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視点
視点 米国における協働学習とアクティブラーニング:Social Aspects of Information Technologyの教育現場から
高澤 有以子
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2017 年 60 巻 7 号 p. 516-521

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1. はじめに

前回,筆者がイリノイ大学で担当している授業,INFO202: Social Aspects of Information Technologyという科目について,大学総合カリキュラムの中での位置づけとともに,基礎教育科目として認知されつつある授業であることを紹介した1)。また,日本におけるINFO202に該当するような授業については,具体的な例は見つからなかったが,日本の高等教育では,「情報」がどの分野でも取り入れられた学問領域であり,社会と情報通信技術・情報技術システムに関する学問がさまざまな名称で存在していた。今回は,米国におけるINFO202: Social Aspects of Information Technology的授業が学科系統ではどのような位置づけをされているか,また,実際の大学教育の現場で,Social Aspects of Information Technology的思考力・スキルを養うために,どのような授業を行っているか,紹介する。

2. 米国におけるSocial Aspects of Information Technology

イリノイ大学情報科学大学院が設けているINFO202: Social Aspects of Information Technologyという授業は,「インフォマティクス」「情報科学・図書館情報学」「メディア・コミュニケーション学」といった3つの異なる登録名称で存在している(詳細は,参考文献1を参照)。では,この授業名であるSocial Aspects of Information Technologyが,どのような学問分野として認識されているか,米国教育省が発行している,学問分類表“Classification of Instructional Programs(CIP)2)”を頼りに調べてみた(1)。その結果,興味深い点が3つあった。

1つ目は,「Social Aspects of Information Technology」が,別名「Social Informatics」として存在していること。2つ目は,Social Aspects of Information Technologyの核となる社会的側面との関連や,社会的側面からの分析に関して,直属のInformaticsの説明文注1)3)にも,その母体系である「Computer and Information Sciences, General (CIS-G)」の説明文注2)4)にも,記述がなかったことである。そこで,「社会的側面」に関する文面が含まれている「情報系」の学科を探したところ,「Information Science/Studies(IS/S)」の説明文注3)5)の中に見つけることができた。IS/Sは,Informaticsの直属母体CIS-Gが属している母体系「Computer and Information Sciences and Support Services(CISSS)」に含まれている。さらに,IS/Sの記述には,関連学科としてCISSSとは別母体に属する「Library and Information Sciences」(LIS,図書館情報学,母体系:Library Science)と,「Management Information Systems, General」(情報システム・情報管理,母体系:Business, Management, Marketing, and Related Support Services)の2つが参照項目としてあった。しかし,LISの説明文注4)6)をみても,社会的な側面を含んだ情報系の学問であるとは定義されていない。

そして,3つ目は,「情報系」に関する学問全般について共通する記述があったこと。CISSSとその付属系統であるCIS-Gの中で,この分野が未分化のままの学問エリアとして発展しているとあり,この学問エリア全体に対して,(1)各分野の名称やカリキュラム内容は混沌(こんとん)としている,(2)CIS-G下に属する5類の「情報系」分野は,独自の規律が存在しているため,各分野には本質的な違いがある,と記載されている注2)

この学科系統分類表から,まず,「社会」と「情報通信技術」に関する学問は,3つのサイエンス,すなわち,(1)Computer and Information Sciences,(2)Information Science and Studies,(3)Library and Information Sciencesにまたがる境界領域を総和する要素の一つであることがいえる。また,この点に関しては,米国を起源とするSocial Informaticsが発案され発展してきた独自の歴史的背景を表している。米国におけるSocial Informaticsは,80年代に開花した情報システム・コンピューティング研究へ,新たなアプローチとして,幅広い科学理論に加えて,社会的分析手法を用いることで,現実問題の解決に向けて,より具体的かつ実践的な研究・教育が必要として発展してきた7)。ただ,発足から20年以上たつ今,Social Informaticsの学問分野・教育項目としての発展は,不透明であると認識せざるをえない。

実際に,Smutny8)が行った,各国・地域に存在する学問としてのSocial Informaticsについての詳細な検証をみても,その複雑さの増大は,研究の手法,理論や概念,学会組織体系すべてにおいて顕著である。こうした特異性を抱えるSocial Informaticsには,多元的共存への新たなアプローチが必須であると推察する。

では,教育現場でのSocial Aspects of Information Technologyとは,一体どのような授業を行っているのか。イリノイ大学のケースを紹介する。

