2015 年 50 巻 3 号 p. 816-823
日日本の人口は減少している。多くの都市も人口が減少し、その結果、人口縮小というこれまで経験しなかった課題に対応せざるを得なくなっている。しかし、旧東ドイツの都市では、このような課題を既に経験している。そして、その問題に対応する一つの手法が撤去(全面的減築)であった。本論文では、この撤去を旧東ドイツでは都市計画的にどのように位置づけたのか。その政策的意図と、実際の撤去の進捗過程を、ブランデンブルグ州の社会主義時代につくられた計画工業都市アイゼンヒュッテンシュタットを事例として整理し、その政策に伴う課題および成果をまとめた。その結果、アイゼンヒュッテンシュタット市の減築の都市計画目標、そしてそのための減築建物の選定プロセスを整理し、さらにはそのプロセスに伴った生じた課題を抽出した。そして、現段階での都市計画的成果をまとめた。撤去という手法は、将来において残すものを選択するという都市計画的判断であり、短期的には痛みを伴っても、長期的に都市を「消滅」させないための英断であることが本調査から理解できた。