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集会報告
集会報告 第188回 知能システム研究会
榊 剛史
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2017 年 60 巻 7 号 p. 526-529

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開催情報

  • 日程   2017年7月20日(木)
  • 場所   LIFULL本社 8階セミナールーム(東京都千代田区)
  • 主催   情報処理学会 知能システム研究会(ICS)

1. はじめに

知能システム研究会(ICS)は,情報処理学会の第一種研究会であり,人工知能に関わる広範囲なテーマを扱う研究会である。人工知能に関わるテーマには,機械学習の応用システムやWebマイニング,ロボット工学,エージェント,ゲームAIなどが含まれる。現在は,年4回,研究会を開催している。

2. 今回の取り組み

ビックデータおよび,近年のAIのブームに伴い,AI技術およびそれを活用した知能システムが実社会で活用される事例が増加している。しかし,それらの取り組みに関する情報は,企業内にとどまっているか,もしくは専門的な内容については省略された形で配信・周知されていることが多く,どのような技術が活用されているかを具体的に知る機会は多くはない。また,企業と大学や研究所の共同研究において,企業内のデータを分析したり,企業向けの知能システムを開発する取り組みも徐々に増えつつあるが,それらについて広く発表し,議論できるような場はまだまだ少ない。

このような背景を受けて今回の第188回知能システム研究会注1)12)では,実ビジネスにおけるAI技術の活用やAI技術を用いた産学連携の取り組みについて発表する場,そして,学術的な新規性よりも実応用という点に重きを置き,実際に社会で活用されている・役立っているような研究や分析事例について共有する場を醸成すること目指し,「実ビジネスにおけるAI技術と知能システム」というテーマを設定した。そのため,AI技術を実際にビジネスに役立てている企業を中心に招待講演の依頼や発表募集を行った。

図1 会場概観
図2 オープニングの様子

3. 各発表に関するサマリー

本研究会では,一般発表,招待講演,依頼講演の3つのセッションを開催した。発表・講演件数が8件と少ないため,それぞれ簡単に紹介した後,全体のまとめについて述べる。

3.1 一般発表セッション

一般発表セッションでは,一般から募集した3件の論文について発表が行われた。

1件目,筆者による「ソーシャルメディアユーザの属性推定と実サービスへの活用」において,ソーシャルメディアデータを用いてユーザーの属性(デモグラフィクスや興味)の推定を実現する手法とその実用例を紹介した。ユーザー属性を用いた層別分析や特定のユーザー群によるトレンド推定など,実際にビジネスで活用された事例に言及したことが特色である。

2件目,宇都宮大学の安藤瞭氏による「複合的な文書分析技法を用いた地元企業の口コミ分類補助システムの開発」で,地元密着系情報サイト「栃ナビ!」に投稿されるレビューに対し,規約違反の投稿チェックを一部自動化するシステムの開発とその運用試験について発表があった。実用を想定し分析速度を考慮してシステムを開発している点,実際に運用試験を行って精度検証および問題点の洗い出しを行った点が特色である。

3件目,サイバーエージェントの高野雅典氏による「楽曲聴取行動系列の階層化による聴取傾向変化の検出と行動分析」で,同社が出資しているサブスクリプション型音楽配信サービス「AWA」におけるユーザーの聴取行動データを分析した内容について発表があった。実サービスのデータを分析している点,階層的にユーザーの聴取傾向の変化を分析することで,複数粒度の聴取傾向を変化検出できる点が特色である。

3.2 招待講演セッション

招待講演セッションでは,研究会幹事からより広範囲なAI活用事例について2つの企業に講演を依頼した。

1件目,「不動産分野でのAIシーズ活用の現状と課題」では,LIFULLの清田陽司氏から不動産分野における研究課題の紹介や不動産テックにおけるオープン・イノベーションの取り組みについて紹介があった。不動産データが分析に多くの技術を必要とする複合的なメディアデータである点,不動産テック分野における産学連携のコミュニティーの醸成を目的として不動産物件データを公開したことで,「価格推定」「センシング」「街歩き」「住まい探し」といったさまざまな研究が行われた点が特に印象的であった。

2件目,「AI技術応用ビジネスの最前線と実情」では,澪標アナリティクスの井原渉氏から,AIを活用した課題解決型システム開発の2事例とそれらにおける課題について紹介があった。1つ目の事例であるネット広告のキャンペーンバナーや商品画像のA/Bテストの自動化においては,Deep Learningを適用してもうまくいかず,ユーザーの目的に合わせて人手で特徴量を選別した点,少ない属性のデータについては人手でラベル付けを行った点が印象的であった。2つ目の事例であるFAQサイト向けのAIチャット開発においては,顧客の開発要望と解決したい課題がずれていることを明らかにし,最終的にチャットボットではなく,自然文を検索クエリとしてユーザーの求めている情報ページURLを検索するシステムを開発した点が印象的であった。

