Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
The Future of Japanese Employment System: The Competition between Different Capital Nationalities in the Labor Markets of Financial and Automobile Industries
Mitsutoshi HIRANO
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2017 Volume 18 Issue 2 Pages 56-60

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『日本的雇用制度はどこへ向かうのか ―金融・自動車業界の資本国籍を越えた人材獲得競争―』,八代 充史 著;中央経済社,2017年3月,A5判・192頁

1. 本書の主題

日本的雇用制度の特徴は,長期雇用を外枠とし,新規学卒採用,年次管理,職能資格制度,幅広いキャリア開発,強い人事部などを内枠としているところに見出される。本書の目的は,同一産業・同一市場で競争している異なる資本国籍の企業の雇用制度(あるいは人的資源管理)の対比を通じて,日本的雇用制度が国内外で今後存続するかどうかを明らかにすることである。

この問題に対して,著者が依拠するフレームワークが制度派組織論の「組織フィールド」という概念である。DiMaggio and Powell(1983)によれば,組織フィールド(organizational field)とは「認識された制度的営み(institutional life)の1つのエリアを構成する諸組織」のことである。具体的には,主要なサプライヤー,消費者,規制当局,似たような製品やサービスを生産する企業など,あらゆる主体の利害がぶつかり合う組織間の関係性であり,同一産業・同一地域で競合する企業群はその典型である。そして組織フィールドでは,強制的(coercive),模倣的(mimetic),規範的(normative)の3つのメカニズムによって,ある企業が他の企業と似たような行動をとる「制度的同型化(institutional isomorphism)」が起こる。こうした同型化が発動する要因は競争である。競争はルールや組織行動の多様化を許容する基盤となり,企業は自らに適したニッチを戦略的につくりだす(ホームズ(上西),2015)。なお,本書では同型化は「収斂」というより一般的な言葉に置き換えられている。

著者は企業の雇用制度が同型化するメカニズムとして「雇用制度間競争」に着目する。つまり組織フィールドの企業群は,良い人材を労働市場から調達し,組織に定着させようと雇用制度(賃金や昇進機会など)を競っているから,互いに雇用制度のベストプラクティスを模倣し,やがて特定の人的資源管理の仕方に収斂していくという基本仮定を置いている。一方で,こうした同型化は組織フィールドに対応する労働市場や法律にも影響を受ける。例えば,日本の流動的でない労働市場は,転職市場を通した自由な人材調達を制限する。あるいは厳しい解雇法制は企業の終身雇用慣行と強い補完関係がある。問題は,企業活動のグローバル化に伴い同一産業・同一組織で競争している異なる資本国籍の企業においては,雇用制度の組織フィールドが「同一産業」であるのか,「進出先」なのか,あるいは「日系,米系といった資本国籍」であるのかということである。

上記は企業が埋め込まれている組織フィールドの多重性を意味している。つまり,日本国籍の投資銀行のロンドン支店の雇用制度は,本社がある日本の調整された経済社会(Coordinated Market Economics:CME)の組織フィールドの影響を受けている。一方で,ロンドン支店は事業を営む英国の自由な資本主義経済(Liberal Market Economics:LME)の組織フィールドに埋め込まれている。あるいはロンドン支店で競争する様々な国籍のライバル企業からも同型化圧力を受けている。

こうした制度派組織論の知見および組織フィールドという概念装置を用いて,著者は同一産業・同一地域で競争する企業を対象として,ホームカントリー(親会社の資本国籍),インダストリー(産業),マーケット(進出先)の3つの組織フィールドにおいて,どの要因が最も強く影響するのかを調べている。ホームカントリー効果とは多国籍企業が本国の雇用制度を進出先に持ち込もうとすることである。インダストリー効果とは人材の獲得と定着に秀でた雇用制度が業界に存在し,そうしたベストプラクティスに他企業が追随することである。しかし,こうした論理によって一国の雇用制度が多様化するとは限らない。各国には,行政や法律,税や社会保障,教育制度など制度的要因が存在する。実際,解雇法制や判例法理は日本と欧米では大きく異なっており,こうした進出先の制度的要因を前提に,固有の雇用制度が形成される。これはマーケット効果である。

