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Vol. 60 (2017) No. 6 p. 440-443

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.440

過去からのメディア論

過去からのメディア論 ループを出るか入るか:人工知能と知能拡張小史

 人工知能(AI)と知能拡張(IA)

科学ジャーナリストのJohn Markoffによれば,知的機械の研究は,2つの派閥の競合の歴史であるという1)

一つは,人工知能(AI: Artificial Intelligence)派。こちらの立場では,安全性・信頼性を高めるため,意思決定の「ループ」(後述)には人間を入れず,機械で人間を代替しようと考える。代表的学者は,フレーム理論やこころの理論(「こころの社会」論)で著名なMarvin Minskyや,Minskyと並んで人工知能分野の開拓者であり,LISP(プログラミング言語)やタイムシェアリングシステムの開発でも知られるJohn McCarthyだとされる。

もう一つは,知能拡張(IA: Intelligent Amplifier)派。こちらの立場は,意思決定の「ループ」に人間を入れて,機械によって人間の知能を拡張しようとする立場だ。こちらの代表的学者は,マウスを発明しGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)との統合を試みたDouglas Engelbartや,グループウェアなど協働コンピューティングの研究で著名なTerry Winogradなどだ。

Markoffは,この2つの流れがともに知的機械の発展のためには重要であることを認めつつも,人間の将来という観点からみると,明らかに後者に肩入れする。前者は人間をデジタルコンピューターによるAIに置き換えることで,人間を排除していく思想で,将来的に人間から仕事を奪う道筋につながる。一方,後者は,人間の知能を拡張し,人間の知的活動や仕事を支援するため,知的機械を活用する方向性を有するとみる1)

「ループ」とは,人間・機械システムにおける意思決定プロセスを指す。米国空軍パイロット・工学者のJohn Boydの思想に由来する。彼は,作戦行動における意思決定について考察し,観察(Observe)・方向づけ(Orient)・判断(Decide)・行動(Act)の「ループ」によって,環境に対応する行動が生じると考えた注1)

第二次世界大戦後,デジタルコンピューターとサイバネティクスの勃興とともに,軍事作戦行動の指揮管制システムの「ループ」において,人間をどう扱うか,つまり,ループに入れるか排除するかが,重要な考察対象となってきた。

 SAGEとサイバネティクス研究における「ループ」

まず,デジタルコンピューターの展開においては,1958年に稼働を開始した米国全土を対象とする防空システムSAGE(Semi-Automatic Ground Environment)が,重要である。

SAGEは,第二次世界大戦中から徐々にその構想が固まってきたものである。敵の攻撃に対して即応して迎撃する防空システムの検討が本格化したのは,1949年にソ連が最初の原爆実験を行ったことがきっかけだった。

1949年12月,工学者George Valleyを長とする防空システム工学委員会(ADSEC: Air Defense System Engineering Committee)が設置された。同委員会において,航空機(当時は大陸間弾道弾が存在しないため,米国本土への原爆の脅威は爆撃機によるものだった)の位置と速度を三角測量で求めるため,コンピューターの利用が提案された2)

Valleyは,当時開発中だったデジタルコンピューターWhirlwindのことを聞きつけ,これを防空システムに応用することを思いついた。Whirlwindは,MITの工学者Jay Forresterが航空機操縦シミュレーター用コンピューターとして開発を進めてきたものの,当時は開発の遅れ等から行き場を失いつつあったものだ2)

Forresterは,人間の判断能力はコンピューターよりも優位であるものの,その通信速度の限界から,機械が生のデータ処理から兵器誘導指令まで処理した方が手動よりも優れた意思決定を達成すると述べている注2)3)。つまり,人間を「ループ」から外に出すことが提案されている。

ただし,1950年代,デジタルコンピューターによる人間・機械システムにおける意思決定の自動化を目指していたとはいえないと,Paul Edwardsは指摘する。当時デジタルコンピューターは科学技術計算用の機械装置と考えられ,また,アナログ制御メカニズムも十分有効だったうえ,デジタルコンピューターよりもよく理解され,信頼性も高かったからである4)

一方,第二次世界大戦中から,Norbert Wienerを中心として,動物と機械の目標追跡・目標設定・通信の共通性に着目するサイバネティクス研究が進展していて5)6),この流れにおいても,人間を「ループ」から出すという結論が出されつつあった注3)4)

