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Vol. 60 (2017) No. 8 p. 589-593

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.589

視点

視点 女性研究者のリアル:その2 単身子連れ在外研究

女性研究者の単身子連れ在外研究

男性研究者が家族を連れて在外研究に行くのはよく聞く話だ。また,研究者夫婦がいろいろと調整して同時にサバティカルリーブ(研究休暇)を取得し,家族で在外研究に行くという話も聞いたことがある。私の場合,夫(研究者)と同時にサバティカルリーブを取ることはかなわなかった。そこで私たちは,夫は日本に残り,私が一人で娘(当時5歳)を世話しながら在外研究をするという選択をした。この選択を私たちは「単身子連れ在外研究」と呼んでいる注1)

私は,2015年度から公募が開始された科研費の国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)に採択され,2016年4月から1年間,ドイツに程近いオランダのナイメーヘンにあるマックスプランク心理言語学研究所で研究活動をしてきた。マックスプランク心理言語学研究所は,ドイツのマックスプランクソサエティーの傘下で,ELANという言語研究や相互行為研究のためのアノテーションソフトウェアを開発していたり,大規模な言語アーカイブを実施したりしている組織として有名だ。この研究所は,鳥のさえずりや木々の葉音が耳に優しい森の中にあり,そこで私は世界各国・地域から集まる研究者の中で数多くの刺激を受けつつ,楽しく研究活動を進めてきた。

申請書作成から採択通知まで

前回の記事1)にも書かせていただいたが,私は「女性研究者のための論文執筆合宿セミナー」注2)で先輩女性研究者の武勇伝を拝聴して大きな刺激を受けた。そしてその1週間後,科研費の国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)の申請書を完成させた。お子さんを連れて度々海外の研究機関に滞在された経験やそこで得た知見が後々意義のある論文として完成されていった経緯などは,申請書を書く私を大いに奮い立たせた。

しかし,それだけでは娘を連れた単身在外研究が可能なのか確信がもてずに,申請書を書き進めていく間,不安な気持ちが収まらなかった。そこで私は申請書を書く傍ら,マックスプランク心理言語学研究所の地理関係をGoogle mapで確認し,近くに娘が入れそうな小学校がないかを検索した。日本では年中の年齢の娘も,オランダでは4歳から小学校が始まるため,小学校を探す必要がある。そこで見つけたのが,研究所からおよそ18km,車で23分程度の位置にあるインターナショナルスクールだった。ナイメーヘンはアムステルダムから電車で2時間弱ほどの街で,インターナショナルスクールはその1校しかない。また,オランダの現地校を探そうにも市役所や教育関係のWebサイトはすべてオランダ語であったため,近隣の小学校の情報を見つけることができなかった。もし採択されたら,このインターナショナルスクールに娘を入れようと心に決め,申請書を書き進めた。

家族説得から渡蘭まで

採択通知を受け取ったのが2016年の2月初旬だった。そして同年4月末にはオランダ生活を開始した。採択通知からオランダ引っ越しまでおよそ2か月半,娘の保育園への連絡,それまで続けていた習い事をやめる手続き,予防接種の証明書取得,家探し,車探し,娘の学校探し,旅行保険加入などたくさんの手続きを一気に進めた。2月中旬にはナイメーヘンで研究する若手女性研究者にコンタクトが取れ,さらにナイメーヘンで同じ年頃の子どもを育てる日本人ママ友にもつながった。家はオランダの賃貸物件紹介サイトに登録し,条件が合うところの内見を申し込み,3月中旬に1週間程度家族でオランダに出向き,契約にこぎつけた。それと同時に,娘が通う予定のインターナショナルスクールの見学と申し込みを済ませ,上述した若手女性研究者や日本人ママ友にも会い,これから娘と2人で生活するコミュニティーをみて回った。

これから始まる1年間を想像しワクワクする一方で,一番大変だったのが娘への説明と説得だった。5歳といえば日本ではこれから年長クラスが始まる歳である。物心もつき,本人の理解と気持ちの整理が必要だった。0歳から5年間保育園に通っていた娘は,当然年長も同じ保育園で過ごし,お友達と卒園すると思っていたようだった。また,これまで私たちは夫と私で半々の育児をしてきたので,夫と離れて暮らすのは娘にとっても私にとっても,とても想像し難いものだった。

いろいろな不安要素もありながら,私たちがオランダ渡航日に選んだのは,年に1度オランダがオレンジに染まる「国王の日」(4月27日)だった。国中がお祭りムードに包まれる中,大きなトランクを抱え,引っ越しを手伝うために1週間同行してくれた夫とともに家族3人でオランダに入国した。

