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Vol. 60 (2017) No. 7 p. 481-492

記事言語:

http://doi.org/10.1241/johokanri.60.481

記事

博士人材の研究公正力(2):研究倫理教育の類型学

著者抄録

研究倫理教育には,研究者の職制を考慮した研究倫理教育だけでなく,「場」の教育や再教育が必要である。まず,研究実施者に対する研究倫理教育(第1段階)に加え,研究指導者・管理者に対する研究倫理教育(第2段階)や,研究機関の研究倫理教育の責任を担う「研究倫理教育責任者」を継続的・組織的に育成するための教育(第3段階)が必要である。研究者のライフサイクルにはいくつかの転換点があり,各段階で必要となる教育は前もって行われる必要がある。他方,研究を実施する側だけでなく研究を取り巻く「場」の教育(第4段階)も,研究倫理教育の重要な使命である。研究倫理は公正な研究活動の奨励・推進の役割があり,公正な研究活動の保障や研究者の人権への配慮が必要である。「証拠の優越」原則や,不正行為としての「研究妨害」,「研究不正事案の取り扱い」に関するガイドライン等について正しく理解し,研究不正の申し立て等の乱用を防止し,安心して研究活動に取り組める環境を整備することも重要である。また,研究不正の程度を考慮し,研究者に再教育による復帰の機会を与えることも研究倫理教育の重要な役割である(第5段階)。研究倫理教育の機能や教育対象を整理(研究倫理教育の類型学)し,系統的・体系的な教育システムを整備することが求められている。

1. 緒言

前報1)では,研究不正についての規範性や故意性について説明し,研究不正に対する定義やシステムの不均一性(heterogeneity)が,グローバル化等に伴い,非意図的に研究不正発生のリスクを増大させる可能性等について説明した。今日,研究不正は,罰則により抑止がある程度期待できる「故意」の範囲を超えて,「過失」として発生するリスクを内包している。このため,研究倫理教育の役割はますます重要となっており,各国の博士課程教育においても「倫理(ethics)」を「構造的訓練(structural training)」の一つとして導入する等,高度化が図られている。

文部科学省「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(以下,文部科学省ガイドライン)注1)等の整備からすでに3年余りが経過し,研究倫理教育のフレームワークを整備する段階から,実質的な内容の充実を図る段階へと進みつつある。現在,研究倫理教育は「研究者(研究実施者)」の「研究の作法」として,あるいは「自己防衛のための手段」として理解され,実施されることが多い。しかし,研究を取り巻く「場」や,「研究者のライフサイクル」を考えたとき,果たして研究倫理教育の役割や内容はそれだけで本当によいのだろうか。また,今後,どのような視点からの研究倫理教育の高度化が求められるのであろうか。

本報では,少し視点を変えて,研究倫理教育の対象(教育対象,受講者)や,研究公正が制度として成立する過程で生まれてきたいくつかの原則に触れつつ,諸外国における公正な研究活動のための整備等をみながら,研究を取り巻く「場」を考察し,研究倫理教育の果たす役割について考えてみたい。

なお,ここに示した認識や見解は,これまでの筆者の調査研究に基づく個人としての見解であり,国や所属機関の見解ではないことに留意されたい。

2. 職制を考慮した研究倫理教育

2.1 研究実施者に対する倫理教育(第1段階)

最初に,研究倫理教育の教育対象について考えてみたい。研究倫理教育の教育対象について学生に質問すると,多くの者は「研究者」や「学生」を挙げる。より深く考えようとしている者でも,「研究を実施する(あるいは実施する予定の)者」を細分化して,たとえばわが国と異なる文化・環境の下で教育を受けた「留学生(外国人)」や,まだ研究経験の乏しい「研究室に入る前の学部生」などを対象として考える傾向がある。本報では,このような若手研究者教育を中心とする「研究実施者」に対する研究倫理教育を「研究倫理教育の第1段階」と呼ぶこととする(1)。

