抄録
現在、私たちの健康につながる放射線の健康リスクは、適応応答やバイスタンダー効果などの発見によって、大きく変更すべきものかどうかのターニングポイントにある。適応応答は微量放射線は却って健康によいという説を、逆に、バイスタンダー効果は微量放射線は考えている以上にリスクが高いという説を支持する可能性をもった生物の放射線応答である。しかし、いずれにしても低線量の生物影響を明確にすることが困難であるため詳細は明らかではない。近年、放射線によって DNA 二重鎖切断が生じると毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子である ATMがリン酸化し、DNA 二重鎖切断部位でフォーカスを形成する事が報告された。そこで、本研究ではこの特性に着目して、これまで解析が困難であった数 mGy の極めて低い線量域での生物影響を明確にする為の一環として、正常ヒト胎児肺線維芽細胞 (MRC-5) に 1.2~1000 mGy のX線を照射し、 1 ) 低線量域における線量と初期 DNA 損傷量の関係、2)初期 DNA 損傷の修復効率をそれぞれ解析した。1)1.2~1000 mGy 照射後のリン酸化 ATM のフォーカス数を調べた結果、 1.2~5 mGy の間で急激にリン酸化 ATM のフォーカス数が増加する傾向が観察された。現在、この現象にはバイスタンダー効果が関与しているのではないかと考え検討中である。2)照射後 24 時間までの間におけるリン酸化 ATM のフォーカス数の変化を調べた結果、5 mGy 以上で観察されたリン酸化 ATM のフォーカス数は照射後の時間に依存して減少していくことが分かった。しかし、1.2 mGyで観察されたフォーカス数は、照射直後と 24 時間後で差が見られなかった。この結果は 1.2 mGyによって生じた DNA 損傷は修復されていない可能性を示している。従って、1.2~5 mGy の間に DNA 損傷が認識・修復される為のしきい値が存在する可能性が考えられた。