図1 Social Aspects of Information Technologyに関連する学問分野の相関図まとめ

3. 教育の現場から:Social Aspects of Information Technologyの教育理念と指導体制

「情報と社会を結び付けて考えられる技能を身につけてほしい」。これが,イリノイ大学におけるINFO202: Social Aspects of Information Technologyの教育理念である。

では,情報に関する諸問題を社会の問題としてとらえる一方で,そうしたさまざまな社会問題は,われわれ一人ひとりの生活に直結した情報の問題でもある,と一歩踏み込んで理解していく技能をどのようにして身につけてもらうのか。実際の授業では,(1)教授による講義,(2)Teaching Assistant(TA)による演習授業(Discussion Section),(3)個人課題,という3つの様式を柱に,理論と実践の演習を反復するような授業計画を作成している。

3.1 学生によくみられる傾向

週2回の提出が義務づけられる課題図書のまとめ(Reading Summary)は,学期の始まりから終わりまであるため,合計25~27本と膨大な量となる。学生にはもちろん,教員にとっても非常に多くの労力・時間を要する課題だ。特に,本格的な大学での学業が始まったばかりの2年生や,書くことに慣れていない理系学生には,その苦労が顕著に表れる。逆に,この課題は,学生の成長過程を知るうえで,一番わかりやすい指針となる。学期の初期段階では,課題図書に記されている研究結果や取り上げた事例について直接的な評価や批判に走りがちで,研究手法に関して自分なりの判定を書き記す傾向がある。さらには,課題図書が学術論文の場合,論文に掲載されている要約と,この課題で求められる「まとめ」との違いについて,よく質問を受ける。20本以上のまとめを書かされる結果,学期末に近づくにつれ,独自のライティングスタイルが安定し始める。学期中2回行う事例分析レポートでは,社会分析に必要な概念を2本以上選ぶ際に,学生自ら書いたまとめが役立つため,学期を通して予想以上に力を発揮し,上達する傾向にある。

学生の出席率に関しては,毎学期一貫している。忙しくなる中間試験前後,春休み・感謝祭休みの前などは,講義・演習授業どちらも生徒の数は激減するし,学期末へのカウントダウンが始まったからといって,減少傾向が続くわけでもない。毎学期同じような傾向にあるとわかっていても,期末試験日の混雑ぶりをみると複雑な思いになる。試験の答案回収時に,初めて名前と顔が一致する学生も1人や2人は必ずいる。一度しか課題図書のまとめを提出していない,事例分析レポートは2本のうち1本しか提出しない,演習授業に出席したことがない。そのような学生でも,期末試験だけは受けに来る。それでもTAである筆者を含む4名の教員は,毎週の定例会議で,学生のモチベーションを高めるためのプラン作りに試行錯誤する。

3.2 「知識のトランスファー」と「コントロールのトランスファー」

学生の授業態度に関する傾向以外に,気づいた点がいくつかある。指導者と学習者の間に,知識のトランスファーとコントロールのトランスファーの両方が活発に起こっている状態が望ましいということだ。筆者は,教える側に立つということで,教授が提案する授業ごとの目標や,テーマごとの学習目的も確認したうえで授業プランを作成するため,いざ教室で学生からの質問を受けると,提供できる知識情報を可能な限り時間内に与えることに集中していたように思う。だが,それだけでは,授業時間全体が聴講モードになったままで,学生の発言や思考の幅も狭めてしまう。そこで必要となるのが,コントロールのトランスファーである。提供する知識情報の質も量も学生にコントロールさせる機会を与える。学びの主導権を学生に委ねる,そんなニュアンスだ。学生の質問を起点にして,質問のコンテクストを異なるケースに置き換えていく。学生の日常から得られるエピソードや教室を一社会として考えてもらう。その結果,満足のいく内容とならなくても(最悪の場合,沈黙など),そこで学習指導者がさらに踏み込んで,学生それぞれがもっている知識をトランスファーさせるように会話をもっていく。学生自身がもちうる知識情報をクラスメートとともに提供しながら,ある一つの答えとなる理解や見解を導いていく。クラス内では,学習指導者と学生が学びを補い合う。その先の応用は,授業外時間で取り組む個人の課題で学びの成果を発表してもらう。

