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Vol. 60 (2017) No. 2 p. 69-78

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.69

記事

正しく伝わる日本語のために:共同通信社記者ハンドブックの成り立ち

著者抄録

難しい漢字や言葉は使わない,常識ある大人なら誰でも読めるわかりやすい記事――。共同通信と全国の加盟新聞社向けの新聞記事の書き方の手引である『記者ハンドブック』は,やさしくわかりやすい文章のための用字用語集としてマスコミ以外でも幅広く使われている。1956年の初版から60年,義務教育の課程と重なる国の国語施策をベースに手直しを加え,言葉の意味や表記の変化には少し遅れてついていく姿勢で改訂を重ねてきた。本稿は戦後の書き言葉の大きな変化の中,記者ハンドブックの基礎ができるまでの過程を振り返るとともに,最近の事例として2010年(第12版)と2016年(第13版)の改訂を取り上げ,常用漢字表改定への対応やインターネットの横書きに対応した数字表記変更などを紹介する。

1. 正しく伝わる日本語

「お三はその借金を済(な)し崩しに払うために,給料のない一生奉公をさせられる」

野村胡堂「銭形平次捕物控 仏敵」1)の一文だ。現在,「なし崩しにする」は「うやむやにする」という意味で使われる。実は元々の意味は「借金を少しずつ返す」。明治生まれの小説家は本来的な正しい使い方をしているが,これを読んで誤用と思う人は少なくないだろう。

一般に伝統的な言葉の使い方をするのが正しいとされ,新しい使い方は誤用や俗用とされる。とはいえ,言葉の意味や使い方は時の流れとともに変わっていく。伝統的な言葉の使い方を守ることは大切だが,そのせいで意味が正しく伝わらないとしたら本末転倒だ。反対に,目新しい表現に飛びついてばかりだと読み手,特に年長者に理解されない。最近よく使われる「真逆(まぎゃく)」のように,意味はわかっても違和感を与える言葉もある。

「正しい日本語で伝わる文章を」。私が編集に携わった一般社団法人共同通信社(以下,共同)『記者ハンドブック第13版』(2016年刊)(1)の内容紹介2)にこうある。ただ,正しい日本語はこれだと決めるのは難しい。「読む人に正しく伝わり,違和感を覚えさせない文章を」書くための基準が何より重要と考えている。

記者ハンドブック(以下,ハンドブック)は記事を「(1)分かりやすくやさしい文章,言葉で書く(2)できるだけ統一した基準を守る」(第13版まえがき)ための手引だ。共同通信とその記事の配信先の新聞社向けだが,わかりやすい文章を書くための用字用語集として広く一般に使われてきた。

本稿はまず戦後の書き言葉の大きな変革の中,その基礎ができるまでの過程を振り返る。また2010年(第12版)と2016年(第13版)のハンドブック改訂を取り上げ,常用漢字表改定への対応やインターネットの横書きに対応した数字表記変更などを紹介する。本稿は筆者の個人的な見解に基づいており,共同の見解とは必ずしも一致するものではないことをご承知おき願いたい。


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図1 ニュースマンズ・ハンドブック(手前)とハンドブック第13版

2. 共同通信社とは

本題に入る前に共同について説明する。共同は1945年11月,戦前の国策通信社・同盟通信社の解体を受け,そのマスメディア向けニュース部門を引き継いで誕生した。米国のAP通信と同様,新聞社が費用を分担して運営する組合主義通信社で現在,全国各地の新聞の他,全国紙の毎日新聞や日本経済新聞,産経新聞など55の新聞社とNHKが加盟する。また放送局にも記事を配信,加盟新聞社と協力してニュースサイト47NEWS(よんななニュース)を展開している。

3. 編集局週報からみるハンドブック事始め

共同は1949(昭和24)年,ハンドブックの前身『ニュースマンズ・ハンドブック』(1)を刊行した。現代かなづかい,当用漢字という現在の国の国語施策の根幹がきまるのと同時並行(1),ときに先行して用字用語をどのようにきめていったのか,当時の編集局週報をひもといてみる。引用は《 》でくくり,漢字の旧字体を常用漢字体になおす以外,送りがなや漢字・かなの用法などはそのままにした。

