2025 Volume 5 Issue 1 Pages 10-19
【目的】本研究では新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛生活が,地域在住高齢者の心身機能,生活機能,ソーシャル・キャピタルへ与える影響を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は地域在住高齢者245名とし,回顧的自己報告にてアンケート調査を実施した。基本属性,基本チェックリスト,ソーシャル・キャピタルに関する項目について,第1回緊急事態宣言の前と後の状態を聴取した.【結果】基本チェックリスト合計点は,緊急事態宣言前の2020年4月と比べ緊急事態宣言後の2021年6月に有意に増加した。緊急事態宣言前のソーシャル・キャピタル強度と基本チェックリスト合計点には負の相関が認められた。ソーシャル・キャピタル強度は緊急事態宣言の前と後で有意な差は認められなかった。緊急事態宣言前のソーシャル・キャピタル強度が高い人ほど緊急事態宣言後の基本チェックリスト合計点が増加していた。【結論】新型コロナウイルス感染拡大に伴う生活様式の変化により,地域在住高齢者の心身機能と生活機能は低下しており,元々ソーシャル・キャピタル強度が高かった人ほどその影響を受けやすいことが示唆された。今後,新たな感染症拡大や自然災害によって外出自粛生活を余儀なくされた場合には,個人のソーシャル・キャピタルを考慮した対策が必要だと考えられた。
Objective: This study aimed to investigate the effects of stay-at-home measures during the COVID-19 pandemic on psychophysical function, functioning and social capital among community-dwelling older people.
Methods: The study included 245 community-dwelling older adults who completed a retrospective self-reported questionnaire. Data on basic attributes, Kihon Checklist, and social capital-related items were collected for periods before and after the first state of emergency declaration.
Results: The total score of the basic checklist increased significantly in June 2021 after the declaration of the state of emergency compared to April 2020 before the declaration of the state of emergency. A negative correlation was observed between pre-declaration social capital strength and total Kihon Checklist scores. There was no significant difference in social capital strength before and after the declaration of the state of emergency. Notably, individuals with higher pre-declaration social capital strength showed greater increases in their Kihon Checklist scores after the declaration.
