我が国の出生率は,長期的に総人口が維持される水準である人口置換水準(合計特殊出生率が概ね2.1)を下回ってから30年近くが過ぎようとしているが,仮に今すぐ少子化が解消されたとしても,最終的な総人口水準は現在のものが維持されるわけではなく,より低い水準まで低下してしまう。この最終水準と現時点の水準との比率を「人口モメンタム」と呼ぶ。通常,人口モメンタムは全国規模の人口で考えられることが多いが,全国を幾つかの地域に分割して考えた場合,地域毎の出生・死亡水準の格差や地域間の人口移動の存在を考慮する必要が生じる。これらの考慮が人口モメンタムに及ぼす影響の分析は,我が国の人口について必ずしも広く行われてきたとはいえず,多角的な人口分析を深める視点からも重要な研究対象といえる。本研究では,人口モメンタムに関する分析を深める観点から,多地域人口モデルを構築し,多地域人口モデルにおける人口モメンタムの理論的整理を行うとともに,実データによる評価分析を行った。本研究では主に,多地域人口モメンタムは年齢要因のみによる人口モメンタムに比べやや低い値を示すことや,静止状態における各地域の人口水準及び経路は,多地域人口モデルによるものと,地域毎に封鎖人口として人口モメンタムを考えたものでは大きな差を示すことなどの結果が得られ,我が国における実データに基づく多地域人口モメンタムの特性が明らかになったとともに,通常の人口モメンタムにはない,多地域人口モメンタムのみが持つ,より複雑な人口構造を反映する特徴が明らかとなった。