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Vol. 60 (2017) No. 6 p. 403-411

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.403

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3Dプリンティングにまつわる情報学的研究課題:データ標準化,次世代モデリング環境,AIとの連結

著者抄録

3Dプリンターは「(モノづくりのための)製造技術」として,材料工学,機械工学,制御工学などの分野で研究が盛んであるが,デジタルデータからものをつくる技術であるから,当然,情報学とも不可分である。筆者らは,文部科学省COI (Center of Innovation)「感性とデジタル製造を直結し,生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点(中核拠点:慶應義塾大学)」を通して,3Dプリンターの先進的な技術開発を進めている。今回は,その中でも情報学的な研究課題といえるトピックを3点に整理し,それぞれについてどのような技術を開発しているかを報告する。また,近年話題のAI(人工知能)技術との連携の可能性についても議論する。

1. はじめに:デジタル製造の「氷山モデル」

筆者らは,文部科学省COI (Center of Innovation)において「感性とデジタル製造を直結し,生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点(中核拠点:慶應義塾大学)」プロジェクトを2013年より推進している注1)。「感性」と並ぶ重要キーワードとした「デジタル製造」の中で,実際に開発の中心となっているのが,3Dプリンターである。

3Dプリンターは,正確には「積層造形」や「付加製造」と呼ばれる技術である。切削との比較によってその利点が語られることが多く,特に(1)削りゴミを出さないため材料の無駄が少ない,(2)内部まで複雑に入り組んだような,従来では不可能であった構造体の造形が実現可能,(3)材料を削らないので造形が静かで場所を問わない,等の特徴が挙げられる。この特性を上手に生かし,ニーズと組み合わせることによって,他のデジタル製造ではこれまで不可能だった新たな領域での応用やサービスが見込める。究極的には,3Dプリンターが,モノを必要とする使用者(創造的生活者)の近くにまで展開し,個人の感性に合ったモノをなるべく現場の近くで必要に応じて制作可能になる未来社会,を構想している。このCOIプロジェクトでは,そのビジョンの下,国内における具体的な応用領域での社会実装を果たそうとしている。

さて,3Dプリンターが大きく話題となったのは2013年である。その年にオバマ前米国大統領が一般教書演説で3Dプリンターを取り上げ,その後から報道も急激に増えた。しかしその時点ではまだ,「精度のよいものをつくれるが非常に高価」な特殊な産業向け(数千万円以上)か,「非常に安価だが限られた材料しか使えず精度も低い」ホビー用の個人向け(数十万円程度)に二極化されている状況にあり,多くのプロやセミプロを納得させる価格帯と精度のバランスを確立できずにいた。そこでわれわれは,その中間のコスト帯に,出力物について満足できる精度を確保し,加えて,多様な(これまで使えなかったような)素材のバリエーションを実現する,分野特化型の,世界でもユニークな3Dプリンターを開発しようと試みてきた。

COIプロジェクトが開始されて4年が過ぎたが,2つの新しい3Dプリンターが誕生している。1つは,山形大学の古川英光教授率いる「デジタルマテリアル&システム」グループが中心となって開発している「3Dゲルプリンター」である(1)。ゲル材料を用いて3Dプリントする技術は古川教授独自のものであり,このプリンターは医療・看護・食品・ソフトロボットなど,水分を含んだ「すべりやすさ」や,「柔らかさ」の求められる分野における新製品開発の際に極めて有用である。

もう1つは,筆者が率いている「プロセス&テクノロジー」グループが開発した「IoTファブリケータ」である(2)。これは,3Dプリントの途中に,任意の高さ・位置にセンサーや電子部品を埋め込むことを可能にした機械である。3Dプリントでつくる部分を「外装」,センサーや電子部品で構成される部分を「機能」と呼ぶならば,この装置は外装と機能を一体的に製造する装置である。IoT (Internet of Things)のデバイスやプロダクト,小型ロボット,あるいは防水や耐久性加工を施したセンサーノードを少量制作することに役立つ。なお,3Dプリントとセンサーを組み合わせるという方向性は世界でも加速しているため,2017年からは東北大学のCOI「飲み込み型センサ」との連携も開始された。