Conclusions: The lifestyle changes associated with the COVID-19 pandemic led to a decline in psychophysical function and functioning among community-dwelling older people, with those having initially higher social capital strength being more susceptible to these negative effects. These findings suggest that future measures implemented during infectious disease outbreaks or natural disasters requiring stay-at-home orders should consider individual social capital levels when developing support strategies.
日本は世界一の高齢社会として知られ,世界からその対策が注目されている。健康日本21は21世紀における国民の健康寿命の延長を実現するための健康政策であり1),近年サルコペニアやフレイル予防として歯学やリハビリテーション分野での研究が盛んになっている2-4)。フレイルは2004年と2006年に行われたフレイルと加齢に関する国際会議などを経て5-7),「フレイルとは相互に関連する複数の生理系を調節する恒常性維持機構の衰えのため,些細なストレスにより障害を受けやすい脆弱な状態である」と表現される8)。フレイルは身体的側面(Physical Frailty)と精神的側面(Cognitive Frailty, Mental Frailty),および社会的側面(Social Frailty)に分かれる9)。しかしながら,一旦フレイルと診断されても適切な介入により改善され,再び介護や介助が不要な生活を送ることができるという可逆性があることが多くの研究者によって発表されており10,11),「人生100年時代」と言われる日本の高齢社会に不可欠な研究分野となっている。
一方,ソーシャル・キャピタル(Social Capital以下,SC)は1990年頃から主に社会学や政治・経済分野で研究が開始され,その後保健医療分野において研究されるようになった比較的新しい概念である12)。定義は世界的にいくつか存在しているが,Putnamによって提唱された「調整された諸活動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる,信頼,規範,ネットワークといった社会組織の特徴」が知られており13),人々の自発的協力を促す要素として知られている14)。日本におけるSCについて,Pekkanenは,自治会,町内会および婦人会,青年会,老人会などの関連地縁組織が豊富に存在すること,また多くの日本人はそれら地縁組織に積極的に参加していることから,日本のSCは豊富であると指摘している14,15)。他方,共同体の喪失や社会病理の増大による社会崩壊の不安感,あるいはその不安感をベースにした社会構築を求める声が1990年代以降強まっている15)。2000年前後になって公衆衛生分野や医療分野において健康とSCの関連が研究されるようになり16,17),一般的にSCと健康には正の関連があると言われている18)。2010年前後から国内でもSCと健康に関する研究が隆盛となり,地域在住高齢者において互酬性の規範が低いことと抑うつには有意な関連があるとされている19)。また高齢化の高まりとともに,要介護状態や心身機能,生活機能といったフレイルを構成する要素とSCの関連について我が国において研究報告がなされている19-22)。SCの信頼が低い地域に住む女性は,高い地域に住む女性に比べて,要介護状態になるリスクが高くなると報告されている23)。心身機能について,岩垣ら24)は原発事故時において個人レベルのSCが低い者は高い者に比べ,高ストレス状態にあることが明らかとなったと指摘している。またSCの信頼,地域参加とフレイルの間で関係が見られ,SC互酬性の規範とSC信頼,SC互酬性の規範とフレイルの間でそれぞれ関係が見られたと報告されている25)。村田らは,地域への信頼が高い場合と互酬性の規範が高い場合が信頼を高めフレイル予防に繋がると報告している25)。これらのことから,健康とSCの関連と同様に,SCが高いとフレイル予防に関係すると考えられている。以上の調査結果から,高齢者がフレイル状態となる要因の一つに,SCが影響を与えていることが考えられる。
