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生体内で働く分子ロボットの実現へ:情報媒体としてのDNA分子とDNAコンピューティング
瀧ノ上 正浩
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60 巻 (2017) 9 号 p. 629-640

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本稿では,近年,研究が発展している「分子ロボティクス(分子ロボット工学)」について,基礎から最新の動向まで解説する。分子ロボットは,情報分子DNAを利用したナノテクノロジーであるDNAコンピューター・DNAメモリー・DNAナノ構造形成等の生体分子情報技術を基礎にしており,生体内での計算や,診断・治療,人工細胞構築,大容量分子メモリー,脳型コンピューター開発などへの応用が期待されている。DNAにあまり触れたことのない読者を想定し,本分野を理解するために必要なDNAナノテクノロジーやDNAの塩基配列設計の基礎を簡潔に説明した後,最近の注目研究の動向に加え,われわれの研究グループが近年研究を進めている,DNA分子とマイクロ水滴を利用した,細胞型分子ロボット(人工細胞)の構築を詳しく解説する。

1. はじめに:分子ロボティクスとは

「分子ロボティクス(Molecular Robotics,分子ロボット工学)」1)2)という用語は筆者も参画する日本の「分子ロボティクス研究会」(http://molbot.org/)によって2010年頃に発案された比較的新しい概念である(1)。従来の機械によるロボット工学は,材料を設計図の情報に従って加工し,加工したパーツを組み立てることで望みのものを得るトップダウンのアプローチによっている。これとはまったく逆の方法論,つまり,物質を構成する分子そのものの性質をプログラムすることにより,その物質自身が望みのものに「組み上がる」(これを「自己組織化注1)する」という)ボトムアップのアプローチによって微細なロボットを作るのが,「分子ロボティクス」という新概念である。分子を設計・合成する物理学・化学に加え,ロボット工学の方法論を導入してシステム化し,「プログラム可能な人工分子システム(分子ロボット)」の実現を狙っている(2)。

分子そのものを設計し,分子の自己集合によって,ナノメートル注2)スケールの分解能をもつ人工物を作り上げるこの方法により,人工物が分子レベルの精度をもつようになれば, 生体内での計算や,診断・治療,人工細胞構築,大容量分子メモリー,脳型コンピューター開発などへの応用が期待されている。たとえば,細胞種特異的に分子を運ぶDNAナノロボット3)や,ナノ孔タンパク質を模倣した細胞膜に小孔を開けるDNAナノ構造4)などの開発が近年報告され,世界的に注目が集まっている。このような分子ロボティクスの勃興(ぼっこう)は,DNAナノテクノロジーの発展と密接に関係している。

本稿では分子ロボティクスとは何かという基礎と,2012~2016年の新学術領域研究プロジェクト「感覚と知能を備えた分子ロボットの創成(新学術領域:分子ロボティクス)」注3)の成果,そして分子ロボットの最新情報を解説する。

図1 分子ロボットのイメージ図
図2 分子ロボット概念図

2. DNAナノテクノロジーから分子ロボティクスへ 

2.1 DNAナノテクノロジーとは

DNAはdeoxyribonucleic acid(デオキシリボ核酸)の略であり,生体の遺伝情報を記憶している分子である。DNAナノテクノロジーは,このDNAを化学的な材料として利用しようという試みであり, DNAナノ構造自己組織化技術とDNAコンピューティングによって成立している。DNAナノ構造自己組織化技術は,1982年に化学者Seemanによって提案された。DNAナノ構造自己組織化とは,分子間および分子内のハイブリダイゼーション(hybridization,2章2節参照)を通じて,DNA分子が自発的にナノスケールの構造を形成することを指す。それ以降,さまざまな形状のDNAナノ構造が構築され,現在では,金属ナノ粒子やタンパク質などのナノスケールでの配置技術などに応用されている。

一方で,DNAコンピューティングは,1994年に情報科学者 Adleman(RSA暗号の発明によりTuring賞受賞)によって発案された。DNAコンピューターは,当初は次世代の超並列計算機として注目されたが,超並列性の側面だけが強調され過ぎたため,超並列計算機としての実用化が進まない現状に対して,一部ネガティブなイメージもあるように思われるが,それは最先端研究が理解されていないことによる誤解である。むしろ近年では,生体内で自律的に情報処理し,生体を制御できるナノコンピューターという観点で合成生物学との融合を果たし,バイオナノテクノロジーにおいて重要な技術となっている。また,ごく最近では,Microsoft社が投資しているDNAをストレージとして使う「DNAメモリー」の研究5)が注目されているが,DNAメモリーのアイデアもDNAコンピューティングの分野で培われたさまざまなDNAメモリーの基礎研究(たとえば,科学技術振興機構(JST)CRESTの「分子メモリー」6)7))が根底にあり,近年の最新バイオテクノロジーであるゲノム編集8)と結びついて現実になろうとしている状況である。

