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トークセッション
サイエンスアゴラ2017 トークセッション 人工知能(AI)との共生:人間の仕事はどう変化していくのか
安宅 和人チェン ドミニク山口 高平山本 勲
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2018 年 60 巻 12 号 p. 865-881

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著者抄録

人工知能に関して第一線で活躍している4人をパネリストに招いて,トークセッションを開催した。セッションのテーマは「AIとは何か」「AIによって人間の仕事はどう変化するのか」「これから身に付けたい能力」「若者への提言」などである。パネリストの発言はAIの真実やAIの現状を知り,AIとの付き合い方を考える大きな手がかりとなる。

本稿は2017年11月25日に東京都江東区のテレコムセンタービルで開催されたサイエンスアゴラ2017のトークセッションを,編集事務局で編集したものである。司会は科学技術振興機構 戦略研究推進部 川口哲が務めた。

登壇者の自己紹介

―――皆さん,こんにちは。「人工知能(AI)との共生」のトークセッションを始めたいと思います。まず自己紹介からお願いします。

安宅:Yahoo!チーフストラテジーオフィサーの安宅です。元々はニューロサイエンスを研究していました。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーで11年ぐらいコンサルティングを行い,9年余り前からYahoo!JAPANで働いています。全社のストラテジストの仕事に加え,データやR&D(Research and Development)系を統括していたこともあり,日本のデータ人材の不足に強い問題意識をもっています。3年ほど前にデータサイエンティスト協会を何人かの有志で立ち上げて,スキル委員長等も務めています。その関係でAIやデータ系の国の検討会の多くに参加しています。

山口:慶應義塾大学理工学部の山口です。大学4年生のときに研究室の先輩に,数学の定理の証明,たとえば二等辺三角形の両角が等しいことを証明できるコンピューターのデモを見せてもらって,これはすごいと人工知能分野に進み,約40年間いろいろなタイプの人工知能に携わってきました。人工知能学会の会長も2012~2014年に務めました。「人工知能」はあまりにも範囲が広く,広いがゆえに多くの誤解を生んでいると思います。今日はそのあたりをクリアにできればと思っています。

山本:慶應義塾大学商学部の山本です。私の専門は労働経済学です。本日のテーマ「AIと仕事」のうち,仕事の方が専門です。日本銀行に勤め,エコノミストとして雇用や賃金などの研究をしていました。その後,慶應大学に移りワークライフバランスや労働時間,今話題の働き方改革などについて,さまざまなデータを使って解析する研究をやっています。AIに関しては,AIと働き方の関係を研究し始めたところです。どうもこの頃,AIが仕事を奪うというかなりセンセーショナルな試算結果が出てきて,仕事が奪われるということが独り歩きしているように思いますので,実態について説明できればと思います。

チェン:早稲田大学文学学術院のチェンです。大学着任は2017年4月からで,それまではインターネット系のサービス会社の経営や,インターネット上で人々はどうしたら創造的なコミュニケーションができるかを考え,著作権にまつわるNPOの運営等をしてきました。いわゆる機械学習や情報技術などのテクノロジーを実際に活用してきた立場です。今やAIのハードルは下がり,小学生でもディープラーニングを使って新しいものや考えを形作れるようになってきています。私は今,人文系と呼ばれる学部に所属していますが,文系・理系という区切りを破壊していこうという立場からお話をしたいと思っています。

図1 安宅和人氏

AIの「今」と「未来」

―――最初は「AIの『今』と『未来』」というテーマで,安宅先生から発表をお願いします。

AI研究の現状

安宅:イ・セドルが負けたり,柯潔(かけつ)が負けたり。碁で世界最強といわれる2人が負けた事件は皆さんもご存じだと思います。柯潔が泣き崩れている瞬間をキャプチャーしたものですけれども…。これは人類の敗北で,おそらく,もう二度と本気のキカイに人間が碁で勝つことがないという瞬間です。産業革命級の変化の局面に僕らがいることは間違いないのです。18世紀後半から始まった産業革命は人間の労働のほとんどを占めていた肉体労働,手作業を消え去らせたわけです。

今の労働の大多数は,情報処理活動です。クルマの運転であろうと,実は人間が膨大な情報処理をしているのです。今は,これらが自動化され,再度人間が解き放たれる瞬間といえるでしょう。

2016年のノーベル化学賞はモレキュラーマシーン(molecular machine)という分子レベルの機械に与えられました注1)。つまり,ものづくりはもう分子レベルに突入しています。今年(2017年)の夏,Nature誌には,人間のクローンどころか,胚で遺伝子改変に成功するという衝撃的な論文注2)が出ました。デザイナーベビー注3)をやるか,やらないかという時代になったということです(2)。デジタルと生命が融合したわけです。以上みてきたとおり,われわれは確変モードの時代に生きています。それを示すようにTESLA社という自動走行車やバッテリーを売っている会社が,世界最大級の自動車メーカーであるGM社の時価総額を2017年4月に抜きました。「未来を変えている感」が明らかに富につながる時代になり,単なるスケールやシェアのゲームではなくなってきています。

その大きな理由の一つは先進国および中国の人口,特に生産年齢人口といわれる労働と消費の中心となる人口の減少です。若い人に伝えたいのは,皆さんのご両親の時代までに大切だったスケールの追求ではなく,「未来を変えている感」,つまり未来を変えていく妄想を抱き,それをカタチにする方がこれからの時代においてはるかに重要だということです。