このように,われわれのCOIでは,マテリアルやプロセスに独自性をもつ,世界的にみてもユニークな3Dプリンターが順調に開発されているが,それ以外に「情報学的研究」も進行している。

3Dプリンター研究における情報技術の重要性を伝達するために,筆者が講演でよく用いているのが,3に示す3Dプリンティング(デジタル製造)の「氷山モデル」である。

海に浮かんだ1つの氷山のうち,海面のうえの部分(プロセス,マテリアル,マシン)は,目で見ることができ,手に触れることができる物理的な部分(製造技術)であるから,誰にでも伝わりやすくわかりやすい。しかしひとつながりの氷山の海面の下の部分は,データの層であり,情報技術が鍵を握っている。

本稿では,この「海面の下」における重点項目を,「3Dプリンターにまつわる情報学的研究課題」と名付け,(1)3Dデータ形式と検索の問題,(2)3Dオブジェクトのモデリングの問題,(3)AI(人工知能)の活用の問題,の3つに分けて,現在進めている研究を紹介していきたい。


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図1 3Dゲルプリンター(山形大学)


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図2 IoTファブリケータ(慶應義塾大学)


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図3 3Dプリンティングの「氷山モデル」

2. 3Dデータ形式と検索の問題

2.1 STLとAMF(メッシュ形式)

COIプロジェクトで開発中の新機種を含め,世の中にはさまざまなメーカーが3Dプリンターを製作・販売している。これだけ多様な状況になれば,まるで1980年代のパソコンの状況のごとく,データや言語の互換性がない機種が百花繚乱(りょうらん)に生まれて混乱を来しそうなものだが,今のところそうはなっていない。その理由は,3Dプリンターの出力データは「STL (STereoLithography)」という長い歴史をもつデファクト・スタンダードが存在するからである。しかしながら,STLは,30年以上前に策定された古いデータフォーマットであり,その当時の3Dプリンターを前提とした仕様になっている。時が過ぎた現在,技術も進歩し,さまざまな齟齬(そご)が生まれてきている。代表的な問題を以下に列挙する。

  • (1)三角メッシュのみで立体を記述する形式であり,曲面は近似的にしか表現できない
  • (2)毎回三角メッシュの頂点を指示するため,重複が生まれやすく,エラーの原因となりやすい
  • (3)単位や小数点以下の桁数を指定できないため,精度にバラツキが生まれる
  • (4)3Dプリンターで使う色や材料の情報を記述できない
  • (5)3D物体の内部構造の情報を記述できない
  • (6)著作権者やライセンス条件などの社会情報を内部に梱包(こんぽう)できない

(1)~(3)はSTLそのものに内在する形状表現の技術的課題であり,(4)~(6)は昨今の3Dプリント技術の進化によって発生した,新しい課題であるといえる。

こうした状況を受けて,国際標準化機関ISO/TC261 (Additive Manufacturing)では,2009年ごろからSTLに代わる新しい標準3Dデータの議論を開始し,筆者もそこに参加した。結果として,上記の問題を解決すべく新データフォーマット「AMF (Additive Manufacturing File Format)」がISOとASTMのジョイント規格として策定され,その仕様が公開されている注2)

しかしながらAMFの議論では,いくつかの点が「将来の検討項目」として残された。これまで長く使われてきたSTLとの連続性を重視したため,色や材料や内部構造の記述方式は十分ではなく,依然として,現在の進化した3Dプリンターの性能をフルに発揮できるデータ形式にはなっていない。過去から知られていた上記(1)~(3)の問題はAMFで対応したが,(4)~(6)の問題に対しては十分ではないのである。

2.2 FAV(ボクセル形式)

COIプロジェクトが始まった2013年より,筆者は,このAMFの議論をさらに発展させ,われわれの開発する3Dプリンターの技術的優位性を完全に反映できるデータ形式を策定しようと試みてきた。そこで富士ゼロックスとの共同研究の末に仕様をまとめ,2016年6月に発表したのが,次世代3Dプリント用データフォーマットFAV(FAbricatable Voxel)である注3)