3章では,当時目指していたと思われる表記にする。漢字を極力使わないことによる印象の違いを感じていただけたら幸いである。

表1 戦後の国語施策と共同の対応
年月 世の中の動き 共同の動き
1945年8月 終戦
11月 同盟通信社解散を受け共同通信社創立
1946年3月 米国教育使節団報告書,ローマ字採用を強く要望 記事の平易化のため助詞,助動詞の仮名書きまとめを配布
4月 用語の平易化,ローマ字の検討委員会設置を決定
9月 現代かなづかい答申 記事の書き方の手引をまとめ配布
11月 当用漢字表,現代かなづかい内閣告示 漢字制限は漸進的に,現代かなづかいは新聞社の動向に合わせて実施する方針決定
現代かなづかいを実施(20日)
「当用漢字の実施と言い換え語」を回状(27日)
12月 当用漢字表に基づく漢字制限を実施
1947年9月 当用漢字音訓表答申
10月 作家など外部筆者原稿にも当用漢字と現代かなづかいを適用
1948年2月 当用漢字音訓表内閣告示
1949年9月 ニュースマンズ・ハンドブック刊行

3.1 民主的な表記

《国語,国学の改良問題が愈々(いよいよ)現実の日程に上つて来たやうである。(中略)気の早い外電は総司令部の方針が日本にローマ字を採用せしむることが適当なりとの結論に基づいて確定したなどと伝へてゐる》(1946年1月28日)

1946年3月の米国教育使節団報告書は,漢字は難しく学ぶのに時間がかかりすぎるため《初等学校を卒(お)へても(中略)民主的公民の身分に欠くべからざる言語能力に不足してゐるかもしれない》3)と指摘,「日本民主化」のため平易な表記への変更が不可欠とし,ローマ字採用による漢字全廃を提案した。

新しい日本のあり方にからめて日本語の見直しがさけばれる中,共同も表記改革に乗りだした。編集局長 松方三郎は後に《日本民主化の一つの道程だと思えば,おろそかには考えられない》(1946年11月26日)と,その重要性を強調している。

3.2 平易な記事へ

共同で最初の口語体での配信は米国教育使節団の記事だった。戦後しばらくは戦前と同じ文語体が続いていた。演説やあいさつは話し言葉を文語体にわざわざ直していた。

《(使節団歓迎会での安倍能成)文相の挨拶も(中略)文語体にするといかにもゴツゴツして和やかなあの日の雰囲気に副(そ)はないし(中略)文相のいはんとした持味がなくなるおそれがあり,苦労した揚句結局原文口語体のまま流した。今後も物によつては敢へて口語体で流す方針である》(1946年3月11日)

米国教育使節団報告書の直後から,表記の見直しにかんする記述が目立ちはじめる。

《記事の平易化が痛感されるので(中略)具体化にのりだすことにした。とりあへずその要領と助詞,助動詞等の仮名書について本社の意見をまとめた》(1946年4月1日)

《近く言葉直しないし言換法についてその事例を編輯(へんしゅう)し社員各位の参考に供したい》(1946年4月30日)

見直しの中心は,国語審議会で検討がすすめられた漢字制限,かなづかい変更への対応。だが単に漢字をひらがなにすれば済むものではない。「能わざるに至る」を「あたわざるにいたる」としたところで,読み方はわかっても意味はつたわりにくい。「できなくなる」と書くことで,はじめてわかりやすくなる注1)

《口語化された憲法草案を見ると,まだまだ難しい言葉がある。国語の問題がただ漢字を制限したり,ローマ字乃至(ないし)カナモジにした丈(だ)けで解決されるものではなくして,ものの考へ方に筋道をたて概念の整理をすることが根本であり,そのうえに洗練された言葉の選択があつてはじめて出来ることがよくわかる》(1946年4月22日)

《記事の平易化については(中略)各出稿部ともこの線に沿つて努力されてゐるが,「常識ある人なら誰にでもわかる記事」を書くことは最も容易なやうであつて事実は非常にむづかしいものだ。(中略)戦時中官庁関係の指導記事の影響で余りにも硬くなりすぎた文章の癖を短期間で抜け切つてしまふことはなかなかの困難である》(1946年5月27日)

