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情報管理
Vol. 60 (2017) No. 4 p. 271-274

記事言語:

http://doi.org/10.1241/johokanri.60.271

連載

「情報」とはなにか 第2回 ■情報×言語:言語天文台からみた世界

著者抄録

インターネットという情報の巨大な伝送装置を得,おびただしい量の情報に囲まれることになった現代。実体をもつものの価値や実在するもの同士の交流のありようにも,これまで世界が経験したことのない変化が訪れている。本連載では哲学,デジタル・デバイド,サイバーフィジカルなどの諸観点からこのテーマをとらえることを試みたい。「情報」の本質を再定義し,情報を送ることや受けることの意味,情報を伝える「言葉」の役割や受け手としてのリテラシーについて再考する。

第2回は各言語のWeb上におけるプレゼンスを計測する「言語天文台」の構想について,言語間デジタル・デバイドについて,情報伝達における「母国語」の役割と多言語社会について考える。

言語天文台からみた世界の情報格差

国連総会が1948年に採択した「世界人権宣言」は第二条で次のように述べる。

「すべて人は,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治上その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく,この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」

今から15年前,筆者が「言語天文台」というプロジェクトを始めた頃,人権宣言の実施状況をモニターする任にある国連人権高等弁務官事務所のWeb上に公開されていた328言語の同宣言翻訳文中,デジタル化されておらず,イメージでしか利用できないものが34言語もあった。文字コードの国際標準化活動に関わっていた筆者は,適切な文字コード標準の不在あるいはその実装の遅れという技術的障害がデジタル化を阻害する大きな要因となっているのではないか,言語間デジタル・デバイドの要因ではないかという問題意識をもつに至った。インド情報産業省のニュースレターに寄稿を求められた機会には,このことを指摘するメッセージを送った。2002年のことであった。

その後,筆者は各言語のWeb上におけるプレゼンスを計測する道具として言語天文台を構想し,幸いにも科学技術振興機構 社会技術研究開発事業・公募型プログラムの支援を受けてその開発に着手することができた1)。パラレルクロウラーと言語判別エンジンからなる観測装置を作り,カントリードメインごとに,言語,文字,文字コードの3レベルでの測定を試みた。

この頃,ユネスコ総会は「多言語主義とユニバーサルアクセスの促進のための勧告(Recommendation concerning the Promotion and Use of Multilingualism and Universal Access to Cyberspace)」を採択していたから,言語天文台はユネスコと歩調を合わせてプロジェクトを進めることができた。観測結果はユネスコ本部で開催したシンポジウムなどで数回ほど発表した。

それから15年が経過し,筆者の懸念であった文字コードの問題は大きく改善した。文字というレイヤー,7層モデルでいえばプレゼンテーション層における技術的阻害要因は解消しつつある。経済社会的問題というべきアクセス格差の問題も改善されつつある。ジニ係数という不平等度を表す指標でみると,所得水準よりも携帯電話台数でみる方が世界はフラットである2)。にもかかわらず,Web上の言語間プレゼンスには依然として大きな格差があり,それはむしろ広がっているように思える。

言語天文台による観測を経験してみて筆者が今思うことは,サイバースペースにおける言語間格差の原因は,ローカライゼーションや所得水準といった言語の外側の要因にあるのではなく,各言語の果たしている役割の格差そのものを反映したものであるということだ。

言語学者は多数の言語が滅びゆく現状を「交易の発達は言語の数を減らす」と説明する。交易の発達によって人々のコミュニケーションが継続される過程で,多言語の理解,語彙の交換などが進み,最終的にはどちらかの言語が姿を消すなり,融合するなり,あるいは第三の言語が取って代わるなどして,言語の数は減ってきたというわけだ。現代では,英語というリンガフランカが「財貨の交易」のための言語,つまり商業の言語として,また,「知識の交易」のための言語,つまり学問,科学,技術のための言語として,そのプレゼンスをますます大きくしている。それは,印刷物のような伝統的なメディアの空間でも観察されることだが,Web空間ではそれ以上の速度で広がっているように思われる。

