The Journal of Japan Society for Laser Surgery and Medicine
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ORIGINAL ARTICLE
Computer-aided Regulatory Science for Laser Medicine
Takahiro Nishimura Yu ShimojoKunio Awazu
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2020 Volume 41 Issue 1 Pages 37-43

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Abstract

本稿では,2016年に通知「レーザ医療機器の承認申請の取扱いについて」(薬生機審発0629第4号)が発出されたことを受けて,工学側からみたレーザー治療機器の評価アプローチについて論述する.本通知を安全かつ有効に活用するための方策としての計算機援用レギュラトリーサイエンスによるレーザー治療機器評価を提案し,シミュレーションによるレーザー治療評価に関する取り組みを示す.

Translated Abstract

This paper discusses perspective directions of evaluation of medical laser devices from an engineering side in response to the notification “Handling of application for approval of laser medical devices.” To accelerate the application approval of novel laser devices by safety and efficient use of this notification, we propose computer-aided regulatory science and introduce photothermal damage evaluation in laser medicine by simulation.

1.  はじめに

平成28年6月29日に発出された通知「レーザ医療機器の承認申請の取扱いについて」1)(以下,臨床不要通知)では,新規レーザー機器の認可において臨床試験要否の判断フローが定められた.新規レーザー装置の承認には,以前はレーザーメス以外の場合,臨床試験により医療機器としての安全性・有効性を示す根拠を提示しなければならなかった.そこでは,費用や時間コストが障壁となってくる.そのような状況において,レーザーメス以外の装置も臨床不要対象に拡大する本通知の意義は大きい.

レーザー治療のさらなる発展には,治療用レーザー装置の開発はさることながら,レーザー装置の臨床応用に向けた安全性・有効性評価のためのレギュラトリーサイエンスの深化が重要となる.レーザー治療の多くは,生体組織へのレーザー光照射により生じる熱的,化学的,機械的作用が用いられている.レーザー技術の進展に合わせ,これまでに,照射パワー,波長,パルス幅等の種々の組み合わせのレーザー装置が医療用途に応用されている.ただし,他分野でのレーザー応用による計測や加工技術などの進展速度と比較すると,レーザー治療の進展は遅々としていると言わざるを得ない.様々な仕様のレーザーが利用可能になっているにも関わらず,レーザー光が誘起する熱的,化学的,機械的作用を活用するレーザー治療の形態に大きな変化はない.それにもかかわらず,新規レーザー治療機器に関する承認においては,その作用に対する評価項目や基準値は明確に定まっていない.評価項目や基準値が不明確であると承認申請を敬遠する風潮も生まれかねないだけでなく,未承認のままのレーザー装置を使用することによる医療過誤などの影響も考えられ,本来のレーザー治療の持つ可能性を将来的に狭めかねない.また,レーザー機器を開発する際に設計指針を立てることが困難であり,新規開発自体を躊躇させる要因となりうる.レーザー治療装置の新規開発の停滞は,レーザー治療分野全体の損失につながる.新規レーザー治療機器の開発を促進するためには,臨床不要通知を有効利用するためのレギュラトリーサイエンスの確立が必須である.

本稿では,臨床不要通知の発出を受けて,生体組織光学を専門とする非臨床の工学側からみた,今後のレーザー装置の医療応用におけるレギュラトリーサイエンスについて論述する.我が国におけるデバイス・ラグ問題はほぼ解消されたとされてはいるが,レーザー治療分野においてさらに迅速に新規機器を適用するための方策として,計算機援用レギュラトリーサイエンスによるレーザー治療機器の評価の可能性について述べる.