FAVでは,STL,AMFと続いた,「メッシュ」を要素として立体を表現する方式を続けるのではなく,「ボクセル」と呼ぶ単位形状を積み重ねることで立体を表現する方式に根本原理を変えた。「ボクセル」は2次元画像における「ピクセル」の3次元版であり,これまでもコンピューターグラフィックス(ゲーム等)の分野では使われてきた。われわれの提案は,3Dプリンターで「物質化(製造)」することを前提としたボクセルの表現を世界で初めて提案することであり,そのために名称を「FAV」とした(45)。

なお,この単位形状を積み上げて形を記述するボクセル方式は,台のうえに材料を積み上げてモノを造形する3Dプリントの造形原理と同じであり,実際に物理空間で起こる造形プロセスをデータ上で模式化したものととらえることもできる。

このファイル形式により,理論上は任意の色・材料・内部構造によるモノを記述できることになり,データ表現の幅は圧倒的に広がった。

また,社会情報を記述する欄を設け,著作権者,使用の権利範囲,ライセンス条件なども書き込むことができ,安全・安心はデータの流通にも方向性を示した。

われわれはこの新しいデータフォーマットを,国際標準化機関ISO/TC261(Additive Manufacturing)の2016年7月東京会議にて発表した。提案は,世界各国・地域から高い評価をもって迎えられ,国際標準として認定される道を探っていくことになった。また同時に,新たな研究項目として,ボクセルデータが活用される有用な応用の例の提示や,これまでのメッシュ形式との共存・相互変換などが議論に挙がった。

現在のところ,FAVは3Dデータの表現能力としては世界最高精度の可能性を担保しているといってよいが,最大の課題は,そのことのトレード・オフとしてデータ量が爆発してしまうことである。適切な圧縮技術を組み合わせないことには一般的な計算機環境では処理できない。この圧縮技術に関して今後も研究を続けることにしている。


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図4 FAV形式の概念図


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図5 FAV形式の利用イメージ

2.3 3D検索

一般的に,新しいファイル形式を世に提案した際,最初に問題となるのは,初期段階ではその形式の「サンプルデータ」がほとんどないことである。また,これまで長く使用されてきたSTLと根本的に異なる方式のため,社会的な移行のためにも,何らかの工夫が必要である。

そこで筆者らは,インターネット上に広く分散して存在しているSTLファイルを収集(クロール)してデータベースに格納してインデックス化し,ユーザーが誰でもキーワードで3D形状を検索できる「Fab3D」サービスを構築し,さらにすべてのSTLファイルを自動的にFAV形式に変換して提供する機能を設けた。このサービスはすでに慶應義塾大学のサーバー上で「http://fab3d.cc」として公開しており注4),日々世界中からアクセスがある。なお,データの著作権も考慮して,元のSTLファイルに対して別ファイルとして付随されているクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを読み取り,「ダウンロード可能/不可能」「データの改変可能/不可能」「著作者の表示要/不要」などを検知し,システム上で振り分けることも実現している。

現在サーバー上には60万データ以上の3D形状が蓄積されており,3Dプリント用のデータベースとしては世界最大規模の一つとなっている。このことが,機械学習を始めとするAIの研究にも有用であることは4章で述べる。

3. 3Dオブジェクトのモデリングの問題

筆者らの提案するFAVフォーマットは,多様な色,素材や内部構造が扱えるようになった現在の3Dプリンターの性能をデータの表現にまで完全に反映させるものであるが,同時に,3Dデータを用いた現場での一連のワークフローを横につなげるという効果も大きい。このことを,3Dプリント技術の医療やリハビリテーションへの応用を例に説明したい。

3.1 CTとMRI

まず,なぜここで医療やリハビリテーションかということを説明する。6は筆者が2014年に刊行した拙著1)に掲載した,3Dプリンターの本質を整理する図である。

3Dプリントは「複雑な形状を」「1個からでも」「現場(使用者)の近くでつくる」ことに威力を発揮する技術である。その特徴と親和性の高い有力な領域は,個々の「身体(からだ)」に完全にフィットさせる必要があるものづくりであろう。

