抄録
【目的】卵管において,排卵前後にピークを迎える弛緩および収縮運動は,精子,未受精卵および受精卵の移送に必須である。この弛緩および収縮運動には,卵管上皮細胞が産生する prostaglandin (PG) E2 および PGF2α が関与している。ウシにおいて,夏の暑熱ストレス(HS) は受胎率を低下させる一因であることが知られている。Heat shock protein (HSP) は熱ストレスにより一時的に発現が増強される。HSP90 は PGE2 合成酵素のひとつである cytosolic PGES (cPGES) と結合し,cPGES の酵素活性を高めることが報告されており,HS が HSP90 発現の増加を介して PGE2 産生を増加させ,卵管の弛緩に影響を及ぼすことも考えられるが,詳細は明らかにされていない。本研究では,卵管の弛緩および収縮運動に及ぼす HS の影響の一端を明らかにする目的で,ウシ卵管上皮細胞培養系を用いて PGs 合成に及ぼす培養温度の影響について検討した。【方法】排卵後 0-3 日目のウシ卵管膨大部および峡部から上皮細胞を単離,播種し,コンフルエントに達した後,通常の培養温度 (37.5℃) を対照区,39.0℃ および 41.0℃ を HS 処理区として 24 時間培養後,培養上清中 PGs 濃度を EIA により検討した。また,PGs の合成酵素である PGESs,PGFSs および PGE2 を PGF2α に転換する酵素である carbonyl reductase 1 ならびに HSP90 mRNA 発現量を定量的 RT-PCR 法により検討した。【結果】HS 処理区において,膨大部および峡部における PGE2 濃度が増加するとともに cPGES および HSP90 mRNA 発現量が増加した。PGF2&alpha 濃度およびその他の酵素の mRNA 発現量は変化しなかった。以上の結果より,夏の HS が卵管膨大部および峡部上皮細胞の cPGES 発現を刺激し,PGE2 産生が増加することが示唆された。また,この PGE2 産生の増加は,HSP90 発現が刺激されることによる cPGES 活性の増強に起因する可能性が示された。この HS による PGE2 の増加は,胚移送の際の卵管運動に影響を及ぼすのかもしれない。