情報管理
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「情報」とはなにか 第4回 ■情報×実世界:情報とモノが溶け合う融合社会
曽根原 登
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2017 年 60 巻 6 号 p. 429-435

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著者抄録

インターネットという情報の巨大な伝送装置を得,おびただしい量の情報に囲まれることになった現代。実体をもつものの価値や実在するもの同士の交流のありようにも,これまで世界が経験したことのない変化が訪れている。本連載では哲学,デジタル・デバイド,サイバーフィジカルなどの諸観点からこのテーマをとらえることを試みたい。「情報」の本質を再定義し,情報を送ることや受けることの意味,情報を伝える「言葉」の役割や受け手としてのリテラシーについて再考する。

第4回は,サイバー空間と実世界との間で交換される情報の価値について考える。「第4の科学」を支える情報とは,「人やモノのセンサー」としてのWebオープンデータとは。

情報通信技術と社会

情報と通信の技術は,ICT(Information and Communication Technology)と呼ばれる。ICTによる情報化は,企業や組織から始まり,家庭や個人の情報化を経て,今では,市民社会やコミュニティーへと拡大している。それは,大型コンピューターによる組織や企業の情報システム化に始まり,コンピューターのダウンサイジングとパーソナル化により,個人や家庭の情報化へと進展した。今では,情報機器のネットワーク化,ブロードバンド化,モバイル化により,オンラインショッピングなどの経済活動や市民活動などの情報化が行われている。

その一方で,ICTは科学の方法論にも変化をもたらした。過去数世紀の間,科学のパラダイムは,実験科学や理論科学が主流であった。その後,コンピューターによる大規模で複雑な数値計算とシミュレーションを行う計算科学が誕生した。そして現在,インターネットとWebの台頭は,科学技術の研究手法にさらなる変革をもたらした。それは,ネットワークを介して収集される大規模で複雑なデータに基づく実証的な科学的手法である。この実証的な科学的手法は,第4の科学「データ中心科学(Data-centric Science)」と呼ばれている。

多種多量で,構造化されていない複雑なデジタルデータは,ビッグデータ(Big Data)と呼ばれる。ICTの進歩により,ビッグデータの量は爆発的に増加している。その一方で,人や社会の情報分析力には限界がある。このため,人と社会の意思決定や政策決定の質の低下が危ぶまれている。本稿は,筆者らが開発した「Webデータ駆動の観光予報システム」1)と「ソーシャル・ビッグデータ駆動の政策決定支援基盤」2)における,データ駆動の意思決定支援システムについて報告する。

情報社会から融合社会へ

人と社会と情報の変遷をさかのぼり,未来社会ビジョンを考えてみよう。狩猟,農耕社会は,保身,捕食,求愛など「生存のための情報」が必要であった。工業社会は,物質的なモノの豊かさを充足する「生活のための情報」が流通する社会であった。それに続く情報社会は,精神的な,心の豊かさを享受する「楽しみのための情報」が流通してきた。

そして今,インターネットが作り出す情報空間(cyber space)と,人やモノの物理的世界としての現実社会(real world)が,互いに溶け合い,場合によっては,連携や連動しつつ融合する社会,すなわち「サイバーフィジカル融合社会:Cyber-Physical Integrated Society(以下,融合社会)」が実現されようとしている。

この融合社会では,現実社会における人やモノの状態変化は,Webなどの情報空間に投影され,情報の変化となる。その情報の変化を分析し,科学的根拠(エビデンス)に基づいて,知的情報や知識サービスを合成して,人やモノに対して再びフィードバックする。

このように現実社会と情報空間の間で繰り返し交換される情報の循環が,新たなビジネスや価値を生み出し,人々の生活をよりよいものにする。このため,融合社会は,「社会問題克服のための情報」が流通する社会と考える。

融合社会問題を解決するデータ管理基盤

融合社会の問題を具体的に考えてみよう。わが国は,人口の急速な減少と大都市への集中による地方の衰退リスクが増大している。たとえば,市町村の半数にあたる自治体は,従来と同じレベルの公共サービスの維持が困難になると予想されている3)