3.3 依頼講演セッション

依頼講演セッションでは,研究会幹事からより具体的なAI活用事例について3つの企業に講演を依頼した。

1件目,「AI×データが作る次世代マーケティング」では,データアーティスト社の山本覚氏から,マーケティング分野におけるAI技術の活用について発表があった。ユーザーのWeb行動データを画像化したうえで,ターゲティング属性として用いるアプローチや広告クリエーティブの自動生成など,Deep Learning技術を適切に実ビジネスに落とし込んでいる点が特色であった。

2件目,「ディープラーニングによる建物特性の抽出と台風被害想定の手法」では,エーオンベンフィールドジャパンの岡崎豪氏から,衛星画像から各家庭の屋根形状を判定することで,各地域の風災被害予測の精度を大幅に向上させた事例について紹介があった。衛星画像から風災被害予測を行うという課題設定の独自性,手法開発後,実際の台風による被害の予測結果と実測結果を用いて精度検証を行っている点が特色であった。

3件目,「リクルートにおけるAI活用」では,リクルートテクノロジーズの宮田洋毅氏と奥田裕樹氏から,リクルートにおけるさまざまなデータの分析事例およびリクルートによる機械学習API「A3RT」について発表があった。ネイル画像などのさまざまな分析事例において,AI技術が適用可能な状態でデータが蓄積されておらず,前処理に膨大な時間を割く必要があったことが印象的であった(3)。

図3 講演の様子

4. 全体を通じて

今回は,産業界を中心にAI技術を実ビジネスに活用している事例についての発表・講演が行われた。これらの発表において,いくつか共通した内容が見受けられた。

1つ目は,データ活用のために必要な前処理の問題である。データを中心としたAI技術の応用に対しては,大量のデータさえあれば,多様な目的が実現可能であるかのように語られることがしばしばある。しかし,実際にはそのようなことはまれである。澪標アナリティクスの井原氏の講演やリクルートテクノロジーズの宮田氏と奥田氏の講演にもあったように,多量のデータがあったとしても,それらを活用するためには適切な形式に整備したり,人手で正解データを付与したりすることが必須となる。逆にサイバーエージェントの高野氏の発表においては,あらかじめ曲の階層構造が付与されたデータであったために,それを活用した手法を提案することができたと考えられる。研究においても「データ前処理の重要性」はよく言及されるが,実応用においても同様であろう。

2つ目は,オープン・イノベーションの重要性である。LIFULLの清田氏の講演にあったように,データ公開によるオープン・イノベーションアプローチを採用することで,さまざまな研究課題を生み出している。またリクルートテクノロジーズの宮田氏と奥田氏の講演においても,開発した技術についてAPIを通じて積極的に公開することにより,AI技術の適用領域を模索している。このように,技術やデータをオープンにしていくことで,より高速に技術革新を生み出していける可能性が示唆されたといえる。

3つ目は,AI技術で解くべき課題選定の重要性である。こと学術領域においては,汎用(はんよう)性の高い課題を新規性の高い手法で解くことに重きが置かれる。一方,実ビジネスにおいては,有用性の高い課題をより高精度かつ高速に解くことの方が重視され,どのような手法を使うかには重きが置かれない。宇都宮大学の安藤氏の発表で速度と精度を重視していた点や筆者の発表でごく一般的な手法を用いていた点からも,手法の新規性・高度さよりも得られる成果が重視されていることがわかる。また,データアーティスト社の山本氏やエーオンベンフィールドジャパンの岡崎氏の講演からもわかる通り,適切な問題設定を置くことで,AI技術により従来では得られなかった高い効果が得られる。このように「解くべき課題の設定」というのは実応用においては重要であると考えられる。これに関連して,大岩氏らはAI技術導入における適切な判断基準設定の重要性を述べている1)。また丸山氏は,「世の中にインパクトを与える(役に立つ)」問題を解くことの重要性について述べている2)

5. おわりに

本研究会では,AI技術を実際にビジネスに活用している事例に焦点を絞り,さまざまな企業・大学から発表・講演があった。発表・講演件数は全8件と少ないながらも,それらの発表・講演から得られる知見はさまざまな示唆に富んだ内容であったといえる。知能システム研究会では,今回のみにとどまらず,今後も「AI技術の実応用」に焦点を当てて,そこにおける問題点や課題,必要とされる要素などについて議論する場を醸成していきたいと考えている。

(株式会社ホットリンク 榊剛史)

本文の注
注1)  第188回知能システム研究会:http://www.ipsj.or.jp/kenkyukai/event/ics188.html

参考文献
  • 1)  大岩秀和, 数原良彦, 淡島英輝. “人工知能技術の導入判断にかかる意思決定者のバイアスとその解決に向けて”. 第31回人工知能学会全国大会論文集, 愛知, 2017-05-23/26. 人工知能学会, 2017, 1E1-OS-24a-4.
  • 2)  丸山宏. 企業の研究者をめざす皆さんへ:Research that matters. 近代科学社, 2009, 187p.
 
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