英語の世紀

筆者はかつて会議参加者の中で英語しか話せないのが自分1人であるために,他の参加者が不承不承英語で会議をしてくれた,という情けない経験を2度ほどしたことがある。スペインのバルセロナと,西アフリカのマリ共和国でのことである。他の参加者はみなフランス語を話した。フランス語は国際通用力において英語に対抗できる唯一の存在であるが,そのフランス語といえども英語の優越に対しては脅威を感じている。

ネット上における英語の優越に対して最初の警鐘を鳴らしたのもフランス語圏サミットであった。1995年にベナン共和国のコトヌーで開催された会議の席上,Webの英語比率が80%以上という報告がなされ,参加者一同に衝撃を与えた。Webが登場してからわずか5年後のことであった。

国際標準化活動でも英語の優越は顕著である。筆者はISOとIECの合同委員会の下に置かれた文字コードの標準化を担当する専門委員会で6年間にわたり議長を務めてきた。ISOとIECはその法的性格としては民間組織(スイス法人)であり,国際標準化活動における公用語については国連公用語の定めとは別にダイレクティブと呼ばれる業務規則で英語,フランス語,ロシア語の3つと定められている。国際規格は必ずこの三か国語で刊行されなければならない。しかし,少なくとも情報技術分野についていうと,ロシア語の規格文書はほとんど発行されない状態になっており,フランス語の規格文書もだいぶ時間遅れで発行されているのが実態である。

本誌の読者にはよく知られたことかもしれないが,もう一つエピソードを紹介しよう。約200年前,ハイデルベルク大学教授グメリンは当時知られていた元素,金属,無機化合物などを網羅した無機化学に関するハンドブックを出版した。さらに19世紀後半には有機化学が進展し,ペテルブルグ帝国工学研究所の化学者バイルシュタインによって有機化合物に関するハンドブックが創刊された。この2書はいずれもドイツ語で書かれていたから,後の時代の化学者たちはこの2つのハンドブックを読む必要に迫られてドイツ語を勉強した。しかし,今,この2書は本学の図書館でも奥まった書棚にほこりをかぶって眠っており,米国化学会の情報部門であるCAS他が構築する英語のデータベースがそれらに取って代わっている。

バスクにて,エチェニケ博士の戦い

こうした状況に立ち向かうことはできるのか。話者数わずか60万人というバスク語のエンパワーメントの試みをここで紹介しよう。

筆者の勤務する大学では2年前からスペインのバスク地方にある大学との間で学生交流を始めた。交流の仕組みを作るため筆者は2015年にビルバオを訪問し,ある人物と出会った。ペドロ・マリオ・エチェニケ博士である。ドイツのマックス・プランク研究所や米国のローレンス・リバモア国立研究所といった研究機関で研究生活を送ってきたバスク生まれの著名な物理学者であるが,博士はバスク語の地位を確立するうえで大きな役割を果たした人物でもある。

長く続いたフランコ独裁政権下で,戦後のスペインではバスクやカタルーニャといった自治区住民の言語や権利は著しく制限されていた。博士は1980年にバスク自治州の教育大臣となり,バスク語の公用語化を目指した立法運動を推進した。エチェニケ博士は,「あえて“私の法律”と呼ばせていただくが」と断ったうえで,「バスク語正常化法案」の立法経緯を丁寧に説明され,バスク州議会での法案審議にあたって立法趣旨を自ら説明された際の議事録をプレゼントしてくださった。

面談中,博士が最も情熱的に語られたのは即興詩の朗読会のことだった。バスクには即興詩を朗読して大会で競い合う古くからの伝統がある。この大会をベルチョラリツァ(bertsolaritza)という。参加者は題を与えられて即興で詩を作り,それを大勢の観客の前で朗々と詠(うた)う。言語のもつ力を最大限にくみ出す人間の表現能力が発達しない限り言語の発展はない,というのが博士の信念であり,この大会はバスク語の命を育む貴重なゆりかごなのである。最近の大会の様子を収めたYouTubeの映像注1)を博士は何度も自慢げに見せてくれた。

