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Vol. 60 (2017) No. 6 p. 420-428

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.420

記事

日英米の比較からみる研究成果の国際情報発信

著者抄録

日本において,大学や研究所等の学術研究機関では国際的な認知度の向上に資するとして,研究成果の国際情報発信に期待が寄せられており,近年,海外のマスコミに向けて英語のプレスリリースを提供する国際情報発信が盛んな段階といえる。一方で,英語圏の学術研究機関では,報道機関を介して研究成果を一般読者や視聴者に間接的に届ける情報発信から,自らが報道機関のように研究成果を一般読者や視聴者に直接届ける情報発信へと変化している段階といえる。本稿では始めに,研究成果の国際情報発信がここ数年で日本の学術研究機関で発展した様子を概説し,現状について触れる。次に,英国や米国の大学で行われている研究成果の情報発信を紹介し,日本のそれと比較する。さらに,日本の学術研究機関における国際情報発信の課題について触れ,課題の解決に向けて,今後検討すべき点について考察する。

1. はじめに

日本において,大学や研究所等の学術研究機関では国際的な認知度の向上や優秀な人材の確保を図り,研究力を強化することが一つの大きな課題となっている。そのために,近年,研究成果を英語で届ける国際情報発信に期待が寄せられている。国際情報発信の結果,海外のマスコミに研究成果が取り上げられて,研究成果が国際社会に広く知れ渡る。やがて日本の学術研究機関の国際的な認知度が向上し,優秀な人材の確保につながる,という考えに基づく。日本の学術研究機関では,海外のマスコミの報道を促すために,報道関係者に研究成果の情報を英語で提供しており,このような報道関係者向けの情報発信が中心といえる。

このような報道関係者向けの情報発信は,英語圏の英国や米国の学術研究機関でも中心的な位置づけなのだろうか。本稿では,英国や米国の大学で行われている研究成果の情報発信を紹介し,日本のそれと比較する。そして,研究成果の情報発信を担う実務者の視点から,日本の学術研究機関における国際情報発信の課題やその解決に向けて検討すべき点について考察する。

2. 日本の学術研究機関における研究成果の国際情報発信

2.1 報道関係者への情報提供に用いられているプレスリリース

研究成果を広く社会に知らせる方法は,講演会の開催や冊子等の刊行物の配布等,多種多様である。加えて,SNS(Social Networking Service)等のWebメディアが発達して,誰もが情報を発信することができるようになった。しかし,それでも主要な新聞やテレビ,ラジオ等のマスコミはいまだに他のどの媒体よりも情報を拡散し,広範囲に周知できると考えられている1)。そのため,学術研究機関では,マスコミによる報道を介して,研究成果を社会に広く周知すべく,研究成果の情報をプレスリリースと呼ばれる資料として報道関係者に提供している2)

プレスリリースは,特定の研究成果について報道関係者の関心を高め,取材や報道を促すための資料である。研究の内容,研究者の連絡先等が記されることが多く,ファクシミリやメールによって報道関係者に届けられる。

2.2 英語のプレスリリースによる研究成果の情報発信の発展

英語圏のマスコミの報道を促すためには英語で書かれたプレスリリースを提供する必要がある。しかし,日本の学術研究機関の多くには,国内の報道機関に向けて日本語のプレスリリースを提供することに加えて英語のプレスリリースも作成することによる負担や,英語のプレスリリースのノウハウ不足,海外の報道機関との関係を築けていない等の課題が山積していた。

事態が好転し始めたのは,国際広報に関心をもった国内の学術研究機関の実務者や関係者が学び,互いに議論し,情報を交換できる場が増えて,海外の報道機関とのつながりがなくとも報道関係者に研究成果が届けられるプレスリリース配信サービスを国内の学術研究機関が一斉に利用し始めた2014年末辺りからである。たとえば,2015年3月には,沖縄科学技術大学院大学(OIST)で国際科学広報に関するワークショップ20153)が開かれた。研究成果の英語による情報発信に関心をもった関係者およそ100名が一堂に会して各機関の現状が紹介されて,英米の報道機関や広報関係者と国際科学広報を取り巻く状況について情報交換がなされた。2015年8月には英国の報道関係者から英文プレスリリースの書き方を学ぶ講習会がOISTで開かれた。この少し前の2014年末には国内の13の学術研究機関がそろってEurekAlert!(https://www.eurekalert.org/)という米国発のプレスリリース配信サービスを利用し始めた注1)