そのような中,2019年末に中国の武漢で発見された新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)は,世界的な広がりをみせた。国内では緊急事態宣言や蔓延防止策などによって外出や行動が制限され,国民の生活環境は大きく変わり,社会的な活動が自粛となった。我が国の先行研究では,高齢者が自粛生活を与儀なくされたことで,新型コロナ流行前に比べて骨密度や日常生活関連動作が有意に低下したという報告や26),一週間の身体活動量が新型コロナ流行前に比べ65分間減少したという報告がある27)。身体活動量の低下は心身機能と生活機能を低下させフレイルを導く要因であり,新型コロナによる心身機能と生活機能の低下が懸念される。このような感染爆発による生活様式の変化した社会では,これまで報告されてきた心身機能や生活機能といったフレイルの構成要素とSCの関係性にも変化があるのではないかと推測される。そこで本研究では,新型コロナ前とコロナ禍における生活様式の変化が地域在住高齢者の心身機能,生活機能,SCに与える影響を明らかにすることを目的に,地域在住高齢者にアンケート調査を実施した。
対象地域は首都圏内の市であり農林水産省の農業地域類型28)における都市的地域とした。対象者は市の介護予防事業に参加している市内在住高齢者245名とした。先行研究より日本の農村地域では高齢者が「生涯働いている」ことが多くネットワークが加齢によって変化しないこと,自然との共生など,都市的地域とは異なるSCが形成されている可能性が指摘されている29)。またこれまでのSCに関する先行研究の多くは都市的地域の高齢者を対象としていることなどから,本研究でも一般的な高齢者の傾向を把握するために都市的地域に在住の高齢者を対象とした。本研究では,生活様式の変化によって従来の心身機能や生活機能とSCの関係性も変化するという仮説に基づいて調査を行っているため,調査時点で要支援または要介護状態と判定を受けている介護保険利用者はデータから除外した。また,統計解析に必要なデータが欠測している例は除外とした。
2.調査方法研究デザインは後方視的調査とし,郵送にて回顧的自己報告でのアンケート調査を実施した。調査期間は2021年6月1日から6月30日とした。新型コロナによる第1回目緊急事態宣言発令前の2020年4月の状態(以下,コロナ前)と,アンケート回答日の状態(以下,コロナ禍)についてそれぞれ回答を求めた。
本研究は,研究倫理委員会にて承認を受けた(承認番号20-Io-68)。対象者には,研究の目的及び方法,協力の任意性と撤回の自由,予期される危険性,個人情報の保護について説明した資料を同封し,返送をもって同意とした。
3.アンケート内容アンケート内容は,基本属性(年齢,性別,病歴,同居人数,居住歴,教育歴,介護保険利用状況),フレイルの進行を把握するための心身機能と生活機能に関する指標,SCに関する指標とした。基本属性である同居人数や教育歴はフレイルや要介護状態と関係があると言われている30-32)。
本研究ではフレイルの進行を把握するための心身機能と生活機能に関する指標として,表1に示す25項目からなる厚生労働省の基本チェックリスト(以下,KCL)を用いた。KCLは高齢者の二次予防事業の対象者を選定するために厚生労働省が2006年に作成したリストである33)。KCLはフレイルの重要な要素である移動機能・栄養状態・社会的活動・認知機能・抑うつ気分を含み,総合的なフレイル指標であると考えられている34)。項目1~5は日常生活関連動作,6~10は運動器の機能,11~12は低栄養状態,13~15は口腔機能,16~17は閉じこもり,18~20は認知機能,21~25は抑うつ気分を質問する構成となっている33)。KCLは点数が低い程自立した生活を送っていると解釈される。また0点~3点はロバスト(健常),4点~7点がプレフレイル(フレイルの前段階),8点以上がフレイルの状態とされている33,34)。また先行研究によってKCLの併存的妥当性と予測妥当性が認められている35-38)。
SCに関する指標は個人レベルのSC指標として高取らのSC強度を採用した39)。高取らのSC強度は近隣住民への信頼の強さ,近隣住民との交流,社会参加の3項目の質問からなる。近隣住民への信頼の強さは,「日常生活において近隣の人々との信頼関係はどの程度重要だと思いますか?」という質問に対して,(1)重要ではない,(2)あまり重要ではない,(3)どちらともいえない,(4)ある程度重要,(5)非常に重要,の5つの回答の中からあてはまるものを1つ選択してもらい,括弧内の数値を点数としている。近隣住民との交流は,「ご近所の方とどのようなおつきあいをしていますか?」という質問に対して,(1)つきあいはまったくしていない,(2)あいさつ程度のつきあいしかしていない,(3)日常的に立ち話をする程度のつきあいはしている,(4)互いに相談したり,生活面で協力しあっている,の4つの回答の中からあてはまるものを1つ選択してもらい,括弧内の数値を点数としている。