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Vol. 60 (2017) No. 8 p. 608-611

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http://doi.org/10.1241/johokanri.60.608

この本!~おすすめします~

この本! おすすめします 恋を操るのは,魔法か科学か?

キューピッドの魔法

誤解を恐れずに言葉を選ぶならば,私は「恋愛」に魅せられた人間の一人である。このどうにも不思議で,如何とも扱い難い情動は,古今東西あらゆる人間を惑わせ,狂わせ,昂らせてきた。私が行動神経科学を学び始めたのは,どうにかこの「恋愛」を神経科学で紐解くことができないものか,もっと言うならば,キューピッドの魔法の矢よろしく,自由自在に制御できはしないものかと妄想したからであり,我ながら,そんな好奇心だけで,よくもまぁこんなところまで来てしまったものだと思う。この恋というのは,何も人間だけの専売特許ではなく,動物も様々な形の恋愛スタイルを示し,その婚活市場は悲喜交々(ひきこもごも),ダーウィンをはじめとした生物学者たちはその行動に配偶者選択行動と名前をつけ,研究の扉を開いた。本稿では,配偶者選択行動や性行動の魅力を引き出す名著を,そして,自分の研究生活に影響を与えてくれた本を,いくつか紹介しようと思う。

恋をする動物

配偶者選択行動というのは,メスがオスを配偶相手としてどのように選ぶのかという行動であり,有り体に言えば,動物の恋愛行動である。「メスが」と前置きしたが,これは一般的に自然界の中ではオスよりもメスの方が,子供を産むことや育てることにかかるコストが大きいために,メスが配偶相手の選択権を持っていることが多いからだ。その結果,オス側の形態が派手に,或いは,摩訶(まか)不思議な求愛行動を示すようにと進化していく。逆に,オスが子供を守るタツノオトシゴのような動物種では,婚活市場がメス余りの状態となるため,選択権はオス側に移るのである。相手に脈があるかどうかを必死に模索しながら,あの手この手でパートナーを得ようとする様は,極めて擬人的であるように感じるし,翻って,ああヒトが動物的なのだなと気付かされるのである。

ハセマリとハセトシ

ヒトを動物として捉え,人間の行動を「進化」という点から見返すコンセプトで書かれている名著が,長谷川寿一,眞理子夫妻による『進化と人間行動』1)という本である。私が大学生の頃に,長谷川夫妻が,この本を使いながら「適応行動論」という授業を担当されており,5限か6限だったにも関わらず,キャンパスの巨大教室が学生でびっしりと埋まっていたのを思い出す。学生間では,(不敬ながら...)ハセマリとハセトシというニックネームで呼ばれる人気講師で,あまりの巨大教室だったために,アイドルグループのライブかの如く,先生の顔を学期の最後まで認識できないほどであった。この『進化と人間行動』よりも,もう少し平易な一般向けの本で,どちらかと言うと動物サイドから書かれている『クジャクの雄はなぜ美しい?』をここで紹介したい。


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『クジャクの雄はなぜ美しい?(増補改訂版)』,長谷川眞理子著,紀伊國屋書店,2005年,1,800円(税別)https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314009942

シンプルな価値基準に従って恋愛する

この本は,これまでの配偶行動研究がトピック,行動,歴史にそって見事にレビューされており,全く研究に携わったことのない高校生から,プロの研究者まで楽しめるように,平易ながら見事に掘り下げられている。ダーウィンによって提唱された配偶者選択行動が,コクホウジャクという鳥を用いて実証されるエピソードは面白い。この鳥は,15センチほどの体長に対して,オスは50センチもの長さの「奇妙に長い」尾羽を持っている。興味深いことに,この尾羽の長さを伸ばせば伸ばすほど,そのオスはモテるようになり,逆に短くカットされると配偶相手として受け入れられなくなっていくのである。メスが「尾羽の長さ」という種特有の形質でオスを選り好みすることを示した初めての例である。また熱帯魚のグッピーでは,尻ヒレの赤い斑点の数が,種特有の価値基準として用いられるし,アズマヤドリという美しい巣を作る鳥では,巣の装飾品の数や綺麗さが価値基準として用いられる。この本と併せて,様々な動物の様々な恋愛戦略が詰まった『恋の動物行動学:モテるモテないは,何で決まる?』2)を読むと,より理解が深まるだろう。このように,動物界での恋愛戦略を俯瞰(ふかん)すると,その価値基準は種ごとにまちまちである一方,「価値基準に従って,配偶相手を選び,受け入れる」というルールは共通していることに気付かされる。修士の学生だった私は,「これは,きっと,進化的に保存された何かの神経細胞が存在して,このルールを制御しているに違いない!」と信じて,これを見つけたら大発見だ!と胸を躍らせて研究を開始したのである。

恋ごころを司るニューロンはどこに?