体内に埋め込む人工骨や人工臓器ももちろんありうるが,非侵襲性の,体に取り付ける装具・自助具・矯正具などもこの対象に含まれる。そうしたものをつくる場合,まずは病院等で身体全体を内外ともにCTやMRI等で3Dデータ化し,そのデータを基に編集作業を加えながら,フィット製品を製作していくというワークフローが必要である。これを実現するためには,医学と工学が連携した,新しいモデリングの考え方が必要になる。

医療におけるCTやMRIの3DデータはDICOMと呼ばれるファイル形式が一般的になっている。DICOMはボクセル形式の一種といえるが,取得直後は内外が複雑に入り組んだ全身のデータであるから,必要とする部位(たとえば臓器や,体の一部)のみを選択的に取り出し,人工物を設計するためのCADソフトに移行することが求められる。

筆者らは,このDICOMデータからの任意部分の選択と抽出に,芝浦工業大学 井尻敬准教授が開発している「RoiPainter」注5)というソフトを用いており,このソフトには筆者らの提案するFAVフォーマットの書き出し,読み込み機能を付与していただく計画となっている。


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図6 3Dプリンターの特徴分析

3.2 CADとCAE

必要とする部分の身体データが取り出せたとすれば,次にCADソフトで,ぴったりとフィットする「かたち」のデザインを行うことになる。しかし,自動車や工業製品を前提とした,既存の工業用CADソフトウェアは,3Dプリントを用いたフィット製品の製作にはうまく使うことができない弱点がある。そこでの問題は2点に整理できる。

1点目は,既存の工業用CADは,工業製品の特徴である「左右対称」「寸法入力」「基本的な幾何学要素の組み合わせ」といったデザイン作業には威力を発揮する反面,「人体」のような,「左右非対称」「どこにも直線や直角がなくすべてが曲線ないし曲面」「幾何学要素に分解不可能」という特徴をもつ有機的な形状は不得手ということである。この問題に対して筆者らは,日本国内においてゲームのキャラクターや人間,動物などの3Dデータ制作で広く利用されてきた定番の3DCADソフト「メタセコイア」を開発するテトラフェイス社と連携し,ボクセルデータを生かして人体のような有機的な形状にフィットするものづくりへの議論を深めている注6)

2点目は,既存のCADはこれまで,「樹脂による射出成型」「金属切削による自動車のボディー制作」といったように,単一の材料を用いてプロダクトを製造するという前提の下で,その「外形」部分だけを設計するものとして開発されてきた。しかし3Dプリンターでは,複数の異なる材料を適材適所に配し,自由な内部構造を設定して,曲がりやすさ,その方向,壊れやすさなどを自由に設計できるようになった。こうした3Dプリンターを前提とした考え方は,これまでのCADには前提になかったものである。 

そもそも,形状を設計するCADソフトと,振動・流体・熱などの物理的挙動を解析・シミュレーションするCAEソフトはこれまで別々のものとして開発されてきた。しかし3Dプリントを前提とした設計では,「かたち」「内部構造」「材料」の3つは分かちがたく一体的なものであり,その3つの組み合わせによってどういった物理特性が実際に発現するのかの挙動の確認は,極めて頻繁かつ柔軟に行われなければ意味がない。これまでのようにCADとCAEを完全に分けた考え方ではスムーズな作業は実現できない。

そこで筆者らは,ボクセルに限定した単純なモデルで高速なリアルタイムシミュレーションを行い,3Dプリント品の物理挙動を確認しながら設計ができるソフトウェアVoxFabの開発を行っている。

VoxFabでは,複数材料の組み合わせや配置がシミュレーションできるが,仮に1種類の材料しかない状況であっても,ある矩形(くけい)領域(セルユニット)で区切って,その内部の構造パターンを変えさえすれば,硬さや柔らかさなどの物性をある程度制御することができる(7)。このセルユニット自体を,ある種の「新材料」と考えることもできよう。こうした内部構造の制御技術によって,自然にはなかった新しい物性(たとえば負のポアソン率など)を発現させようとする研究分野は「メタマテリアル」と呼ばれており,3Dプリンティングと極めて相性がよい。筆者らのCOIプロジェクトでも,いくつものパターンのセルユニットをあらかじめカタログ化しておき,ボクセル化された3D立体の任意の内部領域にパターンを挿入できるような新しい概念のモデリングツールの開発を進めており,その技法を「階層的ボクセルモデリング」と名付けている(89)。

