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「情報」とはなにか 第9回 ■情報×生命進化:コピーされるもの・継承されるもの
池上 高志
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2018 年 60 巻 11 号 p. 809-813

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著者抄録

インターネットという情報の巨大な伝送装置を得,おびただしい量の情報に囲まれることになった現代。実体をもつものの価値や実在するもの同士の交流のありようにも,これまで世界が経験したことのない変化が訪れている。本連載では哲学,デジタル・デバイド,サイバーフィジカルなどの諸観点からこのテーマをとらえることを試みたい。「情報」の本質を再定義し,情報を送ることや受けることの意味,情報を伝える「言葉」の役割や受け手としてのリテラシーについて再考する。

第9回は,生命進化の観点から情報を考える。いま世界のいたるところで,人工システムが生命的な様相を呈している。単なる自己複製にとどまらない人工生命化。その進化の先にある世界とは。

本稿の著作権は著者が保持する。

はじめに

情報という言葉を,生命進化の観点から考察する。過去の研究からいくつか例を拾ってきて,それを基に情報の考えをアップデートしてみたい。

エラーカタストロフ

ホノルルでLee Altenbergに会った。西海岸のモントレーベイ水族館で会ってから実に25年ぶりである。しかしすぐにわかって声をかけてくれた。彼は数理生命進化の理論家1)で,長年Eigenのエラーカタストロフ問題2)を追いかけている。

「エラーカタストロフ」とは,遺伝子の突然変異率と淘汰(とうた)の関係を与えるものだ。遺伝子座当たりの突然変異率を 1-q として,優位な遺伝子が進化的にちゃんと選ばれる突然変異率には,ある特異点があることを示した。1では,シミュレーションの結果,遺伝子長が20で変異率がだいたい0.11より大きくなると,進化的な有意差が急激になくなってしまうことを示している。この急峻(きゅうしゅん)に変化する臨界的な振る舞いをエラーカタストロフという。たとえば富士山のように1点だけ優位な点がある適応度地形の場合は正しいが,いろんなところに山あり谷ありの一般的な凸凹適応度地形ではこうはならない。そうしたときには突然変異率は臨界的ではなくなる。また不可逆な突然変異(たとえば,人工の遺伝子の0が1になったら,0には戻らない)が多い実際の遺伝子進化でもそうした臨界性はない。逆に突然変異率をもつと,少しパターンの異なる変異体の集団が複製しつつ維持され,環境変化に対する頑強性を獲得することが知られている(たとえばRNAウイルスなど)3)。これをquasi-species(準種)という。

図1 マスター遺伝子の突然変異率(横軸)に対する,最終状態における相対的な遺伝子パターンの頻度

理論としての複製

準種という考えは,これまでの生命=自己複製の考えをすでに更新している。著者らは準種の出現に対して,非常に抽象的な,テープとマシンの共進化する仮想な遺伝システムを提案した。マシンはテープでエンコードされ,マシンはそのテープの情報を読み,そこに書かれたマシンを組み立て,そのテープも複製する。テープに書かれた情報は絶対情報ではなくて,異なるマシンが読むと異なるマシンを作るために,情報は相対的なものである。シミュレーション実験で,マシンの読み書きにエラーを起こさせた。するとこのランダムに生じるエラーを,やがてマシンがプログラム的に模倣して,アルゴリズム的なエラーへと変異させた。その結果,この書き換えエラーを起こさせるノイズが大きくなり,ある臨界を超えると,自己複製フェーズから他者複製フェーズへと転移することを見いだした(2)。その意味で,これは準種の創発となる4)5)

実際の細胞の自己複製においては,テープはDNAに相当し,マシンはリボソームと転写酵素などが作る酵素・タンパク質である。これらは,並列的に動作し,DNAの複製も行われる。またDNAからRNAに転写し,そこからリボソームが3つ組みのコドンに対応するアミノ酸分子をつなぎあわせてタンパク質を合成する。この仕組みを,今度はコンピューターと比較してみよう。

図2 外部ノイズが大きくなったときに出現した,他者複製ネットワークの図

ノイマン・ボトルネック

いまのコンピューターは,まずプログラムとデータをメモリー上にロードし,そこで実行する。CPUが速くなると,メモリー上で実行できずに待っている時間が多くなり無駄がでてくる。これを「ノイマン・ボトルネック」という。このボトルネックはキャッシュメモリーを増やしても,マルチコアCPUになっても残っている問題であるが,圧倒的に計算コアの数を増やしてメモリーを小さくバスを短くし,なおかつそれらが非同期で駆動するならば,ボトルネックは解消される。

細胞の自己複製において,同様なボトルネックが存在する。RNAからのタンパク質合成は,複数のリボソームがRNAにとりついて行われる並列計算である。しかし本質的なボトルネックは,細胞内に核があるかないかで決まる。核がある場合には,核で転写されたRNAを核膜の外に運ばないといけない。そのために核膜のある真核生物と,核がない原核生物ではタンパク質合成の速度が何十倍も違ってくる。