社会参加は,「あなたは現在,地域で下のような活動をされていますか?」という質問に対して,(1)地縁的な活動(自治会,老人会,サロンなど),(2)運動(体操教室,グランドゴルフなど),(3)趣味(俳句,絵画,カラオケなど),(4)ボランティア,NPO,市民活動,(5)参加していない,5つの回答の中からあてはまるもの全てを選択してもらい,(1)~(4)の回答数を点数としている。SC強度は上記の3項目の点数を4件法5件法またはあてはまる個数から合計し算出しており,点数が高いほどSCが高いと解釈される。高取らのSC強度を採用した理由としては,SCは国や地域によって関連する因子が異なるため国内で作成及び使用されている指標を用いるべきである点,国内では健康・フレイルとの関係性は「信頼」「互酬性」「ネットワーク(社会参加)」との関連から示されてきたためこれらの因子を包含した指標を用いるべきである点,これまでに多くのデータや先行研究が蓄積されており,結果の解釈が行いやすい個人レベルのSCの指標である点が挙げられる。
4.解析方法KCLは,合計点をコロナ前とコロナ禍で対応のあるt検定を用いて比較分析した。また,KCLの下位項目についてもコロナ前とコロナ禍でウィルコクソン符号付順位和検定を用いて比較分析した。更にKCL合計点からロバスト(健常),プレフレイル,フレイルの人数と,二次予防事業対象者の人数を算出し,コロナ前とコロナ禍でカイ二乗検定を用いて比較分析した。先行研究を参考にKCL合計点が0点~3点をロバスト(健常),4点~7点をプレフレイル,8点以上をフレイルとした30)。二次予防事業対象者は①下位項目の1~20までの20項目のうち10項目以上に該当(複数の項目に支障),②6~10までの5項目のうち3項目以上に該当(運動機能の低下),③11~12の2項目のすべてに該当(低栄養状態),④13~15までの3項目のうち2項目以上に該当(口腔機能の低下),⑤16~17の2項目のうち16に該当(閉じこもり),⑥18~20までの3項目のうち1項目に該当(認知機能の低下),⑦21~25までの5項目のうち2項目以上に該当(うつ病の可能性)の基準のうちひとつでも当てはまれば該当者とした30)。
SC強度はコロナ前とコロナ禍でウィルコクソン符号付順位和検定を用いて比較分析した。またコロナ前とコロナ禍のKCL合計点とSC強度の関連について,ピアソンの積率相関係数検定にて検定を実施した。更にコロナ前からコロナ禍におけるKCL合計点の変化に対するSC強度の関連を確認するために,多重ロジスティック回帰分析を行った。従属変数はKCL合計点のコロナ前からコロナ禍での変化とし,変化無しまたは減少(改善)した者を0,増加(悪化)した者を1とした。独立変数はコロナ前のSC強度とし,共変量としてコロナ前の年齢,性別,病気の有無,地域包括支援センター別の地区,同居人数,居住歴,教育歴を投入した。また,SC強度の中でもどの要因がKCLの変化に影響を与えているのかを確認するために,独立変数を近隣住民への信頼の強さ,近隣住民との交流,社会参加の3つの項目でそれぞれサブ解析としての多重ロジスティック回帰分析を実施した。サブ解析の独立変数として用いたSC強度の各項目はコロナ前のデータを採用した。近隣住民への信頼の強さは,(4)ある程度重要と(5)非常に重要と回答した方を1,それ以外の方を0として2群に分けて算出した。近隣住民との交流は,(4)互いに相談したり,生活面で協力しあっていると回答した方を1,それ以外の方を0として2群に分けて算出した。社会参加は,2個以上回答した方を1,それ以外の方を0として2群に分けて算出した。サブ解析における共変量はSC強度の解析の際と同様のものを投入した。また,感度分析として,コロナ禍の基本チェックリストの項目18と20に該当した認知機能低下者を除外して,同様の分析を行った。
全ての統計解析はSPSS(IBM SPSS Statistics ver25)を使用して行い,有意水準は危険率5%未満とした。
228名の回答が返送された(回収率86.6%)。介護保険利用者36名のデータを除外した192名分のデータから統計解析に必要なデータに欠測がある者96名のデータを除外し,96名の有効回答を得た。有効回答率は50%であった。データ欠測の状況は無回答であり,一部質問に対する回答忘れによる欠測を多く認めた。欠測パターンはユニット非回答と項目非回答が混同しており,項目非回答については単調でない欠測パターンのため補完することが困難であった。そのため本研究では統計解析に必要なデータに欠測の無い,利用可能なケースに基づく分析を行った。平均年齢は76.3±5.5歳,男性31名,女性65名であった。コロナ前の基本情報として病気は有りが76名,無しが20名,同居人数は平均2.3±1.2人,居住歴は平均41.1±15.2年,教育歴は平均12.6±2.1年であった。
