2002 年 30 巻 p. 41-54
本稿は,江戸時代後半(18世紀半ば以降)における武士,なかでもとくに大名家臣を対象として彼らの人口再生産レベルを検討した。江戸時代の武士については,人口の単純再生産すら困難であったと推測されてきた。たしかに,これまでいくつかの藩の大名家臣に関しては,彼らの出生力は低かったことが報告されている。しかしながら,低出生力とはいえ,それが単純再生産を下回る水準にあったかどうかは検討されていない。なぜなら武士人口を考察する際に利用されるおもな記録史料である系譜からはそれを検討するための再生産率などの出生力指標が得られないからである。そこでマイクロシミュレーションの手法を用いて,この間題に接近した。いくつかの藩では,大名家臣の系譜から,当主がもうけた成人男子の平均や既婚当主がもうけた男子の平均などがすでに求められている。それらとシミュレーションの結果との比較によって,再生産レベルを推測することができると考えた。用いたプログラムはケンブリッジグループにおいて開発されたCAMSIMである。このシミュレーションプログラムによって,単純再生産を実現する仮想人口を作り出した。さらに,シミュレーションのなかで"当主"を定義したうえで,"当主"のもうけた,15年以上生存した男子の平均や既婚"当主"のもうけた男子の平均を計算した。そして,系譜から求められているそれぞれの数値との比較を試みた。シミュレーションの結果から得られた数値と系譜から求めた数値はほぼ等しかった。このことから,少なくとも,これまで平均男子数が求められているいくつかの藩の大名家臣については,自らによって人口を再生産していた可能性が十分にあることを指摘することができた。