このように,実務者同士が情報を交換し,国際的な情報発信を実践する場やコミュニティーが徐々に形成されていった(1)。その主要な場として,自然科学研究機構が国内の15の学術研究機関とともに立ち上げた「大学研究力強化ネットワーク」注2)や科学広報の関係者が集まる「科学技術広報研究会」(Japan Association of Communication for Science and Technology: JACST)4)が挙げられる。

表1 研究成果の国際的な情報発信に携わる実務者コミュニティーの主な活動
開催日 活動 開催場所
2014年3月20日 「大学研究力強化ネットワーク」国際情報発信プラットフォーム 勉強会&ワークショップ「世界に影響を与える日本の大学・研究機関の未来」 日本科学未来館
2014年8月5日 「AlphaGalileo代表者との国際情報発信に関しての意見交換会」 自然科学研究機構 本部
2014年12月25日 EurekAlert!へ13機関の同時加盟とジャパン・ポータルの開設 -
2015年3月19~20日 国際科学広報に関するワークショップ2015「Increasing the Visibility of Japanese Science in the International Media」 沖縄科学技術大学院大学
2015年5月29日 大学研究力強化ネットワーク・カンファレンス「EurekAlert!を例とした国際科学広報の効果的なあり方について」 海洋研究開発機構 東京オフィス
2015年8月15~16日 国際科学広報に関する実践形式のサマーコース「Beyond Borders: Reaching Out to the International Press」 沖縄科学技術大学院大学
2015年11月13日 国際情報発信に関するタスクフォース 第一回 EurekAlert!ユーザーミーティング 自然科学研究機構 本部
2015年12月4日 国際科学広報に関するワークショップ2016 「Communicating Science in a New Age」 理化学研究所(和光)
2016年10月26日 国際情報発信に関するタスクフォース 第二回 EurekAlert!ユーザーミーティング 東京大学(本郷)
2017年3月14日 国際科学広報に関するワークショップ2017「Nurturing Global SciComm Talent, Projecting Japan's Science to the World」 広島大学

2.3 英語のプレスリリースによる研究成果の情報発信の現状

2017年現在,EurekAlert!に加盟して,英語のプレスリリースを提供している国内の学術研究機関は28機関に上る。また,海外の報道機関との関係もEurekAlert!の他,欧州発のプレスリリース配信サービスAlphaGalileo(https://www.alphagalileo.org/)やアジア・オセアニアに強いResearchSEA(https://www.researchsea.com/)を利用することで,徐々に築かれている。これらプレスリリース配信サービスだけに頼るのではなく,各機関が独自に築いた海外の報道関係者とのつながりを活用して,直接報道機関にプレスリリースを提供するような事例もみられる。また,日本語のプレスリリースがそれぞれの機関の日本語Webサイトに掲載されるように,報道機関へ提供された英語のプレスリリースは,その後,それぞれの機関の英語Webサイトに掲載されることが多い。

日本語のプレスリリースに加えて,英語のプレスリリースも作成しなければならない負担は,人員の強化によって緩和されている。たとえば,京都大学では2015年に大学本部注3)に国際広報室を設置して,英語のプレスリリースを書くためのライターと編集担当をそれぞれ1名配置した。その他にも,広島大学ではサイエンス・ライティングの教育課程を終えた者や実務経験者をインターンとして一定期間受け入れる制度を導入して,対応している。中には,英語のプレスリリースを専門の会社へ委託して作成している機関もある。

このようにここ数年で日本では,(1)研究成果の国際情報発信のためのコミュニティーが形成され,(2)学術研究機関において人員が強化され,(3)海外のマスコミとの間に関係が築かれ,英語によるプレスリリースの情報発信が発展した。一方で,研究成果の情報発信のために配置されている人員のほとんどが雇用期間に定めがある。また,中には,研究成果の英語のプレスリリースに取り組みたくとも,人的,経済的な事情で実施できていない機関が存在しており,国際情報発信は発展途上にある。

3. 英米の大学における研究成果の情報発信

それでは,研究成果の情報発信やサイエンス・コミュニケーション分野を先駆ける英米の大学でも,報道関係者向けの情報発信は中心的な位置づけなのだろうか。サイエンス・コミュニケーションやサイエンス・ジャーナリズムの専攻を運営して研究成果の情報発信に携わる人材を育成したり,実務者の間で評判の高い英国と米国の大学について,現状をみてみる。他国や別の地域との比較は,日本の学術研究機関の情報発信について理解が深まるだけではなく,世界の潮流についても示唆が得られる。