KCL合計点および下位項目の変化について示す。KCL合計点はコロナ前で4.3±3.5点,コロナ禍で5.5±3.6点であり,対応のあるt検定を行った結果,コロナ禍において有意に高い値を認めた(p<0.05)。また,表2にKCL下位項目のコロナ前とコロナ禍での比較を示した。KCL下位項目は順序尺度であるが項目によっては段階が少なく,中央値,最大値,最小値で表すと変化を捉えづらい。そのため表2では平均値と標準偏差も合わせて記載した。日常生活関連動作,運動器の機能,低栄養状態,口腔機能,閉じこもり,認知機能,抑うつ気分のそれぞれについてウィルコクソン符号付順位和検定を用いてコロナ前とコロナ禍で比較した結果,日常生活関連動作,栄養状態,口腔機能,閉じこもり,認知機能,抑うつ気分の項目でコロナ禍において有意に高い値を認めた(p<0.05)。
続いて,ロバスト,プレフレイル,フレイルの人数と二次予防事業対象者の人数の変化について示す。コロナ前はロバスト(健常)が49名で51%,プレフレイルが29名で30.2%,フレイルが18名で18.8%あった。コロナ禍ではロバスト(健常)が38名で39.6%,プレフレイルが32名で33.3%,フレイルが26名で27.1%あった。ロバスト(健常)が減り,プレフレイルとフレイルの人数が増加する傾向を示し,カイ二乗検定で有意な変化を認めた(p<0.05)。二次予防事業対象者の人数はコロナ前で24名,コロナ禍では32名となり,増加する傾向を示し,カイ二乗検定で有意な変化を認めた(p<0.05)。増加の内訳としては①複数の項目に支障に該当した者はコロナ前1名,コロナ禍2名,②運動機能の低下の項目に該当した者はコロナ前8名,コロナ禍10名,③低栄養状態に該当した者はコロナ前0名,コロナ禍1名,④口腔機能の低下に該当した者はコロナ前17名,コロナ禍24名,⑤閉じこもりに該当した者はコロナ前5名,コロナ禍7名,⑥認知機能の低下に該当した者はコロナ前28名,コロナ禍31名,⑦うつ病の可能性に該当した者はコロナ前21名,コロナ禍29名であった。人数の増加が一番多かった項目はうつ病の可能性,次いで口腔機能の低下であった。
次にSC強度の変化について示す。コロナ前のSC強度の平均は9.5±1.6点,コロナ禍のSC強度の平均は9.5±1.6点であり,ウィルコクソン符号付順位和検定にて有意な差は認められなかった。SC強度の下位項目である「近隣住民への信頼の強さ」はコロナ前4.1±0.7点,コロナ禍4.1±0.7点,「近隣住民との交流」はコロナ前3.2±0.6点,コロナ禍3.3±0.6点,「社会参加」はコロナ前2.1±1.0点,コロナ禍2.1±1.0点で,それぞれウィルコクソン符号付順位和検定にて有意な差を認めなかった。
最後にKCL得点とSC強度の関係について示す。コロナ前のKCL合計点とSC強度の関係を図1に示した。両者の関係性をピアソンの積率相関係数検定で確認した結果,有意な負の相関関係を認めた(r=−0.47,p<0.05)。また,コロナ禍のKCL合計点とSC強度の関係を図2に示した。両者の関係性をピアソンの積率相関係数検定で確認した結果,有意な負の相関関係を認めた(r=−0.37,p<0.05)。

図は緊急事態宣言発令前(2020年4月)時点での基本チェックリスト合計点とソーシャル・キャピタル強度の関係性を示している。基本チェックリスト合計点は点数が低いほど自立した生活を送っていると解釈される。ソーシャル・キャピタル強度は高いほどソーシャル・キャピタルが高いと解釈される。ピアソンの積率相関係数検定を行った結果,有意な負の相関関係を認めた。

図は緊急事態宣言発令中(2021 年 6 月)時点での基本チェックリスト合計点とソーシャル・キャピタル強度の関係性を示している。基本チェックリスト合計点は点数が低いほど自立した生活を送っていると解釈される。ソーシャル・キ ャピタル強度は高いほどソーシャル・キャピタルが高いと解釈される。ピアソンの積率相関係数検定を行った結果,有意な負の相関関係を認めた。