Wienerを中心とする研究者グループの中で,動物の刺激・反応メカニズムがインプット・アウトプットの分析によってとらえられる一方,コンピューターとしてみるメタファー(暗喩)が生まれた。指揮統制システムの研究開発のための軍の資金は,前記のSAGE(Whirlwind)のような指揮統制通信の自動化プロジェクトに加え,心理学や人間の組織の研究にも投入された。この研究の中で,人間や人間の組織が機械的モデルでとらえられ,人間と機械とを相互に交換可能なものとみる見方が育っていったと,Edwardsはみる4)

 「ループ」思想の十字路:Licklider

Edwardsの記述に従うと,前記のMarkoffのAIとIAの対立の分岐点に立つ存在は,J. C. R. Lickliderということになるかもしれない。Lickliderは,第二次大戦中,指揮系統において音声で効率的に情報を伝えることを目的とする音響心理学研究からキャリアを開始し,戦後はMITにおける工学部学生向けの心理学プログラムの確立や,前記のSAGEのユーザーインターフェースグループの長としても活躍した4)

1960年,Lickliderは「人間とコンピューターの共生(Man-Computer Symbiosis)」と題する論文を発表した注4)7)。同論文では,コンピューターが速度と正確さを提供する一方,人間は柔軟性と直感を提供すると指摘された。ところが,彼は,「機械的に拡張された人間」(mechanically extended man)よりも,人工知能の発展に大きな可能性をみていた。Lickliderは次のように述べている。

「おそらく人間・コンピュータの共生は,複雑な技術システムの究極のパラダイムではない。正しい道筋をたどれば,電子的あるいは化学的『機械』が,現在は我々が脳だけにできると考えている多くの機能について,人間の脳を凌駕(りょうが)することはまったく可能であると思われる」7)

とはいえ,その実現は1980年(!)と考えられるので,それまでの間は人間・コンピューターの共生を目指して研究開発を進めるべきと,彼は主張するのである。つまり,Markoffの用語を使えば,「IAからAIへ」という道筋が,Lickliderの展望だった。

1962年,Lickliderは,米国国防総省 高等研究計画局 情報処理技術室室長に任命され,タイムシェアリングシステムに関する構想をまとめた。この構想から,インターネットの原型となるARPANETが生まれることとなる2)8)

ARPANET稼働の前年(1968年),Lickliderは国防総省を離れ,MITに戻り,Project MACの責任者となった。Project MACは世界初のタイムシェアリングシステム開発を目的とするARPAのプロジェクトだった。同プロジェクトは,McCarthyの影響の下に開始され,Minskyが主要メンバーとして参加するなど,人工知能研究と極めて強いつながりをもっていた2)。Edwardsは,タイムシェアリングシステムとは,AIと指揮統制システムの統合とみる4)

 AIからIAへ:Winogradの転向

ところで,ARPANETの最初のノードの一つは,前記のEngelbartがいたことから,スタンフォード研究所(SRI: Stanford Research Institute)に置かれたとされる。Engelbartの開発したマウスとGUIを備えたNLS(oN-Line System)は人間の知性を増幅し,人間・機械の共生を実現する技術とみなされていた。また,Engelbartと同様,GUI実現に重要だった拠点ユタ大学もARPANETのノードの一つだった9)

SRIがあったスタンフォード大学には,MITから異動したMcCarthyがスタンフォード人工知能研究所(SAIL: Stanford Artificial Intelligence Laboratory)を設立した。同様に,MITからスタンフォード大学に異動したコンピューター科学者の1人に,Winogradがいる。

彼は,MITの大学院ではMinskyの共同研究者でもあったSeymour Papertに学び,自然言語で命令を与え,積み木をその指示通りに動かす人工知能ソフトウェアSHRDLUを作成した10)。スタンフォード大学に異動した彼は,自然言語を理解するAIの研究を開始するが,やがてその限界を知り,AI研究を放棄した。彼はその後,共同作業(協働:Collaboration)をサポートするグループウェアやソフトウェアデザインの研究を展開する1)11)。人間をループの中に置く人間・機械システムである。

このように,AIとIAの歴史は複雑に絡み合いながら発展してきた。Markoffは,IAに肩入れする立場だが,今後のAIとIAの発展を想像しても,やはりAIがIAに影響を与える一方,IAでは社会的に受容されるだけの信頼性や安全性が確保できないことから,AIによる人間の代替が進む分野もあるだろう。

いずれにせよ,「われわれは,まだ『ループ』の中にいる」と,Markoffはいう。ただし,ここでいう「ループ」とは,意思決定のループではない。Markoffは,機械を設計・製造・利用する一連の流れも「ループ」と呼ぶ。つまり,Markoffは,ここで設計という立場から,人間は依然として退却していないと指摘している1)

