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この本! おすすめします 知能とは何か,自分とは何か
松原 仁
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60 巻 (2017) 9 号 p. 680-682

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人工知能が3回目のブームを迎えている。ブームの前の冬の時代には役に立たない研究の代表といわれていた人工知能が国の成長戦略の中心を占めるようになっている。変われば変わるものである。

人工知能の技術が実用になって役に立つというのはもちろん喜ばしいことである。これまでの2回のブームは期待外れでその後に冬の時代になってしまったが,この調子で進んでくれれば人工知能の成果が社会に定着する(3度目の正直で冬の時代にはならない)と期待している。

ただし今の人工知能のブームがもっぱら実用性のみに焦点が当たっていることに懸念を抱く。人工知能は単にコンピューターをうまく動かすための技術ではない。コンピューターをうまく動かそうとする過程を通じて「知能」というものを構成的に理解する試みなのである。構成的に理解するとは,「知能」を人工的に作ってみようという試みを通じて知見を得るということである。コンピューターがある程度うまく動くようになった今こそ「知能」とは何かを改めて考えるいいタイミングである。ということで,ここでは「知能」を考える参考になると思う本を取り上げることにする。

人工知能の最もよい本

最初はホフスタッターの『ゲーデル,エッシャー,バッハ:あるいは不思議の環』(白揚社)である。英語の原著は1979年に出たが,人工知能の最もよい本は今に至るまでこれである。この本を読んでいなければ人工知能の研究者としてはもぐりと言いたい。数学者のゲーデル,だまし絵のエッシャー,作曲家のバッハという一見関係ない(有名)人の名前を並べた変なタイトルである。一見関係なさそうなこれら3人の共通点は何かというと,「自己言及」である。文章だとたとえば「この文章は偽である」が自己に言及している。ゲーデルは論理で,エッシャーは絵画で,バッハは音楽で,それぞれの仕事で自己言及を扱っているということでこのタイトルになったのである。著者のホフスタッターは人工知能の研究者でものすごく博識である。数学,絵画,音楽は当然として,人工知能,言語学,認知科学,分子生物学などの知識を駆使して「自己言及」についてさまざまな形で述べている。文章もいい意味で理系らしくない。なぜ人工知能研究者がこの本を書いたかというと,「知能」は「自己言及」と深く関係しているからである。筆者は人工知能研究者として人工知能の本を千冊以上読んできたが,この本を超えるものはない。最も影響を受けた本の一冊である。駆け出しのときに本書に出会うことができて研究者としてとても運がよかったと思っている。700ページ以上の分量があり,読み進めるのもそうやさしくはないが,「知能」とは何かを知りたければこの本をぜひ読んでほしい。なお,原著にある英語の言葉遊びを日本語の言葉遊びにうまく直すなど翻訳も素晴らしい。日本語でこの本を読めるのは幸せである。

『ゲーデル,エッシャー,バッハ:あるいは不思議の環 20周年記念版』,ダグラス・R. ホフスタッター著; 野崎昭弘,はやしはじめ,柳瀬尚紀訳,白揚社,2005年,5,800円(税別)http://www.hakuyo-sha.co.jp/science/ゲーデル、エッシャー、バッハ-20周年記念版/

自分とは何か

このホフスタッターと哲学者のデネットが組んで編集した『マインズ・アイ』がお薦めの2冊目である。今の人工知能のブームの中で,人工知能が人間を超えたらどうなるか,人工知能は心をもつか,そもそも人間とは何なのか,などが盛んに議論されるようになっている。最近になってこのような議論が始まったと思っている人がいるかもしれないが,実は人工知能の研究が始まった頃から(あるいは始まる前から)議論がされている。『マインズ・アイ』の原著が出版されたのは1981年であるが,この時点でこのような議論がされていたことに驚かされる。同時に,今になってもその議論の内容があまり変わっていないことにも気がつく。知能に関するほとんどのことは昔からずっと議論されていたのである。「知能」にまつわるさまざまな論文,小説,エッセーが集められて編者がコメントをしている。どれもとても面白い。「私」とは何かが本書のテーマになっているが,「私」を考えることは「知能」を考えることになる。チューリング・テストは知能の定義の提案としてとても有名であるが,チューリングの原論文を読んだ人は人工知能に興味がある人でも少ないと思う。この本に収められているのでぜひ読んでいただきたい。そう書いたが実は本書は絶版になっていて入手が難しい。図書館などでぜひ手にしてほしい。