こういうことをいうと,仕事がなくなるとか,イーロン・マスク(TESLA社 CEO)がいっているように,人間にとって最大の脅威とかの話(AI脅威論)になるわけです。自分が作る機械でオワコン化する(終わったコンテンツになる)という恐ろしい疑惑が立ち込めてしまいがちです,世界中に。

では情報処理システムはどのような構造をしているかというと,コンピューターであれ,人間であれ,「情報の収集,処理,出力」という3ステップでできています。つまり,考えるということは,インプットをアウトプットにつなげることなのです。

この視点をさらに掘り下げてみます。入ってきた情報をわれわれはまず「感覚」に翻訳します。色や肌触りという「感覚」は,脳あるいは心の中にしかないのです。これから生まれる色や形,動きなどのさまざまな知覚情報をベースに,われわれは対象を理解し,さらに複合的なイミを認知します。これをベースに僕らは運転したり,ものを書いたりしているわけです。

このように俯瞰(ふかん)すればわかるとおり,思考とは実はI/O(Input/Output)をつなぐことで,このI/Oをつなぐ力こそが「知性」といえます。このI/Oをつなぐ中でも「意味理解」というべき「知覚」こそが知性の中核です。さまざまな情報を統合して対象や環境のイミを理解するということです。

たとえば僕はカメラが大好きですけれど,カメラ本体は何も理解していないですよね。写真を撮って,ある写真が花やクラゲだとわかるのは僕らの心であって,カメラでないことは明らかです。

ではこれを頭においた状態でAIについて考えてみましょう。よくディープラーニング(深層学習)は何でも使えるAIみたいな議論がありますが,これは嘘っぱちです。大変に革新的な機械学習の要素技術であることは明らかですが。山口先生が人工知能はあまりに範囲が広いとおっしゃいましたが,まさにそのとおりで「自律的に何かを判断しているものは全部AI」なのです。自動ドアであろうとエアコンであろうとAIといえばAIなのです。

では,今われわれの社会が騒いでいるAIというのは何かというと,非常に早いコンピューティング環境に言語処理や学習能力をもつようなアルゴリズムを実装したうえで,膨大なデータもしくは経験値を与えることで何かができるようにしたものです。ですから,万能なAIなるものは存在せず,特定の用途の自動化ですね。画像からの情報識別やピッキング等の自動化をやっているわけです。

動画の読唇とかは人間をはるかに超えていますし,翻訳の世界でもGoogleの発表では人間にかなりレベルの近いものがリアルタイムにできるところまできています。つまり,情報の識別なり,予測なり,実行はことごとく自動化していくという驚くべき局面にあります。

とはいうものの,先ほどご説明した知覚やわれわれの思考のプロセスは全体として途方もなく複雑なものです。この中の,どこか一つあるいは一機能だけでも自動化すると,われわれは現在AIと呼んでいるわけです。

もし対局中に火事が起きたらイ・セドルは当然逃げ出すのですが,AlphaGoは燃え尽きるまで動き続けます。いいですか,これが結構重大なことなのです。生命体のようにはキカイはイミを理解していないのです。

これはなぜかというと,今のAIの重要な技術ベースになっているマシンラーニング(機械学習)と生物学的な学習の根本的な違いに由来しています。マシンラーニングは,どのような出力をするかに合わせて,そのモデルの中にあるパラメーターをセットします。つまり情報の分類,仕分けをするという目標に合わせて,変数を決める過程です。アウトプットドリブンなわけです。ではわれわれ生物における学習はというと,まったくアウトプットは関係ありません。

たとえば草を踏んでかぶれたら,その草はかぶれると直接的に学習します。完全にインプットドリブンでアウトプットとしてどう使うというのはどうでもよいのです。この学習の過程を情報のアソシエーションといいます。

課題解決プロセスを俯瞰すると,実はほとんどボトルネックだらけで,AIは全然できないというか,自動化の見込みが立っていない課題だらけです。そもそも課題のコンテキストを理解できませんし,ひらめくこともありません。課題解決において不可欠な枠組みとして整理することもできません。適切な問いを発することもできません。その理由は,機械が「意味理解」をしないからなのです。

もう一つ,現在のAIの大きな問題は「意思」の欠落です。意思は生命の本質からきています。大腸菌であろうが意思があります。大腸菌もほしい栄養があればそこへ行くし,熱かったら逃げるのです。いいですか,「意思」というのは,ニューロンといった神経系の数の問題ではないのですよ。

図2 人間すらデザイン可能な時代に

「みんなのAIツール PRINTEPS」の開発

山口:AIの研究の現状は安宅さんのお話で大体網羅されているので,私からは,約3年間科学技術振興機構(JST)の支援を得た,「PRINTEPS(プリンテプス)」のお話をさせていただきます。ロボットが,人のように聞いて・話して・見て・考えて・学んで・動くために,知識推論,音声対話,人と物体の画像センシング,動作という4種類の要素知能(バックグラウンドで機械学習)を統合した総合知能アプリ「PRINTEPS」の開発を目指しています。AIツールというとAIの専門家しか使えないのですけれど,それだと広がり感がないので,プログラミングを知らないどんなユーザーも使えるように,機能ごとにソフトウェア・モジュールを300~400程度準備し,つなぎ合わせれば知的な行動ができる「みんなのAIツール PRINTEPS」を開発しています。

