抄録
【目的】宇宙空間環境や高高度飛行での人体に対する放射線影響、がんの放射線治療や診断に係わる医療被曝の生物影響などは、今後大きな問題の一つになることが予想される。このような放射線源に対する生物影響研究で特に問題となるのは、低線量(率)の照射効果であり、粒子線の場合は低フルエンス照射の生物影響に他ならない。本研究は、線質の異なる放射線を低線量(率)・低フルエンスで照射したときの細胞応答の違いを明らかにすると共に放射線影響評価に必要不可欠な生物学的実験データの集積を行うことを目的として計画した。
【実験方法】137Csガンマ線、241Am-Be、HIMAC重粒子線(ヘリウム、炭素、鉄)をそれぞれ7-8時間掛けて1mGy相当の低線量(率)・低フルエンスでヒト正常細胞に照射し、それに引き続き200kV X線を急性照射してX線誘発細胞致死と突然変異誘発の異なる生物学的エンドポイントに与える影響を調べた。
【得られた結果および考察】細胞致死効果は、何れの放射線前処理を行った場合にもX線急性照射単独の場合と比べて生存率に差がなかった。突然変異誘発効果は、γ線前処理を行った場合は変化はなかったが、ヘリウムイオン前処理を行った場合は対照群に比べて1.9倍、炭素イオン前処理の場合は4.0倍高頻度に突然変異が誘発された。一方、鉄イオン前処理では対照群と差はなかった。これらに反して中性子線前処理では逆にX線誘発突然変異を減ずる効果が観察された。重粒子線低フルエンス照射前24時間から照射終了までギャップジャンクション特異的阻害剤を併用したところ、ヘリウムと炭素での突然変異誘発頻度が対照群のレベルまで減じた。以上の結果から、X線誘発突然変異に見られる粒子線低密フルエンス照射細胞集団の増強効果には、粒子放射線の核種またはエネルギー(LET)依存性が存在すること、そのメカニズムにはギャップジャンクションを介した細胞間情報伝達機構が重要な役割を演じていること、が示唆される。