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図書紹介 『ビッグデータ・リトルデータ・ノーデータ:研究データと知識インフラ』
竹内 比呂也
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2018 年 60 巻 11 号 p. 840

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書誌情報

  • 『ビッグデータ・リトルデータ・ノーデータ:研究データと知識インフラ』
  • クリスティン・L・ボーグマン著;佐藤義則,小山憲司訳
  • 勁草書房,2017年,A5判,430p,4,400円(税別)
  • ISBN 978-4-326-00044-9

このタイトルを見て,プライスの古典的名著『リトル・サイエンス,ビッグ・サイエンス』(1963年,邦訳は1970年)を想起された方は多いだろう。データに関しては,プライスが指摘したリトル/ビッグという研究の質,量の相違の問題だけではなく,「ノーデータ」という危険な状態が容易に出来(しゅったい)しうる…本書の著者のボーグマンは,このような状況に警鐘を鳴らし,データの利活用を長期的に可能とするような知識インフラ構築が必要であると述べている。ここでいうノーデータとはデータ不在の状態であり,その状態はデータの入手不能,非公開,および使用不能によってもたらされる。ボーグマンは「挑戦的課題」と自身で述べている6課題を見据えて俯瞰(ふかん)的にこの問題を検討している。研究データに関する困難な課題に真正面から取り組んだ力作といえるだろう。

本書は3部構成となっている,第1部は「データと学問」と題され,データと学問の関わりについての全体像を示している。第2部は「データの学問の事例研究」として,自然科学(天文学,センサネットワークの科学技術),社会科学(インターネットサーベイとソーシャルメディア研究,社会技術研究),人文学(古典芸術・考古学,仏教研究)の各領域でのデータを活用した研究について,「挑戦的課題」と結びつけながら,データのサイズなど共通の視点から記述されている。第3部は「データ政策と実践」と題され,データの利用と保存を実現するために必要な政策的,制度的課題について詳細に論じられている。

わが国においても「オープンサイエンス」という政策課題の下で,データのオープン化の議論がさまざまなレベルでなされている。しかしながらその議論が何となく他人事であるかのような印象から脱しきれないのは,その実践に向けてステークホルダーがいくつも存在する中で誰が中核的な役割を担うのかが明確でなく,また,データのオープン化が具体的に学術の発展にどのような効果があるかということについてイメージを描ききれていないからであろう。さらにいえば,近年のわが国の科学技術政策において地味なインフラ整備に対してはあまり関心が払われてこなかったことで生じている現場の無力感が,この傾向に拍車をかけているように思われる。このままでは,わが国では,ボーグマンが指摘しているような「ビッグデータもリトルデータもノーデータになってしまう日」は近いのではないだろうか。

データのオープン化は,本書で指摘されているように,研究者,図書館,大学,資金提供機関,出版者などに幅広く影響を与えるものである。この課題に関心はあるが自分の立ち位置について戸惑いを感じている方にとって,本書は極めて有効なガイドとなるだろう。本書には内容の性質上,一般にはなじみのない専門用語も数多く出現するし,必ずしも読みやすい本ではないが,そのような部分を少々飛ばしたとしても,研究データを巡る議論を俯瞰し具体的に何が課題かを理解することはできる。本書が研究データに関する今日望みうる最上の書であることは間違いない。ボーグマンの著書は図書館情報学界ではこれまでも注目されてきたが,翻訳という形でわが国に紹介されるのは初めてである。翻訳にあたられた佐藤義則先生,小山憲司先生の労を多としたい。

(千葉大学大学院人文科学研究院/千葉大学附属図書館長/アカデミック・リンク・センター長 竹内比呂也)

 
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