ここでいう研究倫理教育とは,「研究を行う者(すなわち「プレーヤー」)が守るべきルールや規範,行動様式を身に付けるための教育」である。前報でも説明した「適正な研究慣行(規範)」に従うことを習得するもので,しばしば,「研究者としての作法」を習得することであると説明される。多くの機関で実施されているが,コンプライアンス教育型の「予防倫理教育」が中心と考えられ,今後は,そのレベルにとどまらず,適切な行動を選択する能力を養うための「志向倫理教育」へのさらなる発展が望まれる1)


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図1 職制と機能を考慮した研究倫理教育の段階

2.2 研究指導者・管理者に対する教育(第2段階)

研究不正の実態をもう少し理解している学生は,「研究の指導者・管理者」に対する研究倫理教育の必要性を挙げる。この背景としては,近年の研究不正の中には研究指導者・管理者の研究倫理に対する知識や認識の不足,あるいは研究マネジメントが直接・間接の原因となって,指導を受けた者が研究不正を行ったり,あるいは研究室単位での不正行為につながったりする事案が発生していることが挙げられる。本報では「研究指導者・管理者」に対する研究倫理教育を,「研究倫理教育の第2段階」と呼ぶことにする。

「第2段階」は,「第1段階」より,はるかに厄介な問題を抱えている。なぜなら,倫理教育の教育対象者が,研究者(専門家)として一定の実績を挙げている者であることが多く,その結果,これまでの研究慣行や行動様式,あるいは指導方法を自ら点検し,見直すことが容易でない場合が多いからである。しかし,実際,わが国において研究不正の「実行責任が問われる者」は,教授クラスの割合が最も多く(32.8%),特に人文・社会科学系では教授・准教授クラスに顕著なピークがみられることが知られている2)。これらの事実は,当該分野における「研究経験の長さ」と「研究倫理の習得の程度」は必ずしもイコールではないことを示している。

研究倫理が行動規範である以上,時代とともに変遷する。社会的にもますます厳しさを増す中で,若い頃に身に付けた研究倫理に関する知識や慣行だけでは現状にそぐわない事象が生じることもある。あるいは,研究領域の学際化・融合化に伴い,異なる研究慣行の分野を横断して研究活動が広がりつつある中で,自分の分野では「不正」とまでは見なされない行為が,他の分野では不適切な行為と見なされることがあることとも無関係ではないだろう。

加えて,「研究指導者・管理者に対する研究倫理教育」では,「研究実施者に対する研究倫理教育」の知識や経験だけでなく,研究室の運営や研究マネジメント技術の観点からもスキルの習得が求められる。たとえば,研究指導者・管理者として「研究不正の端緒」をどのように発見したらよいか,どのような研究室運営やマネジメントが研究不正を誘発する可能性があるのか,指導者の倫理観と若手の倫理観が対立したときにどのような解決を図るべきかなど,研究指導者・管理者には研究実施者とは異なるスキルが求められる。

しかし,現在,研究者としての昇進は「研究成果」が評価対象であり,本人の研究倫理に関する知識や指導能力も含め,研究指導者・管理者としての倫理教育のスキルを身に付けていることは,研究指導者・管理者としての職位獲得の条件となっていない。このため,仮に研究実施者としての研究倫理を身に付けていても,研究指導者・管理者として必要なスキルを十分身に付けないまま職位を得て,過度な研究成果主義に傾注すると,かえって研究不正を誘発する危険性があることに注意する必要がある。

2.3 研究倫理教育責任者に対する教育(第3段階)

研究指導者・管理者に対しての研究倫理教育は必須であり,今日の研究公正政策の一つの課題となっている。それを実施する責務は大学等の各研究機関にあり,より具体的には各研究機関が指名する「研究倫理教育責任者」(あるいは,広く「研究公正部門」)の職務である。

文部科学省の調査によれば,多くの大学が「研究倫理教育責任者」を設置していると回答(78.5%)している3)4)。しかし,研究倫理教育責任者は,具体的にいかなる職責を有し,どのような能力要件が要求され,どのようなトレーニングを自ら受けなければならないのか。少なくとも研究倫理教育の専門家として,一定の「スキル・セット」が必要とされるはずであり,それに見合う権限が研究機関により付与される必要があるが,わが国ではいくつかの先駆的な取り組みが始まりつつあるものの,いまだその要件が明確ではないように思われる。したがって,研究倫理教育のプロフェッショナルとして,研究倫理教育責任者を継続的に育成していくための標準的なスキル・セットの確立と,そのための教育が「研究倫理教育の第3段階」ではないかと考えられる。