人間を拡張するか置き換えるか,置き換えるならばどの分野で置き換えるか,一部の人間を置き換えることによって,置き換えられた人々を含むわれわれ人間を拡張するか――これは,あくまでも設計者次第だと,Markoffはいう。「決めるのはマシンではない」1)

では,設計者ではない私たちはどのようにそこに関与するか。次の問いは,こうしたものとなるだろう。

本文の注

注2)  参考文献3は,人工知能とコンピューターの意思決定支援への応用に関するシンポジウムの記録である。Forresterは,人間の意思決定のモデルについて講演を行っている。

注3)  Wienerによる人間と機械との関係をめぐる倫理的考察は,サイバネティクス研究の中で,人間・機械システムにおける人間の位置に関する思索から発展したのかもしれない。

注4)  Edwardsによれば,同論文はMcCarthyのタイムシェアリングシステムのアイデアの影響を強く受けているとされる4)。バッチ処理システムは入出力装置の性能に制約を受け,CPU性能を十分に生かしていない。多数の利用者が同時にコンピューターを利用する多重プログラミングシステム(時分割:タイムシェアリング)システムが必要だと,McCarthyは,1958年頃に考えるようになっていた4)

注5)  参考文献7はWebで閲覧可能である。右記URL参照。https://groups.csail.mit.edu/medg/people/psz/Licklider.html

参考文献

1)  マルコフ, ジョン著; 瀧口範子訳. 人工知能は敵か味方か:パートナー,主人,奴隷-人間と機械の関係を決める転換点. 日経BP社, 2016, 450p. (原著:Markoff, John. Machines of loving grace: The quest for common ground between humans and robots. HarperCollins, 2015).
2)  Campbell-Kelly, Martin; Aspray, William. Computer: A history of the information machine. second edition, Westview Press, 2004, 325p.
3)  Forrester, Jay W. "Managerial decision making". Computers and the world of the future. Greenberger, Martin. ed. MIT Press, 1962, p. 33-91.
4)  エドワーズ, P. N.著; 深谷庄一監訳. クローズド・ワールド:コンピュータとアメリカの軍事戦略. 日本評論社, 2003, 460p. (原著:Edwards, Paul N. The closed world: Computers and the politics of discourse in cold war America. MIT Press, 1997).
5)  ウィーナー, ノーバート著; 池原止戈夫, 彌永昌吉, 室賀三郎, 戸田巌訳. サイバネティックス:動物と機械における制御と通信. 岩波書店, 2011, 418p. (原著:Wiener, Norbert. Cybernetics: Or control and communication in the animal and the machine. J. Wiley & Sons, 1948).
6)  ハイムズ, スティーヴ J.著; 忠平美幸訳. サイバネティクス学者たち:アメリカ戦後科学の出発. 朝日新聞社, 2001, 445p. (原著:Heims, Steve J. The cybernetics group: Constructing a social science for postwar America. 1946-1953. MIT Press, 1993).
7)  Licklider, J. C. R. Man-computer symbiosis. IRE Transactions on Human Factors in Electronics, 1960, vol. HFE-1, p.4-11.
8)  アバテ, ジャネット著; 大森義行, 吉田晴代訳. “アーパネットの建設:挑戦と戦略”. インターネットをつくる:柔らかな技術の社会史. 北海道大学図書刊行会, 2002, p. 61-62. (原著:Abbate, Janet. Inventing the Internet. MIT Press, 1999).
9)  マルコフ, ジョン著; 服部桂訳. “心の拡大”. パソコン創世「第3の神話」:カウンターカルチャーが育んだ夢. NTT出版, 2007, p. 75. (原著:Markoff, John. What the dormouse said: How the sixties counterculture shaped the personal computer industry. Viking, 2005).
10)  マコーダック, P. 著; 黒川利明訳. “第11章 言語,場面,記号,そして理解”. コンピュータは考える:人工知能の歴史と展望. 培風館, 1983, p. 296-301. (原著:McCorduck, Pamela. Machines who think. W. H. Freeman and Company, 1979).
11)  ウィノグラード, テリー; フローレス, フェルナンド著; 平賀譲訳. コンピューターと認知を理解する:人工知能の限界と新しい設計理念. 産業図書, 1989, 340p. (原著:Winograd, Terry; Flores, Fernando. Understanding computers and cognition: A new foundation for design. Ablex Publishing, 1986, 207p.).
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