その一方でわが国は,世界でトップレベルの規模と性能をもった最先端ICT基盤を整備している。あらゆる情報機器やセンサーがネットワークへ接続され,多様で膨大な情報がデジタル化されて,ビッグデータと呼ばれるデータが流通可能となっている。いつでも,誰もが,どこからでも,データにアクセス可能になり,まさに,情報空間と実世界が統合した「サイバーフィジカル融合社会」が到来している。

地方の衰退リスク回避に向けた施策は,地方創生である。これには,地域経済の活性化,雇用機会の創出,医療・健康の増進,自然災害への対応が求められる。

この地域活性化にはデータの活用が不可欠であると考える。たとえば,地域への来訪者は,飛行機,電車,バス,自動車などの交通機関により目的地にやってくる。そして,その地で観光や散策し,伝統や精神文化を体験し,食事を楽しみ宿泊する。これを観光・回遊ビジネスと呼ぼう。

この地域の観光・回遊のための資源を効率的に管理するには,多様な関係者が協働しながら,交通,宿泊,食事,観光,物販,人流などの各種データを継続的に収集・分析し,そしてデータに基づく観光・回遊政策を策定する必要がある。その政策のPDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)を回すためのデータ管理基盤(DMS: Data Management System)が必要となる(1)。

地域の資源管理は,その基となる社会データ調査,利用者に宿泊や観光,イベントなどを知ってもらう広告掲載,施設や設備などの資源管理,消費者に何度も足を運んでもらうリピーター顧客管理,多様な支払い手段による課金決済,これら一連のデータ処理の関与者への報告(レポート機能)といったビジネス・プロセスからなる。

図1 データ管理基盤DMS

地域社会データ連携基盤システム

地域社会データ連携基盤システムを2に示す。社会調査データには,ホテルなど宿泊施設の稼働率(空き室数),飛行機・高速バス・タクシーなどの交通システムの利用率,レストランなど飲食店や店舗などの売り上げや必要な従業員数,イベントのチケット販売数や集客率などが必要である。

一方,国や自治体で調査される人口統計や訪日観光客数,宿泊旅行統計などの公的統計データは,年や月ごとの調査・集計・公表になっており,実時間で動的に変化するビジネスには迅速に対応できない。

(1) Webセンサライズ

地域社会データ連携基盤システムは,宿泊施設の稼働率,交通システム利用率,流通や従業員数,イベント集客率などのデータ収集・分析・活用技術によって構成される。稼働率,利用率,集客率などのデータは,Web予約サイトの情報を収集し,分析することで行う。このようなデータは構造化,標準化されていないのが一般的である。このため,データの欠損値の補間や異常値の除去,データに混入するゴミを取り除くクレンジング,そして多種多様のデータの構造化を行ってデータベースに格納する。これをWebセンサライズ(sensorize)注1)という。

また,どのような人が,何人,どこから,どの手段を利用し,どこに向かうか,といった観光・回遊政策立案のためのパーソントリップデータ(人流)も必要である。

しかし,社会調査においては,近年の個人情報保護意識の高まりから,社会調査への協力が得にくくデータの精度も低下している。また,モバイル機器を活用した利用者の位置情報の取得は,利用規約の公開,利用者が利用規約に対して自主的に同意する標準的な仕組みなどが必要になる。さらに,事前に個別同意を取得するとともに,事後にオプトアウト注2)する機会を提供する必要もある。このように,個人データ活用においては,各種同意取得にかかる膨大なコストが必要になっている。

図2 地域社会データ連携基盤システム

(2) Wi-Fiセンサライズ

そこで,訪日外国人向けのFREE Wi-Fi PASSPORTサービス(ソフトバンク社)注3)との共同研究開発により,プライバシー保護に配慮し,国籍,性別,年代,基地局の位置情報を収集・分析する仕組みを実現した2)(この仕組みを利用した解析例は,46。後述)。

FREE Wi-Fi PASSPORTサービスは,利用者が利用規約によって,明確な意思により,利用条件,留意事項などに同意するという仕組みを提供している。また,オプトアウトによる利用者関与の機会が設けられている。本人同意の取得は,インバウンド訪日客がWi-Fiを無料で使いたいというインセンティブを利用することで成り立っている。この結果,観光・回遊政策立案のためのパーソントリップデータを取得・分析できるようになった。この仕組みをWi-Fiセンサライズ(sensorize)という。