3.3 国語施策に適応

1946年11月,内閣訓令第8号,内閣告示第33号で現代かなづかいが公布された。今となれば大げさに感じるが,《従来のかなづかいは,はなはだ複雑であって,使用上の困難が大きい。これを現代語音にもとづいて整理することは,教育上の負担を軽くするばかりでなく,国民の生活能率をあげ,文化水準を高める上に,資するところが大きい》と訓令は意義を強調している。

1946年11月には,内閣訓令および告示により「当用漢字表」も公布された(1)。いよいよ表記変更は実行の段階になる。当用漢字表1,850字に読みはついていない。漢字の読みをどうするか。使えなくなった漢字をふくむ表記をどうするか。自分たちでかんがえないといけない。

《現代かなづかいと当用漢字は部分的にはいろいろ問題があるにしても新聞文化の上に一時期を画すものといえよう。(中略)ソ聯(れん)とか編輯とか輿論(よろん)とか闇とかゆうような毎日のように出てくる漢字はいひ換える言葉を決めてゆく》(1946年11月11日)

この文章は「この項現代かなづかいと当用漢字採用」と注記している。だが「いひ換える」と旧かなづかいが顔をだす。身にしみついた表記を変えるのは大変だったようで,

《かなづかいにしても,発音のままだといえばやさしいようだが,手ばなしで書くとすぐ間違える》(1946年11月25日)

という記述もあった。

当用漢字表から外れ,使えなくなった漢字をふくむ言葉をどうするか。当時の苦労がしのばれる記述も少なくない。

《(水晶を)「水しょう」と書くか「すいしょう」とするとするか,あるいはまたかたかなにするかというようなことがきようの記事研究会でも問題になつた。この場合は「すいしょう」がいいということになつたが,こういつた疑問はいろいろあると思う》(1946年11月18日)

編輯局の「輯」の字は当用漢字表に入らなかった。自らの部署をどう表記するか頭をなやませた。

《「輯」の代わりとして問題になつたのは「集」と「修」とだが,従来の「輯」があつめるという意味なのだから,当然「集」でよいという説が有力だつた。(中略)。「編修」は何となく御役所式でもつたいぶりが過ぎているという考へ方と,「編集」は安つぽく見えるという意見が対立した》(1946年12月9日)

《本社では一応編修と書くことにしていたが,毎日(東京)が題字下にいち早く編集人の字を採用したのをはじめ各社とも編集にした方がいいとの意見が強い。(中略)編集局というような熟語も慣れればおかしくあるまい。共同はきようから編集に統一する》(1946年12月9日)

3.4 試行錯誤は続く

このような戦後の占領軍による施策や,それにともなう当用漢字表,現代かなづかいの公布などの影響により,1946年末に新聞の表記は一斉に変わった。その1年後,

《制限漢字・新かなづかいの使用と分かりやすくかみくだいた,やさしい言い表し方で記事はかなり読みやすく,わかりやすくなつてきておる》(1947年12月22日)

という感想が残っている。さらに半年後,

《「芦田首相は二十九日正午宮中に天皇陛下を訪問した」簡単なこの記事を読んで当然のことと誰も怪しむものはないであろう。戦前ならこのような記事はつぎのように書かれたろう。「××首相は二十九日正午宮中に参内,天皇陛下に拝謁仰せつけられ,種々御下問に奉答,恐懼して退下した」。(中略)僅かのあいだに変れば変つたものである》(1948年6月2日)

正直な感想だろう。だがやさしい記事に向けて踏み出したばかり。新たな試みを実行すると別の問題があらわれる。

《使用する漢字の数ばかりを機械的に制限して,言葉そのもの作りかえや置きかえを怠つていると,われわれの書くものは極めて読みづらい,ぎごちない,時には意味のとれないものになつてしまう(中略)。早く新聞紙面から「ばく大」「が然」「ばく然」「断こ」「まい進」「破たん」「は気満々」などというまずい書き方を葬り去りたいものだ》(1947年9月22日)

漢語の一部をかな書きにする,いわゆる「交ぜ書き」の問題を言い換えによって解消することは夢に終わった。漢語を排除できなかった注2)