『マインズ・アイ:コンピュータ時代の「心」と「私」(上/下)』,D. R. ホフスタッター,D. C. デネット編著; 坂本百大監訳,ティビーエス・ブリタニカ,1992年,各2,913円(税別),絶版

知能とは何か

あとはSF小説を2冊紹介したいと思う。1冊目はレムの『ソラリス』1)である(レムの違う作品が上記の『マインズ・アイ』に収録されている)。知性をもった(あるいはもっているかのように思える)惑星をテーマにした有名なSFである。知性とは何かを考えさせてくれる名作なので,未読の人はぜひお読みいただきたい。惑星全体が海(のようなもの)で覆われている。この海が知能(らしきもの)をもっているように振る舞うのである。太陽が2つ存在する系を公転する惑星であるソラリスはそのままでは軌道を維持できないはずなのだが,海が能動的に動いて質量の分布を変化させて安定軌道に乗せている。自らの存在を安定させるために環境に対して働きかけをしているという意味で,この惑星は知能を有しているといえるのである。これまで知られているものとはまったく異なる知性の存在の可能性を示している。われわれは人間を頂点とする限られた知能しか知らないだけかもしれない。

フレーム問題

もう一冊のSFはトムスンの『ヴァーチャル・ガール』2)である。人工知能にはフレーム問題という難問がある。フレーム問題自体は最初にマッカーシーとヘイズが「関係しないことを関係しないと書かなければいけない記述の量をいかに減らすか」という意味で1969年に提唱した。その後「膨大な情報の中からそのときの問題解決に必要十分なだけの情報をどのようにしたら取り出せるか」という広い意味に解釈されるようになった。広い意味のフレーム問題は(人間にも完璧には解けないが)コンピューターやロボットにはうまく解くことができない。研究途上の人工知能や知能ロボットのシステムがある程度うまく動いているのは,人間(研究者)があらかじめシステムの守備範囲を限定してあげているからである。人間は何があってもそれなりに対応できるが,人工システムは守備範囲外のことが起きるとお手上げになってしまう。今話題になっているディープラーニングがこのフレーム問題をうまく扱える可能性について指摘されているが,まだうまく扱えてはいない。フレーム問題は知能を考えるうえでとても重要であり,いまだに人工知能の難問の一つである。筆者はこのフレーム問題に興味をもって研究テーマの一つとしている。

フレーム問題の提唱が1969年で,広い意味での解釈が定着したのが1980年代なので,SFにフレーム問題が取り上げられたのはそれ以降のことになる。この『ヴァーチャル・ガール』はフレーム問題を正面から取り上げている。作製されて以来ずっと部屋の中で過ごしてきた知能ロボットが初めて屋外に出たときにパニックに陥る。これまで室内に守備範囲が限定されていたのが範囲の外の屋外に出たので,膨大になった入力情報がうまく処理できなかったためである。

ロボットを作って動かすときには確かにフレーム問題が大きな問題になる。工場の中で決められた作業をするロボットであればフレーム問題に直面しないが,人間のように汎用(はんよう)的な知能ロボットを作ろうとすればフレーム問題に直面してしまう。解決方法としては,人間がそうであるように,赤ちゃんとして世の中に出て,最初は限られた守備範囲で情報処理をさせて,少しずつ守備範囲を広げていく(広い意味で学習していく)しかないと思われる。大人に相当する(フレーム問題にほとんど悩まない)ロボットまで成長させるにはかなりの時間を要すると思われるが,それ以外の方法はありそうにない。『ヴァーチャル・ガール』はそのことを小説として示したものといえる。

以上,知能について考える本を取り上げた。人工知能の研究を通じてわれわれ人間についての知見が増えていくことを期待したい。

執筆者略歴

  • 松原 仁(まつばら ひとし)

1981年東京大学理学部情報科学科卒業。1986年同大学院工学系研究科情報工学専攻 博士課程修了。工学博士。1986年通産省工業技術院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所。2000年公立はこだて未来大学教授。2016年同副理事長。人工知能に興味をもつ。著書に『鉄腕アトムは実現できるか?:ロボカップが切り拓く未来』(河出書房新社),『先を読む頭脳』(共著,新潮社),『人工知能とは』(共著,近代科学社)など。前人工知能学会会長,株式会社未来シェア社長。

参考文献
  • 1)  レム, スタニスワフ著; 沼野充義訳. ソラリス. 早川書房, 2015, 420p.
  • 2)  トムスン, エイミー著; 田中一江訳. ヴァーチャル・ガール. 早川書房, 1994, 437p.
 
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