小学校にロボットを持ち込んで,教師の授業を支援するロボットTA(Teaching Assistant)を5回ほど行いました。そのうちの一つ,Pepperを使った慶應義塾の幼稚舎の例を挙げましょう。あらかじめ先生が授業におけるPepperの流れ,教師の流れ,生徒の流れを記した学習指導案を日本語ベースで書き,PRINTEPSで自動変換すると,PepperやSociBotというロボットが話し動き始めます。表情もその場に合わせていろいろと変わるよう,プログラミングされています(4)。

また慶應大学で約10人の教員と10人の修士・博士課程の学生が協力して,ロボット喫茶店を開きました。喫茶店のオーナーに来てもらって,喫茶店の作業の流れや接客の内容などをどのように設計するか相談しながら作成しました。そして料理,配膳,会計まですべてロボットが行いました。「カフェオレって何?」「カフェオレって太りそう」という人間の問いにもロボットがスラスラと答え,最後は客を見送るところまで行います。

今後は製品組み立ての開発などの製造業や,業務案内や喫茶店などのサービス業に貢献できるのではないかと思っています。

図3 山口高平氏

タスクモデルの視点から。AIと仕事

山本:経済学の研究を基に,以前の状況を振り返ったうえで,今後について考えてみたいと思います。

新技術が生まれると,スキルの高い人や熟練労働者ないしは高学歴な人は新しい技術を使って仕事ができるので賃金が増えたり,雇用が増えたりします。一方で低スキルや非熟練の労働者は技術に取って代わられてしまいます。このように新技術の影響は低スキル労働者の失業や賃金の低下をもたらし,格差を生じさせると,産業革命以降ずっといわれてきました。

ところが1980年代以降,PCやICT(Information and Communication Technology)の普及によって異なったことが起きています。「スキル=人ができること」と考えると,「タスク(業務)=人が何に従事しているか,どんなことをやっているか」というタスクによって,格差が生じるという見方がされるようになってきたのです。これを「タスクモデル」と呼んでいます。

5左下をご覧ください。25年間の米国の雇用シェアの変化を表した図で,横軸は賃金で測ったスキルをとっており,右にいくほど高賃金の高スキルな職種になります。右側の高スキルな職種は仕事が増え,真ん中のスキルの低い仕事は減っています。真ん中の仕事はデータ入力や記録作成などの繰り返しの多いルーティン(定型的)なタスクが多いためにICTに取って代わられたと考えられます。また,右側の仕事は頭脳労働や知的労働,つまり考えて行うノンルーティン(非定型的)なタスクが主で,増えています。ここまではスキルでとらえてもタスクでとらえても変わりません。

ですが,左側の,スキルがとても低い人の仕事がむしろ増えているのです。これらの仕事では,サービスや運転,修理といった必ずしも賃金が高くないものの,ルーティンではなくてノンルーティンなタスクが多く,そのために増えているのです。

つまり,コンピューターに取って代わられた仕事をしていた人に行き場がないかというとそうではなく,サービスや介護といった手仕事,ノンルーティンなタスクにシフトしていたのです。言い換えれば,この低スキルのノンルーティンなタスクは,受け皿として機能していたといえます。

では,今後はどうなるのでしょうか。よくいわれているのは,先ほど山口先生が説明されたロボット喫茶店のように,ノンルーティンの手仕事も新技術でできるようになると,受け皿がなくなり,雇用がなくなってしまうという懸念です。

この点については,オックスフォード大学の研究がよく引用されています。皆さんも,その記事をご覧になったことがあるかもしれません。「仕事の約50%が新技術に取って代わられると,仕事がなくなってしまいますよ,こういう職業は危険ですよ」と週刊誌などで掲載されています。ですが,その試算はかなり粗いというか,問題点を多く抱えている中で予測したもので,鵜呑(うの)みにすると危険だと思います。

特に気になるのは,新技術によって新しく作られる雇用が,ほとんど加味されていないことです。どうAIを使っていくかというコンサルタントやインストラクターは当然必要になりますし,AIを使いこなすためには会社組織の組織改革,経営改革を行わなければいけません。それを「補完的イノベーション」と呼びます。そこにもかなりの仕事が生じるだろうと思います。それらの仕事が考慮されていないのです。補完的なイノベーションが起き,多くの人がAIを使えるようになってくれば,今まで以上に経済が成長し,パイ自体が大きくなり雇用も生まれてくるという側面もあります。

あとは,雇用の増減だけではなくて,働き方に対してもプラスの影響があるでしょう。ストレスを生じるような難しい仕事,困難な仕事は機械にやってもらって,人は創意工夫をしながら,「ディーセント・ワーク」という,働きがいのある,やりがいのある仕事,楽しめるような仕事に特化できるのではないかと期待できます。このようなプラスの影響もオックスフォード大学の研究などでは考慮されていません。

図4 教師による授業支援ロボットの設計
図5 ICT普及の労働市場への影響と今後の予想
図6 山本勲氏

人間ならではの,心の領域「クオリア」

チェン:昨年(2016年),英国のインペリアル・カレッジのマレー・シャナハン先生が書かれた『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ』(NTT出版)という本を翻訳しました。彼はロボットに時間感覚をどう認知させるかというかなりハードなプログラミングに挑戦している人で,最近はAlphaGoを開発したDeepMind社にスカウトされ新しい研究を行っています。

これはいずれ訪れるといわれているシンギュラリティー(技術的特異点)をあくまで思考実験の種として据えて,知性や身体性や生命といったものが今後どういう意味をもつのかを考えるための本です。AIが向かう先と人間の今の状態を分かつ分水嶺(ぶんすいれい)は一体何なのかというテーマで,主に身体性の話題が書かれています。