生命システムは,原核から真核に進化した。かえってボトルネックのあるシステムに進化したというのは,このボトルネックは進化的に有利ということだろうか。マルギュリスの共生進化説では,他のシステムとの融合,原核から真核への進化におけるミトコンドリアや葉緑体との融合が起こる。エネルギー的な共生関係にあったり,お互い同士の捕食・被捕食関係にあったものが,同一のシステムに組み込まれることで共存しつつ,全体としてより複雑なことができるようになる。

現在のコンピューターも他のコンピューターとの共生によって新しいコンピューターへと進化するかもしれない。つまりノイマン・ボトルネックを解消するのではなく,他のコンピューターとつながることでもたらされる共生進化を考えるべきなのだろう。それが実現されつつあるのが,コンピューターを接続した巨大ネットワーク,インターネットやWebである。

Webの遺伝子

現在のコンピューターや携帯は,インターネットで世界中のコンピューターや携帯と接続され続けている。いま,世界が率先して進めている科学技術であるIoTやデバイスは,どのような場面でどのように使われるかを,完全に確定して作り出す技術ではない。実際の生物のように,自動化され適応的で自己発展的である必要がある。そうした人工システムが生命的な様相を呈するものを「人工生命(Artificial Life)」と呼ぶ。いま世界のいたるところで,技術が人工生命化する方向に向かっている注1)

Webを生命システムとしているのはハードウェア的なものだけではない。たとえばGoogleが最初ベースとした主要なアーキテクチャーを,(1)PageRank, (2)Web Crawlers,(3)Big table,(4)GFS(Google File System),(5)MapReduceとするなら,それはそれぞれ脳における(1)記憶を思い出す順番,(2)記憶のメンテナンス,(3)記憶の格納,(4)記憶の読み出し,(5)記憶の処理,に対応させて考えることができる。この対応づけは,Web上での情報のやりとりを実効的かつ最適化しようと進化させてきた結果であって,似せて作ったものではないところが面白い。

物理システムと生物システムの違いは,情報の流れという点にみることができる。インターネットは情報の流れをつかさどるもので,その意味でも脳に似ている。Web上のTwitterシステムは,外の世界で何か起こったことを人がツイートするという外因性の応答を示すだけではなくて,Twitterの中で人々が自発的にネットワークでつながり反応性を組織化していく内因性の進化システムでもある。その内因性から外因性への切り替わりに,ツイートの揺らぎの臨界点が対応していることがわかってきた(3)。この臨界点の存在は,実際の脳の神経細胞のような2状態(静穏状態と興奮状態)が,Twitterにも出現することを示す6)。つまりTwitterシステムは「興奮性媒質」となっていて,興奮状態への転移が,自己組織化される。生物の脳は興奮性媒質である。Twitterもまた脳のような意識状態をもちうるのだろうか。

図3 Twitterのキーワードに注目して,時系列をベースライン期とバースト期に分け,時点(t)でのそのキーワードを含む発言数の揺らぎの大きさ(標準偏差)を横軸に,その後(t+1)でのバーストのピーク値を縦軸に取った図

まとめ

Twitterのような例は,人工システムもまた生命的であり進化し,そこに臨界性や創発性が生まれていることを示唆している。ここで人工システムにはもうひとつ新しい展開がある。これまでの進化ゲーム理論などでは,利己的なエージェントの集団でいかに協調的な振る舞いが出現するか,それを進化の理論として考えてきた。しかし,最近の技術発展とともに起こりつつあること,それは協調的で公共的なシステムの進化である。

いま,Web上では新しい貨幣システム「ビットコイン」が盛んに話題に上っている。ビットコインは,どのようなtransactionがあったかをすべて記憶し,その記憶が認証をつくっていく,という意味で「記憶のある貨幣システム」である7)8)。それは公共性を担保したネットワーク全体でつくる集団知のかたちであり,誰も勝手に制御できないという意味で,ネットワーク全体として自律性・独立性が獲得されて発展する,生命的なネットワークである。そうしたネットワークの中では,秘匿化された情報の保守と継承よりも,情報を開くことで保守と継承が約束される新しい協調世界への進化が見て取れる。それは逆に生命の進化や情報の理論にも展開されるだろうと期待される。

執筆者略歴

  • 池上 高志(いけがみ たかし) ikeg@sacral.c.u-tokyo.ac.jp

1961年長野県生まれ。東京大学大学院・総合文化研究科広域システム科学系教授。東京大学大学院博士課程修了。理学博士(物理学)。専門は複雑系の科学。コンピューターや化学実験,ロボット実験を通じて,人工的に生命を作ろうというALIFE研究に従事。著作に『動きが生命をつくる:生命と意識への構成論的アプローチ』(青土社),『生命のサンドウィッチ理論』(共著,講談社),『人間と機械のあいだ:心はどこにあるのか』(共著,講談社)など。

本文の注
注1)  2018年7月23~27日に日本科学未来館(東京江東区)で人工生命国際会議を行う。http://2018.alife.org/

参考文献
 
© 2018 The Author(s)
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