抄録
【目的】ATPは細胞の主要なエネルギー源であり,生体内の多くの化学反応を支える。卵母細胞は,卵成熟の進行やその後の受精や発生を支持するために多くのATPを必要とすることが考えられるが,時間空間的なATP濃度の変化について詳しくは解明されていない。最近, ATP濃度を測定する方法として,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づいたバイオセンサー,ATeamが開発され,生細胞における正確なATP濃度の測定が可能となった。そこで我々は,ATeamを用いてマウス卵母細胞の成熟過程や受精後におけるATP濃度の測定を行った。【方法】ATeamをコードするcDNAからIn vitro転写によりRNAを合成し未成熟卵母細胞(GV卵子)にインジェクションを行った。GV卵子はIBMX存在下で5時間培養し,ATeamの蛍光発現を確認した。ATP濃度はCFPおよびYFP蛍光画像をそれぞれ取得し,YFP/CFP蛍光強度比により評価した。ATP濃度の変化を調べるためにATP合成阻害剤oligomycinとミトコンドリアの機能阻害剤CCCPを添加した。卵成熟過程におけるATP濃度の変化を調べるためにATeamを発現したGV卵子をM2培地に移し成熟培養を行った。受精後のATP濃度の変化は,ATeamを発現させた成熟卵母細胞(MII卵子)にICSIをすることにより調べた。【結果】 ATeamの蛍光発現はインジェクション5時間後に卵細胞質内全体で確認され,その後はYFP/CFP比に大きな変化が認められなかった。OligomycinおよびCCCP添加後,YFP/CFP比は速やかに低下したことからATeamが卵子内でATPセンサーとして機能していることが確認された。卵成熟過程におけるATP濃度の測定からGV期からMII期にかけてATP濃度の緩やかな低下が観察された一方で,受精後はATP濃度の大きな増加が観察されたことから,細胞内Ca2+濃度の上昇がATP産生に寄与したことが考えられる。