もし,ホームカントリー(資本国籍)が組織フィールドであれば,外資系企業は進出先へ親会社の雇用制度を移転するので国内の雇用制度は多様化する。他方,マーケット(進出先)が組織フィールドであれば,外資の参入は一時的には雇用制度の多様化をもたらすが,長期的には進出先地域固有の雇用制度へ収斂する。これに対して,インダストリー(産業)が組織フィールドであれば,そしてベストプラクティスが進出先の企業でなければ,逆に進出した外資系企業のベストプラクティスへ収斂する。

2. 本書の構成と各章の紹介

本書はこうした枠組みと基本仮定によって同一産業・同一市場における「雇用制度間競争」を検討している。具体的には「投資銀行,自動車」と「ロンドン,東京」という2産業×2市場の枠組みによる実証研究である。

本書の第1章では,日本的雇用制度が概観される。第2章では国際比較研究における資本国籍間比較の位置づけが確認される。第3章から第7章までは事例研究の結果が報告される。まず第3章では,ロンドン市場の投資銀行の雇用制度を資本国籍間で比較している。投資銀行ビジネスはアングロ・アメリカン諸国のLMEに優位性があり,CMEの日本は不得意な産業に位置づけられる。事例調査からは,ジョブタイトル,ウエイジサーベィに準拠した賃金決定といった外部公平性を担保する雇用制度が国籍を問わず観察された。つまり,日本的雇用制度をロンドンに移転する日系企業は皆無であった。投資銀行においては日本的雇用制度をロンドン市場に移転するのは困難であると結論づけられる。

第4章は,東京で事業を営む投資銀行の資本国籍間比較を行っている。結果,資本国籍を問わずアングロ・アメリカン雇用制度への収斂が見られたロンドン市場とは異なり,米系(部門完結型),欧州系(部門プラス人事部門混合型),日系(人事部門主導型)といった注目すべき差異が見られた。とはいえ欧米系は日本的雇用制度を取り入れることをしない。親会社の人的資源管理の仕方を移転するホームカントリー効果が勝っていた。

第5章は,日系金融機関のロンドン支店の日本人出向者の役割の調査である。日系金融機関はローカルスタッフに対しては,アングロ・アメリカンの雇用制度を適用しているが,日本人出向者は「エクスパッツ」として,本社ベースで職能資格制度によって処遇されている。日本人出向者とローカルスタッフとの間には「二重構造」が存在しており,表面上の制度とは裏腹に日本人出向者に関しては日本的雇用制度が巧みに移転されている。日系投資銀行は,日本企業の株式発行や日本株の機関投資家への販売,欧州株式の日系投資家への販売を行うことで欧米系投資銀行と差異化する戦略を採用している。こうした日本企業・日本人を顧客とする営業には日本人出向者が向いている。そして彼らの処遇は日本本社が採用している日本的雇用制度が適用される。

第6章は,再び東京における投資銀行の「雇用制度間競争」に関して,個人営業部門と法人営業部門との関係の事例研究が行われる。その結果,日系投資銀行はアングロ・アメリカンの雇用制度への収斂は見られない。したがってインダストリー効果はない。一方,非日系投資銀行は日本的雇用制度を採用する気配は全くない。したがってマーケット効果も見られない。つまり東京市場における投資銀行の雇用制度はホームカントリー効果の影響が大きく,組織フィールドは資本国籍である。ただし,日系投資銀行の中では差異が拡大しており,A社ではアングロ・アメリカンを部分的に採用するインダストリー効果も見られる。

第7章は,日本が得意とする自動車産業6社を対象とした東京における雇用制度間競争の事例研究である。昇進管理については日系と非日系の差が大きく,後者は早ければ20歳代で管理職に昇進しているケースもあるが,前者は課長昇進の最短は35~36歳が相場である。また日系企業は職能資格制度,非日系(欧州企業の傘下)は職務給・役割給が採用されている。したがって,日系企業では日本的雇用制度の大幅な変化は見られず,逆に非日系が日系に収斂することを示す事実も確認されなかった。