3.5 ニュースマンズ・ハンドブック

このような流れを経て,1949年9月,ニュースマンズ・ハンドブック(1)を刊行した。《材料の多くは,共同通信社で随時整理し(中略)配布していたもの》(はしがき)だった。縦124ミリ,横92ミリのほぼB7判で厚さ10ミリ。現行と比べかなり小さいが,時間の書き方や地名・人名の表記,音訓引き当用漢字表,現代かなづかい,いいかえ語と書きかえ――など現在とほぼ同じ内容だ。

「いいかえ語と書きかえ」には,前出の週報が「葬り去りたい」としていた交ぜ書きの言い換えとして,「(莫)大→巨額,多大」「(俄)然→突然,にわか」「(漠)然→ばくぜん,ぼんやり」「(邁)進→突進,精進」「(覇)気→元気,客気」などが示されている。このうち莫大や俄然の言い換え語の一部は現在も採用し続けている(2)。


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図2 いいかえ語と書きかえのページ(ニュースマンズ・ハンドブック)

4. ハンドブックの改訂

共同は1956年,ニュースマンズ・ハンドブックを改め,『記者ハンドブック(初版)』として刊行した。当用漢字表から28字を削除し同数の漢字を加えた「当用漢字補正資料」(1954年)などの国語施策の変更を反映させた。また戦後,新聞社ごとに用字用語のルールを決めたため不統一となった新聞表記を各社共通の問題として取り上げようと,1954年2月に新聞協会内に発足した新聞用語懇談会の審議結果も反映させた4)

この後もハンドブック改訂で国語施策の変更を反映させてきた。改訂の概略は2のようになる。

表2 ハンドブック改訂の概略
年月 改訂の概略
初版 1956年11月 当用漢字補正資料(1954年)などに対応
改訂増補(第2版) 1961年8月 同音の漢字による書きかえ(1956年報告)送りがなの付け方(1959年告示)に対応
改訂新版(第3版) 1973年6月 当用漢字改定音訓表(1972年答申)改定送り仮名の付け方(1972年答申)に対応
第4版 1981年9月 常用漢字表(1981年10月告示)に対応
第5版 1985年10月 用字用語集に常用漢字の音訓,誤用集などを収録
第6版 1990年3月 すべての音訓で引ける常用漢字表を採用
第7版 1994年3月 外来語の表記(1991年告示)に対応,交ぜ書きの縮小
第8版 1997年4月 ワープロの誤変換対策で用字用語集の用例,同音異義語を増加
第9版 2001年3月 手書きから情報機器での入力への変化に対応,用字用語集など 見直し
第10版 2005年3月 新聞協会の合意に基づき常用漢字表にない39漢字を使用
第11版 2008年3月 新聞協会の新聞用語集改訂(2007年)に対応,漢語の交ぜ書き・仮名書きを原則やめ,ルビ付き漢字表記に
第12版 2010年10月 常用漢字表改定(2010年10月告示)に対応,洋数字使用拡大
第13版 2016年3月 異字同訓の使い分け(2014年報告)に対応,字を大きくするなどレイアウト変更

4.1 変更手続き

用字用語の大きな変更は,加盟社の用語責任者を集めて年に1度開く会議での承認を得て実施している。ハンドブック改訂の際は修正案を事前に検討してもらったうえで会議を開く。集まるのは,それぞれ言葉についての方針をもつ約50新聞社とNHKの用語責任者。多様な意見の中,賛否は全体的な合意を得て決める。このため共同の用字用語は世の中の言葉の変化に少し遅れてついていく形になる。

4.2 教育の担保

共同に限らず,新聞の用字用語は原則,国の国語施策に従っている。たとえば,学習指導要領は中学3年修了までに「常用漢字の大体を読むこと」と規定,常用漢字表の漢字と読みは,義務教育を終えた人なら理解できることになっているためだ。

4.3 どの用字用語集よりもやさしく

新聞には定期購読者がいる。日本経済新聞の読者層は(1)ビジネスパーソンを中心とする30代から50代の現役世代が6割,(2)金融資産1,000万円以上の世帯が半数,(3)書籍・雑誌の月間購入金額は全体平均より6割高い水準5)――で,言葉や漢字が難しすぎないかと気にする必要はなさそうに思える注3)

通信社である共同の場合,記事の主要な配信先は規模や読者もさまざまな新聞社で,特定の読者層は想定できない。このため独自の用字用語集を作っているどの新聞社より,やさしい表記になるよう心がけている。