2.  臨床不要通知の改正

臨床不要通知では,臨床試験の要否が決定木により規定されている.詳細は通知文書1)を参照いただきたいが,要約すると,新規レーザー機器に対する臨床試験成績の要否はまず,「使用目的及び作用原理が同一の既承認品が存在するか」による.存在する場合は,「性能及び使用方法に既承認品との同等性が認められる」と「臨床試験成績の提出不要」と分別される.「性能及び使用方法に既承認品との同等性が認められ」ない場合においても,「既承認品との差分にかかる臨床的な影響を非臨床試験によって評価可能」であれば,「臨床試験成績の提出不要」となるが,評価不可の場合は臨床試験の必要となるケースが出てくる.一方,「使用目的及び作用原理が同一の既承認品が存在」しない場合,「波長の組織選択性を利用した治療・処置」であれば,「原則,臨床試験成績の提出が必要」となる.「波長の組織選択性を利用した治療・処置」でなく,使用目的が「生体組織の切開」,「止血」,「病変組織の切除,凝固又は蒸散」であれば,「性能及び使用方法に既承認品との同等性が認められ」た上で,「臨床試験成績の提出不要」となる.一方,使用目的が「生体組織の切開」,「止血」,「病変組織の切除,凝固又は蒸散」以外の場合は,「原則,臨床試験成績の提出が必要」となる.ただし,「原則,臨床試験成績の提出が必要」となる場合においても,この続きがあり,「治療に関する十分なエビデンスが存在する場合」は,「性能および安全性を裏付ける根拠となりうる文献が十分にある場合は,それらをまとめた臨床評価によって,臨床試験成績の提出を省略することは可能」とされている.

従来のレーザーメスに限定されていた臨床不要通知の対象を拡大する点において,新規レーザー装置の開発促進に向けた第一歩としては希望のあるものといえる.ただし,性能及び使用方法に既承認機器との同等性評価には追加の評価試験や動物実験が必要なままであり,根本的な解決に至ったとは言い難い.臨床不要通知の有効的な活用に向けた,今後の課題点を下記に挙げる.

・「使用目的及び作用原理が同一」の評価指標

・「既承認品との同等性」の評価指標

・「波長の組織選択性」の可否の判断基準

・「既承認品との差分」の評価指標

・「治療に関する十分なエビデンス」

・実際の運用状況との乖離

以上の項目に関して,明瞭でかつ低コスト・短期間に実施可能な,新規レーザー機器に関するレギュラトリーサイエンスの確立が求められる.

「使用目的及び作用原理が同一」の評価指標 レーザー治療に用いられているレーザー光と生体組織の相互作用は,レーザー治療の黎明期から現在まで,光熱作用,光化学反応,光機械作用が主な作用として活用されている.これら作用の寄与度が,レーザーパラメータと照射部位の特性に依存して異なるだけである.照射部位ごとにタンパクなどの分子構成比や細胞形状に応じて,組織の光学特性値,熱伝導パラメータ,光化学反応効率などの組織パラメータは大きく異なる.そのため,レーザー機器ごと,対象疾患ごと,レーザー照射した際の組織の応答が全く異なる,というふうに捉えられてしまう.そのため,使用目的に応じた安全性・有効性評価が求められてきた.一方で,レーザー光が生体組織と相互作用して熱作用,光化学反応(光増感剤を併用するPDT,PITなどは除く),光機械作用に変換された後の作用は,レーザー光自体のパラメータ依存性は失われる.これらの作用を治療の主要な作用機序して臨床試験を経ていくつかのレーザー機器の既承認品が上市されている.多くのレーザー治療装置の作用原理はいずれかの既承認品と同じ作用に基づくといえる.根本の物理化学的な作用原理は,よほど革新がない限り,既承認品のいずれかと同様であり,違いはその作用の組み合わせと度合いが作用部位の特性による.そのため,安全性の基準としては,レーザー光と生体組織の相互作用により生じる副作用が,免疫作用等で治癒可能なレベル,分子構成に応じた光吸収エネルギー許容量,などから決まる数値的基準を設けられるよう努めるべきである.使用目的の同一性よりもむしろ,対象組織の特性に合わせて治療に許容可能な光エネルギーなどの制限値を定めることが重要と考えられる.これにより,新規レーザ機器の適用部位の拡大促進につながるだけでなく,開発メーカー側においても定量的根拠に基づいた設計指針が可能になる.

今後,作用原理が同一でないレーザー治療機器の可能性に関しては,レーザーによる分子修飾や免疫・消炎効果の賦活2)を狙ったものなどが考えられる.そういった場合は,通知にある決定木の範疇から離れるため,臨床試験は必要となる.もちろん,光熱作用,光化学反応,光機械作用ではない,新規作用機序のレーザー治療の展開も,工学の立場からも提案・開発していかなければならない.

