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この本!~おすすめします~
この本! おすすめします 「ろう文化」と手話×ITサービスで社会変革
大木 洵人
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2018 年 60 巻 12 号 p. 915-918

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ろう者がもつ固有の文化

「ろう(聾)文化」という言葉がある。

一般的に,○○文化というと,日本文化や米国文化など,国や言語による文化の違いを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。または,農耕文化や和食文化など,風習や価値観などによって区別される文化もある。ろう文化は,そのどちらにも当てはまる文化である。

突然,ろう文化といわれても,これまで聴覚障がい者の分野に関わったことがない人にはイメージを作りづらいであろう。他の身体障がい者において,「車いす文化」や「肢体不自由文化」とはいわない。では,なぜ障がい者の一区分であるろう者はろう文化というものをもっているのであろうか。

ろう文化を知るためには,まずは聴覚障がい者の中に,大きく分けて難聴者,中途失聴者,ろう者がいることを理解していただきたい。難聴者は比較的に聴覚障がいの程度が軽く,補聴器などの器具を使うことで日本語でのコミュニケーションができる。そして,中途失聴者は聞こえの程度にかかわらず,日本語の習得後に失聴をした人で,筆談などの手段を使い日本語でのコミュニケーションを行う。ろう者は,生まれながら,あるいは幼い時に失聴をしており,日本語を習得する前に手話を身に付けた人のことで手話が母語である。手話が母語であるということは手話で思考し,独り言や寝言も手話で行う。つまり,難聴者・中途失聴者とろう者は,同じ聴覚障がい者に分類されるが,使う言語が異なるのである。したがって,障がいの種別ではなく,日本語によって形成された日本文化と手話で形成されたろう文化は言語的に異なる文化となるわけである。

さらに,音を使わない生活をしているため行動にも違いが表れる。たとえば,講演などを始める際に聴者の場合はマイクなどで開始のアナウンスをするが,ろう者の場合は音では伝わらない。そのため,目で見てもわかるように照明を点滅させる。また,日本文化では他人のことを指さすのはマナーが悪いといわれるが,手話の場合は話している対象が何であるか手を使って指し示す必要があるので,話している相手について話している場合は,相手を指さすことはまったくマナー違反ではない。

英語を学習し,ネイティブ並みに使えるようになった人も,アメリカンジョークの面白さがわからないように,手話を学習した聴者がろう者の冗談の面白さがわからないといった事例もある。

ろう文化のデパートメントストア

『ろう文化』はろう者をテーマにした本で,この本以上に,幅広い視点が1冊にまとめられているものは他にはないだろう。手話の専門家,ろう者の専門家などが自分の分野に関する短いコラムを掲載しているオムニバス形式の本である。

木村晴美・市田泰弘「ろう文化宣言」に始まり,文化的な視点で書かれた内容が多いが,教育学的な視点で書かれた金澤貴之「聴者による,聾者のための学校」,言語学的な視点で書かれた新井孝昭「『言語学エリート主義』を問う」,メディアの視点で書かれた石原郁子「映画における聾文化をめぐって」など,さまざまな切り口でろう文化について意見が述べられている。この1冊の中でも対立する意見が書かれており,今回の私が書いた内容と異なることも書かれているので,読者を混乱させてしまう可能性もあるが,それ自体が一つの文化を語るうえでさまざまな意見があることを物語っている。18年前に出版された本だが,いまだに議論が終焉(しゅうえん)していない内容も多く,ろう文化の奥深さを知るためにも一読をお勧めしたい。

『ろう文化』,現代思想編集部編,青土社,2000年,1,900円(税別),http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=956

異文化婚をのぞいてみよう

『手話でいこう:ろう者の言い分 聴者のホンネ』は,聴者とろう者の夫婦である著者が,一緒に生活していくうえで起こったお互いの文化の違いによる実際の発見をコラム調で書いている。

聴者である夫が自宅に帰宅をし,鍵を開けると,玄関のカンヌキ(ドアチェーン)がかかっており家の中に入れなかった。しかし,カンヌキがかかっているということは中に妻がいるということである。妻が聴者であれば,玄関から声をかけたり,電話をかけたりして妻にカンヌキを外してもらうだけの普通の話なのだが,ろう者の場合は音で伝える方法がない。ドアを開け閉めして振動を起こしたり,FAXをコンビニから送ったりといろいろな方法で気づかせようとするが効果はなく,自然に気がつくまで待った,という話である。

イメージのつきにくいろう文化をコミカルに実体験で書いている本書は,手軽に読めて,ろう文化を知る最初の本として,お薦めしたい。

独自の文化をもつろう者たちだが,社会が聴者中心にできているために,日々の生活で困ることが多々ある。たとえば,電話を利用できないために,食事の予約をしに事前にレストランへ出向いたり,荷物の再配達依頼のために郵便局に行く必要があったりする。さらに,救急車や警察などへの緊急電話もできないため,このような最低限の社会インフラへもアクセスできない状態である。役所や病院などでも,手話での対応をしてもらえないために,十分なサービスが受けられない。