4.4 改訂作業

新しい版が出た直後から次の改訂に向けた作業が始まる。基本的に紙とペンによるアナログな作業だ。

記事に頻繁に出てくるようになった新しい言葉や用法に加え,共同社内や加盟新聞社から寄せられた意見・質問などで修正が必要な箇所が見つかれば,現行のハンドブックに修正・追加箇所を書き込み,付箋を付けていく。

改訂に向けた作業が本格化する出版の約1年前に修正・追加候補を集め,表計算ソフトで一覧表を作って用語委員が情報を共有する。この表を使って改訂に向けた会議を開き,修正・追加候補の採用の可否を決めていく。改訂内容がおおむね決まったら,印刷会社に最新版のゲラを印刷してもらい,赤ペンで書き込む。これを印刷会社に渡し,修正されたゲラが戻ってきたら確認するという作業を繰り返す。

5. ハンドブック第12版

第12版は2010年の常用漢字表の改定に合わせて刊行した。その前年(2009年)に共同が実施した「洋数字(算用数字)表記の拡大」の内容も盛り込んでおり,文字通りの大改訂となった。

5.1 改定常用漢字表への対応

2010年,常用漢字表が約30年ぶりに改定された。文字を手で書く時代からコンピューターで打つ時代への変化に対応するのが主目的だった。このため「書けなくても読めればいい漢字」も常用漢字にすることが検討された結果,196字が追加,5字が削除され,計2,136字となった。

5.1.1 読み調査

常用漢字改定をハンドブックにどう反映させるか。問題は追加された漢字が読めるかどうかだった。書籍や新聞,Webサイトでの出現頻度の高い字が選ばれたとはいえ,本当に広く一般の人が読むことができるのかはわからない。

追加された字には書けと言われたら困る「鬱」もあった。鬱を含む言葉には,よく使われるものだけでも「鬱陶(うっとう)しい」「鬱憤(うっぷん)」「鬱積(うっせき)」「憂鬱(ゆううつ)」「鬱病(うつびょう)」がある。これらは仮名書きが一般化している。検討の結果,追加された漢字をそのまま採用するのではなく,1字ごと言葉ごとに判断し,義務教育で教え始めてから一定期間がたっていない場合の経過措置として,一部の漢字は共同の漢字表から外すことを決めた。

漢字と読みの採否判断では,日本新聞協会加盟の新聞・放送局が実施した大学生を対象とした調査と,全国の高校3年生を対象にしたNHKの読み調査6)を参考にした。正答率30%未満の場合は原則 (1)音読みは読み仮名を付けた漢字書き,(2)訓読みは仮名書き――とした。

5.1.2 代用字

追加された漢字には長年「壊」で代用してきた「潰」もあった。「潰滅→壊滅」のように漢字制限で代用字表記を続けてきた言葉をどうするか。新聞での表記統一という面から代用表記が定着したものは従来通りとする新聞協会の合意をそのまま採用した。

伝統的な本来表記に戻したものに「臆測(憶測)」「箇条書き(個条書き)」「毀損(棄損)」などがある。表記変更しなかった例には「壊滅」の他「乱用(濫用)」「破棄(破毀)」などが挙げられる。「肝腎・肝心」は,定着具合に加え,かなり昔から「肝心」も使われてきたとして「肝心」を採用した。

5.2 洋数字使用の拡大

共同は2009年6月から洋数字使用を拡大し,「数量や順序などを示す場合は原則として洋数字,慣用句などは漢数字を用いる」(ハンドブック・数字の書き方)表記に変更した。1996年から洋数字化を進めた毎日新聞に遅れること10年以上,先行各社の試行錯誤の結果を取り入れられるはずだった。だが使い分けに悩む事例では各社決まりが違う。もくろみは外れた。今も悩みながら日々試行錯誤が続いている。

5.2.1 一人か1人か

数えられる数字は洋数字,慣用句・成句は漢数字。使い分けの基準は単純だ。「1日8時間労働」は洋数字,「一日千秋」は漢数字になる。だが現実にはどちらともいえないケースが少なからずある。一番問題になることが多い「ひとり」について説明する。

