本稿の目的は、語りの特権化なる事態をめぐって90年代以降英米で展開された論争を検討し、病いの語り研究の現代的課題を導出することにある。80年代に登場した病いの語り研究に対しPaul Atkinsonは、それらがしばしば語りを特権化していると批判し、語りの埋め込まれた社会的文脈を体系的に分析する必要を論じた。英国の医療社会学誌を主なアリーナとして展開されたその後の論争は「科学」か「倫理」かという二項対立のもとに論者らの対立を深めることになる。本稿はこの論争の批判的検討から三点の課題を導出した。第一に、「社会」の概念化の仕方を明確化すること。具体的には、「社会」と「個人」との間の関係の概念化、および「社会」の具体的内容をどの程度アプリオリに想定するか。第二に、「病い」のカテゴリーの多様性を考慮すること。第三に、調査過程における現実的困難・葛藤を論じることである。