そして終章において,日本的雇用制度の方向性について総合的考察がなされる。まず国内においては投資銀行・自動車といった産業にかかわらず日本企業の日本的雇用制度は大きな変化は見られない。一方,非日系は親会社の人的資源管理の仕方を現地(日本)に移転するホームカントリー効果が大きい。こうした結果が生じた要因として,著者は,日本の整理解雇法制の存在と(雇用を堅守する企業という)評判効果を挙げる。整理解雇法制は日系・非日系にかかわらず等しく適用される。つまり日系企業もアングロ・アメリカン雇用制度の水準まで雇用調整を行うことができるはずである。にもかかわらず,雇用調整のスピードにおいて日本企業と欧米企業の間に差があるのは,雇用調整に対する世間の批判やメディアの評価の基準が日系と外資系では異なるからではないかと考察している。

一方,海外における日本的雇用制度に関しては,ロンドンの日系の金融機関は日本的雇用制度を移転する試みを全く行っていない。日系投資銀行は,ローカルスタッフに対して,あらゆる面でロンドン市場のベストプラクティス(経験者の中途採用,処遇とリンクしないジョブタイトル,ウエイジサーベィに準拠した賃金決定,ボーナスプールの各部門による配分)を適用している。理由はそうしなければベストタレントを確保できないからである。一方,ビジネス上の差異化戦略(日本人および日本株式がターゲット)の担い手は日本語をしゃべり日本固有のエリア知識に精通した日本人出向者である。したがって日本人出向者には日本的雇用制度が巧みに適用されている。

3. 本書へのコメント

本書の著者は日本のホワイトカラーの雇用制度研究を長年にわたって積み上げてきた,この分野の第一人者である。本書を雇用制度の国際比較研究と捉えた場合,類書と異なる点はその方法論にある。著者が言うとおり,これまでの雇用制度の国際比較研究のタイプは3つある。1つはロナルド・ドーアの「イギリスの工場・日本工場」のような地域間の比較研究である。すなわち,アメリカのGMと日本のトヨタを比較するタイプである。2つ目のタイプは同一多国籍企業の中で,本社と現地法人の雇用制度を比較する研究である。具体的には日本本社と現地法人の相違点・共通点や,本社から現地への雇用制度の移転度合いを探る研究である。3つ目は同一多国籍企業を異なる進出先間で比較するタイプである。例えば多国籍企業のドイツの子会社とイギリスの子会社を比較し,異なる環境が経営パフォーマンスにどのような影響を与えているかを検討する。こうした国際比較研究はいずれも重要であるが,同一産業・同一市場で競争している異なる資本国籍の雇用制度が,どこまで同じ方向に収斂し,またどこまでが差異化されたものとして残るのかは分からない。本書は,産業と事業を営む地域をコントロールしたうえで,資本国籍の異なる企業の比較調査を行っていること,および産業の選定に際して,日本が不得意な投資銀行セクターと逆に得意とする自動車セクターの比較産業優位の視点も織り込んでいるところが特筆される。雇用制度の国際比較研究の新しい方法を開拓したという点は大きな貢献である。

本書の評価すべき第二の点は調査対象とした業界の希少性にある。これまで日系と外資系の雇用システムの比較調査は製造業を対象とするものが多く,相対的に金融機関は少なかった。金融業界は金融ビッグバン以降,外資のプレゼンスが高まり,業態間の金融商品相互販売乗り入れによる競争激化や再編が繰り返されてきた。しかも本書が研究の対象とした投資銀行は2008年のリーマンショックによって業界事情が激変した。すなわち技術的・競争的環境と制度的環境の変化が激しい業界である。雇用制度の聞き取りに際して,業界固有の事情や投資銀行のビジネスモデルや組織に対する知識の動員が不可欠であったと思われる。

本書の評価すべき第三の点は,制度派組織論で議論されてきた組織フィールドという概念を分析枠組みの基底に置き,また雇用制度間競争(ベストタレントの獲得と定着)という「競争」が雇用制度の同型化と差異化の動力となるという視座である。資本国籍(ホームカントリー),進出地域(マーケット),業界(インダストリー)という3つの組織フィールドの影響の強さから日本的雇用制度の変化の方向を見出すという分析枠組みは,本書をユニークなものにしている。

