1996 年 16 巻 p. 669-676
工部省の高官・大鳥圭介が1882 (明治15) 年、アメリカの技術書「堰堤築新按」を翻訳して出版した。290ページからなる大著で、図・絵がふんだんに盛りこまれ、分かりやすく書かれている、大鳥の翻訳の意図は、それほど知識はないが実際に現場で工事を行う農民や村職人でも分かる技術書の出版であった。工部省は、政府の官営事業を直轄し、殖産興業政策を行ってわが国産業の近代化を推進する機関であり、そのために外国人を招聘し、欧米に留学生を派遣し、大学校を立して専門家の育成を図っていた。この機関の高官が、専門家ではない一般技能者の技術向上を目的として、このような書物を翻訳していたのである。ここに近代化を目指す明治新政府の懐の深さを強く感じさせる