抄録
細胞に放射線が照射された際に、細胞内の水の励起・電離により活性酸素種(ROS)の生成が起こることは非常によく知られているが、それ以外に照射数時間後から細胞内ROS産生の亢進が生じることが報告されている。近年、この二次的に生じるROSが、アポトーシスシグナルや遺伝子不安定性の誘導、バイスタンダー効果といった種々の放射線の生物作用に寄与していることが明らかになり、その意義が注目されている。しかしながら、この放射線照射により引き起こされる二次的なROSの発生メカニズムについては十分明らかにされていない。我々は、これまでヒト肺線がん由来A549細胞を主な材料に、この放射線誘発ROS産生のメカニズムについて検討を行ってきた。放射線照射によりミトコンドリアに由来するROSレベルの上昇が引き起こされ、この際、細胞内ATP量、酸素消費率、ミトコンドリア膜電位といったミトコンドリア電子伝達系(ETC)活性の指標はすべて増加し、放射線照射はETC活性を上昇させることが明らかとなった。この放射線によるETC活性の上昇は、ETC複合体酵素活性の変化ではなく、細胞内ミトコンドリア含量の増加と関係していることが示唆された。放射線照射を受けた細胞では、チェックポイント機構の働きにより細胞周期が停止する。我々は、細胞周期とミトコンドリアROSおよびミトコンドリア含量との関係を検討し、両指標ともG2/M期の細胞ではG1、S期の細胞と比べ常に高いことを見いだした。したがって、放射線照射によるG2期停止の結果、細胞内ミトコンドリア含量の高いG2期に集積する細胞が増えることが、放射線によるミトコンドリアROSレベルの上昇に寄与していることが示唆された。
また、がん細胞は正常細胞に比べて抗酸化活性が低く、酸化ストレスに対して脆弱であると考えられている。そこで我々は、放射線によるミトコンドリアからのROS産生を促進させる薬剤を利用することにより、がん細胞の放射線感受性を増加させることが可能なのではないかと考え、現在いくつかの候補化合物を用いた検討を行っており、本発表ではこの結果についても紹介したい。