催された。ゲームジャム(以下,GJ)は,デジタルゲームのクリエイターやゲーム開発を志す学生・若者が集まって,即席のチームに分かれ,24時間から72時間程度の短時間で,デジタルゲームを1つ作り,その出来栄えを競うもの。いわゆる「ハッカソン」の一種だ。
その名前がジャズの「ジャムセッション」を連想させるように,そのときどき集まった仲間と即席のチームをつくり,共同作業を行って,短時間でともかく動き,面白さが感じられるデジタルゲームを開発する。
ゲームジャム高梁は,2015年の第1回から毎年開催され2017年で3回目を迎えた。第1回は高梁市庁舎1階にある市民ホールで開催された1)。第2回・第3回は,泊まり込みでゲーム開発をする参加者に宿泊施設を提供する吉備国際大学で開催されてきた。
同イベントはゲームジャム高梁実行委員会(実行委員長:井上博明 吉備国際大学アニメーション文化学部教授,世話人:石井聡美 高梁市議会議員)が手掛ける。高梁市・高梁商工会議所の他,2017年度は,JR備中高梁駅近くに設立されたアニメスタジオ「株式会社備中高梁まちづくり研究所」(藤岡孝社長)などが後援に名を連ねた。
ゲームジャム高梁2017は,26名の参加者を集めた。岡山県内の情報技術(ICT: Information and Communication Technology)関連やデザイン関連の専門学校の学生の他,吉備国際大学アニメーション文化学部の学生,県内外のデジタルゲーム開発者などが集まった。岡山県立高梁高等学校の生徒,および市内の中学生2名も参加した。
GJの歴史は,2002年までさかのぼる。2002年3月15~18日,ゲームデザイナーのChris HeckerおよびSean Barrettの呼びかけで,ゲームデザイナー14人がカリフォルニア州オークランドに集まって,「インディーゲームジャム(The Indie Game Jam)」を行ったのが始まりだ。このイベントの目的は,「ゲーム産業における実験とイノベーションを促進すること」注2)とされる。
デジタルゲーム業界は,専用ハードウェアを開発・製造する超大企業のハードウェアメーカーと,映画分野における「ブロックバスター」と同様に,巨額の開発費と宣伝費をかけてコンテンツを開発し売り上げる巨大ゲームソフトウェアメーカーが,市場の多くを支配する。
これに対して,1990年代末から,個人や小さなグループでデジタルゲームの自主制作を行う「インディー」と呼ばれる動きがみられる注3),2)。インディーは,ユーザーのニッチなニーズに対応する他,デジタルゲームの世界に実験や新しい試みを持ち込むと期待されている。
GJはこのようなインディーの活動を活発化・促進するために始まった。
インターネット回線で接続したバーチャルなGJを経て,2006年には,国際ゲーム開発者協会(IGDA: International Game Developers Association)のデンマーク支部が「ノルディックゲームジャム(Nordic Game Jam)」を開始した。このGJは,単一のGJとしては世界最大規模である。
GJは,テーマに沿ってゲームを開発するが,この大会から,チーム分けが行われてから,テーマが発表される場合が増えた。チーム分け後にテーマを発表するようになったのは,協業の精神(spirit of collaboration)の涵養(かんよう)が目的とされる3)。
また,米国で最初に行われたGJはプロフェッショナルのゲーム開発者やプログラマーに参加を呼びかけたが,ノルディックゲームジャムは,どんなスキルレベルの人でも参加してかまわないとしている。これはIGDAデンマーク支部がGJの教育的側面を重視したからだ。その後多くのGJはこの例にならい,特別の参加資格を設けない3)。
2009年には,現在世界最大のGJと認定されている「グローバルゲームジャム(GGJ: Global Game Jam)」が,Susan GoldおよびIan Schreiber,Gorm Laiによって開始された4)。GGJは,前出のIGDAが国際的ネットワークを活用して運用し,2017年1月には,95か国・地域で701か所の会場を設けて実施された。中四国(中国・四国地方)では,岡山県(吉備国際大学岡山キャンパス)および愛媛県に会場が設けられた。