本稿では,英国についてはインペリアル・カレッジ・ロンドンとケンブリッジ大学を,米国についてはマサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学の情報発信を紹介する。なお,英国の事例は2016年の7月に,米国の事例は2017年の2月に,筆者がそれぞれ現地の大学を訪れた際に行った担当者への聞き取り調査に基づいている。

3.1 英国の事例

3.1.1 インペリアル・カレッジ・ロンドン

インペリアル・カレッジ・ロンドンは,ロンドン市内に複数のキャンパスをもつ国立大学である。2015~2016年のデータによれば,学部の学生が約9,000名,大学院生が6,000名少々で教職員数は約8,000名である。工学部,医学部,理学部,ビジネススクールの4部門からなり,その構成からもみて取れるように,理工系の大学である。

インペリアル・カレッジ・ロンドンにおける研究成果の情報発信の特徴は,研究成果を主力コンテンツとする総合ニュースサイト(http://www3.imperial.ac.uk/news)(1)を大学として大学本部で運営していることと,研究成果の情報発信のための専門スタッフを抱えていることである。さらに,報道関係者との窓口は学部ではなく大学本部が担うという中央集権的な体制である。

大学本部が運営するニュースサイトは,研究成果の他,大学運営や学生生活等の大学で起きているニュースをまとめた総合ニュースサイトである注4)。大学のWebサイトの一部であるものの,そのデザインやコンテンツは報道機関のそれに似せた作りとなっている。総合ニュースサイトには報道関係者向けに作成した研究成果のプレスリリースをニュース記事として掲載したり,プレスリリースに由来しない研究成果のニュース記事やニュース記事よりもボリュームのある特集記事等も作成して掲載している。毎週,編集会議を開いて,その週に総合ニュースサイトに掲載するコンテンツを選択し,今後の見通しを立てている。また,アクセス数に基づいて前週のトップ10の記事も関係者で共有している。加えて,学内の研究者が寄せてきた研究成果の情報は,研究内容に基づいて,ニュース記事にするのか特集記事にするのか,報道関係者に提供するのか,一般読者や視聴者だけに提供するのか,というようにニュース性に応じて発信方法や発信先を決定している。

総合ニュースサイトのコンテンツは,大学本部の組織Communication and Public Affairsのうち2つのグループが中心となって内製している。1つは,研究成果の情報発信に特化したグループで,5名のライターと1名の編集者からなる。ライターは新聞社等で記者経験のある者を専属で採用して,それぞれ担当する学部や組織が異なる。もう1つは,大学運営や学生生活についての記事を作成するグループで,そこには記事に付随するイラストや写真,動画を創作する専任のグラフィック・デザイナー,フォトグラファー,ビデオグラファーが所属している。全員,雇用期間に限りのない定年制のスタッフである。

インペリアル・カレッジ・ロンドンにおけるすべての研究成果のプレスリリースは,大学本部内で上記5名のライターで作成しEurekAlert!等のサービスや独自に集めた報道関係者の連絡先に送っている。そして,報道関係者から寄せられる問い合わせや取材依頼等も大学本部のライターが窓口となっている。学部付きのスタッフが単独でプレスリリース作成や報道関係者の応対に関わることがほとんどなく,必ず大学本部の組織を通す点で中央集権的な体制といえる。


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図1 インペリアル・カレッジ・ロンドンの総合ニュースサイトのトップページ

3.1.2 ケンブリッジ大学

ケンブリッジ大学は,ロンドン市内の北に位置する国立の総合大学である。2015~2016年のデータによれば,学部の学生数は約1万2,000名,大学院生は7,000名程度で教職員数は約1万2,000名に上る。

ケンブリッジ大学は,大学として大学本部で研究成果に特化したニュースサイトを運営し,研究成果の情報発信のための専門スタッフを定年制職員として抱えている。そして,インペリアル・カレッジ・ロンドンのように大学本部のスタッフだけが報道関係者の窓口となるのではなく,各学部のスタッフも窓口となる分散的な体制が特徴的である。

ケンブリッジ大学では,インペリアル・カレッジ・ロンドンのように研究成果から学生生活まで幅広い大学のニュースを見せるための総合ニュースサイトではなく,研究成果に特化したニュースサイト(http://www.cam.ac.uk/research)(2)を運営している。ここに掲載する記事は,研究成果の速報的なニュース記事と特集記事に分かれている。インペリアル・カレッジ・ロンドンと同様に学術論文等として出版された研究成果についてプレスリリースを作成し,それをニュース記事としている。一方,特集記事は大学全体で力を入れている研究プロジェクトや学部横断型の研究プロジェクト等を伝えるための記事で,ニュース記事よりもボリュームがある。