このように,構造と情報が一体化した分子であることがDNAの特徴であり,これを生かして研究が進められているのが分子ロボティクスである。ロボットは構造(実体)があり,高度な情報処理能力も備える必要があるからである。分子でこの両者を一度に実現するのは一般に難しく,DNA以外にうまく実現できる材料は見当たらない。また,DNAナノテクノロジーの大きな成果の一つである正確で効率的な「DNA塩基配列設計法」があることもDNAを使う利点である。近年のDNAカスタム合成の低価格化や,DNA分子を切り貼りして制御する遺伝子工学・合成生物学の汎用(はんよう)化なども分野を後押ししている。

2.2 DNA塩基配列設計

DNAのもつ最も重要な性質は,相補的な塩基配列が二重らせん構造を形成する,ハイブリダイゼーション反応(3(a))である。DNAの塩基はA(アデニン),G(グアニン),C(シトシン),T(チミン)の4種類しかないため,自由エネルギー計算によりDNA配列のどの部分とどの部分がハイブリダイゼーションするかということが,コンピューター上でかなり正確に予測することができる。また,溶液中に多種類の異なる塩基配列をもつDNA分子が存在し,ハイブリダイゼーション反応が同時並列的に起こる複雑な反応過程であっても,反応が混線しないような直交性を備えた配列セットの設計が可能である。これを「DNA塩基配列設計」と呼び,DNA塩基配列設計は分子ロボティクスにおける分子デザインの基本原理となっている。

最も安定なDNAのハイブリダイゼーション構造は塩基対形成による自由エネルギーが最小になる構造である。塩基対形成に伴う自由エネルギー変化は,注目する塩基対の前後の塩基配列まで考慮に入れて計算するNearest-Neighbor法(最近接法)を用いて行われる。現在では,Nucleic Acid Package(NUPACK; http://www.nupack.org/)と呼ばれるWebソフトウェアを用いて,誰でも簡単に構造予測を行うことができる(3(b))。また,長鎖のDNAを折りたたむことでナノ構造を構築するDNA Origami9)という技術がよく利用されているが,この構造もフリーのソフトウェアcadnano(http://cadnano.org/)を用いて誰でも行うことができる。

図3 DNAの塩基配列設計

2.3 分子ロボティクスプロジェクト「感覚と知能を備えた分子ロボットの創成」の試み

近年,このような分子ロボティクス分野において,ナノサイズのロボットを超え,細胞のように「感覚」や「知能」といった複雑な統合機能を備えた,単独で自律的に駆動する「統合分子ロボット」を構築していこうという試みがなされている。特に,新学術領域「分子ロボティクス」(http://www.molecular-robotics.org/)は,日本での本分野の開拓と発展に大きく貢献した(4)。

このプロジェクトでは,感覚を構築する班,知能を構築する班,感覚・知能の機能を統合して,動きにつなげる2つの班(ミクロサイズのアメーバ型,マクロサイズのスライム型)によって構成されていた。

感覚を構築する班では,DNA/RNA/タンパク質等を用いて分子センサーデバイスを構築し,感知した分子情報を,分子ロボット内部へ分子的に伝達する技術を構築した。知能を構築する班では,DNAコンピューティング技術を基盤として,自律的に分子的に計算し,結果を出力することで下流を制御できる知能デバイスを研究した。それらの技術を統合する形で,アメーバ型やスライム型の分子ロボットの構築を行った。

  • 感覚と知能を備えた,アメーバ型分子ロボットの実証

このプロジェクトを通し,アメーバ型の分子ロボットの構築で大きな成果が得られ,2017年にロボット工学のトップジャーナルであるScience Robotics誌(米国・Science誌の姉妹誌)に論文が掲載された10)5)。この研究には,東北大学の野村准教授の研究グループが中心的な役割を果たした。