このような社会データ基盤は,物流や情報流通(情流)における,効率的な在庫管理,動的な価格決定,商品の最適展示方法,新たな商品開発企画の他,オンラインの口コミ広告やデジタルサイネージによる送客,さらに国別,性別,年代別に適応した販売促進も可能となる。

実時間地域ソーシャル・ビッグデータ活用社会実験

ソーシャル・ビッグデータは,ビッグデータの中でも特に公共性を有し,社会のさまざまな分野において社会的課題の解決や新たなシステム,サービス,ビジネスの創出などに貢献できる情報を指す。たとえば,インターネットで取得できる宿泊施設や交通機関の予約状況といった社会経済活動データや自治体が収集・提供しているオープンデータなどがこれにあたる。

「ソーシャル・ビッグデータ駆動の政策決定支援基盤」2)は,こうしたソーシャル・ビッグデータをリアルタイム(時間単位や日々の政策対応)に連携させることで社会の異なる事象を組み合わせて可視化し,科学的根拠に基づく合理的な政策決定・意思決定を支援するシステムである。これにより,従来は1週間後,1か月後に集計された情報を基に行っていた意思決定を現状に即して迅速に実行することが可能となる。

インバウンド旅行客の動きと宿泊施設の客室提供可能数を組み合わせてリアルタイムに把握することで,自治体や事業者は需要と供給のバランスが取れた効果的で即時性の高い施策を実施できるようになる。外国人旅行客が多数集中して来日するオリンピックのような大規模国際イベント開催の際に人の集団の動き(群流)を把握することは,交通機関や雑踏警備の要員配置などの対応策の立案に有効である。

(1) Webセンサライズドシステム

Webセンサライズドシステム(sensorized system)は,自治体の観光政策をはじめ,観光協会や商工会議所の観光関連産業活性化の支援を目的とした,Webオープンデータ駆動の観光予報システムである。これは,インターネットで公開されている膨大で多様な宿泊施設の関連データを横断的に収集・蓄積・分析して観光地域の宿泊状況や料金を予測することで,データに基づいた合理的な観光政策決定を支援するシステムである。

このシステムではインターネットの複数のホテル予約サイトから横断的にデータを収集したうえで,サイト間で偏りのあるデータを統合することで宿泊施設の利用状況のカバー率が向上した。京都市で実証実験を行った結果では,カバー率が88%から98%に改善されている(3)。

図3 宿泊旅行統計(月別)と日々の稼働率推定

(2) Wi-Fiセンサライズドシステム

次に,新たなソーシャル・ビッグデータとしてWi-Fiアクセスポイントのログデータを活用し,このWi-Fiアクセスポイントを利用している外国人旅行客の「群流」を把握して可視化するWi-Fiセンサライズの仕組みを研究開発した。

Wi-Fiのデータから把握した人々の動きとホテルの予約状況などのWebデータの解析結果をリアルタイムに組み合わせることもできる。さらに,こうした解析を地域の自治体などでも簡便に利用できるようなインターフェースなどを開発し,社会データ・プラットフォーム化を実現した。

「群流」の解析では,Wi-Fiアクセスポイントで検出されるデバイス番号を異なる番号に複数回置き換え,10個以上を1つの単位として扱う。動きの把握は,郵便番号区単位,時間の経過は1時間単位で行っている。解析結果は地図上にプロットされ,さまざまな縮尺で表示可能である(45)。

6に示すように,ホテルの予約情報や自治体の観光情報などWebデータの解析結果とWi-Fiの群流データを組み合わせて表示することもできる。

図4 Wi-Fi ビッグデータ活用によるインバウンド観光客の行動分析(1)(関東周辺,1月25日~2月26日の1か月間)
図5 Wi-Fi ビッグデータ活用によるインバウンド観光客の行動分析(2)(新宿都庁,2月26日10:00頃)
図6 自治体の観光地オープンデータ,Web宿泊予約オープンデータ,Wi-Fiセンサー群流データのデータ連携

データ活用社会と人材養成

本稿は,WebオープンデータやWi-Fiシステムログを「人やモノのセンサー」として活用する「Web/Wi-Fi Sensorize」について提案し,インバウンド訪日客を例とした地域社会実験について報告した。このような社会データ収集と分析によって,合理的な政策決定や経営判断を行い,それが,地域活性化につながることを期待したい。