この中で,「われわれが痛み,苦痛と死に反応し,対処し,乗り越え,しばしば屈するという能力こそが私たちを他のすべての人間と潜在的につなげるものだ」という,政治学者フランシス・フクヤマの言葉が挙げられていますが,このような共感可能性は人間の能力としてとらえられます。他のすべての人間と共感する能力こそが,僕たちにはデフォルトで入っています。一言でいうと苦痛を真に理解する能力に欠ける存在は,人間と同じように考えることができないだろうということなのです。友好的AIを研究しているエリエゼル・ユドカウスキー(機械知能研究所:MIRI)さんは,「AIは人間を憎んでもいなければ,愛してもいない」と表現していますが,このあたりの議論がAI人間対立論だとよく取り違えられているかなと思います。つまり,AIに対して擬人化を行ってしまう,ユーザー・イリュージョンの問題があります。

脳科学の言葉ですが,われわれは感覚意識体験「クオリア(qualia)」というものをもっているのです。現代科学はこれを客観的にとらえることができても,われわれが主観的に経験しているこのクオリアを科学の言葉で記述することがいまだにできないでいるのです。これは専門家の間でも難しい問題だといわれています。

私は現在「Positive Computing」と呼ばれる,人の心のよい状態をコンピューティングでとらえるという研究を始めています。

「well-being(心のいい状態)」という言葉があり,国連が持続可能な開発目標注4)の一つとして掲げています。21世紀になって世界中ほとんどの国々が開発されてきましたが,世界の人々の心の状態も同時に上がっているかというと,たとえば日本の戦後30年間のGDPは右肩上がりですが,人生に満足している値は横ばい,ほとんど上がっていないのです。これを巡っていろいろな議論がありますが,心の領域,クオリアの領域がまだ手つかずにあるということでしょう。

実物を持ってきましたが,聴診器の先にスピーカーが付いていて,胸に聴診器を当てると心臓の鼓動が箱に伝わり,それを自分で手に取ったり,目の前の人に渡したりできる不思議なデバイス(心臓ボックス)があります(8)。これを使うと何か相手の心臓を実際に自分の手の中に握っているかのような,そういう不思議な感覚が生まれてきます。これを使ったワークショップで,いろいろなフィードバックが返ってきました。生きていることがすごくわかる,相手の心臓を触ると何か優しい気持ちになった,赤ちゃんを授かったときを思い出す,電源を切るのが切ないなど,ただの機械を使って心拍の情報をフィードバックしているだけなのに,そこにいろいろな意味を見て取る人がいます。

これは,「あなたはもっと歩いた方がいい」とスマホが表示するような,設定された目的を人間に提示する現在主流の情報提示の方法とは異なりますね。心臓ボックスに触れる人間が「これはどういうことなのだろう」という問いや,意味を自分自身で見いだす。その手助けをするようなテクノロジーの使い方です。ユーザーが自律的に問いと意味を生成することを助けるために,AIを含むテクノロジーを使っていかないといけないのではないでしょうか。このような情報設計のあり方を仮に「喚起的インターフェース」と呼んでいます。

「ユーザーの自律性を上げること」「ユーザーの思いやりの気持ちを上げること」「ユーザーが人生の中で起こることをよりよく受け入れられるように,それを決めてあげるのではなく,手助けしてあげること」。この3つの要素が今後の情報技術の設計には大変重要だと考えています。

図7 チェン,ドミニク氏
図8 心臓ボックスで胸の鼓動を感じる

AIとは何か?

―――「AIとは何か?」についてご意見をお聞かせください。

安宅:AIというのは,技術的には定義されていません。これは結構大事です。本当のことをいうと,AIとはイデアなのです。何らかの情報処理過程,判断過程を自動化したもの,それがAIです。そのメカニズム,技術的な手段は問いません。

AIの議論をしているときに,ほぼすべての人,特に日本人が100%に近いほど誤解しているのは,そこには主体的な実体,意思があるかのように思っていたりすることです。そこにはそもそも感覚自体が生じていないですし,主体もないし,意思も何もないのです。

もちろん今起きている技術革新についていえば,これまでまったく不可能だったレベルの情報処理が可能になっていることは間違いないです。たとえば7億人もの顔,双子すら識別する企業,中国のFace++を提供するMegvii社が現れてユニコーン化しています。これが技術革新の1つ目のポイントです。ケタ違いの情報識別です。

自動翻訳などもこの延長にあります。われわれのように意味を理解するわけでもなく,文章を分散表現的に解析して,別言語に翻訳していくというのは驚くべきことです。これらのベースになっているモデルがそれだけ高度化しているので,予測力が非常に上がっています。何千万という人の個別の場面における事故リスクやニーズの強さなどを並行して予測できるのです。それが2つ目のポイントです。

目的だけを与え試行錯誤して何かをやらせるという,いわゆる暗黙知の取り込みが実現するようになったのがもう一つの大きな変化で,それがピッキング作業や自動運転などの背後にあるものです。たとえば,少し前は,人間が言語化できないことを教えることはほぼ無理でした。たとえばランダムに混ざったいろんなものを拾い上げることは,硬さや重さ,箱とその中身の判断,その重心の判断も含め,ものすごい数のルールを教え込む必要があり,そもそもいくつルールが必要なのかすらわからず実利用可能なレベルではできませんでした。これが3つ目のポイントです。