このフェーズの研究倫理教育では,たとえば,機関として誰に対してどのような研究倫理教育を行うかという制度設計や体制整備,研究倫理教育カリキュラムの開発等に関する能力の養成は当然必要になると考えられる。また,具体的な事案の処理にあたって必要となる調査手順や法務に関する知識,申立人や被申立人に対するカウンセリング技術なども重要なスキルと考えられる。

諸外国においては,各研究機関の研究倫理業務をつかさどるリサーチ・インティグリティー・オフィサー(research integrity officer)や,研究不正事案に関して申立人・被申立人の調停にあたるローカル・オンブズパースン(local ombudsperson)などの設置が知られている。これら各国の職制と比較することで,わが国における研究倫理教育責任者にはどのような職責があり,どのようなスキル・セットが必要であるのかが,一層明確になるものと期待される。しかし,現時点ではあまり具体的な比較研究等は進んでいないように思われる。

2.4 まとめ:研究者のライフサイクルと研究倫理教育

以上の議論をまとめると,研究倫理教育は,単に「研究実施者の作法の習得」にとどまらず,教育対象である「研究者の職制」に応じて,必要となる教育内容やスキルの習得が変化するものと考えられる。すなわち,「研究者のライフサイクル(あるいはキャリアパス)」を考慮した研究倫理教育体系の設計概念が必要となる。

「研究者のライフサイクル」には,いくつかの転換点が存在する。それに伴い,必要とされる研究倫理教育の内容等も変わると考えられるが,それ自体,研究者自身にはあまり意識されないことが多い。2はそれをモデル化したものである。たとえば,図中の転換点Aは,博士課程修了後,ポスドクや研究員として「雇用」されるときであり,この転換点を境に学生から職業研究者に身分が変わる。それは同時に,この時点から各機関の雇用契約に基づく懲戒処分の対象になることを意味する。しかし,研究者自身の認識の中には,自らの専門分野の研究は大学院時代からすでに始まっているとの意識が強く,こうした変化が十分理解されていない場合が多い。同じ研究を行っていても,学生として自らの学位取得のために研究を行うことと,ポスドクや研究員,つまり職業として研究を行うことは意味が異なるのである。

諸外国では博士課程における「構造的訓練」を大学院プログラムに取り入れている国が多い1)。「研究倫理」は職業研究者としての「雇用適正(employability)」に関わる問題である。大学院教育を「職業研究者への助走期間」と考えるならば,本来,「職業研究者」として採用される前の段階で,十分な研究倫理に対する教育・研修の実施が必要である。博士課程での倫理教育の実態については,まだ十分な検証作業が行われているわけではない。しかし,研究倫理教育を博士課程教育の「質の保証」の問題としてとらえるのであれば,少なくとも職業研究者として採用される際に,大学院における研究倫理教育の受講状況や受講内容の確認が求められる時代が,いずれ訪れるものと予想される。

2の転換点Bは,研究者から「研究指導者・管理者」への転換点である。具体的には,この転換点を境に,自分自身が研究倫理を順守すればよい立場から,研究室の責任者として学生や若手研究者を指導し,研究倫理を順守させる立場になる。本来,この転換点を迎えるまでに「研究者から研究指導者・管理者へ」のマインド・チェンジと,それに必要な研究倫理教育が行われていなければならない。しかし,競争的環境の中で研究業績を競い,「研究成果/研究評価」だけに意識が向いていると,そのひずみが思わぬところで現れることもある注2)

また,山崎によれば,米国においても助教授クラスの研究不正が多いことが示されている5)

このように,研究機関としては研究不正の低減に向けて,研究者のライフサイクルを考慮した研究倫理教育体系を構築し,各職位・職制に見合った研究倫理教育を,前もって計画的に学生や職員に実施していく責務が求められているのではないかと考えられる。また,このような責務は研究倫理教育責任者にあり,そのためのスキル・セットの習得と,継続的な育成が求められている。こうした地道な努力が,研究機関としての「研究公正力(すなわち,研究公正を担保するための能力)」を養っていくことにつながると考えられる。


