【目的】エストロゲンは周生期脳の雄性化作用や成熟脳での神経保護作用を持つことが知られている。当研究室ではエストロゲンによる脳の雄性化を仲介する因子として,成長因子プログラニュリン(PGRN)を同定した。さらに近年,我々はPGRNが神経炎症の抑制や神経新生の促進により神経保護的に働くことを見出した。これらの知見は,エストロゲンの神経保護作用についてもPGRNが関与している可能性を示唆している。そこで,本研究においてはPGRNがエストロゲンの中枢作用を仲介する機序を追究するため,当研究室で作出したPGRNノックアウトマウス(KO)の脳におけるエストロゲン受容体α(ERα)の発現パターンを野生型マウス(WT)のものと比較した。【方法と結果】8〜11週齢の発情期,発情休止期の雌のWTおよびKOの脳を採取し,神経細胞マーカーであるNeuN,ミクログリアマーカーであるIba1およびアストロサイトマーカーであるGFAP陽性細胞におけるERαの発現を免疫組織化学的手法により解析した。その結果,WTとKOで神経細胞におけるERαの発現パターンには差は認められず,また両者ともにミクログリアではERα陰性であった。アストロサイトにおいては,WTでは多数のERα陽性細胞が認められたが,KOでは全く認められなかった。以上より,PGRNはアストロサイト特異的にERαの発現に関与することが示唆された。次に,雌雄差,性成熟あるいはエストロゲンの影響を検討するため,9週齢の雄,5週齢の雌および8〜10週齢の卵巣摘出雌を用いてアストロサイトにおけるERαの発現を検討した。その結果,これらの動物群においてもWTでのみアストロサイトにおけるERαの発現が観察された。これらのことから,KOのアストロサイトにおけるERαの欠如は,性,週齢,エストロゲンに非依存的であることが示唆された。【考察】PGRNはアストロサイト特異的なERαの発現調節に関与することで,エストロゲンの脳の雄性化作用や神経保護作用を仲介している可能性が考えられた。