アメーバ型分子ロボット(直径15マイクロメートル(μm)注2)程度)の筐体(きょうたい)は人工細胞膜小胞(脂質二重膜小胞,リポソーム:giant liposome(body))で作られ,その中に,分子モーターユニット(kinesin(motor) with clutch)が搭載されている。スイッチONのシグナルであるDNA分子(connector DNA signal)が入ると,分子モーターユニットが筐体の人工細胞膜小胞の内壁に集積し,微小管(microtubule(rigid rod))と呼ばれる比較的硬い棒状のタンパク質繊維を膜上で動かす。このとき,微小管が膜を内側から押すことによって,アメーバ型分子ロボットの筐体である人工細胞膜小胞が変形し始める。この筐体変形を利用して,アメーバ型分子ロボットが自律的に運動する。逆に,スイッチOFFのシグナルであるDNA分子(releaser DNA signal)が入ると,分子モーターユニットが再び膜から遊離して,人工細胞膜小胞の変形は起こらなくなり,アメーバ型分子ロボットの運動は停止する。

このように,分子情報を「感知」して,分子情報の内容(ONかOFFか)を「判断」して,自律的に「運動する/停止する」という,まさに,感覚と知能を備えた分子ロボットのプロトタイプが完成したといえる。今まで,感覚,知能,運動という各機能のパーツだけしか作られていなかった状況から,機能を統合した分子ロボットが実証されたことは,大きな進歩である。

このような進展に伴い,国内でも注目が集まっている。たとえば,2015年JST-CRDS俯瞰(ふかん)報告書注4)や2017年JST-CRDS俯瞰ワークショップ報告書(バイオ・ライフとナノテク・材料の融合領域)注5)に重要な先端技術として取り上げられるとともに,同2017年に日本学術会議「第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン」注6)でも「分子ロボティクス・イニシアティブ」が策定されている。分子ロボティクスの分野は一部の研究者が研究をするだけではなく,さまざまな分野の基礎科学の発展への貢献や,産業化を見据えた応用研究が今後も進展していくと考えられる。

図4 新学術領域「分子ロボティクス」の分子ロボットの進化シナリオ
図5 DNAクラッチによる制御可能なアメーバ型分子ロボット

3. 細胞型分子ロボット

分子ロボットは,ナノメートル(nm)注2)サイズのものから,マクロなサイズのものまで幅広く開発されている。この中で,われわれの研究グループでは,特に,細胞サイズの細胞型分子ロボット(人工細胞とも呼んでいる)の研究を進めている。ここでは,われわれの研究グループおよび共同研究グループの研究成果や現在進めているプロジェクトを紹介する。

3.1 DNAオリガミによる細胞型分子ロボット

生細胞が外界から栄養・エネルギーを取り込んだり,外界の情報を感受したりする機能は,細胞膜と膜タンパク質によるナノチャネル・ポンプやレセプターである。細胞型分子ロボットの構築においても,膜タンパク質を模倣したDNAナノ構造によるナノチャネルの構築は重要な技術である。DNAを用いると,さまざまな構造をデザインどおりに実現できるだけでなく,DNAコンピューターと組み合わせることができるため,複雑な機能の実現も可能であると考えられる。

このような観点から,われわれは膜がDNAでできていて,その膜にDNAナノ構造で機能をもたせた,すべてがDNAでできた細胞型分子ロボットの構築に挑戦している(6(a))11)。一般に,細胞膜を構成する脂質分子は,せっけんのような両親媒性分子注7)である。これを模倣し,本研究ではDNAオリガミ(親水性)によるナノ構造に疎水性のコレステロール分子を結合することで両親媒性を実現した(6(b),6(c))。構築したDNAオリガミは直径約100nmの正六角形のナノプレートであり,このプレートの片面だけに多数のコレステロールを結合させている(6(b))。この両親媒性DNAナノプレートの水溶液を油と混ぜて撹拌(かくはん)すれば,ドレッシングのように油中にマイクロ水滴を生成することができる(6(c))。6(d)はDNAナノ構造が油中水滴の油水界面に自己組織化する様子を観察したものである。

この細胞型分子ロボットにナノチャネルを構築するために,正六角形の中心に穴を開けたDNAオリガミナノプレートも用いた。接触した油中マイクロ水滴同士の間でのイオンの移動があることが電気計測され,ナノチャネルが機能していることが確認された。

この技術は,単にナノチャネルを搭載することができるだけではない。正六角形にレセプター機能のあるDNAナノデバイスを構成したり,分子刺激や光刺激などによって変形するようなDNAナノデバイスを構成したり,能動輸送ができるポンプ機能のあるDNAデバイスを構成したりすれば,別の機能も容易に導入することができる。さらに,DNAコンピューターの反応回路を内包させることで,単純刺激応答だけではなく,判断能力もあるような知的な分子ロボットの構築にもつながると考えている。