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図2 ライフサイクルを考慮した研究倫理教育

3. 研究を取り巻く「場」の教育(第4段階)

3.1 公正な研究活動の保障

研究倫理教育は,研究実施者や研究指導者・管理者など「研究を行う側の教育」だけではない。研究不正事案は科学活動における「研究の公正さ」をめぐる申立人と被申立人の争いである。したがって,公正な研究活動を保障するためには,被申立人(当該研究を行う側)だけでなく申立人(当該研究に疑義を唱える側)にも,元来,適正なルールに従った行動規範が求められる。すなわち,研究を行う側だけでなく,研究を取り巻く「場」に対しても,倫理的な行動規範に対する認識の向上と適正なルールの浸透のために,研究倫理教育が必要である。これを「研究倫理教育の第4段階」と呼ぶことにする。

3.1.1 公正な研究活動の侵害に対する懸念と対応

「研究倫理」という和訳は,一見,「研究者の道徳的なモラル」を想起させる言葉であるが,元来の意味は「研究の公正さ(research integrity)」を担保することである。すなわち,研究不正を低減するだけではなく,公正な研究活動を奨励・推進することも研究倫理の重要な目的である。国際的な研究倫理の流れは,「研究者コミュニティーのモラル」から「国の研究公正システムとしての制度化」への変化の過程である。この過程で,初期に用いられていた「研究不正(research misconduct)」という言葉よりも,「研究の公正さ」という言葉が各国で広く用いられるようになってきた。

「研究倫理の制度化」の過程で,研究公正や研究不正認定の原則,不正の定義や研究公正システムが成立するが,公正な研究活動を保障するために,各国で大きな争点の一つとなったのは,研究不正を口実とする「公正な研究活動の侵害」の懸念である。すなわち,研究不正を口実とする「研究活動への不当な介入」や「研究者への人権侵害」が生じる危険性や,憲法で保障された「学問の自由」が侵害される懸念をどのように払拭(ふっしょく)していくかが,科学技術・イノベーションを重視し,研究開発を推進している先進諸国ではアカデミアを中心に大きな課題の一つであった。

被申立人が自らの研究活動の「公正さ」を立証する責務を負うことは,申立人側が不法行為の立証責任を負う通常の法令違反に比べて,被申立人が潜在的に不利な立場に置かれる可能性があることを意味している。したがって,研究不正を口実に申し立て等が「乱用」されることになれば,公正な研究活動を推進するうえで障害になる懸念がある。今日,少なくとも先進諸国においては,国の研究公正システムの中で,公正な研究活動を保障するための「原則」や「ルール」,一定の「仕組み」が設けられているのが一般的である。

3.1.2 「証拠の優越」原則の採用

最初に研究不正の制度化に取り組んだのは米国であるといわれている。米国ではボルチモア=イマニシ・カリ事件注3)を契機に,1989年に現在の米国研究公正局(ORI: Office of Research Integrity)の前身となる組織が設置され,国の研究公正システムの整備が行われた5)。最終的に米国の連邦規則(CFR)で研究不正に対する制度が確立するのは1992年のことである。この間,「適正な研究慣行からの逸脱」「故意性」など研究不正の認定に関する原則が整備されたが,公正な研究活動の保障や,研究者の人権配慮なども重要な関心事であった。

その結果,米国では,研究不正の申し立てにあたって,「証拠の優越(preponderance of evidence)」原則が採用されている。「証拠の優越」とは,「ある事実が『ないというよりはある』といえるか否かで判断する原則のこと」で,“more-likely-than-not”原則あるいは「50%超原則」とも呼ばれる6)。研究不正を信じるに足る証拠をもって告発するルール(言い換えれば,証拠や根拠もなく訴えられないルール)と考えるとわかりやすいかもしれない。今日,「証拠の優越」は,研究不正認定における重要な原則の一つとして「適正な慣行からの逸脱(規範性)」や「故意性」と同様に普及している。