社会実験では,ホテル,飛行機,新幹線,高速バス,イベント施設などの稼働率などの資源管理データと,インバウンド訪日客の行動データを連携させるという社会データ連携基盤を紹介した。

一方世界では,共有経済システム(sharing economy)と呼ばれるデータ共有社会(data commons)イノベーションが台頭してきている。たとえば,過疎地などでの観光客の交通手段として,自家用車で有償送迎する「Uber」や,空き部屋を貸したい人(ホスト)と部屋を借りたい旅人(ゲスト)とをつなぐWebサービスである「Airbnb」といった「民泊サービス」がそれである。

技術的には,実世界のどこに自動車や空室があるかということと,利用者がどこに何人いるかということを,まさに需要と供給をオンラインかつリアルタイムでマッチングすることにある。こうすることで,空車や空室を社会的に共有するという合理的仕組みでもある。

さらに,公共サービスでは,「CIVIC TECH」という概念も台頭している。これは,公共サービスの質がよくないとき,単に行政機関に文句を言うモデルから脱皮して,さまざまなステークホルダーと連携しながら,市民の手で社会課題を解決しようという仕組みである。具体的には,どこの街灯が切れている,どの橋が老朽化している,どこに寝たきり老人がいる,どこの道路の雪かきを優先しないと買い出しや病院に行けない,といった地域生活の課題をICTやSNSを活用して発見し,市民参加型で解決しようというものである。技術的には,需要や緊急度とリソースや優先度のマッチングをデータ収集と分析に基づいて行うことで効率化が実現できる。

このように,物理世界の自動車や駐車場,家や部屋,公共施設や設備などの資源状態センシングを行うWeb/SNS/Wi-Fi sensorizeと,需給のマッチングや人と社会にフィードバックする社会データ基盤が不可欠である。

このように融合社会は,社会データを活用し,そのデータを分析することで,新たな価値を創生する「データ活用社会」ともいえる。

「未来価値創生」にあたっては,地方公共団体と地元大学や企業等が,科学的根拠に基づいた知識サービスビジネスや知的情報システムを協働して創出する仕組みが必要である。併せて,地域の特色を生かす「データ活用人材」を地元大学と協働で養成していく必要もあろう。こうすることで,地方創生という融合社会問題をデータの力によって解決したい。

執筆者略歴

  • 曽根原 登(そねはら のぼる) sonehara@tsuda.ac.jp/sonehara@nii.ac.jp

1978年,日本電信電話公社(現,NTT)入社,ファクシミリの研究実用化,1988年,ATR視聴覚機構研究所 認知機構研究,1999年,NTTサイバースペース研究所 メディア生成研究,NTTサイバーソリューション研究所 コンテンツ流通の研究開発に従事。2004年,国立情報学研究所 情報社会相関研究系教授,総合研究大学院大学 情報学専攻教授を併任,2017年より,津田塾大学 総合政策学部教授・総合政策研究所 所長。国立情報学研究所 名誉教授,総合研究大学院大学 名誉教授。

本文の注
注1)  公文俊平. “ニューメディアと情報文明”. GLOCOM. 1992-04-01. http://www.glocom.ac.jp/column/1992/04/post_351.html

注2)  本人から「事前の同意」を得ることを「オプトイン(opt-in)」という。これに対して,本人に対して個人データを第三者提供することを認識できるようにしておき,本人が反対をしない限り,同意したものとみなすることを「オプトアウト(opt-out)」という。

参考文献
  • 1)  一藤裕, 曽根原登. “Webデータからホテルの料金と空室数を予測する! 「ビッグデータ駆動の観光・防災政策決定支援システムの研究開発」”, 国立情報学研究所. http://research.nii.ac.jp/sonehara-lab/img/news/2013-03-06-detail.pdf, (accessed 2017-07-24).
  • 2)  “エビデンスに基づく政策・意思決定を支援/多様なデータを構造化して高速処理/ソーシャル・ビッグデータ駆動の政策決定支援基盤”. 国立情報学研究所. 2017-03-14. http://www.nii.ac.jp/news/release/2017/0314.html, (accessed 2017-07-24).
  • 3)  日本創成会議・人口減少問題検討分科会. “成長を続ける21世紀のために:「ストップ少子化・地方元気戦略」平成26年5月8日”. 日本創成会議. http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03.pdf, (accessed 2017-07-24).
 
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