共同は当初,「一人」に軸足を置いていた。原則「ひとりと読む場合は一人」とし,「1人重傷,3人軽傷」など人数を示す場合は洋数字とすれば使い分けは単純になる。常用漢字表の付表の熟字訓に「一人=ひとり」がある一方,厳密にいえば1の読みは「いち」であり,「1人=ひとり」と読むのは無理があるというのも背景にあった。

洋数字拡大とほぼ同時期に裁判員制度が始まり(2009年),公判や記者会見の記事での「裁判員のひとり」が問題になった。原則に従うと「裁判員6人のうち4人が公判後の記者会見に出席した。裁判員の一人は被告に対し…」と洋数字と漢数字が混在して落ち着かない。また数えられる数字とそれ以外という原則だと「質問した4人のうちの1人」という人数なら洋数字,「ある人」という成句的な場合は漢数字になるが,両方の意味が含まれることも多い。

「1人」「一人」のどちらがふさわしいかは,個人の言葉に対する感覚に左右される。用語担当者の間でも意見は割れた。裁判員は6人と決まっているため結局,「3人のうち1人」と同じと理由付けをして「1人」と表記することにした。

導入から時間がたち「1人」表記が増えている。漢数字表記から移行した当初は「1人」に感じた違和感が減った。洋数字に慣れてきたということだろう。

5.2.2 厳格なルール

数字に限らず,一刀両断的な決めごとをつくると使い分けが楽になる半面,一部に違和感がある表現が残ってしまう。一方,違和感を解消しようとルールをつくると使い分けに悩む。

「世界三大料理」「東北五大祭り」など「○大」という場合は漢数字と決めている。使い分けのルールを決められなかったためだ。「今年の10大ニュース」など洋数字で問題ないものもあれば,固有名詞的に漢数字表記が定着したものもある。「原則洋数字だが,日本の伝統的な祭りなど固有名詞的な場合は漢数字」という案を検討したが,運用は無理だと判断した。

6. ハンドブック第13版

2016年のハンドブック第13版では見やすさの向上を心がけた。文字を大きくするなどレイアウトを変更して,文化庁の「『異字同訓』の漢字の使い分け例(報告)」7)に対応した他,複数の語義を一つにまとめ五十音順に用例を並べる用字用語集のこれまでのやり方を変更,語義ごとに用例を示すことにした(3)。(1)用例があまりに多いために,言葉が見つからない不便さを解消する,(2)語義を前面に出すことで意味から使い分けが類推できる――ことを狙った。

また用字用語集の「使用の際の原則」も内容は変えないまま次のように書き直した。

  • 1 漢字で示したものは漢字書きするのが原則だが,訓読みの場合は文脈に応じて平仮名書きしてもよい。
  • 2 平仮名で示したものは必要に応じて片仮名書きしてもよい。
  • 3 平仮名だけで示したものを漢字で書かない。
  • 4 片仮名だけで示したものを平仮名や漢字で書かない。
  • 5 言い換え,書き換えの用例は代表的な例示である。文章の硬軟に応じ,漢字表の範囲内で別の表現にしてよい。


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図3 ハンドブック第12版(左)と,第13版の表記の違い

6.1 異字同訓

「家具売り場を婦人服売り場にかえる場合,どの漢字でしょうか」。以前,加盟新聞社から問い合わせがあった。困った。変化・変更なら「変える」,交代なら「代える」,交換なら「換える」,別のものにするなら「替える」。個人の感覚としては1番が「変える」,次に「替える」で他は除外と思うが,明快な理由は思いつかない。

平仮名書きを提案すると「やさしい漢字を仮名書きするのには抵抗がある」。そこで「変更もしくは入れ替えにしては」と答えた。要は逃げたのである。

同じ訓読みで意味が似通っている漢字の使い分けは難しい。文化庁の「『異字同訓』の漢字の使い分け例(報告)」も前書きで《使い分けに関わる年代差,個人差に加え,各分野における表記習慣の違い等もあることから,ここに示す使い分け例は,一つの参考として提示するものである。(中略)示した使い分けとは異なる使い分けを否定する趣旨で示すものではない。(中略)必要に応じて,仮名で表記することを妨げるものでもない》と予防線を張っている。