しかし,欧米諸国に比べて後発的に研究倫理を導入し,各国にならって制度化してきたわが国の場合,研究不正認定における規範性や故意性については研究倫理教育の中でよく語られるが,「証拠の優越」原則やその背景に関しては,あまり本質的な議論がなされていないように感じられる。研究不正の低減同様,公正な研究活動の保障と奨励について,研究倫理教育としての一層の充実が期待される。

3.1.3 研究不正行為としての研究妨害

各国・地域で国情に合わせた形で研究公正システムが整備される中,研究不正を理由とする申し立ての乱用や不当な介入を防止するため,いくつかの共通のルール(原則)が成立し普及している。その一つが,「研究不正の定義」の中で,研究活動の遅延や妨害を目的とする行為を研究不正行為の一つ(研究妨害)と位置づけていることである(研究不正の定義による乱用防止)。

欧州諸国の場合,一般に,研究不正による研究論文の取り下げ件数は論文10万件につき約0~3件と日米(論文10万件につき約5件)に比べて少ないことが知られている注4)7)。このような状況の中で,「研究妨害」は,たとえばドイツでは約3割と不適切なオーサーシップに次いで多く,またオーストリアでも約13%を占めている8)

これに対して,わが国の場合は,研究不正ガイドライン上,「特定不正行為」は「捏造(ねつぞう),改ざん,盗用(いわゆるFFP)」に限定されており,「研究妨害」等についての明確な実態は把握されていないのが現状である。しかし,研究環境が競争的になればなるほど,このような事象は表面化していないだけで潜在的には一定の割合で存在すると考えた方が,むしろ自然ではないかと思われる。実態把握も含めたさらなる取り組みが求められている。

3.1.4 「研究不正調査ガイドライン」の整備

先進諸国においては,ガイドラインにおいて,研究公正の原則や研究不正の定義を定めるだけでなく,研究不正事案の取り扱いや適正な調査プロセス(研究不正調査機能)7)を定めているのが一般的である。刑事事件に例えれば前者が刑法,後者が刑事訴訟法にあたると考えるとわかりやすい。研究不正調査機能について定めたガイドライン(またはガイドラインの当該部分)を本報では便宜的に「研究不正調査ガイドライン」と呼ぶ。これは,研究不正事案の取り扱いや適正な調査プロセスについてのルールを明確化することで,研究不正事案に対する「調査の公正性」を担保するとともに,申立人だけでなく被申立人の人権に対しても,十分配慮がなされることが特徴である注5)

一般に,研究不正調査ガイドラインでは,申し立てや事案取り扱い,調査の方法や調査結果の公表,不服申し立てなどについて,原則やルールが規定されている。これは公正かつ適正な方法で研究不正の調査・認定を行うための基準であり,国によっては機関が行った調査が研究不正調査ガイドラインに従って適正に行われているかを,国レベルの研究公正機関がチェックする仕組みが導入されている9)

また先進国の場合,研究不正の調査に関して,一義的な責任は各研究機関にあり,「申し立て」をもって調査が開始されるのが一般的である(いわゆる「ファイヤーアラーム(火災報知器)」システムの採用)10)。言い換えれば,国レベルの研究公正機関が,研究者を捜査し摘発するようなシステム(「ポリス・パトロール(警察官巡回)」システム)10)は採用されていない。これは,「学問の自由」を保障し,公正な研究活動への国の介入を自制する姿勢の表れではないかと筆者は考えている。

3.1.5 研究不正の法令と救済措置

1は,2013年1月,デンマーク科学技術イノベーション省が公表した「研究不正事案の取り扱いに関する国家システム」の調査結果11)を基に,比較のため,筆者が各国の国家研究公正システム(規制のレベル)注6)と,わが国の状況を追記したものである。

2は,「研究不正に関する法律」の国による特徴を示す。一般に,米国やデンマークに代表されるNRIS(国家研究公正システム)9)のタイプ1の国は,すべての研究分野の研究不正を規制する「オールラウンド型」の法律を有している。一方,タイプ2に属する国には,たとえば英国のように異なる分野に対して個々の法律で対応している国(個別型)や,研究機関や研究費配分機関に対して法律により一定の責務を課している国(責務型)が存在する。

