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図書紹介 『情報倫理:技術・プライバシー・著作権』
服部 桂
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60 巻 (2017) 5 号 p. 372

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書誌情報

  • 『情報倫理:技術・プライバシー・著作権』
  • 大谷卓史著
  • みすず書房,2017年,四六判,531p.,5,500円(税別)
  • ISBN 978-4-622-08562-1

本文

『情報倫理』という固いタイトルと,帯に書かれた「IT系,そして思想,経済の読者に向けて」という言葉…。一見,専門家向けの難解な本にみえるが,その思い込みはすぐに打ち砕かれる。

月刊『みすず』に2009年から8年間にわたって連載された「メディアの現在史」をメインにした大著だが,毎月話題になったトピックを取り上げた読み物をまとめたものであり,(著者もいうように)ジャーナリスティックな視点から書かれた誰もが気になる話題を元に,学者としての視点を加えた,肩肘を張らないで読める内容だ。ちょっとした週刊誌の事件記事を興味本位で読んでみたら,実はそこに深い意味が隠されていた,というような意外な発見や,サスペンスを読んだような読後感さえあり,まるで,名物教授の人気の講座を受講しているような気分で一気に読める。

もちろん,ネットが普及した社会について扱う倫理学の本であるから,個人情報保護,知的財産権制度,著作権などの言葉が並び,またウィキリークス,グーグル・ブック検索,サイバー攻撃,情報セキュリティー,IPアドレスなどのネット時代のカタカナ用語も満載だが,そうした話題を説明するのに,アリストテレスからハイデガー,マクルーハンから浅田真央までが駆使される。何気ない出来事のもつ意味合いに,歴史から哲学の深い理論,また現在のトレンドまでがからんでいることがみえてくると,この情報倫理といういかにも高尚な分野が,実はわれわれの生活の根本的な価値観を規定する非常に日常的で汎用(はんよう)性のあるものであることが徐々にわかってくる。

たとえば,国会前の反原発デモの話から,それを組織したソーシャルメディアの役割を説き,それがアリストテレスの友人論にまでさかのぼり,ミュンによるネットの友情の希薄さの論議から,ダンバーの男女の付き合いまでとつながっていく。メディアで何気なく接しているニュースに,こうした広さや深さを与えてくれる論議がいくつものエピソードとしてちりばめられているのだ。倫理学,哲学,歴史,テクノロジーからオタクな話題まで,これだけ射程の広い論議を毎月展開してきた著者の力量に驚かされる。

実はこの本の著者の大谷卓史氏は,90年代には私の「人工生命」を扱った本の編集者だった。情報科学の最先端の論議を的確に判断して,新しい分野を世に広める感性をもち,おまけにその後は錬金術の歴史本の翻訳やロボコンマガジンでSF評論を展開するなど,その幅広い活躍を驚きの眼でみていたが,ついには大学でこんなお堅い分野の専門家として教壇に立つことになったと聞いて,正直びっくりしていた。

ドッグイヤーといわれるように,デジタル時代のテンポは速い。連載に盛られた数年前の話題は,今や中世の出来事のようにさえ思え,あまりに多くのトレンドが忘れ去られ,また違う形で繰り返されていることに気づく。この本を通読してみると,デジタル時代の近代史の事典を読んだような気にさえなる。

過去の連載で取り上げた話題を,現在にマッチするよう修正が加えられ,数ページで終わった一つの話題に,学術的な観点からの注釈も多く付けられており,読み物であるのと同時に,研究書や論文としての価値も高い。特に著作権については,ユニークな論が展開されている以前の論文を第5章にまとめてあり,著者の学者としての真骨頂もみた思いだ。

(ジャーナリスト 服部桂)

 
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