ケンブリッジ大学の研究成果の情報発信は,大学の本部組織であるCommunicationsの中のResearch CommunicationsのグループとDigital Communicationsのグループのスタッフが担っている。Research Communicationsには専属のライターが6名おり,4名がそれぞれ異なる分野を担当してニュース記事を作り,残りの2名が特集記事を担当している。Digital Communicationsには,記事に付随する画像を作成するグラフィック・デザイナーが1名,フォトグラファー兼ビデオグラファーが3名在籍している。専任のスタッフの人数や専門性,研究成果のプレスリリースの配布方法についてはインペリアル・カレッジ・ロンドンと変わらない。しかし,研究成果のプレスリリースを大学本部で作成して,報道関係者へ提供する,あるいは,大学本部の関係者だけが報道関係者の窓口になるというような中央集権的な体制は取っていない。反対に分散的な体制が特徴であり,たとえば,学部から上がってきた研究成果の情報について大学本部で研究成果のプレスリリースを作成するだけの人的,時間的資源がない場合や,話題性等,大学本部の編集方針に合わないようなものについては,学部付きのスタッフがプレスリリースを作成して,報道関係者に配布している。


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図2 ケンブリッジ大学の研究成果に特化したニュースサイトのトップページ

3.2 米国の事例

3.2.1 マサチューセッツ工科大学(MIT)

MITは,東海岸の都市ボストンの近郊にある私立大学である。2016~2017年のデータによれば,学部の学生が約4,500名,大学院生が7,000名を少し欠ける程度で,教職員数は1万2,000名を超える。人文社会科学系の学部や大学院はあるものの,学生の半数以上が工学部あるいは工学系研究科に所属しているため,工学系の色合いが強い大学である。

MITでは,インペリアル・カレッジ・ロンドンと同様に,大学として大学本部で総合ニュースサイトMIT News (http://news.mit.edu/)を運営し(3),研究成果の情報発信のための定年制の専門スタッフを抱えている。そして,大学本部が報道機関との窓口を一手に引き受ける中央集権的な組織体制を組んでいる。しかし,英国の2事例以上に報道機関のように振る舞っている。

MIT Newsは,大学本部のOffice of Communicationsの中のMIT News Officeが運営している。MIT News Officeは,研究成果の記事を執筆するライター5名と編集者2名,グラフィック・デザイナー,フォトグラファー,ビデオグラファーを含む4名でコンテンツを内製している。すべての研究成果のプレスリリースはMIT News Office内で作成し,EurekAlert!等のサービスや独自に集めた報道関係者の連絡先に送っている。報道関係者からの問い合わせも,すべて大学本部で受け,学部付きのスタッフがプレスリリースや報道関係者と関わることがない点で中央集権的な体制といえる。

一方で,報道関係者からの問い合わせ等への対応には,そのための専門スタッフを別に4名抱えている。ライターには報道機関の記者のように執筆や取材に関連する仕事だけに集中する環境を与えるためである。インペリアル・カレッジ・ロンドンのようにライターが報道関係者の窓口も兼ねる,という体制からもう一歩報道機関のそれに近い。

さらに,MIT Newsは,研究成果のコンテンツが主力であるものの,研究成果のプレスリリースの優先順位が低い。英国の事例でみたように,英米の大学ではまずは報道関係者向けのプレスリリースを作成し,それを使い回して総合ニュースサイトのニュース記事として掲載することが多い。しかし,MIT News Officeでは,読者や視聴者向けの記事を始めに作成する。そして,作成した記事から余計な情報を取り除いてプレスリリースに仕立て直して,報道関係者に送る。


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図3 MITの総合ニュースサイトMIT Newsのトップページ

3.2.2 ハーバード大学

最後に紹介するハーバード大学も同じくボストンの近郊にある私立大学である。学部の学生が約6,700名,大学院生が1万5,000名程度で教員数は1万3,000名を少し欠ける。工学系の色彩が強いMITとは対照的な総合大学である。

ハーバード大学も大学として大学本部で総合ニュースサイトHarvard Gazette (http://news.harvard.edu/gazette/)を運営し(4),研究成果の情報発信のための専属の人材を配置している。MITとの違いは,ケンブリッジ大学と同じように大学本部のスタッフだけではなく,各学部や研究科のスタッフも報道関係者の対応をしたり,プレスリリースを作成したりしている分散的な組織体制である点である。また,MITと同様に英国の2大学よりもさらに報道機関のように情報を発信している。