3.3 協調学習とアクティブラーニング

この「知識のトランスファー」と「コントロールのトランスファー」のバランスを意識して「学びの場」をつくることは,ロシアの心理学者Vygotskyのいう,Zone of Proximal Development(ZPD)注5)の考え方にも関連している9)。ZPDとは,「1人でできるか,できないか,紙一重の領域」のことで,指導の仕方によって,指導を受ける側は,学びの楽しさか,何を学んでいるのかわからないイラつきのどちらかに結び付くと解釈できる。さらに,Doolittle10)は,Vygotskyが強調する,個人の学びの内在化プロセス(process of internalization)を,小グループで行える協調学習(cooperative learning)にて補うことができると提唱している(process of externalization)。そのためには,以下の5つの要素が重要だと定義している。

  • (1)お互いを助け合う協力体制の構築
  • (2)個人に意思決定責任があるという認識を各自がもつこと
  • (3)対面式の交流をもつこと
  • (4)ある程度の対人能力性を必要とする小グループで問題解決策を模索する環境があること
  • (5)参加者がグループにどう貢献しているか,またグループとして機能しているか評価できること

この協調学習という視点で知識のトランスファーとコントロールのトランスファーを考察すると,それが活発に行われていることを実感するのが,教授を含めた教員4名が参加する定例会議だ。毎週の授業プランはTA各自に任されている。そのためTAは,それぞれのクラスで,どの手法を用いて授業を行い,それがどう効果的であったか,また学生の反応とその対応について,近況報告を行う。学習指導者という立場で学ぶべき経験は,TA各自に委ねられている。一方,教授はTAとともに,その週の講義についての感想や,次の週の講義概要と合わせて,それに付随する演習授業について,前後関係を考慮しながら調整していく。経験が浅いTAにとって,教授が過去の経験や観察を踏まえて気軽に授業準備の状況や講義内容の作成過程を共有しながら,同僚のTAとともに意見を出し合うといったやりとりの場を与えられるということは,学習指導者が,「学びの場」を運営する側としてだけでなく,学習者としてもその場に参加していると心得ることができる。こうした機会は,極めて実践的な,知識のトランスファーとコントロールのトランスファーの相互作用を活発にし,効果の高い思考の活性化に役立つ。この学習指導者としての気づきは,山地11)によると,アクティブラーニングを実質化するために必要な,教員自身が発展させるべき「暗黙のルール」という。

また山地によると,米国では四半世紀前に授業改善の指針として,アクティブラーニングが提示されていたという。筆者が担当しているSocial Aspects of Information Technologyの指導教授たちが,そうした指針に基づいて今の指導スタイルを確立したかは定かではない。だが,3つの異なる学習体制(教授と学生で構成される講義,TAと学生で行われる演習授業形態,またわれわれ教員チームによる定例会議)を運営し,これら異なる場所・組み合わせで実施される学習体制は,山地が解説しているアクティブラーニングの実質化に結び付く。また,山地のアクティブラーニングの定義によると,筆者が多様な学びを実感できるのは,担当教授たちが「知的学習や研究のプロである大学教員」であり,彼らが「すでによく知っている効果的な学習形態を教室にもち込んだもの」で,充実した教員・授業サポート体制が可能な大学環境によるところも大きい。と同時に,情報という同領域に関心をもつ教員チームであっても,教員一人ひとりの専門は異なるため,専門外のトピックやテーマの会議においては,異領域の研究者として参加しているようにも感じる。この本質的に多元的であるという点は,Social Aspects of Information Technologyの強みでもあり弱点でもある。

では,授業科目としてのSocial Aspects of Information Technologyは,学生にとってどんな効果があるのか。Social Aspects of Information Technologyの評価は,過去10年間の登録学生数の安定した増加や,かつ,履修生の所属学科が年々多様化しているという点から,基礎教養として認知されつつあるといえる。しかし,この授業の学習効果といった具体的な数値による評価は,不透明だ。

4. おわりに

イリノイ大学情報科学大学院が提供するこのSocial Aspects of Information Technologyは,学部生向け科目でありながら,先修科目としてプログラミング技能・知識を指定したり求めたりしていない。プログラミングの技術を求められているのは,Informaticsを副専攻とする学生だけだ。Informatics副専攻の学生は,このSocial Aspects of Information TechnologyとIntroduction to Computing(基礎プログラミング入門)の両方を修了しないと学位は得られない。つまり,イリノイ大学としても情報科学大学院としても,全学生のプログラミング専門技術力の向上を目標とはしていない。