生活開始まで

オランダは入国してから居住許可書を取得するため,最初の2,3か月はビザ申請書類を整えるのに毎日奔走した。ナイメーヘンや娘の学校があるアーネムの街には日本企業の海外拠点がいくつかある。現地で知り合った駐在組の日本人ママ友は,ビザの取得や免許の書き換えなどは企業が一手に引き受けてくれたそうだ。しかし,私のように身一つで研究費だけを持参して滞在する場合,そういった諸々の書類手続きを誰も教えてくれない。また,私が滞在先に決めた研究機関は単科研究所のため,大学によくある全学部や全大学院の留学生や客員研究員の手続きを一手に引き受け,説明会等を開催する部署がない。そのため,居住許可書の申請手続きをしてくれる所内の事務担当者に会うまでに時間がかかった。オランダやヨーロッパから提供される研究費を持参したうえでの滞在なら話は早かったかもしれないが,日本の科研費,さらにはその年始まったばかりの新しい研究費(国際共同研究加速基金)の名前を出したところで,なんのことやらチンプンカンプンのようであった。入国から2,3か月後,無事私と娘の分の居住許可書の交付を受け,毎日の出勤や子どもの送り迎えに使う車を購入し,日本の免許をオランダのものに書き換え,やっと安定したオランダ生活が始まった。この最初の数か月で,オランダに母子で暮らすためのノウハウが相当私の中に蓄積された。今後科研費等で在外研究に出る研究者のためにも,これらの知識や体験をどこかで共有しておきたいと,今切に願っている。

オランダのワークライフバランス

さて,こうしてオランダ生活が順調に始まった。私が研究活動で日々刺激を受けている中,娘は娘で,日中はインターナショナルスクールに通い,放課後は地元のスイミングスクールやバレエスクールに通い,オランダ生活を満喫していた。地元の習い事は,もちろんオランダ語で進められる。親の不安をよそ目に,娘は英語と片言のオランダ語を理解しながら,年相応の子どもとしてオランダの街にどんどんと溶け込んでいった(1)。

オランダは,働く日を週に3日だけにしたり,1日の労働時間を6時間に調整するなどして,「世界で最も労働時間が短い国」としての地位を守り続けている。それに加え,どうやって測ったのか気になるところだが,オランダは「子どもの幸福度が世界一」の国らしい。オランダの国民は「パートタイム」で働くのが一般的で,パートタイムであってもフルタイムであっても全員がメンバーとして自他を認識して会社内の関係性を保っているらしい。では,パートタイムで働くオランダ人は,仕事以外の時間に何をしているのか。彼らは,男性も女性も家族を第一優先にし,平等に家事育児に関わっているのである。

学校や習い事の送り迎えの際,同じく子育て中の両親を目にする。オランダに来てまず驚いたのが,送り迎えをする父親の数だ。午後早い時間の学校のお迎えや習い事への送迎の際にも父親をたくさん見かけた。また,オランダは家族の誕生日をとても大切にするが,誕生日なので家族と過ごすために欠勤するということも珍しくはない。「働くのは家族と幸せに過ごすため」という労働に対する基本姿勢がまったくぶれていない印象を受けた。

日本でオランダのような働き方は可能だろうか。日本ではフルタイムとパートタイムの間に大きな差があるように思う。パートタイムであってもフルタイムであっても全員がメンバーとして自他を認識して会社内の関係性を保つというオランダの考え方は,日本にはあまり根付いていない。また,日本でオランダのような家族との時間を最優先する生き方は可能だろうか。家族のために休暇を取得するという考え方は日本ではあまり一般的ではない。日本では女性に育児や介護の大半を任されることが多く,それにまつわる時短勤務や休暇は組織に迷惑をかけてしまうという考え方が一般的である。それ故,女性がフルタイムの職に就き続けることが難しく,女性の社会進出はそれほど進んでいない。


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図1 娘とオランダにて

オランダでのスケジュール

滞在当初私は,仕事と子育てを両方うまく回すべく,日本時間に合わせて早朝から仕事をしていた。たとえば深夜の2時ぐらいから自宅で日本とスカイプでミーティングしたり,論文を読んだり書いたりするといった,オランダにいながら日本時間を生きる日々である。そうして,7時から自分と娘の分のお弁当を作って8時半には学校に送り,その後9時すぎに研究所に到着する。午後2時半までは集中してデータ分析や論文執筆,打ち合わせをし,娘のお迎えのために午後2時半には研究所を後にする。午後2時半に仕事を終わらせないといけないことは,日本で終電まで仕事をすることも度々あった私には,なかなか慣れないことだった。午後遅めの時間からのミーティングや打ち合わせは諦めるしかなかった。しかし,育児中で同じ状況にいる女性研究者たちは大概,午前中に大事な会議を入れてくれるので,思ったほど仕事に支障は出なかった。