また,研究不正の調査に対する「不服申し立て(appeal)」(3)は,被申立人の権利保障の観点から重要な制度上の救済措置であり,以下のように分類される。

  • (1)「機関レベルでの不服申し立て」が行われる場合(デンマークの調査では5か国が該当。わが国もこの分類に該当するものと思われる。)
  • (2)「外部組織に対する不服申し立て」が行われる場合(デンマークの調査では6か国が該当)
  • (3)「不服申し立てシステムが存在しない」場合(デンマークの調査では4か国が該当)


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表1 研究不正事案の取り扱いに関する国家システムの比較(概略)


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表2 研究不正に関する法律の国別特徴


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表3 研究不正の調査に関する「不服申し立て」の国際比較

3.1.6 まとめ:研究を取り巻く「場」の研究倫理教育とは

申立人の保護が重要な政策課題であると同時に,研究倫理の場合,被申立人の保護も申立人の保護同様に重要な問題である。研究公正システムには多様性があり,法律の内容や責務の対象も異なり,また申し立てのルールや原則,救済手段としての「不服申し立て」の仕組み等にも違いがある。研究不正事案の適切な取り扱いには,研究者はもとより研究を取り巻くすべての者が基本的理解・認識を共有することが必要である。

わが国の過去の事案をみても,申し立て自体は認められても,申し立ての方法やプロセスが適正性を欠いていると判断されて,申立人も懲戒の対象となった事例が見受けられる。研究倫理が「研究活動の規範」である以上,公正な研究活動を保障するためには,申し立て自体も,「証拠の優越」原則やガイドラインに基づく適正なルールに従って実施される必要がある。

研究倫理教育の役割は,「研究者」に対し「適正な研究慣行」を教育することで研究者を守る「防御的な意味」だけでなく,研究者自身を含め,研究を取り巻くすべての者(「場」)に対して,

  • (1)研究不正に対する正しい認識と理解の向上
  • (2)公正な研究の保障と不当な妨害・介入の排除
  • (3)研究者の人権への配慮等

  • に対する意識を形成・共有することである。本報ではこれを「研究倫理教育の第4段階」と定義したい。

実際,研究不正の申し立ては,さまざまな要因が端緒となって発生する。たとえば,研究者間での「学問上の意見の相違(difference of opinion)」に起因する対立が原因の場合や,研究者の「真正な間違い(honest error)」を第三者が不正行為と見なして申し立てが行われる場合などもありうる。適用除外に該当するか否かは,「申し立て」を端緒として争われる。結果として研究不正に該当しなくても,申し立て自体を排除はできないし,それによる研究の遅延等は当然,発生する。

また,一般に研究活動においては,研究情報へのアクセスの違いから,実際に研究に携わる者と携わらない者の間に必然的に知識や情報の「格差」や「非対称性」が存在し,「事実認識の相違」が生じる懸念がある。特に研究活動が先端的であればあるほど,「知財」や「ノウハウ」の保護のために情報へのアクセス制限は厳しくなるので,このような格差や非対称性は深刻化する。こうしたことが端緒となって申し立てが行われることは十分に考えられるし,人間関係のトラブルや感情の対立は,このようなコミュニケーションのギャップをさらに拡大する要因となる。

このようなギャップを埋める努力として,中立的なオンブズパーソン(各機関に所属するローカル・オンブズパーソン)が予備調査の段階で,申立人・被申立人の双方から話を聞き,軽微な事象については「調停」する仕組みを採用している国(ドイツ9)等)もある。研究不正の原則や申し立てのルールや適正な手続きを教育することで,ミス・コミュニケーションによる申し立てや,適正なプロセスから逸脱した事案の取り扱いを防ぎ,先端的・創造的な研究に安心して取り組める研究環境を形成していくことも,研究倫理教育の重要な使命ではないかと考えられる。

4. 研究倫理の再教育システム(第5段階)