私が大学院生の頃に用いていたモデル動物のメダカは,メスが「視覚的に認識していた時間」を価値基準として用いて,「よく見知った親しいオス」を受け入れるという特徴を持っていた。幸いにも,多様な遺伝学的手法が利用可能なこの動物を使って,終神経GnRH3ニューロンという神経細胞が,「視覚的な認識」の情報を処理して,受け入れと拒絶を制御していることを見出すに至った。果たしてこのニューロンが,研究当初に狙っていた「ルール」を司る進化的に保存されたニューロンなのかどうかは,次なるクエスチョンである。きっと,時間をかけ,より多様な動物を調べながら,徐々に解かれていくことであろう。最後に,マウスやプレーリーハタネズミを使った研究を俯瞰できる名著として,『性と愛の脳科学:新たな愛の物語』3)も併せて強く薦めたい。

トップダウン思考への切り替え

二冊目の本を,何にしようかとても悩んだのだが,敢えて,そして,真剣に,『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』を挙げたい。小学校の頃に親に買ってもらって,文字通り擦り切れるまで読んだ本である。

さて,研究者のスタイルは,実はトップダウン型とボトムアップ型の二つに大別することができる。トップダウンというのは,「私はこの謎を解きたい」というゴールポイントがあって,そこへ向かって直進する方法であり,一方でボトムアップというのは「現時点における最善手」を選択し続ける方法である。卑近な例を挙げるならば,「新技術でこういう新人類を作りたい!」と途方もない夢を描き,その研究を行う上で最高の環境を提供しているアメリカのラボへと留学を決めるAくんはトップダウン型。「今所属しているX大学のY学科の中で,一番面白そうなラボはZ研究室」,Z研究室に行くと教授から3つのテーマを提示され,その中でも最も面白そうなテーマを選ぶBくんはボトムアップ型,と言える。もちろん良い研究を行うためには,状況に応じてバランス良くその両者を兼ね備える事が肝心なのだが,多くの場合(過去の自分自身を含め),日本人はボトムアップに寄りがちな傾向があるように思う。ただ現実に目を向けると,各状況において,たとえ最善手を選び続けたとしても,実は「大発見」に遭遇することは難しく,どこかのタイミングで「意識的に」トップダウン型思考を取り入れる必要がある。私自身,マサチューセッツ工科大学の利根川ラボに留学し,利根川進先生の思考パターンを見ている時に明確に気付かされた事実であった。まず何より先に,激しく面白い問いを立て,そこからトップダウンで思考を落とし,実験プランを立案していく事が,0を1に変えるような研究を行う上で極めて重要なプロセスだと言える。


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『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』,監修/まんが 藤子・F・不二雄,小学館,2008年,1,000円(税別)https://www.shogakukan.co.jp/books/09259111

SF-F=S

さて,脱線を重ねたが,本の話に戻ろう。このトップダウンで思考を落とす時に,当然ながらクリティカルになるのは,「初めの激しく面白い問い」である。以前に,東京大学の理学部雑誌に「『SF-F=S』な暮らし」という拙筆を寄稿した事があるのだが,SF(サイエンスフィクション)からフィクション(F)を取り除けば,それは間違いなく一流のサイエンス(S)である。はじめにどれだけ心躍るSFを思い描けるかどうかが,研究の運命を決めるのである。さて,大人になった今,騙されたと思って,もう一度この本を開いてみてほしい。世界の科学の何も知らなかった幼少期の金曜日夜7時に,興奮しドキドキした夢の道具が,どれだけ素晴らしいSFだったか,どれほど驚愕(きょうがく)のアイディアの塊だったのかに目を奪われるはずである。そして一方で,研究者の頭と目を持って冷静に読み返すと,一部の道具は既にその種がこの世界に作られていることに,また別の道具は最先端のサイエンスを駆使し,そこに自分のオリジナルのアイディアをトッピングすれば,もしかしたら作り出せるかもしれないことにも気付くはずである。

今こそ夢を。

研究不正などの暗いニュースが世間を賑わせ,研究業界にもポスドク問題や研究費獲得などで憂鬱(ゆううつ)な空気漂う昨今であるが,本来,科学とは「夢」である。私は幸いにも利根川ラボにあったリソースを用いて,「特定の友人についての記憶を操作する技術」を開発し,その記憶の中に快感や恐怖という情動を挟み込むことによって,その相手を好きにも嫌いにもできる「メモリーインセプション」という方法を生み出すに至ったのだが,こんな技術も10年前から考えれば,夢もまた夢,まさに魔法である。SF作家のアーサー・クラークは,「十分に発達した科学技術は,魔法と見分けがつかない」という至言を残したが,私たち研究者は,まさに夢を形にできる現代の魔法使いだと言える。科学に携わるあらゆる人が,いつでも自分の夢や原点を思い出し,また,時に新しいアイディアの源泉としてインスピレーションを得られるように,「今」だからこそ,この夢の本を皆さんに紹介したい。

執筆者略歴

  • 奥山 輝大(おくやま てるひろ) okuyama@mit.edu

1983年生まれ。2006年東京大学理学部生物学科卒業。2011年東京大学大学院 生物科学科博士課程修了。2013年より日本学術振興会特別研究員SPDとして,マサチューセッツ工科大学勤務。マウスとメダカを用いて,個体記憶・個体認識がどのように配偶行動をはじめとした行動出力に影響を及ぼすのか,またその行動を人工的に制御できるのかを研究している。趣味は,釣りと日本酒。

参考文献

1)  長谷川寿一, 長谷川眞理子. 進化と人間行動. 東京大学出版会, 2000, 291p.
2)  小原嘉明. 恋の動物行動学:モテるモテないは,何で決まる?. 日本経済新聞社, 2000, 206p.
3)  ヤング, ラリー; アレグザンダー, ブライアン著; 坪子理美訳. 性と愛の脳科学:新たな愛の物語. 中央公論新社, 2015, 453p.
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