図6 DNAオリガミによる細胞型分子ロボット
図7 DNAゲルを用いた人工細胞骨格による人工細胞強化

3.2 DNAゲル人工細胞骨格による人工細胞強化

細胞は,タンパク質でできた細胞骨格によって,構造を安定化させている。この研究ではDNAでできたゲルを用いて,人工細胞骨格を実現し,細胞型分子ロボット・人工細胞の安定化を試みた(7(a))12)

本研究では,3種類の一本鎖DNAを利用した。この3種類のDNAは,高温のときは,互いにバラバラの一本鎖状態だが,温度を下げていくと,Y字分岐構造のナノ構造(7(b))を作り,さらに温度を下げると,Y字分岐構造をユニットにして,互いに末端の結合サイトで架橋されて,ネットワーク状の構造を作り,ゲルとなる(7(a))。

このネットワーク化したDNAを含む溶液を,内壁が正(プラス)に帯電させた脂質で覆われた油中水滴エマルションへ内包する。DNA分子自体は表面が負(マイナス)に帯電した分子であるため,エマルションの内壁を裏打ちするような殻構造を作りながらDNAゲルが形成される。これが人工細胞骨格となる。

次に,DNA人工細胞骨格に裏打ちされた油中水滴エマルションから人工細胞膜小胞を作り,DNA人工細胞骨格による人工細胞膜小胞の安定化の効果を調べた。DNA人工細胞骨格に裏打ちされていない人工細胞膜小胞は,わずかな浸透圧差をかけることで収縮や崩壊を起こしてしまうが,DNA人工細胞骨格に裏打ちされた人工細胞膜小胞は,ヒトの体内で想定されるような高い浸透圧差をかけてもその形状を維持し続けることができることが確認できた。さらに,人工細胞膜小胞の一部に穴が開いても完全には崩壊せず,DNA人工細胞骨格が膜の形を維持することが確認された(7(c))。

DNA人工細胞骨格は,1μm程度の非常に薄い厚みしかもたないが,非常に強固であることがわかる。DNAは,プラスチックなどと比べると,硬い棒状の分子であることが知られている(直径2nmに対して,長さ方向に50nmくらいは真っすぐで曲がらないと見なせる)。この性質により,本研究のように丈夫なゲル構造を形成することで,人工細胞骨格としての利用を可能にしていると考えられる。DNAの強度はDNAのY字分岐構造同士の架橋部の結合の安定性やネットワーク構造によって決まるため,DNAの塩基配列を変えることにより骨格の強度を調整することができる。さらには,人工塩基やDNAの化学修飾などを併用すれば,刺激応答性の細胞骨格など,分子ロボティクスにおいて重要な技術となる。この研究は,柳澤准教授(東京農工大)の研究グループとわれわれの研究グループの共同研究によって行われた。

3.3 人工細胞でのDNAコンピューティング

まず,基本となる自律型DNAコンピューターについて説明する。筆者は,以前,2つのRNA分子による入力を受け付け,自律的な分子反応によるAND演算注8)の結果,1つのRNA分子による出力を行う,自律型DNAロジックゲートの構築に成功している13)。このロジックゲートを構成するうえで重要となる基本反応は,DNA二重らせん形成に伴う,RNA転写(合成)反応(transcription)の活性化機構である(8(a))。RNA転写反応は,RNAポリメラーゼと呼ばれる酵素が担う。RNAポリメラーゼは,DNA配列のうち,プロモーター配列と呼ばれる配列を認識して,DNAに結合し,プロモーター配列の下流の部分のDNA配列と同じ配列のRNAを転写する。プロモーター配列部位が二重らせんを形成していないなど不完全な場合は,RNAポリメラーゼがDNAに結合できないため,RNAを合成できない。この性質を利用すると,DNAのプロモーター配列を不完全なものから完全なものにすることで,RNA転写を不活性状態から活性状態にするというスイッチが作れる。

これを応用して人工細胞内でのロジックゲートに発展させたものが,8(b)の人工細胞でのDNAコンピューターである14)。人工細胞は2つの油中マイクロ水滴で作られ,2つは脂質二重膜を介して接触しており,脂質二重膜に埋め込まれたα ヘモリシンと呼ばれる膜タンパク質が2つの水滴の間をナノチャネルでつないでいる。αへモリシンのナノチャネルは非常に細いため,二本鎖DNAやタンパク質等は通過しないが,電圧をかければ,一本鎖DNAくらいの太さであれば通過することができる。