KCL合計点におけるコロナ前からコロナ禍への点数変化で,変化無しまたは減少(改善)した者を0,増加(悪化)した者を1として多重ロジスティック回帰分析を行った結果を表3に示した。コロナ前のSC強度は有意な関係性を認め,コロナ前のSC強度が高い人ほどコロナ禍においてKCL合計点が増加する傾向を認めた(オッズ比1.519,95%信頼区間1.082-2.133,p<0.05)。サブ解析として,SC強度の下位項目である近隣住民への信頼の強さ,近隣住民との交流,社会参加を独立変数として多重ロジスティック回帰分析を行った結果,近隣住民との交流のみが有意な関係性を認め,コロナ前の近隣住民との交流で互いに相談したり,生活面で協力しあっていると回答した方はそうでない方よりもコロナ禍においてKCL合計点が増加する傾向を認めた(オッズ比4.011,95%信頼区間1.403-11.466,p<0.05)。また,認知機能低下者を除いた71名の感度分析の結果,コロナ前のSC強度は有意な関係性を認めた(オッズ比1.621,95%信頼区間1.055-2.488,p<0.05)。また,下位項目でも同様に,近隣住民との交流のみが有意な関係性を認めた(オッズ比4.320,95%信頼区間1.247-14.966,p<0.05)。
今回はコロナ前とコロナ禍でのKCLの合計点の変化から心身機能と生活機能の変化を捉え評価した。また,SC強度を用いて個人のSCを評価した。本研究で得られた主な結果として,KCL合計点がコロナ前に比べコロナ禍で有意に増加した点,コロナ前とコロナ禍においてKCL合計点とSC強度では負の相関が認められた点,コロナ前のSC強度が高い者ほどコロナ前からコロナ禍にかけてKCL合計点が増加した点が挙げられる。
基本属性の結果では,多くの対象者に同居家族がおり,居住歴が長かった。同居家族が居ることや居住歴が長いこと,教育歴が長いことはSCを高くすることに影響を与えると先行研究で報告されている14-16)。
KCL合計点はコロナ前に比べコロナ禍に有意に増加していた。 Sonらは地域在住高齢者における新型コロナの影響を,筋量,口腔機能,社会機能(ネットワーク,社会参加,社会支援)の側面から調査し,体幹筋量,社会参加および社会支援が有意に低下したことを報告している40)。また飯島は都内の高齢者を対象に調査を実施し,新型コロナ流行に伴う外出自粛によって閉じこもり傾向になったことを報告している41)。更に新たに閉じこもり傾向となった者は,緊急事態宣言中も適度に外出していた高齢者と比較して,運動ができない人,会話の機会が減った人,バランスの取れた健康的な食事を取れていない人が多かったと報告している41)。本研究の結果も新型コロナ流行による外出自粛生活で活動性が低下したことでKCL合計点が増加したと考えられ,新型コロナによる生活の変化によって心身機能と生活機能が低下したという先行研究42)を支持する形となったと考える。また,広瀬らはKCLを用いて地域在住高齢者のフレイルの割合を調査し,新型コロナ前の2019年には12.4%がフレイルだったのが,2020年には16.4%,2021年には17.4%に増加していたことを報告している43)。本研究においても先行研究と同様にKCL合計点からみる心身機能や精神機能は低下していたが,元々の割合や,増加した人数の割合は先行研究よりも高い値となった。先行研究の対象者は70歳と75歳の方であり本研究よりも年齢が若いことがその理由と考えられた。
コロナ前とコロナ禍においてKCL合計点とSC強度では負の相関が認められ,コロナ禍においてもSC強度が高ければ心身機能や生活機能が高いという関係性が示唆された。この結果は先行研究と同様である20)。一方,コロナ前とコロナ禍のKCL合計点の変化とSC強度については,コロナ前のSC強度が高いとコロナ禍にKCL合計点が増加しやすいという結果を示した。更に,コロナ前のSC強度の下位項目である近隣住民との交流においても,交流が活発な人ほどコロナ禍にKCL合計点が増加しやすいという結果を示した。KCL合計点の増加は心身機能や精神機能の低下を反映していることから,本研究の結果はコロナ前のSC強度が高く,特に近隣住民との交流が活発な人ほどコロナ禍に心身機能や生活機能の低下が進行しやすいということを示唆している。これはSCが高いとフレイルになりづらいという先行研究20)や,新型コロナによる心身機能や生活機能低下の進行はSCが高い人ほど抑えられるという本研究の仮説とは異なる結果であった。桂らは,地域在住高齢者において閉じこもりとそうでない人々に対しフレイルとSCの関係を調査し,SCが高い群でフレイルの出現率が低かったと報告している20)。