日本食品工学会誌
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特集:原著論文
自己凝集カゼイネートへの相互作用を利用したβカロテン噴霧乾燥マイクロカプセル
中川 究也Teeraya JARUNGLUMLERT安達 修二
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2014 年 15 巻 2 号 p. 51-57

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抄録

カゼインは乳タンパク質のひとつであり,安価であること,安全性,乳化特性,生分解性,臭気特性などに優れることから様々な応用が期待されている.脱脂乳より酸の添加により分離される固形分中の主成分がカゼインであり,これをナトリウム塩により可溶化させたものがカゼインナトリウムである.カゼインナトリウムは,pHに依存してナノサイズの自己凝集体を形成する.疎水性相互作用を利用して脂溶性物質をカゼイネートの疎水鎖に吸着させた後,pH調整によって凝集構造を形成させることで極めて簡易にナノカプセルを作製することができる.近年これを,栄養物質や薬効成分を送達するためのキャリアとして利用する技術が研究されている.本研究では,カゼインナトリウム溶液中にβカロテンを混合・安定化させた後,pH調整によって自己凝集体を形成させた.この分散液を噴霧乾燥させることで乾燥粉末を作製し,得られた粉末のマイクロカプセルとしての特性をβカロテン包含率,貯蔵安定性,色変化の観点から評価した.本実験において混合させたβカロテンの量はカゼイネート400 gに対して1 gと比較的低く設定し,最終的に得られる噴霧乾燥粉末中への包含率も比較的高い値が得られるような系を採択した.また,pH調整に伴って形成する凝集体構造に関する情報を小角X線散乱分析により得た.
初期溶液のpHを6.5,6.0,5.5とそれぞれ変化させた場合,pHを6.0に設定した溶液から得られた噴霧乾燥粉末において最もβカロテンの包含率が高いことが見出された.表面包含率,内部包含率と分けて分析したところ,この設定は表面包含率を低く,内部包含率を高くする条件であることがわかった.一定湿度下におけるβカロテンの貯蔵安定性を評価したところ,やはり同条件にて作製された試料が優れた特性を示した.pHを5.5と設定することでより凝集度が高まるものの,包含率,貯蔵安定性などの観点では優れてはいなかった.貯蔵過程における色変化を測定したところ,pHを5.5と設定した場合には貯蔵期間に比例して退色が進行したのに対し,pHを6.5,6.0に設定した場合においては室温にて約30日間,低湿度下では大きな退色は起こらなかった.本研究におけるマイクロカプセルは,賦形剤などを添加しないカゼイネートのみで安定化された系である.原料溶液中の凝集に加え,乾燥過程における凝集も起こると考えられるが,上記実験結果はβカロテンの包含のメカニズムに原液中の凝集構造が強く関わっていることを示唆している.
原液中の凝集体構造に関わる知見を得るために小角X線散乱にて凝集体のナノ構造を評価した.散乱プロファイルをフーリエ変換して得られる二体間距離分布関数より凝集体の慣性半径を算出し,また散乱強度の傾きより表面フラクタル次元を算出した.その結果,pH変化に依存した凝集体サイズと表面フラクタル構造の変化が確認できた.pHを6.5から5.5へと低下させることで凝集体サイズは91 nmから166 nmへと増加するが,同時にフラクタル次元も2.4から2.9へと増加した.すなわちpH変化に伴う凝集によって,よりフラクタル性の高い表面構造が形成していることが示唆された.恐らくこの物理的構造の違いが,凝集構造内に包含されるβカロテンの安定性と関連していると考えられた.

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© 2014 一般社団法人 日本食品工学会
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