視覚の科学
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原著
両眼波面センサーによる被写界深度延長レンズの動的調節機能評価
宮島 泰史広原 陽子宮川 雄雜賀 誠洲崎 朝樹加藤 一壽不二門 尚
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2021 年 42 巻 3 号 p. 57-60

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要旨

これまで,被写界深度延長設計ESレンズ(伊藤光学社製)装用時の遠方調節時の見やすさについて報告してきた。今回,ESレンズ装用時の動的な調節機能を評価するため,両眼波面センサーを用いて優位眼の等価球面度数を測定し,調節機能の評価を行った。等価球面度数差はないという統計結果ではあったが,ESレンズを装用することで,被写界深度延長により後方の物体を見る際の調節変化が少ないことが示唆された。

Abstract

So far, we have reported on the ease of viewing when adjusting the distance when wearing an ES lens designed to extend the depth of field (manufactured by Itoh Optical Industrial Co., Ltd.). This time, in order to evaluate the dynamic accommodation function when wearing an ES lens, the equivalent spherical power of the dominant eye was measured using a binocular wavefront sensor, and the accommodation function was evaluated. Although it was a statistical result that there was no difference in equivalent spherical power, it was suggested that by wearing an ES lens, there was little adjustment change when looking at an object behind due to the extension of the depth of field.

1. はじめに

被写界深度延長設計ES(Extended Surface)レンズは,レンズの屈折力に比例している曲率の増加が一定となる三次の多項式非球面を付加し,一般のレンズより被写界深度を深くした設計の眼鏡用レンズである。装用することで,広い奥行き範囲で解像度を落とさずに見ることができるため,焦点位置よりずれたところでも像のボケが少なく,視界に映る物体や背景が認識しやすくなる。ピント範囲が後方に拡大された,遠方視時に有利な設計となる光学レンズである(図1)。これまでESレンズの優位性について,設計による理論の効果1,2)や模型眼カメラによるシミュレーションの評価報告3)を行ってきた。また,実際に装用した際の体感や効果の主観評価4)も行った。本研究では,ESレンズを装用することで人の眼の調節機能がどの様に影響するのか調査するために,調節・輻輳・瞳孔径を同時に測定できる両眼波面センサーを用いて評価したので報告する。

図1

光線追跡比較図 

    従来レンズと被写界深度延長設計ESレンズを比較した光線追跡結果を示す。

従来レンズは焦点位置であるD視標の解像度が高く,焦点位置から離れたA~C指標の解像度は低下しピント範囲が狭い。

一方ESレンズは,焦点位置Dより後方の位置でも高い解像度を保ち,ピント範囲が広い。

2. 方法

2.1  試験機器

試験レンズは,眼鏡レンズとして市販されている被写界深度延長設計ESレンズを使用した。比較用レンズとして,一般に流通している非球面設計の単焦点眼鏡レンズを採用した。共に仕様は,光学中心の屈折度数が0 D,屈折率n: 1.608,凸面4カーブレンズを検眼枠に枠入れをした。また,両試験レンズは共に,両眼波面センサーの近赤外線(波長840 nm)を透過する特殊なコーティングを施した。

測定に用いるShack-Hartmann型両眼波面センサーは,視標を両眼視している眼球の波面収差を測定することで等価球面度数,その他,視線測定により輻輳や瞳孔径の状態も求めることが出来る。両眼視時の眼球の波面収差をサンプリングレート30 Hz(毎秒30回)連続的に測定することが可能である。連動した制御システムにより視標位置を変化させ遠見近見時の調節反応や,静止視標を固視した状況での屈折を把握することが可能である。今回,無調節の遠見の等価球面度数値より近見時の差を計算することで近見時の調節反応量を求めた58)

2.2  被験者

屈折異常以外の眼疾患を有さず,屈折度数が−5.00~+2.00 D(平均屈折力−0.69 ± 1.18 D)の範囲の者を対象とし,本実験の同意を得た男性11名,女性11名の計22名(平均年齢22.3 ± 2.6歳)に対して実験を実施した。被験者は,40 cm近見視力表にて小数視力が1.0以上あることを,スクリーニング検査で確認した。また両眼視機能が正常であることを,JACOステレオテストにて確認した。実験当日の被験者の健康状態は良く前日には十分な睡眠を取ってもらい眼の負担は無い状態で測定を実施した。被験者からインフォームドコンセントを得たうえで,研究を行った。また,本研究は,大阪大学生命機能研究科倫理委員会の承認(FBS2019-9)を得ている。

2.3  測定手順

最初に両眼波面センサーにて被験者の他覚的遠見屈折測定を行い,その値の検眼レンズを被験者の眼前に設置した。完全矯正下の状態にて,被験者に眼前1 m位置にある印刷したマルタクロス視標を4秒間注視させ,ステップ状に眼前2 m位置にあるデジタル機器表示の花図形視標に切り替えそのまま4秒間注視させる。この1 m視標と2 m視標を注視した状態の被験者の眼の波面収差を連続測定した。(図23)1 mと2 mの視標の視角は異なるが,2 m視標の視角は大きくなく,1 mはマルタクロス視標で中心を固視しやすいことから視角の違いによる固視のずれは小さいと考えられる。

図2

両眼波面センサー装置 

    実際に使用したShack-Hartmann型両眼波面センサー装置の画像。

視標を両眼視している眼球の波面収差を測定することで等価球面度数,その他,視線測定により輻輳や瞳孔径を測定できる。

図3

注視時間と視標位置のグラフ 

    被験者に提示した視標位置と経過時間の関係。視標は眼前1 mと2 mに各4秒間ステップ状に提示し,これを注視したときの被験眼の波面収差を連続測定した。解析したのはいずれも等価球面値が安定する1~3秒と6~8秒の計4秒間とした。