2つの油中マイクロ水滴のうち,片方は,RNAポリメラーゼとプロモーター配列が不完全なDNAが含まれた反応用緩衝液であり(演算水滴と呼ぶ),もう片方は,緩衝液のみで,ロジックゲートの出力を電気的に計測するために使う。入力は,一本鎖の短いDNA(Input DNA A; 緑)およびヘアピン型の内部構造をもつ一本鎖の短いDNA(Input DNA B; 赤)の2つのDNAで表現され,演算水滴に入力される。A・Bの2つのDNAが入力された場合のみ,8(c)の反応が進み,出力RNA(Output RNA)が合成される。

反応の詳細は次のようになっている。プロモーター配列が不完全なDNAに結合できるのは,Input DNA Bだけであるが,ヘアピン構造を形成しているため,そのままでは結合ができない。そこにInput DNA Aも同時に存在する場合は,Input DNA AがInput DNA Bのヘアピン構造を壊してくれるため,Input DNA Bが不完全なプロモーター配列をもつDNAに結合できるようになる。これでプロモーター配列を完全化できるため,RNAの転写が活性化し,出力RNAの合成につながる。RNA転写反応は何度も起こるため,DNA Input A/Bの分子数に比べ,出力RNAの分子数は大幅に増幅(amplification)して得られることになる。

次に,αへモリシンのナノチャネルをRNAが通過するか否かを電気計測で調べることによって,RNAが出力されているかどうかを判断する。電気計測結果は8(d)のように得られる。出力がない場合(入力=(0,0))は,高い値に電流値があり,これはRNAではなくイオンの電流を示している。RNA出力がある場合(入力=(1,1))は,電流値が,頻繁に,パルス的に低い値に下がる。この1パルスのところでRNAが1分子通過している。実験にはノイズがあるため,パルスの頻度を統計的に分析することで,RNAの出力があることを判断する。

以上のように,比較的単純なメカニズムで,分子による論理演算が実行でき,人工細胞のマイクロ水滴中で駆動させることができた。今後は,生体分子による論理演算をバイオメディカル分野などに応用できるであろう。以上の研究は,川野准教授(東京農工大)の研究グループが中心に行った,われわれの研究グループとの共同研究である。

図8 人工細胞で動くDNAコンピューター

3.4 電子コンピューター制御型マイクロ水滴リアクター

最後に,DNAコンピューティングの反応場として利用できる,「電子コンピューター制御型のマイクロ水滴リアクター」(915)について紹介する。このリアクター(化学反応容器)は,非平衡開放系の化学反応を制御するために用いることができる。細胞内の反応は,一般に,非平衡開放系の反応といわれ,物質やエネルギーの供給がないと反応が進まなかったり,すぐに反応が止まったりしてしまう。細胞でこの非平衡系を維持しているのが,3章1節でも紹介した膜タンパク質によるチャネル・ポンプなどである。自律型のDNAコンピューティングに使われる反応も,当然,非平衡開放系の化学反応であり,DNAコンピューティングの反応を維持・制御するためには,自在に制御できる非平衡開放系のリアクターが必須となる。このため,われわれの研究グループは,エンドサイトーシス・エキソサイトーシスと呼ばれる,細胞が実現している小胞の融合・分裂に基づいた物質流入出方法に着想を得たマイクロ流体システムを構築し,非平衡性を維持できるマイクロ水滴リアクターを構築した。

このシステムは,マイクロ流路に固定されたマイクロ水滴リアクターと,マイクロ流路中を流れ,リアクターと融合することで,化学物質を供給したり排出したりする輸送用マイクロ水滴(トランスポーター)からなる(9(a))。リアクターもトランスポーターも界面活性剤によって油相中で安定化された水滴であるため,トランスポーターがリアクターに接触しただけでは融合せず,通過してしまう。流路中には,リアクターを挟む形で電極が配置されており,交流電圧を印加した状態で,トランスポーターがリアクターに接触すると,両者は融合する(9(b))。流路中は油相の流れがあるため,融合したトランスポーターは,流れの応力によってリアクターから引きちぎられるように分裂する(9(b))。