さらにプラス1として,生成系といわれているものが可能になっていることが挙げられます。たとえばビートルズの曲を100曲くらい読み込ませたらビートルズ風の曲を作る,ゴッホの絵をわーっと読み込ませるとゴッホのような絵を作る。そういうアウトプット側の機能をついに織り込むことができるようになりました。

この3+1の今までの機械知性というか,マシンインテリジェンスの世界では不可能だったことが起きているのが本質的な変化です。その変化はすさまじいものですけれども,そこに生命を生み出しているとか,意思を生み出しているとか,知覚が発生しているとかということとは根本的に違うのだと理解しておかないといけません。そうしないと相変わらず日本の多くのメディアのやっているようなふわーっとした,非常に間違ったデマが続くのかなと思います。

―――お話をうかがっていると,機械が非常に高度化して飛躍的に進化を遂げている,しかしできることは限られていると……。

安宅:できることが限られているのではなく,どんな情報だって識別対象になりますから,情報の識別は劇的に広いです。今たまたま顔や声とかをやっているだけであって,機械の振動だろうが何だろうが学習させることはできるのです。われわれには不可能なレベルの識別が可能になっていることは確実です。イノベーションの本質として,何が起きているか,ポイントを正しく理解することが重要になります。人間には不可能なレベルの識別や超絶早いリアルタイムの予測が可能になるとか,人間しかやっていなかったようなその暗黙知的な行動の取り込みがみられるとかは衝撃的なことです。

―――恐れることはないわけですか。

安宅:いや,必ずしもそうではなく,メディアがいわれているようなイミではなく,別の意味では恐れた方がいいです。このような異常な進化を遂げた自動化は結局道具ですから。火の発明に近いようなところがあって使い方によってはかなり大きなリスクを伴います。

3~4年前からずっと東大の松尾豊先生と話しているのですけれど,たとえばディープラーニングベースの兵器が生まれると,人間は非力を通り越した感じになることは目にみえています。もう虫けらのようにやられることは間違いないと。

このように,使い方を間違えると,今までとは比較にならない能力をもっているので大変なリスクがあることは事実です。ただ,それはただの技術なので,誰がどう使うかが問題なのです。

AIによって仕事がなくなる!?

―――では,今後の仕事への影響についてうかがいたいと思います。山本先生いかがでしょうか。

山本:今後はノンルーティンの仕事にも変化があると思います。たとえばお医者さんの仕事は知的労働でノンルーティンと思われていますが,症状を見て過去の症例からどういう薬を投与してどうなったかという経験値や,過去の情報を考慮して治療を行います。この部分はかなりルーティンに近いノンルーティンで,AIの新技術でできるようになってきています。今までノンルーティンだと思っていた仕事が実はかなりルーティンに近く,AIができるようになってくると思います。

最終的にいろいろな仕事がAIに取って代わられるかもしれません。けれども,その過程には多くのステップが必要で時間もかかるでしょう。AIを使うことでむしろ楽しくなる,あるいは嫌な仕事がなくなる場合もたくさん出てくると思います。できるだけ早くそれを予測し,あるいは感度を高くしてどういうふうにAIを使っていけばいい仕事ができるのだろうかという姿勢をもち,自分で変えていけるかが大事でしょう。

日本のような人材が足りない状況では,むしろAIやロボティクスの手助けがあることで,女性や高齢者,障がい者の方々が,新しい仕事に就いたり,新しい働き方を実現できたりする可能性があります。

また日本には,やや特殊な事情があります。1つが日本的雇用慣行です。日本的雇用慣行の下では,1人の労働者がさまざまなタスクを行っているので新技術普及の影響は生じにくいでしょう。対して米国のように,1人の労働者が1つのタスクに特化している傾向が強いジョブ型といわれる雇用慣行においては,人が機械に代替されやすいでしょう。ただし,たしかに日本の方が機械との代替リスクが少ないといえても,それは短期的なものです。海外の企業がAIを活用してどんどん競争力を高める中で,日本だけがAIを活用できないと競争力自体が落ち,雇用や企業そのものがなくなってしまう危険性があり,中長期的にはむしろ突然影響が現れるという恐れがあります。

それから,日本は正規雇用と非正規雇用に二極化しています。非正規雇用が増えてきた背景に,正規雇用がやっていた仕事のルーティン的なタスクをまとめて非正規雇用に移管してきたという経緯があります。となると,非正規の仕事にはルーティンタスクが多く,今後はその多くがAIに代わってしまうリスクも考えていかなければいけないと思います。

―――山口先生,教育現場での影響はどうでしょうか。

山口:先ほど,幼稚舎で教師支援ロボットを行い子どもたちが非常に喜んでいる動画をお見せしましたけれども,あの授業を2回,3回とやると,またかという感じでだんだん子どもたちは関心を示さなくなります。子どもたちは,自分がわからないところをきちんと発見し個別に指導してほしいという要求をもっています。

特殊な眼鏡をかければ,まばたきの回数で集中度がほぼ測定できます。顔の向きが異なっているとこの授業は興味・関心は示されていないとか,子どもたちが今どこをわかっていないなどを観測できます。そういうセンサーとロボット授業をつなげていけばいいのですが,まだ課題があり,ロボットが連続して教師に代わることはできません。IBMは,教師がロボットやセンサーなどを使う「クラスルームAI」を5~6年前に提唱しました。今後そのような方向に向かっていくのかなと感じています。