国内では,2011年8月福島県南相馬市で,「福島Game Jam in 南相馬」が開催された5)。東日本大震災による被害を受けた福島県の復興支援を目的として,継続的に実施されている。福島県内のメイン会場に加え,サテライト会場が各地に設けられている。
2015年8月,IGDA日本理事の山根信二が福島GJのサテライト会場を岡山に設け,中四国で初めてGJを開催した6)。前出の石井高梁市議会議員はこのGJを見学して感銘を受け,GJ開催が情報通信産業・コンテンツ産業の誘致と振興へとつながると考え,高梁市や吉備国際大学に呼びかけ,同年同市でのGJ開催を実現した。
ゲーム開発者やゲーム開発を志望する者に対して,教育担当者がGJに参加するよう勧める理由は,GJが創造性や協業・コミュニティーを育成するイベントであるだけでなく,多くのゲーム会社でみられるようなファストソフトウェアプロトタイピングやインタラクティブデザインを経験できるからとされる。また,ゲームを完成させるためには,「早い段階での失敗(failing early)」が必要だが,このような経験も積めるという3)。
従来標準的とされてきたウォーターフォール・モデルのソフトウェア開発では,上流から下流へと作業工程ごとに成果物の品質を確保し,前工程への手戻りがないように進捗・工程管理を行う。ウォーターフォール・モデルは品質管理がしやすい一方,いったんソフトウェアを完成させないと,顧客やユーザーにはソフトウェアの全貌がみえず,設計と実装の不整合などがあった場合,最初から作り直すため,開発費用が大幅に増大する問題がある注4)。
これに対して,GJで経験するようなファストソフトウェアプロトタイピングの開発においては,不完全であってもできあがったソフトウェアと同じように動作するプロトタイプをまず作成し,顧客やユーザーのレビューを受け改良することで,完成形のソフトウェアを作成していく。一般的に,ソフトウェアプロトタイピングはユーザーとのやり取りが多いシステムで特に有効とされるので,Webサイトやデジタルゲーム等の開発に向くと考えられる注5)。
インタラクティブデザインは,ユーザーや開発者同士のレビュープロセスを経て,ソフトウェアの設計と実装方法を練り上げていく手法である。
GJでは,このように,現在のデジタルゲーム開発でとられている手法を経験的に学ぶことができる。
ゲームジャム高梁2017において,開発の様子を観察すると,初期段階では,各チームはコンピューターに向き合うのではなく,ホワイトボードや大きな模造紙などを活用して,核となる重要なアイデアを大きく書きつけた周辺に,関連するさまざまなアイデアや,やるべきことをポストイットに書き込み貼り付ける様子が見られた。
ゲームの基本的アイデアは文字で書かれるだけでなく,簡単なスケッチや,イメージを示す図などが多用されている。このようなスケッチやイメージは,技術史家のEugene S. Fergusonが「トーキングスケッチ」と呼んだものである。「トーキングスケッチ」について説明する前に,Fergusonの設計観,すなわち技術者の物理世界の認識とその表現に関する思想をみておこう。
技術者は,心眼(マインズアイ)によって物理的世界を認識すると,Fergusonはいう。工学的知識の大部分は,視覚的な言語(図面やスケッチなど)で伝達されるが,心眼による物理的世界の理解はそれよりも広い。「心眼は,ほんとうの眼を通して入ってくるよりもずっと多くの情報を集めて解釈し,生涯にわたる感覚的情報――視覚,触覚,筋力,内臓,聴覚,嗅覚,味覚の情報――を集積して,相互につないで関係づける」とされる。この情報が有益な視覚的情報に変換されて,整理されることで,設計が実現すると,Fergusonは説明する7)。
技術者は,自分のアイデアを明晰(めいせき)化し試してみるため,また,アイデアを製作者・製造者に指示するため,頻繁にスケッチを描く。同様に,技術者同士の意見交換においても,頻繁にスケッチを描く。議論をする際に,言葉だけでなく,心眼でとらえたアイデアを明晰化し,視覚言語によって伝えるため,スケッチが描かれる。このトーキングスケッチによって,技術者は,設計しようとする人工物について共通の理解を得ようとする7)。