しかしながら,3次元の外部から内部まで複雑に組み合った立体を,コンピューターの画面やマウスなどのユーザーインターフェースを通じて人間がどのように入力,指示すればよいのかという問題は未解決のまま残っている。VR/AR/MRなどの技術とも連携し,有効なモデリング・インタラクションの手法について研究していきたい。


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図7 VoxFabの作業イメージ


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図8 セルユニットで区切られたボクセルパターン


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図9 新しい概念のモデリングツール「Fabrix」

3.3 CAT (Computer Aided Testing)

最後に,工業製品を製造して出荷する場合,ボクセルデータを基に3Dプリントした後で,それが外形のみならず内部構造まで含めて正しくデータどおりにできているかを製品検査する必要がある。筆者らの研究室では,CTスキャナーを用いてプリント品を再び内部まで含めたデジタルデータとして取得し,もともとのボクセルデータと照合することで,データと実物との一致度を計測する研究を進めている。これによって,3Dプリンターの機械自体の評価(データから実物への再現率)をすることができる。

こうして,CT,CAD,CAE,CAM,CATと一連の作業がすべてボクセルデータで横につながることになり,新しいワークフローとともに,「身体フィット製品」が具体的に製造可能となる。

4. AI(人工知能)の活用の問題

最後に,現在大変に注目されているAI(人工知能)技術との連結について述べたい。AIの中でも機械学習,特に深層学習(ディープラーニング)が,第3次ブームといわれる現在の隆盛を支える起爆剤となったことはよく知られる事実である。大量の写真画像の中から,深層学習を用いて「ネコ」を抽出するGoogleの発表は大きく話題となった2)。現在も,画像解析による顔認識や,大量の画像からの意味抽出などの分野で深層学習の応用例が多数議論されている。

筆者らは,2Dの画像解析の次に,間もなく3Dの領域に深層学習が応用される時代が来ると考えている。

ボクセルデータとはすなわちピクセルの束である2Dの画像の3次元版であるから,大量のボクセルデータを蓄積しておけば,画像をベースとして開発された深層学習の研究を,そのまま3Dにシームレスに展開できるようになろう。そこでどのようなサービスを生み出すことが可能であろうか。

その1つとして,筆者らの研究室では,機械学習の仕組みを用いて,大量のデータベースから事前に3Dデータと2D断面の対応づけを学習させておくと,2Dのラフなスケッチ画像を入力するだけで,それを3D立体形状として解釈し,出力してくれる「Alchemistʻs Canvas」注7)というシステムを開発している(10)。

このシステムは,「3Dプリンターを使いたいが3Dデータのつくり方がまだわからない」ような,入門的なユーザーには非常に有効であると思われる。スケッチを描くだけで立体データがつくられ,かつ,そこにはAIならではの「人間には予想もできなかったような補完」が含まれており,驚きを生み出すことも確認できている。こうした仕組みを基に,より人間の創造性を引き出すようなインタラクションを実現することも,本COIプロジェクトのテーマであるといえる。

AIに関しては他にも,3Dプリンターの出力過程をすべて映像やセンサーで記録するなどの試みを進めており,ためられるだけのデータをすべて蓄積し,AIとの組み合わせによる多様な応用展開への備えとしている。AIの技術は,「アルゴリズム×ビッグデータ」によって価値が生まれると筆者は予測している。アルゴリズムだけあってもデータがなければ価値を発揮できないわけだが,その「ビッグデータ」の部分,すなわちデジタル製造に関するあらゆるプロセスのデータセンターを構築していきたいと考えている。その意味で筆者らが公開している大量の3Dデータベース「Fab3D」はその端緒にすぎない。


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図10 2Dラフスケッチからの3Dボクセル生成

5. おわりに

本稿では,筆者らが取り組んでいるCOIプロジェクトのうち,情報学的課題について3つに分けて詳細に説明した。

3Dプリンティングの研究は,物質領域だけでなく情報領域と密に結合することが重要である。

しかしより大きな視点でいえば,最終的には,情報学が,物質領域である材料工学,機械工学,制御工学と連携し,さらに社会応用のためにはデザインやアートとも接続し,また社会科学や法学や経営学とも結び付いて,超領域化することが必要である。