教育現場ではありませんが,世界チャンピオンでさえもコンピューター・AlphaGoの生み出す手をまったく理解できないのなら,わが社の業務は囲碁に比べれば簡単だから,業務をすべてAI化できるだろうという話が,ほぼ毎月のように企業から舞い込んできます。それは勘違いです。

たとえば事務処理はAIに置き換わるだろうと思われていますが,事務処理の仕事は,言葉の意味をきちんと拾って,これとこれは違う意味のことをいっているという「意味理解」を行っています。これは現状では人間しかできません。AIは意味理解に関してはまだまだ課題山積で,そういうプロセスがあるところはAIには置き換わりません。

「10年後にできませんか」とよく聞かれるのですが,それはちょっとクエスチョンです。10年後には知識表現という研究も進むので,できる可能性がありますけれども,現状はまったくできませんから。私が企業にいうのは,大ざっぱすぎるから職単位でみるべきではない,業務プロセスに展開して,この部分はAIあるいは通常のITに置き換える,この部分は意味理解が必要だから人間で行うと考えよ,ということです。AIにすべての業務プロセスが置き換わることは,どんな職業でもないと思っていますので,安心していいのかなと思います。

安宅:電卓が生まれたときのことを考えてみてください。自動化が可能になると,結局人間は自動化する技術を使うしかないのです。その方が圧倒的に早いわけです。使わないとその企業や個人は競争力を失くすだけなのです。

ですから,使い倒し方の研究をすべきであって,職業の心配をしている暇があったら,これはどういう道具なのかの理解を深め,使えるようになることの方がはるかに大事なのです。

仕事は楽しいじゃないですか。仕事は変化を起こすことですから。世の中に影響を与えることが仕事なのに,それがそんなに嫌ならば,仕事を辞めてしまえばいいのではないかと僕は思います。

図9 左から山口氏,安宅氏,司会者

求められる人材とは

―――AI時代を迎えるに当たり,われわれはどういう能力を身に付けたらいいのでしょうか。

安宅:よくある「AI」対「人間」というのは嘘っぱちで,ここから起きる問題はすでに職場で起きています。自分の経験だけからものを言っている人と,データやAIの力を使い倒す人の戦いになっていきます。今まで母国語や世界語でものを考える力が重大でしたが,それに加えて,「データリテラシー」ともいうべき,データなりAIのもつ力を解き放つ力が,基本素養として加わってきていることは間違いないです。それらを備えれば,前述した情報の識別,予測,実行は自動化されていきます。

われわれの知性の中核にあるのは,イミ理解,すなわち知覚です。これを高めることこそが本当に重大で,そのためには新しいことを経験する,新しいことを考えるといういわゆる「知的体験」が必要です。皆さんは知的体験だと思っていない,たとえば初めての町に行くということも知的体験です。それと,人の中でしか体験できない「人的な体験」ってありますね。人と人の力学,状況の文脈,コンテキストを理解するというのは典型的な人的体験から学ぶべきことですが,これを深めることが非常に大切です。それをベースにいろいろ考えて「思索」すること。この3つ,「知的体験」「人的な体験」「思索」を深めることから意味理解が深まっていくわけで,これを徹底的にやる必要があります。

「知覚」を本質的に高めることにおいて,伝聞はあまり効きません。これは結構重大な話で,カンナについて考えている暇があったら,カンナがけをしろ,なのです。包丁の研ぎ方の本質を問われたら,研いでみろ,なのです。生の体験が今まで以上に重大になっていきます。多くのことを生で体験して,皮膚感覚で理解できないものをなるべくなくしていくというのが結構重要だと思います。感じるだけではなく,どういう要素があるかとか,その意味合いは何だっけと感じたことを,言葉でも,絵でも,音楽でもいいから表現し,その意味合いを考えることがさらに有効だと思います。

山口:まずAIを使ってみることです。Pepperが置いてあったら,遠くから眺めているだけではなくて,話しかけてください。ちょっといじわるなことを聞くと途端に答えられない。「あ,ここまでなのだ」ということを実感してみてください。AIスピーカーも1万円未満から売られていますから,使ってみてください。これはできる,これはできないと,現在のAIの限界がわかってきます。そこをまず出発点にすべきだと思います。

2020年に小学校ではプログラミングが必修になります。欧米に比べたら遅れていて,韓国でさえ2018年からプログラミング必修が始まります。日本では,プログラミングという特別な科目を作るわけではありません。算数とか理科とか図工とか,そういうすでにある科目の中でプログラミングを教えることを,小学校5年からやります。2022年から中学校,2025年から高校で始まります。

小学生にはいわゆるコーディングは教えられないので,論理的思考を教えます。欧州の小学校には論理的思考を教える面白い授業があると聞きます。Bくんにはロボット役,Aくんには人間の役を割り当てます。Aくんが,「離れたテーブルの上にある僕のかばんを取ってきて」とロボット役のBくんに頼むわけです。「取ってくるとは一体どういうことだ」と,Bくんがロボットの気持ちになって尋ねます。Aくんは近づいて,かばんをつかんで持ち帰るという概念をより細かく展開するわけです。Aくんが何㎝近づいたら止まれという指示を出さなかったから,Bくんはドカンとテーブルにぶつかってロボットの役目を果たす。そんな授業があるそうです。

そういう定性的な概念,雑ぱくな概念を,ロボットでもできる定量的な概念に変換する,これを「論理的思考の一つのパターン」といって,こういう教育をすることで人がロボットの気持ちというか,結局すべてを指示していないからできないよねということがわかってくる。そういう過程を通して機械と付き合う力が育成できていくと思います。