昨今の日本では,プログラミング技能をもった人材の不足や,プログラミング技術教育の早急な発展が注目されている。それに伴い,2020年度から始まる小学校でのプログラミング教育の必修化をどう実施していくかが課題となっているようである12)。一方で,情報教育に関して,岡部13)は,情報教育が一般教育の柱となるためには,コンピュータースキル教育やプログラミング教育だけでなく,基礎知識教育,情報倫理教育が必要だと提唱している。さらに,基礎教育の一部である情報現象・情報問題の構造的・社会的仕組みを倫理,思想,歴史,文化的観点から考察していくことも重要であると述べている。初等教育からプログラミング言語教育を導入するのであれば,こうした岡部の視点は,大いに重要だと考える。

筆者の限られた経験から,今いえることは理想論かもしれない。だが,「学ぶ」ということは,自分の関心あるもの,知りたいものを見つけ出し,自ら進んで自分にとって意味のある学びを選択する。そうした出会いに数多く巡り合っていくことが学びの場であり,そこから生き抜く力を育むことができる。つまり,学びの本質とは,学びの場にいる一人ひとりが「コントロールのトランスファー」と「知識のトランスファー」を実行できる思考力とスキルを養うことにあるのではないだろうか。さらにいえば,専門技術を際立たせるには,「コントロールのトランスファー」と「知識のトランスファー」の実践によって鍛えられる発想力と自発的知の創造化,そのコミュニケーション能力が基本となるのではないだろうか。こうした学びの本質を追究し, 実践しているのが,体系化されていないまま進化を続ける情報系学問領域であり,そのリテラシーインフラ・基礎教養科目としての役目を担っているのがSocial Aspects of Information Technology的思考力と考える。3つのサイエンスにまたがる境界領域を総和する要素をもつ「社会」と「情報通信技術」に関する学問は,包括的視点に基づいた人間・社会理解のための知の創造を社会幸福の追求のため発展してきた発展途上の学術エリアである。そういう意味でも,この学問が,情報社会における教養教育の要として認知され,思考力技能としてプログラミング言語教育とともに導入され,情報社会における教養教育の要として発展していくことが望ましい14)

※高澤氏の「視点」は,2月号に続きます。

執筆者略歴

  • 高澤 有以子(たかざわ あいこ) aikot@illinois.edu

2008年9月よりイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 情報科学大学院研究科博士課程在籍。ミシガン州立大学 農業天然資源学部卒業,ミシガン大学 情報大学院情報学修士課程修了。専門は,情報行動とコラボレーション,災害支援と情報通信技術,スモールデータ。主な研究課題は,情報検索プロセスにおける学びのメカニズムの解明。

本文の注
注1)  (筆者による説明文の意訳):「ユーザー中心の視点からコンピューターシステムに焦点を当て,情報を保存,処理,伝達する自然システムと人工システムの構造,それら行動と相互作用を研究するコース。情報科学,ヒューマンコンピューターインタラクション,情報システムの分析と設計,電気通信の構造と情報アーキテクチャーと管理の指導を含みます(たとえばSocial Informatics)」

注2)  (筆者による説明文の意訳):「CIS-Gとは,コンピューティング,コンピューターサイエンス,情報科学およびシステムに焦点を当てた一般的なプログラム。このようなプログラムは,タイトルやコンテンツに関して未分化であり,コンピューターサイエンス,情報科学,または関連するサポートサービスの特定のプログラムと混同してはなりません」

注3)  (筆者による説明文の意訳):「伝統的かつ電子的な形での情報収集,伝達,利用の理論,組織,プロセスに焦点を当てたプログラム。情報の分類と編成に関する指導を含みます。情報の記憶と処理; 送信,転送,およびシグナリング; コミュニケーションとネットワーキング; システム計画と設計; ヒューマンインターフェースと使用分析; データベース開発; 情報政策分析; ハードウェア,ソフトウェア; 経済,社会的要因,および能力の関連する側面について説明します」

注4)  (筆者による説明文の意訳):「印刷物,視聴覚,電子形式の情報,ローカル,リモート,ネットワークにおけるコレクション・収蔵の開発,整理,保管,検索,管理,それら収蔵物を利用するために必要な知識とスキルに焦点を当て,個人にプロフェッショナルなサービスを提供するためのプログラム。卒業後は図書館員や情報コンサルタントとして活躍しています」

注5)  池田光穂はVygotskyのZone of Proximal Development(最近接発達領域)について,日本語で詳細な解説をしている。http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/090113ZPD.html

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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