この検眼レンズ上にa)被写界深度延長設計ESレンズを加えた場合,b)比較用非球面レンズを加えた場合,c)検眼レンズのみ設置の場合,の3つの条件にてランダムな順序にて測定を行った。瞬目や睫毛の影響により測定結果にノイズや測定エラーが発生することがあるため,それぞれ各条件にて安定した測定結果が3回得られるまで測定を実施した。

また,各試験レンズでの測定後に,主観評価であるアンケートを実施した。

2.4  等価球面度数解析

1回の測定で,1 m注視時の0~4秒間と2 m注視時の4~8秒間の計8秒間,連続測定した波面収差データが得られる。開始直後や視標位置変化時は等価球面度数の変動が見られることから安定した値が得られる1 m注視時の1~3秒間と2 m注視時の6~8秒間の計4秒間の等価球面度数値を抽出した(図3)。1~3秒間の60データと2 m注視時の6~8秒間の60データを平均し差を求めることで調節変化量とした。ただし,瞬目などによる測定異常データは四分位範囲IQRを利用して外れ値を判定し除外した。さらに各レンズ条件で,視線・瞳孔径等の測定結果で異常測定結果がなく等価球面度数の標準偏差の小さい信用性のある3回の測定結果を採用し,調節変化量を求め平均処理を行った。なお,22名の被験者の優位眼のみ平均化した測定データを各レンズ1データとした。

2.5  主観評価解析

被験者には,1 mから2 mへ視標移動をさせるステップ刺激を与えた後,2 m注視時の主観的な見え方(見やすさ)について5段階のスコアで評価させた。

5段階評価は,視標が見にくいから見やすいを1~5までのスコア値とした。

2.6  統計解析

等価球面度数解析結果での調節変化量と,主観評価の評価スコア値について,ESレンズ,比較用レンズ,検眼レンズのみのレンズ群で分散分析Repeated measures ANOVAを用いて統計解析の評価を行った。

また参考として二群間のt検定を用いた評価も行った。

3. 結果

3.1  等価球面値

両眼波面センサーで等価球面値を測定した結果の1例を図4に示す。視標の変化により,被験眼の等価球面値が変化しており調節が起こっていることがわかる。1 mと2 mの注視時の等価球面度数差である調節反応量の全被験者の平均は,

1)検眼レンズのみ 0.509 ± 0.149 D

2)比較用レンズを設置 0.502 ± 0.123 D

3)ESレンズを設置 0.466 ± 0.124 D

であり,ESレンズを設置した条件で最も小さい値が得られた(図5)。また10人/22人の被験者がESレンズ設置条件で最も小さい調節反応量の値であった。

図4

等価球面値結果グラフ 

    ある被験者の等価球面値の変化。

図5

各レンズ設置時の調節反応量 

    視標距離1 m,2 mにおける調節変化量の測定結果を示す統計図(箱ひげ図)。

分散分析Repeated measures ANOVAの結果,p = 0.089であり,三群には優位な差が見られなかった。t検定では,

1)検眼レンズのみと比較用レンズ,p = 0.732

2)比較用レンズとESレンズ,p = 0.058

3)検眼レンズのみとESレンズ,p = 0.049であり,1)検眼レンズのみと比較用レンズとの差にくらべ,ESレンズを用いた2)3)の条件では差がある傾向が認められた。

3.2  主観評価

2 m視標の見え方を評価させた主観評価の回答で,全被験者の平均スコアは,

1)検眼レンズのみ 3.55 ± 0.99

2)比較用レンズを設置 3.77 ± 1.00

3)ESレンズを設置 3.91 ± 0.90

となり,ESレンズ設置時が最も高い評価スコアであった(図6)。

図6

各レンズ設置時の主観評価 

    全被験者の主観評価スコアの結果を示す統計図(箱ひげ図)。

見え方スコア値の分散分析Repeated measures ANOVAの結果,p = 0.251であり,優位な差は見られなかった。t検定では,

1)検眼レンズのみと比較用レンズ,p = 0.365

2)比較用レンズとESレンズ,p = 0.525

3)検眼レンズのみとESレンズ,p = 0.072

であり,ESレンズ有り無しで差の傾向は見られなかった。

4. 考察

本研究では,被写界深度延長設計ESレンズが,設計思想の通り一般のレンズより広い奥行き範囲で調節はあまり使わなくとも解像度を落とさず視認することができるのか,両眼波面センサーを用いて検証した。その結果,ESレンズは,焦点位置より後方の物体を見る際の調節反応量が,従来の単焦点レンズより少なかった。これは,調節弛緩量が小さい状態で調節が維持できている状態である。このことは,ESレンズは,被写界深度延長により後方の物体を見る際,より少ない調節変化でピントが合うことを示唆し,見やすさの向上に関係していると考えられた。

また,両面波面センサーは眼球の屈折力・輻輳・瞳孔径を同時に連続して測定できるため,調節力と輻輳との解析に有用であった。今回,優位眼のみのデータ解析の検証であったが,今後は両眼のデータを用いて症例を増やしさらに検討する。

利益相反

宮島泰史,加藤一壽(カテゴリーE:伊藤光学工業),広原陽子,宮川雄,雜賀誠(カテゴリーE:トプコン),洲崎朝樹(カテゴリーE:メニコン),不二門尚(カテゴリーF:トプコン,ニデック)

文献
 
© 2021 日本眼光学学会
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