プログラミングは一種の文章であって,一般的に視覚的要素が少ないとされるものの,デジタルゲームはコンピューターとユーザーとの相互作用をデザインするうえで,視覚的な理解(と,場合によっては聴覚・触覚などの他の感覚要素による理解)が欠かせない。詳細な検討はできなかったものの,人類学者や認知科学者がGJにおけるソフトウェア設計の様子を観察することで,デジタルゲーム開発における視覚的イメージやその他の感覚表象の使用に関する重要な知見が得られる可能性を感じた。
IGDAメンバーによると,GGJは,複数の教育機関で,ソフトウェア開発を学んだ学習者が最終年度に卒業研究として取り組む「キャップストーンプロジェクト」(ピラミッドの頂上部に位置するのがキャップストーンで,象徴的にこの頂上部を取り付けることをイメージする)として位置づけられているという。キャップストーンプロジェクトは,製品を制作し,技術的問題またはビジネス上の問題を解決するよう学生に求めるが,学生は学習の総仕上げを行うとともに,潜在的な雇用機会を得る場合もあるとされる4)。
日本の大学においては,卒業研究・卒業論文があるので,キャップストーンプロジェクトとしてのGJの意味合いは低い。しかしながら,専門学校等での仕上げや,一つの科目の仕上げに導入する意義はあるだろう。
前出の山根は,デジタルゲーム開発を通じた情報科学教育を実践するが,彼の研究室においては,3年次にGJに参加し,デジタルゲームをはじめとする現代のソフトウェア開発を実体験から学ぶことを経て,卒業研究に取り組むという指導を行っているという注6)。
1990年代終わりから,産業社会から情報社会・知識基盤社会への移行に伴って,新しい人材像・能力(「コンピテンシー」および「スキル」)観が,さまざまな機関・組織によって提唱されてきた注7)。
たとえば,OECDのDeSeCo(Definition and Selection of Competencies)プログラムにおいては,次のように,21世紀の知識基盤社会に求められるキー・コンピテンシーを定義する8)。
[3]の道具を活用する力で,「相互作用的に」とあるのは,他者や社会を含む自らの環境に働きかけ,その環境の変化に適応した道具を選択し使用することをいう。つまり,社会的という具体的状況において道具(言語やシンボルを含む)を使う力を指している。
一方,Cisco Systems社およびIntel社,Microsoft社他がスポンサーとなったATC21S(Assessment and Teaching of 21st Century Skills)プロジェクトにおいては,21世紀型スキルは次のようなリストで示される注8),9)。
教育・トレーニングとしてのGJは,プロジェクト型学習(PBL: Project-Based Learning)に相当すると思われるが,異質な集団の中で――多くの場合,そのときどきでチームが組まれ,年齢層もさまざまで,プログラマーやグラフィッカー(いわゆる「絵師」),デザイナーなど異職種の人々からなる集団で――,ICTを活用してコラボレーション(協業)して問題解決を行う。課題もデジタルゲーム作成という非常に魅力的なものである。
これらの点で,GJは,キー・コンピテンシーや21世紀型スキルと呼ばれている知識基盤社会・情報社会に求められる能力を涵養することに向いている可能性があるように思われる。大学教育における卒業研究・卒業論文にそのまま上記の要素を取り入れることは難しいものの,何らかの参考になると思われる。
2015年から3年間を通してみてきたことで,だんだんとゲームジャム高梁の運営が洗練されてきたことがわかる。地域における若者や学生の新しい社会への適応を促す教育・トレーニングの一つとしてGJを位置づけ,育てていく意義があると考える。
第2に,P21(Partnership for 21st Century Skills:21世紀スキルパートナーシップ)やATC21Sによる「21世紀型スキル」は,ICTスキルを過度に重視しているとの批判がある。これは,OECDの見方でもあって,代替的な21世紀スキルを提案している8)。