チェン:そろそろ,機械に人間らしさがあるかということではなく,人間の本質への解像度を高めていくことに対して,多くの時間と議論のリソースを使った方がいいと私は思っているのです。そのためには機械を神聖視したり,もしくは悪魔的なものとしてみたりせず,それをどう使いたいのかを先に決めて話をしないと,恐怖論とか何か過剰な期待を抱かせることになってしまいがちです。

学生たちとテクノロジーの可能性や問題についてよく話をするのですけれども,AIという言葉がブラックボックスになっているように思います。AIについて理解していない子が,この部分はAIに任せれば大丈夫なはずですと,新しいプロダクト提案をしてきますが,実際に自分でコーディングしていないのにそのように使ってしまうのは危険です。

AIのコーディングをしているときの独特のクオリアというものがあるわけですよ。それと対峙(たいじ)しているときに感じる計算機の能力のすさまじさというか,やはり人間にはできない計算のすごさみたいなものを体感してわかったうえで,その問題と可能性を議論していかないといけないのではないかなと,日々すごく思っています。

山本:教育経済学の研究では,知識のことを「認知能力」,忍耐強さや好奇心をもって何かに取り組むとか適応力などを「非認知能力」と呼んでいます。最近の研究では認知能力よりも非認知能力の方が重要で,非認知能力が高い人ほど賃金が高いという研究結果も出てきています。今後AIなど新しい技術が普及していくにつれ,この傾向はさらに強くなっていくだろうと思います。知識の部分はもうAIに取って代わられるので,むしろそれをどうやって使っていくか,どういう使い方ができるのだろうかといったような非認知能力を,いかに身に付けるかが大事になってくると思います。

図10 左からチェン氏,山本氏

若者への提言

―――最後に,若い人に向けてメッセージをお願いします。

山本:とにかく考えることが大事なので,AIを使って考えて仕事をしていく,そういう人間に成長していくことが今後求められると思います。何も考えずに仕事をしているとAIに取って代わられてしまいます。考えて仕事ができるように,その準備を若いうちから行っておくところに尽きるのではないかと思います。

山口:単にAIといわれてもどんなAIを指しているのかわからない,アバウトな議論はやめましょう。職業についても単に職業ではなくて,業務プロセスに展開すればAIにやらせるべきところと人がやるべきところがみえてきますので,細分化されたレベルで議論をしていきましょう。AIとの協働の姿は人によって全部違います。100人いれば100とおりの共存の仕方があるかと思いますので,そういうものを育てていってもらえればと思います。

チェン:「選択」という熟語がありますが,「選」というのはすでにある,存在する選択肢の中から選ぶことなのです。でも,「択」というのは選択肢を自分で作ってその選択肢から選ぶことです。ですから,別にAIによってどうこうなるのではなくて,AIを使ってまさに自分の新しい選択肢を作れるようにする。これからそういうことが非常に面白い時代になるのではないかなと思っています。

グッドデザイン賞の審査員を2年ほど務めていますが,やはりAIを使ってこんなことをやりますというプロダクトが増えています。技術だけが先行し,それを使う人間のことを全然考えていないのではないかと思えるものもすごく多いです。人間は,お金もうけとか利便性というような一部の側面よりもはるかに複雑で多様な価値観で動いているものなので,そういったことがきちんと社会的な価値だよねと共有していけることが,本質的に大事なのではないかと思っています。

安宅:江戸時代の東京-大阪間は2週間ぐらいかかっていたけれど,今なら新幹線で2.5時間です。135倍。飛行機で300倍です。機械によって,僕らの人間の能力がエクスポネンシャル,指数関数的に拡張していると思った方がいいですね。キカイを使って何をやる,と考えるのがやはり正しいです。

僕らは何かサービスなり,事業なり,世の中を変えていくわけですけれども,そこで大事なのは課題を技術で解いて,それをデザインなりアートなりパッケージしたものが世の中だと思うのです。その技術の話で留意したいのは,サイエンスとエンジニアリングの話がかなり混同されていることです。情報科学と,それをコンピューターに実装するためのプログラミングや運用は違うものですから,絡み合ってはいるものの,コンピューターにやらせるための知恵と,そちらは混ぜない方がいいです。

留意したいもう1つは,課題に対して技術で対応すると,パッケージングする力が最終的に勝負になるということです。ですから,アートとデザインの問題です。日本の教育では完全に欠落していますが,どう考えてもそこが本当のところの価値の源泉です。若い人たちはそこを相当重視した方がいいと思います。妄想し,形にすることを呻吟(しんぎん)した方がいいのです。

今のままでいくとわけのわからない不安が垂れ込めて,「ブレードランナー2049」みたいなディストピア的未来にいってしまうのですけれど,これはおかしいですよね。

僕らは間違った未来に突き進んでいる可能性があって,ブレードランナー的な未来を目指すのか,技術の力を使ってもっと自然とともに技術の力も使いながら豊かに生きられる,「風の谷のナウシカ」とか「天空の城ラピュタ」みたいな未来に向かうのか,これはもうわれわれの選択なのです。

よく未来予測の話があるのですが,人工生命の研究があって,コンピューター上で未来のシミュレーションができるのです。わかっていることは,同じ初期値だろうが,同じルールでシミュレーションしようが同じような未来は二度と起きないということです。ですから地球の歴史をもう一回繰り返したって,人類は生まれないで別の何かが生まれてくるのです。