最後に評者なりに考える本書の課題を述べておきたい。それは本書で見出された日本的雇用制度にかかわる結論の考察において,「なぜそうなったのか」(know why)という点からの説明がもう少し厚く記述されればという希望である。すなわち,なぜ東京市場においては日本企業は日本的雇用制度を放棄することなく継続し,外資系企業は日本的雇用制度を採用しないのか。一方,ロンドン市場においてなぜ日系投資銀行はアングロ・アメリカンの雇用制度を適用するのか。もちろん,本書においてその理由およびメカニズムに対する言及はある。それは東京市場では解雇に対する日本企業と外資系企業のマスコミや世間のスタンスの違いであり,後者のロンドン市場においては,ベストタレント獲得に有利かどうかということである。もとよりそうした考察に異論はないが,制度的同型化という視座からの統一的考察が試されるべきではなかったかと感じる。

制度的同型化は企業が同質化する状態を捉える概念として捕捉されてきた。しかしそれは一面的な見方である。制度は人々の予期の根拠である。そして制度を参照する主体は,単純に制度を再生産するわけではなく,制度を参照することで,いかなる組織アレンジメントが必要となるかを計算し,戦略的にふるまうことができる(松嶋・高橋, 2009)。したがって,同一の強い制度的環境のもとで諸々の公式構造が同型化すればするほど,組織間の残された差異点がかえって先鋭に認識されるようになる(山田, 2003)。

主体(企業)は組織フィールドにおけるベストプラクティスを参照しつつ自らに適したニッチを作り出す。そのニッチを守るため,企業はルールや組織構造を制度的に多様化させ,他者の侵入を防ぐ(ホームズ(上西),2015)。日系投資銀行がロンドン市場で日本人と日本株式をターゲットとすることに商機を見出し,それを日本人出向者が担う。結果としてロンドン法人にはローカルタレント向けのアングロ・アメリカン雇用制度と日本人出向者向けの日本的雇用制度の二重構造が形成される。これは組織フィールドに戦略機会を見出した日系投資銀行の戦略的リアクションと捉えられる。同様に,外資系投資銀行の東京市場における戦略的リアクションを分析したうえで,雇用制度の選択行動を分析できないか。さらには,東京市場における外資系投資銀行の雇用維持に関する世間の要求水準が低いのはなぜか。翻ってなぜ日本企業に対しては世間やメディアは執拗に雇用堅守を要求するのか。外資系に雇われているホワイトカラーはなぜ解雇に抵抗しないか。外資系企業は解雇に対する要求水準を日本企業のカテゴリーとなぜ分断化できているのか。こうした問いが残る。

こうした個人的希望はあるが,本書は日本的雇用制度研究の新たな地平を開拓した優れた専門書である。この分野の研究を志す研究者にとって必読の書を思われる。また,事例は実践的含意を多分に含んでいるので,企業活動のグローバル化に伴い人的資源管理の改革に着手しようとする人事の実務家にも一読を勧めたい。

(評者=神戸大学大学院経営学研究科教授)

【参考文献】
  •   DiMaggio, P.J. and Powell, W.W.(1983)“The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields,” American Sociological Review, Vol.48, No.2, pp.147-160.
  •   Dore, R.(1973)British Factory, Japanese Factory: The Origins of National Diversity in Industrial Relations, Berkeley : University of California Press.(山之内靖・永易浩一訳『イギリスの工場・日本の工場―労使関係の比較社会学―』筑摩書房, 1987年).
  •   ホームズ(上西)聡子(2015)「制度的同型化を通じた戦略的リアクション―携帯電話産業における標準にもとづいた異種混合の競争(1979~2010年)―」桑田耕太郎・松嶋登・高橋勅徳編『制度的企業家』ナカニシヤ出版,第4章,pp.85-109.
  •   松嶋登・高橋勅徳(2009)「制度的企業家というリサーチ・プログラム」『組織科学』Vol.43, No.1, pp.43-52.
  •   山田真茂留(2003)「構築主義的組織観の彼方に―社会学的組織研究の革新―」『組織科学』Vol.36, No.3, pp.46-58.
 
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