(1) かたいパン

使い分けの一例として「かたい・やわらかい」を取り上げる。常用漢字表に3種類ある「固い」「堅い」「硬い」の使い分けは国語辞書によって異なる。辞書の代名詞ともいえる『広辞苑』は「固い」を「広く一般に使う」とする。使い分けの説明が詳しい『明鏡国語辞典』は9の語義ごとに使い分けを示す。

第13版で従来あった「堅いパン」の用例を外した。しっくりしない表記と思い,各辞書のフランスパンの語釈を調べるとばらばら(3)。パン屋を見かけるたびに店内をのぞくと「ハードタイプ」ばかりだった。おいしくなさそうだからだろう。「かたいパン」は,ほとんど使われていなかった。

表3 各辞典にあるフランスパンの語釈
辞典名 フランスパンの語釈
広辞苑第6版 塩で味を付け皮を固く焼いたパン
日本国語大辞典第2版 塩味をきかせた皮の堅いパン
大辞林第3版 全体が堅く,中の気泡の大きい,塩味のパン
三省堂国語辞典第7版 かわのかたい塩味のパン
新明解国語辞典第7版 堅焼きにした塩味のある白パン
旺文社国語辞典第11版 皮をかたく焼いた塩味のパン

(2) やわらかい肉

「肉がやわらかいは軟か柔か。軟らかいステーキではまずそうだが」。以前,この問い合わせが多かった。第12版の用例は《大根を軟らかく煮る》。軟の語義は《手応えがない》。離乳食にはいいが,やわらかく,おいしい肉にはピッタリこない。食感や味は個人の感覚そのもの。万人にとっての正解がない。第13版では軟は調理の結果,柔は素材と一応,区別したうえで,食べ物は「やわらかい」と仮名書きを推奨する注記を付けた。以来,問い合わせはない。

7. おわりに

新聞社の用語担当者は大学で国語や漢字を学び,日本語に関わる仕事をしようと入社した人が多い。一方,日本語の研究とは無縁だった私は社命で担当になり,学問的な裏付けがない。間違った点を見つけたら,どんどん指摘していただきたい。

執筆者略歴

  • 成川 祐一(なりかわ ゆういち) narikawa.yuichi@kyodonews.jp

1987年共同通信社入社。宮崎支局,福岡支社編集部,外信部,バンコク支局,経済部などを経て現在,ニュースセンター整理部兼用語委員会委員,日本新聞協会新聞用語懇談会委員。ハンドブック第12版と第13版の改訂でとりまとめ役を務めた。

本文の注

注1)  「能わざるに至る→できなくなる」の言い換えはニュースマンズ・ハンドブックの用例から採用。

注2)  現在は「断乎→断固」など代用字表記が定着した言葉以外,漢語は原則的に漢字表記しルビを振っている。多くの文字を打ち出せるだけでなく,簡単にルビを振ることも可能にした情報機器の発達が背景にある。

注3)  日本経済新聞社は独自に『用語の手引』を作成し,共同が行っている常用漢字表の音訓の使用制限は原則的にしていない。日本経済新聞社の用語担当者は,読者が本当に読めているのかわからず,不安はあると話している。

参考文献

1)  野村胡堂. “銭形平次捕物控:仏敵”. 青空文庫. http://www.aozora.gr.jp/cards/001670/files/56374_58079.html, (accessed 2017-02-09).
2)  “出版目録:記者ハンドブック 第13版”. 株式会社共同通信社. https://www.kyodo.co.jp/books/isbn/978-4-7641-0687-1/, (accessed 2017-03-06).
3)  国際特信社訳. “米国教育使節団報告書:マックアーサー司令部公表”. 国立国会図書館デジタルコレクション. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1272931, (accessed 2017-03-06).
4)  日本新聞協会. 日本新聞協会十年史. 日本新聞協会. 1956, 924p.
5)  “媒体資料 2015”. 日本経済新聞社. https://adweb.nikkei.co.jp/paper/data/pdf/nikkeimediadata.pdf, (accessed 2017-02-09).
6)  小板橋靖夫. 高校3年生は,「新・常用漢字」をどのくらい読めるか(1):「全国高校3年生・漢字認識度調査(11,000人回答)」集計報告. 放送研究と調査. 2009, no. 10, p. 34-45.
7)  文化審議会国語分科会. “「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)”. 文化庁. http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/ijidokun_140221.pdf, (accessed 2017-03-06).
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