特に若い人にお伝えしたいのは,未来を予測できると考えること自体が非科学的なので,どういう未来を生み出したいのか,さらに自分たちの子どもや孫たちに残したいのかを考えることの方が大事なのです。50歳,60歳になったときにどういう未来にしたいのかという気持ちで未来をつくるべきなのです。これまで生み出された機械も含めた技術,機械の力を使って未来を実現するのであって,あくまでわれわれの意思で,どういう未来をつくるかということです。そこを履き違えてはいけないことを最後に強くいいたいと思います。

質疑応答

―――せっかくの機会ですので,フロアから先生方への質問を受けたいと思います。

質問:AlphaGoを動かすのに町1つ分の電気代が必要と聞いたことがあります。エネルギーの観点から,果たして,高度な第三世代型レベルの人工知能を搭載したロボットが家庭に1つ存在する時代は来るのでしょうか。

安宅:電力やインフラなどの話は十分議論されています。私も何年も訴えてきましたが,われわれの産業電気代が驚くほど高いのは,実は社会問題であることはすでに国家レベルで理解され始めています。産業電気代は大体米国の5~10倍,中国の50~100倍です。データのコストは実質的には電気代と帯域代みたいなところがあるのですが,まったく競争力がないこの状態をとてつもなく問題視しています。

ディープラーニング,要はニューラルネットワーク系のものは,本来,ニューラルネットの実態があるべき学習過程を仮想空間上で行っているわけですから,莫大な電気代がかかります。ハード化してしまったら早く進むはずで,20年近く前にすでにNature誌に,1個のチップだけで虫のように歩かせることすらできるという論文が掲載され,それ以来少しずつ進んでいます。今,量産化の一歩手前までいっているので,それが出ると千分の1,1万分の1の電気代になるはずです。もちろんアルゴリズムは全面的に組み替える必要はありますけれども,そのぐらいやるでしょうということで研究は進んでいます。他にも光で情報をやり取りするとか,かなり面白い革新的な技術の研究がいろいろ進んでいるのでこちらについては楽観視しています。

ベルの法則というものがあって,ワークステーションの時代からずっと,10年ごとぐらいに大きさも,消費電力も小さいコンピューターに世の中でメインの計算機が置き替わってきたという歴史が50年ぐらい続いています。大体10年で百分の1の大きさのコンピューターが出るわけです。

AlphaGoのようなスパコンがないと碁が打てないみたいなばかげた時代は終わり,そのようなキカイ知性が手の上に乗る時代がほぼ確実にきます。過去ずっとそうなので,そうなります。小さな電力で大きな情報処理を行うことこそが情報科学の世界における技術革新の1つであって,今までも続いてきたのです。確実に小さくなっていくと思うし,それこそ,若い人たちが今からやらなくてはいけないビッグな課題だと思います。

執筆者略歴

  • 安宅 和人(あたか かずと)
  •  慶應義塾大学SFC特任教授,データサイエンティスト協会理事。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て2008年よりヤフー,2012年よりチーフストラテジーオフィサー。途中データおよび研究開発部門も統括。人工知能技術戦略会議産業化ロードマップTF副主査,内閣府PRISM運営委員ほか公職多数。イェール大学脳神経科学Ph.D.。著書に『イシューからはじめよ:知的生産の「シンプルな本質」』(英治出版, 2010年)他。

  • チェン, ドミニク
  •  博士(学際情報学),早稲田大学文学学術院准教授。NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事,株式会社ディヴィデュアル共同創業者。IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。NHK NEWSWEB第四期ネットナビゲーター(2015年4月~2016年3月)。2016年度,2017年度グッドデザイン賞・審査員兼フォーカスイシューディレクター。

  • 山口 高平(やまぐち たかひら)
  •  1984年に大阪大学大学院 工学研究科博士後期課程を修了後,大阪大学助手,静岡大学助教授,教授を経て,2004年より慶應義塾大学理工学部教授。知能情報学,知能ロボットの研究に従事。2007年大川出版賞,2015年人工知能学会功績賞。人工知能学会元会長,現顧問。著書は『データマイニングの基礎』(共著,オーム社,2006年),『人工知能とは』(共著,近代科学社,2016年)など。

  • 山本 勲(やまもと いさむ)
  •  慶應義塾大学 商学部教授。ブラウン大学大学院経済学博士。日本銀行企画役,慶應義塾大学商学部准教授を経て教授。専門は労働経済学。主な著作として『労働経済学で考える人工知能と雇用』(三菱経済研究所,2017年),『労働時間の経済分析:超高齢社会の働き方を展望する』(共著,日本経済新聞出版社,2014年),『実証分析のための計量経済学:正しい手法と結果の読み方』(中央経済社,2015年)。

本文の注
注1)  フランスのジャンピエール・ソバージュ(Jean-Pierre Sauvage)教授,英国のJ・フレーザー・ストッダート(J. Fraser Stoddart)教授,オランダのバーナード・L・フェリンガ(Bernard L. Feringa)教授らによる研究。https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2016/press.html

注2)  ヒト胚を用いたゲノム編集研究の倫理性確保(サイエンスポータル):https://scienceportal.jst.go.jp/magazines/nature/2017/12/20171201_01.html

注3)  デザイナーベビー:受精卵の段階で遺伝子操作を行うことによって,親が望む外見や体力・知力等をもたせた子どもの総称。

 
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