抄録
本研究の目的は, オーストリアにおける教育学的身体運動理論の現代的な発展過程に関する基礎資料を得ることにある. その際, 第2次世界大戦後推し進められてきた「体育理論」「スポーツ教育学」「運動教育学」という教育学的身体運動理論の思潮を巡る議論において, まず第一に「体育理論」から「スポーツ教育学」へという発展過程に着目し, ハンス・グロルとシュテファン・グレッシングという各々の代表者の見解の検討を試みた. 本研究の考察は以下のように要約される.
1. 学理論的基本問題について
(1) グレッシングの「スポーツ教育学」という概念の内実は, グロルの「体育理論」における学校教育及び教員養成や教授ポストに関する問題提起に限定されず, 現代の社会的・個人的現実の領域すべてにおけるスポーツの教育学的課題に関わる.
(2) 研究領域と問題圏に関するグロルの体育理論とグレッシングのスポーツ教育学との明確な相違は, 教員養成に直接する諸要求の減退, 教育科学とスポーツ科学が有する諸基準へのスポーツ教育学の到達, そして方法学の教授学への組み込み, という点から指摘される.
(3) 研究の方法について, グレッシングのスポーツ教育学のそれは, グロルの体育理論に比べて方法論と対照論において拡大した体系を備えている. グレッシングの研究方法はグロルの解釈学的・現象学的という伝統的な精神科学的研究方法の方向を経験科学的に生産的に継続する批判的試みであり, スポーツ現実についての多元的方法である.
2. 教授学的基礎理論について
(1) 教材の精選及び体系化については, グレッシングが中心となった1985年からの指導要領が教材の体系化を明示せず, 社会でのスポーツに教科の内容を適応させた. という点で個人形成的・社会形成的運動領域に2分したグロルのそれとは明らかに相違している.
(2) オーストリアでの「枠組み指導要領」は種々の授業計画の独自の作成を教師に義務づけているが, 授業時間構成の考え方についてはグロルの「ヒナ型」とグレッシングの「主題の重点」で大きく異なっている.
(3) 達成判定に関する教授学的論議におけるグロルとグレッシングの見解は, 授業における協力と社会的態度をスポーツの達成能力と並んで評価し, 成績に取り入れるという点に共通性が見いだせる.