Harvard Gazetteは,Public Affairs and Communicationsの中のCommunicationsグループの専属のライター4名,編集者1名と,グラフィック・デザイナー2名,フォトグラファー4名(うち2名はパート),ビデオグラファー3名で研究成果に関するコンテンツの制作を主に担っている。パート以外のスタッフは定年制の職員である。MITと同様にライターは,執筆や取材に関連する仕事だけに専念するために,報道の窓口となるスタッフと分業しており,報道関係者と関わることはない。一方で,MITとの違いは,研究成果のプレスリリースを大学本部と学部のスタッフでそれぞれ作成して,報道関係者へ提供する,あるいは,大学本部,学部のスタッフともに報道関係者の窓口になるという分散的な体制である点である。大学本部では全学的な研究成果を扱う一方,学部付きのスタッフはその学部に関係する研究成果のみ扱うという住み分けである。

Harvard Gazetteでは,研究成果のニュース記事や特集記事に加えて,世の中で話題になっている政治,経済,社会的な問題を解説し,ハーバード大学としての主張や意見を論ずるような記事も掲載している。つまり,新聞の社説に相当するコンテンツである。米国では,このような機能を担ってきた大手の新聞社の力が減衰していることや,偽ニュース等が問題となり,信頼できる情報源が求められている背景がある。このような社会の要請に応えること,従来の新聞の機能をHarvard Gazetteが代わって担うことが使命だとしている。新聞記者の経験がある専属のライターやグラフィック・デザイナーに加えて,一流の人文社会学系の専門家を大学内に抱えている強みを組み合わせて,報道機関がこれまで担ってきた機能を穴埋めするような情報発信が進められている。


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図4 ハーバード大学の総合ニュースサイトHarvard Gazetteのトップページ

3.3 まとめ

以上,英米の大学における研究成果の情報発信の事例として,インペリアル・カレッジ・ロンドン,ケンブリッジ大学,MITとハーバード大学の情報発信を紹介した(2)。

これらの大学に共通しているのは,報道機関を介して一般読者や視聴者に間接的に届ける情報発信から,自ら報道機関の機能を担って,一般読者や視聴者に直接届ける情報発信へと変化している点である。報道機関のように振る舞えるのは,組織内にコンテンツを作るための専門的な人材(ライターやグラフィック・デザイナー等)が配置されていることや研究成果を主力コンテンツとする(総合)ニュースサイトを運営していることによるところが大きい。また,米国の2大学の場合には,さらに一歩進んで,執筆業と報道関係者の窓口業とが分業されていたり,新聞の論説記事のような情報発信がなされていたりする。こうした点においても自らを報道機関のように意識して,振る舞っている様子がうかがえる。

表2 英米大学における研究成果の情報発信のまとめ
大学名 大学の種類 総合ニュースサイト 専属スタッフ 報道対応の体制
インペリアル・カレッジ・ロンドン 国立/理工系大学 中央集権的
ケンブリッジ大学 国立/総合大学 (研究成果に特化) 分散的
マサチューセッツ工科大学 私立/工学系大学 中央集権的
ハーバード大学 私立/総合大学 分散的

4. おわりに:日英米の比較からみえること

2章で述べたように,日本の学術研究機関の英語による研究成果の情報発信は,報道関係者向けの情報発信の側面が強いといえる。それは,研究成果が報道関係者の目にとまり,研究成果が広く報道されることを目指しているためである。一方,3章で紹介した英米の大学は,報道機関による拡散や周知だけではなく,自分たち自身が報道機関と同じように,あるいは,それにとって代わって行う,一般読者や視聴者向けの情報発信に移行しつつあるようにみえる。

このような情報発信を可能にしているのが,研究成果を主力コンテンツとして発信している(総合)ニュースサイトと,このニュースサイトのコンテンツを作成する専属のライター,グラフィック・デザイナーやフォトグラファー,ビデオグラファーといった人材である。残念ながら,両者を兼ね備えた学術研究機関は筆者の知る限り日本には存在しない。また,それなりの経験と訓練を積んだライターや編集者を雇用していたとしても,雇用期間に限りのある有期雇用の場合がほとんどである。これでは,知識やノウハウ,学内外で築いた人的ネットワークが組織内で引き継がれない。ましてや,グラフィック・デザイナーやフォトグラファー,ビデオグラファー等の人材を組織内に抱えることは想定されていない。こうした日本の状況は,研究成果の情報発信が報道機関におけるそれと似たようなものへと変化しつつある英米の状況と比べて著しく不利であるといわざるをえない。そして,国際情報発信によって国内の学術研究機関の研究力を強化するといったそもそもの期待に応えることも容易でない可能性が高い。