最後に,もう一つ言及すべきは,研究不正を犯した,あるいは犯しそうになった「研究者(特に若手)の再教育」の問題である。意図せずして研究不正を問われるリスクが高まる今日,研究不正を犯した研究者や,あるいは犯しそうになった研究者に対し,研究不正を犯した研究者に対するペナルティーだけでなく,研究倫理の再教育により,研究への復帰のチャンスをシステムとして整備することも,研究機関の重要な責務ではないかと考えられる。本報ではこれを「研究倫理教育の第5段階」としたい。

研究不正の認定は,不正の認識や不正の程度(重篤度)が争点となる場合が多いが,申立人や機関側の認識と被申立人の理解や認識に差がある場合がある。諸外国では,上述のオンブズパーソンによる調停の仕組みや,軽微な事案に関しては一定期間内に事案処理を決着するため,機関と被申立人との間でボランタリーな合意により解決が図られる場合がある。

また,機関間の「調査の公平性」を担保することは研究公正政策上,極めて重要であるが,機関により判断に差が生じることは完全には避けられない。実際,海外では機関レベルの調査で研究不正と認定された事案が国レベルの研究公正機関への不服申し立ての結果,認定が変更になったり,処分が変わったりすることもある。このような事実を踏まえつつ,特に若手研究者や学生に対しては研究倫理についての再教育を行うことで復帰のチャンスを与えたり,研究者の職場復帰に際して必要な支援を行う仕組みを整備したりすることは研究機関の責務ではないかと考えられる。

5. 結論:研究倫理教育の類型学

文部科学省ガイドライン改正から3年余り経過し,わが国の研究倫理教育は,体制や枠組み(フレームワーク)がかなり整備されたところである。今後はその内容の充実が求められる。研究倫理教育を「研究者(研究実施者)の作法」という研究コミュニティーのモラルに基づく古典的な解釈から一歩進めて,教育対象や教育内容を整理し,その中で教育すべき原則やルール,スキル・セット等を習得する系統的・体系的な教育システムを整備することが必要である。

研究倫理には「研究不正の低減」と「公正な研究活動の推進」という重要な2つの役割がある(1)。前者については,「研究者のライフサイクル」を考慮し,研究指導者・管理者,研究倫理教育責任者など「職制に応じた研究倫理教育」のスキル・セットとカリキュラム開発・実施が必要である。

また,後者については,これまでの「研究倫理の制度化の歴史」を踏まえつつ,過度な研究成果主義が逆に研究不正を増大させる結果となるのと同様,研究不正の申し立て等の乱用も「公正な研究活動」の妨害や「学問の自由」に対する懸念につながりかねないことを,研究者だけでなく研究を取り巻くすべての者が理解し,認識を高めるところから始めなければならない。特に広く研究を取り巻く「場」の倫理教育や違反者の再教育は,公正な研究活動のためにも重要な課題といえるだろう。

このような研究倫理教育の機能化・システム化のベースとなる調査を本報では「研究倫理教育の類型学」と呼ぶことにしたい(4)。今後,倫理教育についてはさらなる議論が行われ,さまざまなレベルでの倫理教育カリキュラムが開発・実施されると思われる。こうした取り組みが広く普及することで,研究不正の低減と研究者が安心して研究活動に取り組める環境整備の充実が図られることを期待したい。


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表4 研究倫理教育の類型学

執筆者略歴

  • 松澤 孝明(まつざわ たかあき)

科学技術・学術政策研究所 第1調査研究グループ総括上席研究官。専門は科学技術政策。研究倫理,人材問題,イノベーションシステム等に特に関心がある。

本文の注

注1)  “研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン 平成26年8月26日 文部科学大臣決定”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf

注2)  実際,筆者が以前行った調査では,1977年から2012年10月の114件の事案に関する被申立人等(合計203人)のうち,研究不正の実行責任が問われた者が合計134人(66.0%)いる。このうち,教授・学部長は134人のうち33.6%,助教授・准教授は同17.2%と多いことが示されている。また,上記203人中,研究不正の実行責任を問われた者以外に,「指導責任/管理・監督責任を問われた者」が合計35人(17.2%)存在した2)