3Dプリンティングは,それが可能なポテンシャルを備えた近年珍しいトピックであるように感じる。細分化されてきた学術の分野をつなぎあわせながら融合的な新領域をつくることは容易ではないが,しかし取り組まなければならないのは事実である。

筆者は,こうした価値観を共有する世界の研究者たちと連携して,学術論文誌「3D Printing and Additive Manufacturing」注8)を2014年に立ち上げた。毎号発表される論文は極めて学際的であり多岐にわたる。

世界でこうした新しい動きがある半面,日本国内では,材料,機械,制御,デザイン等,それぞれの学会におけるサブカテゴリーとして,デジタル製造や3Dプリンティングが扱われている状況にあり,学会の下部組織として「研究会」あるいは「特集号」をそれぞれが立ち上げている状況であるため,知識がバラバラに分散してしまっている状況にある。

筆者としては,本COIプロジェクト期間中(2013~2021年)に,国内でも各領域の知恵を統合する新しい学問領域をつくるべく尽力していきたいと考えている。

そして最終的には,デジタル空間とフィジカル空間を往復しながら,人間が新しい「もの」を発想してつくりあげていくデザインプロセスに関する新しい学問領域を立ち上げたいという目標がある。

情報学の分野では「Cyber-Physical-System」がうたわれているが,現在のところ「デジタル空間とフィジカル空間を組み合わせてサービスを提供する仕組み」の議論が多いように感じられる。対して筆者が注力したいのは,デジタルとフィジカルの2つを行き来しながら,人間の創造性を支援する学問である。海外では「Virtual and Physical Prototyping」注9)といった学術コミュニティーが存在するが,日本国内においても新しい動きが求められている状況といえよう。

謝辞

本稿執筆に際して,古川英光(山形大学),藤井雅彦・高橋智也(富士ゼロックス),水野修(テトラフェイス),井尻敬(芝浦工業大学),益山詠夢・徳重早織・青木翔平・相部範之・増田恒夫・大野一生・渡邊智暁・常盤拓司(慶應義塾大学),竹腰美夏の各氏より貴重な意見をいただきました。記して感謝いたします。

執筆者略歴

  • 田中 浩也(たなか ひろや) htanaka@sfc.keio.ac.jp

1975年北海道札幌市生まれ。京都大学総合人間学部,人間環境学研究科修了後,東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻にて画像に基づく広域の3Dスキャン技術で博士(工学)を取得。その後,慶應義塾大学環境情報学部で教鞭をとり,2016年より教授。専門は3Dモデリング,創造性支援システム,デジタルファブリケーション。

  • 齋藤 和行(さいとう かずゆき)

1978年大阪生まれ。電機メーカーにて動画像処理システムの開発に従事。その後,光造型機メーカーにて産業用3Dプリンター用ソフトウェアの開発,技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)研究員としてISO/TC261国際標準化活動を経て,2017年より慶應義塾大学政策・メディア研究科博士課程およびSFC研究所上席所員。

  • 守矢 拓海(もりや たくみ)

1994年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後,現在は同大学の政策・メディア研究科修士課程に在籍。スケッチに基づく深層学習を用いた3Dモデリング手法を研究。

本文の注

注1)  ファブ地球社会創造拠点:http://coi.sfc.keio.ac.jp

注3)  Fuji Xerox 3Dデータフォーマット「FAV(ファブ)」:https://www.fujixerox.co.jp/company/technical/communication/3d/fav.html

注4)  Fab3D:http://fab3d.cc

注6)  metasequoia4:http://www.metaseq.net/jp/

注9)  Virtual and Physical Prototyping:http://www.tandfonline.com/toc/nvpp20/current

参考文献

1)  田中浩也. SFを実現する:3Dプリンタの想像力. 講談社, 2014, 273p.
2)  村上憲郎. SNSとIoT(Internet of Things)が切り拓く, ビッグデータ2.0の世界. 情報管理. 2013, vol. 56, no. 2, p. 71-77. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.71, (accessed 2017-07-10).
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