研究成果の国際的な情報発信が国内で勢いづいた背景には,文部科学省の研究大学強化促進事業やスーパーグローバル大学創成支援事業といった時限付きの事業の影響が大きいといえる。しかし,どちらの事業もいずれ終了し,そのときにはそれぞれの事業の一環として行っていた研究成果の国際情報発信は立ち行かなくなる。裏を返せば,国内の学術研究機関による研究成果の国際的な情報発信は,研究力強化や国際化に付随する活動という位置づけであり,必ずしも広報・情報発信ファーストで考えられてきたわけではない。

日本の学術研究機関にとって,英語は第二言語である。したがって,英語が母語である英米の大学,しかもトップ校の情報発信には手が届かず,そのままそっくり移植するのは現実的ではない,という意見もあろう。しかし逆にいえば,そうであればこそ,学術研究機関の英語による研究成果の情報発信について,それを中心に据えた議論をきちんと交わして,制度を設計するべき時期にきているのではないだろうか。その際には,多言語国家や非英語圏の国や地域の学術研究機関による英語の情報発信,特に同じアジア圏のそれが参考になるだろう。また,国内の日本語による研究成果の情報発信も報道関係者向けの比重は高いため,日本語と英語の情報発信の体制や方法も併せて検討することが日本の実情に合った国際情報発信につながると考えている。

謝辞

本稿をまとめるにあたり,自然科学研究機構の小泉周氏,東京大学のユアン・マッカイ氏とジョセフ・クリッシャー氏,岸健司氏それぞれから大変貴重なコメントやご意見をいただいた。

また,英国と米国の大学への聞き取り調査は,筆者が東京大学広報戦略本部在籍中に広報戦略本部の調査の一環として,同ユアン・マッカイ氏やジョセフ・クリッシャー氏らと行ったものである。この場を借りて,東京大学および各大学で対応してくださった関係者に感謝の意を表したい。

執筆者略歴

  • 高祖 歩美(こうそ あゆみ) koso@nihu.jp

情報・システム研究機構ライフサイエンス統合データベースセンターや東京大学を経て,現在,人間文化研究機構の特任助教/科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンター客員研究員。広報や国際情報発信の実務に携わりながら,実務の現場で直面する課題を題材に広報/科学コミュニケーションの研究に取り組んでいる。

本文の注

注1)  EurekAlert!は,米国科学振興協会(AAAS)が運営するWebサイトで,科学を中心とする研究成果のプレスリリースを全世界(66か国)の報道関係者(およそ1万3,000名)に英語をはじめとする7つの言語で提供している。2017年5月現在EurekAlert!提供の情報に基づく。

注2)  大学研究力強化ネットワークは,文部科学省の研究大学強化促進事業(2013年度~)が開始した際に,事業に採択された半数以上の15機関と立ち上げた組織。大学研究力強化ネットワークでは,研究成果の国際情報発信を主要な課題の一つとして掲げてタスクフォースを設置して活動している。

注3)  本稿で「大学本部」とは,大学全体としての意思決定や事務的な機能を担う組織を指す。「学部」や「研究科」と相対する。

注4)  インペリアル・カレッジ・ロンドンの総合ニュースサイトは,報道機関のWebサイトを意識して2013年に改修された。

参考文献

1)  Shipman, W. Matthew. "Writing stories". Handbook for science public information officers. University of Chicago Press, 2015, p. 21-39.
2)  西澤正己, 孫媛. 学術研究のメディア報道における定量的調査研究. 情報知識学会誌. 2012, vol. 22, no. 2, p. 138-143. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsik/22/2/22_22_138/_pdf, (accessed 2017-06-30).
3)  岡田小枝子, 名取薫, 小泉周. 国際科学広報に関するワークショップ2015. 情報管理. 2015. vol. 58, no. 3 p. 224-227. http://doi.org/10.1241/johokanri.58.224, (accessed 2017-06-30).
4)  岡田小枝子. 科学技術広報研究会の活動. 情報管理. 2015, vol. 58, no. 6, p. 455-461. http://doi.org/10.1241/johokanri.58.455, (accessed 2017-06-30).
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