村田らは,フレイルとSCの関係性について地域に住む高齢者を対象に調査を行っており,地域への信頼が高い場合と互酬性の規範(助けあい)が高い場合が信頼を高め,地域に住む高齢者の地域参加を促し,フレイル予防に繋がると報告している44)。本研究の結果も,コロナ前においてSC強度の高さは高齢者同士の信頼を高め地域参加を促し,フレイルの構成要素である心身機能や生活機能低下進行を抑制していたのだと考えられる。一方で,コロナ禍においてSCが高い人ほど心身機能や生活機能低下が進行しやすかった理由として,SCのもたらす負の側面による影響が考えられる。PortersはSCの負の側面として,結束型SC(家族,友人,近所との信頼,結びつき)では,結束が強すぎると役割や活動への参加を強制してしまうことや,病気などの特別な事情のある人にも強制をしてしまうことを挙げている。さらに個人の自由を制限する仲間の間での悪い習慣が続いてしまうことがSCの負の側面として取り上げられている45)。またKawachiらは,SCの負の側面として,凝集性の高い集団においては過度のサポートの要求がある状況,多様性に寛大でなく個人の自由を制限するほど義務的に社会規範に従わなくてはいけない状況を挙げている46)。日本においてはしがらみの弊害もあると言われている。金谷は,「人と人のつながりが,人生にとって重要であることを否定する人はほとんどいないだろう。ただ濃密な人付き合いには煩わしさやしがらみが伴うことも多い」と述べている47)。新型コロナと関係した報告では,アメリカにおいて,地域への愛着と社会的信頼は新型コロナの死亡率と正の相関があり,家族間の絆は死亡率とは負の相関があったと示されている48)。地域への愛着や社会的信頼が高い人ほど新型コロナの死亡率が高い理由として,社会的信頼の高い社会では新型コロナ対策,例えば物理的に距離を置くことなどに対する欺瞞的な考えが蔓延する可能性を挙げている48)。このことは,信頼の強さや結束力といったSCの強さが,未曾有のパンデミックといった稀に見る事態のサポートに対して過度な期待や疑念を抱き周囲に流されやすくなってしまうという負の側面であると考えられる.このように,国内外でSCの負の側面が指摘されている。今回のようにいまだかつてない新型コロナの流行による非常事態に陥った場合,SCが高い集団においては過度に自粛を強制したり活動制限の助長を促した可能性があると考える。
本研究の限界は以下の4点である。1点目は,対象者の地域と抽出の限界である。本研究では,都市的地域で,かつ地域の中でも利便性の高い場所に居住し居住歴の長い人々が対象となった。そのことで対象者の偏りが生じていた可能性がある。また,介護予防事業参加者を対象としたことで,対象者はもともとある程度の社会参加をして活動性が保たれた人々であったと考えられる。 2点目は,回顧的自己報告でのアンケートを用いて新型コロナ流行前の状態を回顧し回答してもらったという点である。過去を想起する形での記入を求めたため,信憑性にバイアスがかかっている可能性がある。この点は,認知機能低下者を除外した感度分析を行い同様の統計学的結論が導かれることを確認することで最大限の配慮を行った。しかしバイアスを完全に排除できてはいないと考えられる。今後は前向きコホート研究など,因果関係やフレイルの進行が明確にわかる研究手法を用いて取り組む必要がある。3点目は,回答データの未記入による欠損が多く,有効回答率が55%と低くなってしまった点である。本研究では感染症拡大を防ぐため郵送での依頼となってしまい,説明や質疑対応を直接行えなかったことや,2年分の回答を得るために質問数が非常に多くなってしまったことが,データ欠測が多くなった理由だと考えられる。4点目は,SCがフレイルに与える医学的メカニズムの解明についてである。社会学や経済学の学問であったSCが人体にどのような影響を及ぼしているのかの解明には本研究では至っていない。今後は現象を医学的に解明する研究まで進められることが望ましいと解釈している。
コロナ禍における不活発な生活様式への変化は心身機能の低下を引き起こすことが示唆された。また,本研究におけるSCとKCLの関係から,コロナ前に近隣住民との交流などが活発でSCが高かった人は,コロナ禍における社会的活動の自粛による影響を受けやすく,心身機能や生活機能の低下を生じやすいことが示唆された。今後,新たな感染症拡大や自然災害によって外出自粛生活を余儀なくされた場合には,個人のソーシャル・キャピタルを考慮した対策が必要だと考えられた。
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。