ここでは,化学物質の流入出の速度の高度な制御を実現するための理論の定式化を行い,化学物質の流入出をパルス密度変調の方法で制御できることを示した(9(c))。9(c)の q(t) のような時間 t に依存する関数の化学物質の流入出速度を実現したいとすると,9(c)の p(t) のような0の値(非融合状態)または1の値(融合状態)のみをとるパルス波のパターンで近似することができる。つまり,化学物質の流入出の速度を融合・分裂の頻度で制御できるということである。これを用いれば,単純な初等関数だけでなく,プログラム的に書ける任意の形状の関数を生成することができる。これを用いると,フィードバック制御を行うことができる。つまり,設定した反応状態に合うように,融合・分裂の頻度を自動的に微調整しながら実際の反応状態を変化させていくことができる。9(d)は,物質濃度が振動する化学振動反応を例として実際に行った,フィードバック制御の実験である。最初振動していなかった反応を,自動的に融合分裂頻度が変わることで,設定した周期(15分周期)になるように変化させ,設定値になった後はそれを長時間維持することができている。

水滴によって反応液をデジタル化して物質輸送や反応を制御するという方法は,分子を単純拡散させて出入りさせる場合に比べると,区画化(カプセル化)による,物質の濃縮効果,複数反応の混線の問題の低減,反応の並列化などのさまざまな大きな利点をもたらす。したがって,より複雑で高機能なDNAコンピューターや大容量でアクセスのしやすいDNAメモリーの構築と制御に役に立つのではないかと考えている。

図9 電子コンピューター制御型マイクロ水滴リアクター

4. おわりに

分子ロボティクスは,現在,発展中の学問である。特に,DNAコンピューティングを含むバイオコンピューティングや,合成生物学等のバイオテクノロジーとの親和性が高く,高速化・大規模化を目指した電子コンピューターや量子コンピューターとは方向性の違う,新奇なパラダイムによって支えられ,今後も発展していくと考えられる。もっと将来を見据えると,電子デバイス・量子デバイスと分子デバイスが融合した,次世代のデバイスの開発も立ち上がってくると思われる。物理学,化学,生命科学,材料科学,情報科学,制御工学といったさまざまな分野の研究者の協力により実現されるのではないだろうか。

謝辞

本稿に含まれる研究成果は,川野竜司准教授(東京農工大学),柳澤実穂准教授(東京農工大学),遠藤政幸准教授(京都大学),村田智教授(東北大学)の各研究グループとの共同研究の成果であることを申し添え,厚く感謝いたします。本稿は,新学術領域「分子ロボティクス」,科学研究費補助金,JST・さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」,「東工大の星」支援(STAR),および,旭硝子財団研究助成の支援で行われた研究を基に構成しました。

執筆者略歴

  • 瀧ノ上 正浩(たきのうえ まさひろ) takinoue@c.titech.ac.jp

東京工業大学情報理工学院准教授。専門は生物物理学。現在,DNAやマイクロ液滴等のソフトマターを利用した人工細胞・分子ロボットの構築に関する物理科学の研究と応用を行っている。2002年東京大学理学部物理学科卒業。2007年同博士課程修了。博士(理学)。2011年より東京工業大学専任講師(PI)。2016年より現職。

本文の注
注1)  自己組織化:規則・秩序をもつパターンやリズムなどが自発的に作り出されること。雪の結晶の成長,心臓の拍動,動物の体表模様のパターン,受精卵からの個体の発生などさまざまな自己組織化現象が知られている。

注2)  マイクロメートル:100万分の1m(1,000分の1m m)。ナノメートル:10億分の1m(100万分の1m m)。ヒトの髪の毛の直径が約100マイクロメートル。1ナノメートルは原子10個分程度。

注3)  感覚と知能を備えた分子ロボットの創成(新学術領域「分子ロボティクス」):http://www.molecular-robotics.org/

注4)  研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2015年)CRDS:https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/FR/CRDS-FY2015-FR-05.pdf

注5)  俯瞰ワークショップ報告書 ナノテクノロジー・材料分野 領域別分科会「バイオ・ライフとナノテク・材料の融合領域」CRDS-FY2016-WR-10:http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/WR/CRDS-FY2016-WR-10.pdf

研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2017年)CRDS:https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05.pdf

注6)  提言 第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン 2017)日本学術会議科学者委員会:http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t241-1-0.pdf

注7)  両親媒性分子:1つの分子内に水に溶けやすい親水性(親水基)と,油に溶けやすい疎水性(疎水基)をもち合わせているもの。界面活性剤がその一つ。

注8)  AND演算:論理ゲート(論理回路)の一つで,入力された信号がすべて真「1」であるときのみ,演算結果として「1」を出力する回路である。ICチップ等に搭載されており機械が計算するうえで基本要素となる。

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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