そこで,私が代表を務めるシュアールグループ注1)では,ITを駆使してろう者の課題を解決するさまざまなビジネスを展開している。前述のろう者が電話をできないという課題は,テレビ電話を使って手話通訳を行う遠隔手話通訳サービス「モバイルサイン」で解決している。ろう者個人が所有するスマートフォンやパソコンから,専用ソフトウェアやSkypeなどの無料ソフトウェアを利用し,弊社とテレビ電話を結ぶ。弊社には,厚生労働大臣認定の手話通訳士が待機しており,遠隔で電話を代行する。ろう者は自分の端末から,好きなときに手話で電話をかけることができるようになる。このサービスは,花王の手話専用窓口として,また日本財団や鳥取県のサービスとして弊社が受託をしている。このようにITによってろう者の生活は大きく改善されようとしている。

『手話でいこう:ろう者の言い分 聴者のホンネ』,秋山なみ,亀井伸孝著,ミネルヴァ書房,2004年,1,500円(税別),品切れ・重版未定,http://www.minervashobo.co.jp/book/b48755.html

次の時代の技術が社会に何をもたらすのか

シュアールが手話のITサービスを9年以上にわたって提供する中で常に意識しているのは,次の時代の技術が今の社会課題をどのように解決できるのか,ということである。私は学者や研究者ではないので基礎技術自体の仕組みはわからないが,ビジネスマンとして技術の社会への応用に関しては常に意識をしている。

『第四次産業革命:ダボス会議が予測する未来』は,AIやIoTなどの新しい技術が第四次産業革命を起こし,これからの社会をどのように変えていくのかを世界経済フォーラム(ダボス会議)の創設者であるクラウス・シュワブ氏が予測したものである。新しい技術が起こす社会変革を「シフト」と呼び,そのシフトが実際に社会に大きなインパクトを生み出し始めるであろうきっかけとなる事象を「ティッピング・ポイント」として設定し,そのティッピング・ポイントが2025年までに起きる可能性について800名の企業役員にアンケートを行った結果(2015年9月公開)を基にして執筆している。自動運転技術を例にとると,シフトは「自動運転車」,ティッピング・ポイントは「米国の道路上の全車両の10%が自動運転車になる」となり,回答者の79%が2025年までにこのティッピング・ポイントに到達すると予想している。

これまでも技術が産業革命を起こし,人々の生活を大きく変えてきた。人類の発展に欠かせなかったが,同時に戦争や事故など負の側面ももち合わせていた。すでに始まりつつある第四次産業革命が人類に与える影響について,また今後,技術が社会に与える影響についての世界的トレンドを知るうえで,ぜひともお薦めしたい一冊である。

『第四次産業革命:ダボス会議が予測する未来』,クラウス・シュワブ著;世界経済フォーラム訳,日本経済新聞出版社,2016年,1,500円(税別),http://www.nikkeibook.com/book_detail/32111/

周りに流されずに,自らの信念を貫く生き方とは

私が,ビジネスとは結びつきにくい手話という分野で起業するなど,チャレンジ精神を身につけるきっかけとなった本を紹介したい。「情報管理」誌でギャグ漫画を紹介するというのはふざけ過ぎていると思われるかもしれないが,『すごいよ!! マサルさん(全5巻)』は私の生き方に多大な影響を与えた本である。

主人公である高校生の花中島マサルは学校一の変わり者で,「セクシーコマンドー」という交互に変な動作をして相手を油断させて倒すという格闘技をしている。そのような特殊な部活動なので学校からも認められていないが,少しずつ仲間を集めて,最終的には校長まで味方につけて全国大会まで駒を進める,というストーリーである。

この漫画から学んだことは大きく2つある。1つ目は,本当に自分の信じているものは,周りの目を気にせずに突き進む生き方もあるということ。そして,2つ目は多様性があるからこそ,世界・社会が成り立っており面白いということである。

本書を読んだのは小学生の頃で,引っ込み思案だった私は本書の影響で少しずついろいろなことにチャレンジするようになり,高校時代に米国へ留学し,大学へ入学した1年生の時に自ら手話サークルを立ち上げた。そこで出会ったろう者の仲間たちが,能力は高いのに,日本社会におけるインフラの不備ゆえに最低限の社会インフラにアクセスができないというコミュニケーションの問題だけで正当に評価されていない日本社会の現状を目の当たりにし,この分野でもチャレンジをしたいと考えるようになった。大学ではITを専攻していたので,ITで解決できる部分が多いことに気がつき,大学2年生で起業するに至った。

本誌が休刊になる最後に,掲載の機会をいただけたことを心からうれしく思う。本誌が60年間で情報管理の分野で上げた成果を前に恐れ多いが,先人たちの知識や経験を次の時代に受け継いでいくことが,このような機会をいただいた若者の使命と思い,これからも頑張りたい。

『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!! マサルさん(全5巻)』,うすた京介著,集英社,2015年,600円(税別),http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-619549-2&mode=1,※現在は集英社文庫(コミック版)で文庫版を出版。(C)Kyosuke Usuta/Shueisha

執筆者略歴

  • 大木 洵人(おおき じゅんと) info@shur.jp

1987年群馬県出身。慶應義塾大学 環境情報学部卒。東京大学大学院 情報学環教育部研究生修了。手話通訳士。2008年大学2年でシュアール(ShuR)を創業,代表。遠隔手話通訳や手話キーボード事業などさまざまな手話×ITのサービスを展開。アショカ・フェローやForbes 30 Under 30 World 2013,世界経済フォーラムグローバルシェイパーメンバーに選ばれ,2016年度ロレックス賞ヤング・ローリエイツを受賞。

本文の注
注1)  シュアールグループ:http://shur.jp

 
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