環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
特集1 公害問題への視点
土呂久からバングラデシュへ―草の根国際協力の実践―
川原 一之
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キーワード: 砒素, 鉱毒事件, 地下水汚染
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2000 年 6 巻 p. 55-65

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抄録

バングラデシュでは,丘陵地帯を除く国土の大半でチューブウエルの水から飲料水基準を超える砒素が検出されて,国家的な環境問題になっている。1億2千万人の国民のうち3000万-4000万人が危険な井戸水を飲んでいるといわれ,患者の急増することが危惧され,緊急に代替水源を確保することが望まれている。この問題の解決に向けて協力しているNGOが,宮崎県に本部を置くアジア砒素ネットワーク(Asia Arsenic Network,略称AAN)である。

宮崎県の土呂久鉱山で,硫砒鉄鉱を焙焼して農薬や毒ガスの原料になる亜砒酸を製造し始めたのは1920年のこと。鉱山の周辺で,川魚が死に,蜜蜂が姿を消し,椎茸が発芽せず,稲の育ちが悪くなり,牛がばたばたと倒れるといった異変が起こり始めた。やがて住民の間に,皮膚や目や気管支や肝臓を冒される病気が広がった。しかし,医師はだれ一人として原因について語ろうとせず,この事件は歴史の闇に消されようとしていた。高度成長のあと,日本列島が深刻な環境汚染に襲われて初めて,人々の目が土呂久に向いたのである。

患者が鉱山会社を相手に民事訴訟を起こすと,土呂久・松尾等鉱害の被害者を守る会という市民組織が裁判闘争を支えた。土呂久訴訟が90年に最高裁で和解したあと,守る会の会員は日本の経験を伝えるために,アジアの砒素汚染地を訪れるようになった。守る会を母体に,アジアの砒素問題の解決に協力する目的で,AANを設立したのは94年のことだった。97年からバングラデシュにパイロット地区を設定し,3年間に20回以上調査団を送り込んで,現地の医師や村人と共同で調査・研究・対策を進めた。その成果を生かすために,2000年4月にダッカ事務所を開設し,新たなプロジェクトに踏み出したところである。

AANの海外での活動を支えるのは,土呂久の高齢化した患者たちの「私たちと同じ砒素で苦しむ人たちの力になってあげてください」という言葉だ。AANは,同じ苦しみを負わされた者同士の絆を根底に置いて草の根の国際協力を進めている。

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