日本公衆衛生雑誌
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原著
北タイ男性工場労働者の性関係とコンドーム使用に関する考察
道信 良子
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2003 年 50 巻 6 号 p. 495-507

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抄録

目的 本稿では,タイ北部の工業団地で働く若年男性工場労働者の性関係とコンドーム使用の状況を質的に調査・分析し,彼らの HIV 感染リスクの状況を明らかにすることを試みた。
方法 1997年 6 月から2000年 3 月までに合計13か月,工業団地近辺でフィールドワークを断続的に行った。男性工場労働者27人を対象に,エイズの知識と認識,HIV 感染予防行動,性関係など,HIV 感染リスクに関する質的データを,半構造式の個人インタビューによって収集した。
結果 調査参加者は,工業団地での定職の獲得と社会的地位の向上などの生活の変容により,勤勉で品行のよい工場労働者という肯定的な自己イメージを形成していた。また,恋人や妻を得ることで性生活も安定し買春を行っている人はいなかった。調査参加者のエイズに関する知識は正確であった。彼らは,リスク・グループに対し「貧困」,「教育のない」,「性的放縦」という否定的なイメージをもっているのに対し,自分自身には「経済的に安定した」,「教育のある」,「自制」という肯定的なイメージをもち,自己の HIV 感染リスクを否定した。夫婦・恋人関係にある女性に対しても感染リスクはないと考えており,感染予防は取られていなかった。避妊はピルで行われることが多く,夫婦・恋人間ではコンドームは不自然かつ不必要であると考えられていた。
結論 本調査では,調査参加者が性的放縦性を是とする伝統的な男性規範とは対照的な規範を生成し,それが彼らのリスク行動を抑制していると推測された。新しい規範の生成を促したのは,一つには農村農家の息子から工業団地の工場労働者への生活の変容であり,今一つには,エイズのリスク・グループと自己とを差異化しようとする意識であると考えられた。今後も彼らの生活の安定と肯定的な自己イメージが維持され,恋人・妻との互いに独占的な性関係が続けば感染リスクは制御されると推測される。しかし,その一方で,調査参加者の中には不特定多数の関係にある人もいることから,夫婦・恋人関係における感染リスクが過小評価され効果的な予防策が取られていないことは,彼らの間にリスクが潜在していることを示唆する。今後,感染リスクはすべての性関係にあるという前提で工場労働者に対する効果的な感染予防対策を講じることが必要である。

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© 2003 日本公衆衛生学会
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