注3)  ボルチモア=イマニシ・カリ事件:1986年,タフツ大学の生物学者イマニシ・カリ博士が,分子生物学領域の一流誌である「セル」へ発表した論文への疑惑が,同じ研究室の若手研究者に告発された事件。「論文データと実験ノートの違い」を指摘された。1988年の下院の公聴会でディングル議員により取り上げられた。ただし,議会での調査にも限界があり,専門の調査機関を公衆衛生庁内に創設することとなった。イマニシ・カリ論文の共著者であり,上司にあたるボルチモア博士は,この事件がひびき,ニューヨークのロックフェラー大学学長職を退くこととなった。しかし,10年という長期にわたる調査の結果,1996年に彼らの疑惑は払拭された。研究公正局は,不正行為を裏付ける明白な証拠を見いだすことができなかった。

※参考文献:山崎茂明. 科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用. 丸善, 2002. p. 38-39.

注4)  参考文献5表4によれば,論文10万件当たりの不正論文数は,米国4.6件,日本4.8件だが,欧州諸国の場合,英国2.0件,ドイツ1.0件,イタリア3.0件,フランス0.6件,ギリシャ0.0件となっている。

注5)  わが国の場合,たとえば文部科学省ガイドラインでは,1つのガイドラインとして作成されている。

注6)  こうした分類は,各調査の分類基準により多少の変動はあるものの,おおむね国際的な合意形成がされていると考えてよい。

参考文献

1)  松澤孝明. 博士人材の研究公正力(1):グローバル化時代の研究倫理教育. 情報管理. 2017, vol. 60, no. 6, p. 379-390. http://doi.org/10.1241/johokanri.60.379, (accessed 2017-08-17).
2)  松澤孝明. わが国における研究不正:公開情報に基づくマクロ分析(2). 情報管理. 2013, vol. 56, no. 4, p. 222-235. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.222, (accessed 2017-08-17).
3)  文部科学省科学技術・学術政策局人材政策課研究公正推進室. “研究活動における不正行為への対応等に関するガイドラインに基づく平成27年度履行状況調査の結果について”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/03/1368858.htm, (accessed 2017-08-17).
4)  札野順. “研究倫理教育の現状と課題:単なる研究不正防止を越えて”. JST研究公正ポータル. http://www.jst.go.jp/kousei_p/kousei_pdf/2016workshop_kougi.pdf, (accessed 2017-08-17).
5)  山崎茂明. 科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用. 丸善, 2002, p. 47 (表3.2).
6)  田村陽子. アメリカ民事訴訟における証明論:『法と経済学』的分析説を中心に. 立命館法学. 2011, vol. 339・340, p.2525-2577. http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/11-56/tamura.pdf, (accessed 2017-08-17).
7)  松澤孝明. 諸外国における国家研究公正システム(1):基本構造モデルと類型化の考え方. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 10, p. 697-711. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.697, (accessed 2017-08-17).
8)  松澤孝明. 諸外国における国家研究公正システム(3):各国における研究不正の特徴と国家研究公正システム構築の論点. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 12, p. 852-870. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.852, (accessed 2017-08-17).
9)  松澤孝明. 諸外国における国家研究公正システム(2):特徴的な国家研究公正システムモデルの比較分析. 情報管理. 2014, vol. 56, no. 11, p. 766-781. http://doi.org/10.1241/johokanri.56.766, (accessed 2017-08-17).
10)  Hickling Arthurs Low Corporation (HAL). "The state of research integrity and misconduct policies in Canada", AFMC. https://afmc.ca/pdf/HAL%207807%20State%20of%20Research%20Integrity%20Policies%20in%20Canada.pdf, (accessed 2017-08-17).
11)  The Danish Agency for Science, Technology and Innovation, "National systems for handling cases of research misconduct" ENRIO. http://www.enrio.eu/wp-content/uploads/2017/03/National_systems_for_handling_cases_on_research_misconduct.pdf, (accessed 2017-08-17).
12)  “Open seminar: Promotion of research integrity 公開セミナー:研究公正の推進に向けて”. 沖縄科学技術大学院大学. https://groups.oist.jp/rs/event/open-seminar-promotion-research-integrity-公開セミナー:研究公正の推進に向けて,(accessed 2017-08-17).
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