そして,滞在が半年過ぎたころ,研究所に5時間しかいられない,その制限された時間の中で集中して質の高い仕事をしようと考えるようになった。午後3時には娘に会えるという喜びがより集中力を高めてくれる。日本で続けていたような深夜まで長い時間職場にいる働き方を一切やめ,短時間で集中して仕事を終え,娘との時間を大切にするというワーキングスタイルになった。

家族がともにいることと研究活動

私たちは「単身子連れ在外研究」という道を選び,夫を日本に残して,娘と2人でオランダで1年間過ごした。こんな私の状況をみて,フランスの共同研究者に,「フランス人には同じことはできない。フランス人は家族が一番大切で離れられない存在。日本人はよく家族と離れて暮らす決断をするが,あなたたちは精神面でとても強い」と言われたことがある。私は日本を出る前は,「こんなチャンスめったにないから,家族と1年離れることなんて構わない,国際的な研究活動がしたい」と意気込んでいたが,滞在中には私たちの判断はどのように他者に映るのだろうと思うようになった。

人の価値観は多様である。家族は一緒にいることが最善と思う人もいれば,家族として結び付いているなら一緒に暮らすことは必須ではないと思う人もいる。私が知っている研究者夫婦は,定年退職まで一方が米国の西海岸で教鞭をとり,もう一方が東海岸で教鞭をとり,定年後に合流した。研究者は大学があるところに仕事があり,教授職を得るまで,どこに住むことになるかわからない。アクティブな研究者であればあるほど,一か所にとどまらず,フットワーク軽く転々としている印象がある。研究者はそんな根無し草生活を送っているのである。

その年齢でどういった判断を最善とするかは,そのときの環境や状況が大きく関係するだろう。私は幸運なことに,オランダから帰国後,以前と変わらず家族全員で暮らしているが,いつなんどき遠距離家族になるかわからない。1年間遠距離家族をやってみて,スカイプやLINE無料通話のおかげで家族としてのコミュニケーションが十分取れることがわかった。人の価値観は多様であり,インターネットの発展は家族のあり方をどんどん変えていっている。

これからの働き方

もちろん,娘をオランダに連れていかなければ,もっとどっぷり研究活動に漬かっていられただろう。世界から注目を浴びている最先端の研究所の刺激を前に,どうしても参加できない,100%の時間を研究に割けないのは悔しいことも多かった。しかし,自分にとって大切なものは何かを考えたとき,今回の選択は最善のものだったように思う。

日本では,女性研究者の比率を上げるさまざまな取り組みが進められている。これからの日本は男女問わず,パートタイムや時短勤務といった働き方の多様性を認め,保育園や地域のファミリーサポート制度が使える時間に会議を設定するなどの工夫をしていったらいいのではないだろうか。ちょっとした意識の変化で,育児世代・介護世代の研究者はもっと活躍できると思う。育児や介護をしながらさまざまなことを諦めて成り立つ社会ではなく,納得し選択しながら働ける社会になってほしいと願っている。

   

※坊農氏の「視点」は,3月号に続きます。

執筆者略歴

  • 坊農 真弓(ぼうのう まゆみ)

2005年神戸大学大学院 総合人間科学研究科博士課程修了。 ATRメディア情報科学研究所研究員,京都大学大学院 情報学研究科研究員,日本学術振興会特別研究員(PD),米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校 CLIC客員ポスドク研究員,米国テキサス大学オースティン校 文化人類学部客員研究員を経て,2009年より国立情報学研究所・総合研究大学院大学助教。2014年より同准教授。2016年4月~2017年3月オランダ・マックスプランク心理言語学研究所 言語と認知グループ客員准教授。2017年8月より文部科学省研究振興局学術調査官(兼任)。多人数インタラクション研究および手話相互行為研究に従事。情報処理学会理事。社会言語科学会,日本認知科学会,日本手話学会,人工知能学会,各会員。博士(学術)。受賞:2015年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞,他多数。

本文の注

注1)  本稿は次の記事を統合再編して執筆した。

坊農真弓(2017)「会誌編集委員会女子部拡大版 オランダ滞在記:Vol. 2 女性研究者の単身子連れ在外研究のあれこれ」『情報処理』vol. 58, no. 4, p. 332-334.

坊農真弓(2016)「会誌編集委員会女子部拡大版 オランダ滞在記:Vol. 1 女性研究者の単身子連れ在外研究のあれこれ」『情報処理』vol. 57, no. 11, p. 1158-1160.

注2)  女性研究者のための論文執筆合宿セミナー概要(2015年9月20~22日):http://yakushin.rois.ac.jp/records/150920ronbun/

参考文献

1)  坊農真弓. 視点 女性研究者のリアル:その1 出産育児と不妊治療. 情報管理. 2017, vol. 60, no. 4, p. 275-278. http://doi.org/10.1241/johokanri.60.275, (accessed 2017-09-12).
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