こうした詩作,文芸に代表される美や感情の表現を言語の一方の役割とすれば,もう一方の役割が知識の正確な表現,共有,蓄積という機能である。後者の機能を高めるためには,科学,技術,医学,法律などの専門家たちが,知識伝達,共有の手段としてその言語を使ってものを書くために術語を創出して専門知識を伝え記録する媒体としてその言語をエンパワーする必要がある。

明治の日本人は,工学に関して英語で新知識を吸収した。最初の工学部というべき工部大学校の学生たちはスコットランド人教授たちの講義を英語で受け,試験問題の解答も卒業論文も英語で書いた。しかし,当時のパイオニアたちは,工学に必要な術語を日本語に翻訳することも忘れなかった。わが国初の英和工学用語辞典『工学字彙』注2)は明治19(1886)年に発行されている。近代技術社会にいち早く突入した日本で生まれたこれらの術語は,その後,東アジアの漢字文化圏で広く使われることになった。

術語開発の努力は工学に限らない。法律分野では,古代律令(りつりょう)や諸法度が西洋近代の法体系を移した体系に取って代わることになったが,これを可能にしたのは明治初期の法学者たちの術語開発である。民法典起草者の一人である帝国大学教授 穂積陳重博士の『法窓夜話』注3)を読むと,大学のそばに部屋を借りて,関係者が夜な夜な参集しては,ああでもない,こうでもないと議論を重ねた苦労話が書かれている。欧米の法概念を日本の社会や文化の伝統の中にどう移し替えるか,工学の場合とは別の難しさがあったに違いない。

医学分野での訳語開発の苦労は『解体新書』注4)に始まり,その苦労話は『蘭学事始』注5)にもある。この翻訳作業は漢語への翻訳であったから科学技術や法律の場合とは少し様相が異なるが,いずれにせよ,こうした先人の努力があったからこそ,今日の日本人は,工場でも,法廷でも,病院でも日本語で用を済ませることができる。

再びエチェニケ博士に戻る。彼はバスク州立大学の物理学教授でもあり,これまでに27人の博士を指導してきた。彼の指導による博士論文のリストを見せていただくと,うち17人がスペイン語で,6人が英語で,そして4人がバスク語で博士論文を書いている。このうちの一冊をいただいてきたのでざっと眺めてみると,simetri→symmetry,koefizienteak→coefficient,ekuazioa→equationなど比較的容易に推測のつく音訳語もあるが,ほとんどは推測のまったくつかない意訳語である。話者数わずか60万人のバスク語が,科学技術の博士論文を正確に表現できる言語としてエンパワーされていることに感動した。

筆者はWikipedia上における術語のローカライゼーションの度合いを言語間で比較したことがある。バスク語は話者数からみれば世界で165番目の言語だが,専門術語の豊富さという点からみれば37番目である注6)。多くの言語が「読まれるべき言葉」の媒体として成長する希望をもち,エンパワーの努力を続ける,そういう多言語社会の将来を期待したいと思う。

執筆者略歴

  • 三上 喜貴(みかみ よしき) mikami@kjs.nagaokaut.ac.jp

長岡技術科学大学教授。東京大学 工学部計数工学科卒。慶應義塾大学より博士(政策・メディア)。著書に『文字符号の歴史:アジア編』(共立出版,大川出版賞),『インドの科学者:頭脳大国への道』(岩波書店),『言語天文台からみた世界の情報格差』(慶應義塾大学出版会)など。ISO/IEC/JTC1で文字コード専門委員会SC2の議長を務めた。

本文の注

注1)  ベルチョラリツァの様子:https://www.youtube.com/watch?v=VOwSpBHAhLE

注6)  日本は話者数で10位,工学,法律,医学の術語数合計で6位。

参考文献

1)  三上喜貴. “社会技術研究開発事業・公募型プログラム 研究領域「社会技術/社会システム」研究課題「言語間デジタルデバイド解消を目指した言語天文台の創設」研究実施終了報告書”. RISTEX. https://www.ristex.jp/result/social/pdf/H15.02_mikami_houkokusyo.pdf, (accessed 2007-06-01).
2)  三上喜貴, 中平勝子, 児玉茂昭. 言語天文台からみた世界の情報格差. 慶應義塾大学出版会. 2014, p. 297-298.
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