「既承認品との同等性」の評価指標 改正後の通知では,「同等性の評価においては,後発医療機器区分による審査の考え方を適用」としている.後発医療機器では,「既承認医療機器と構造,使用方法,効果及び性能が実質的に同等である」ことが求められる.レーザー装置における構造や使用方法に関しては,照射プローブや先端チップの違い,非接触での照射や組織内照射などの侵襲度の違いはあるが,患部領域に光を輸送する点では同等である.つまり,照射器による組織への侵襲の度合いと,効果及び性能が同等であることが求められる.組織への侵襲は照射器の形状ごとに評価せざるを得ない.効果に関しては,作用原理の同一性から議論可能であり,光吸収パワーとその時空間分布から評価できる.性能に関しては,波長や照射パワー等が異なったとしても,治療のための作用を生じさせる性能は実質的に同じ,ということも理論上はある.レーザー治療機器の上市状況を見ていると,治療機器の仕様は全く異なるが効果を生じさせる性能は同じという議論より,レーザー装置自体の仕様がほぼ同じという比較に留まっているように見受けられる.そのためか,既承認機器と同じレーザー発振手法が採用されることが多く,現在では他分野ではほとんど採用されていないようなタイプのレーザーが,医療分野には新規機種として上市されるという現象がみられる.ダイオードレーザーやファイバーレーザー技術の進展により,既承認機器と近い波長帯で同一の効果を見込める機器が可能となっているにも関わらず,医療応用は遅れている.レーザー機器のコストやサイズなどの導入の観点からみると,レーザー医療分野の大きな損失といえる.性能評価において,治療作用を生じさせられる本来のレーザー治療性能を評価する手法が必要である.

「波長の組織選択性」の可否 治療作用は同じであっても,目的や対象疾患が異なる場合,「波長の組織選択性を利用した治療・処置」であれば,「原則,臨床試験成績の提出が必要」となる.ここでの組織選択性を利用しているかの判断基準は,組織を構成しているメラニンやヘモグロビンの光吸収を利用しているか(レーザー光の組織選択性を利用する治療),もしくは,主に水への光吸収を利用しているか(レーザー光の組織選択性を利用しない治療)となる.これまでは,創傷治癒過程に差を生じさせる熱変性層に関して,照射波長と組織の吸収特性から定性的に議論されていた.しかし,その作用は本来ならば,組織内の光分布とそれにより生じる現象によって異なるはずであり,照射量も踏まえて定量的に考慮することが望ましい.また,組織ごとの作用の違いは分子構成比によるものであり,組織ごとの機能は全く異なる.そのため,各作用へ変換された光エネルギーが,その組織機能へ与える影響から,評価指標を検討していかなければならない.ここで波長選択性の有無によって,臨床試験の要否を決めてしまうより,組織選択的に変換された後の物理作用,化学作用の定量値,例えば許容熱エネルギー,最低治療エネルギーなどを組織ごとに定め,光照射によりどの程度それらの指標が得られるか,などの観点から評価するアプローチも考えられる.数値的な指標を示すことにより,それをクリアするためのレーザー機器の仕様が決定できる.最終的に必要なアウトカムからの設計が可能になるだけでなく,臨床試験や非臨床試験における評価の簡略化につながる.

「既承認品との差分」の評価指標 同等性評価と同様に差分評価においても,レーザー光を照射した際の作用の観点から,将来的には明瞭な数値的指標を定めることが望ましい.「既承認品との差分」の評価では,照射パワーやパルス幅を変更し,より安全かつ有効な治療を実現するレーザー機器が対象となると考えられる.もちろん開発メーカーは,事前の理論的検証を基に,新機器の仕様を決定し,開発を行うはずである.だが,臨床不要通知内では,そうした理論的検証ではなく,動物やファントムによる試験結果が必要とされている.では,例えば,超短パルスレーザーを組織へ照射した際の効果差分の実測による評価はどの程度可能であろうか.ピコ秒オーダーのパルス光の吸収散乱体中の伝搬における時空間分布とそれにより生じる熱上昇,熱拡散の現象を捉えて計測し,治療効果の違いを評価することは,現状の測定技術では困難である.よって,ファントム等の実験では,真の意味での差分評価は現状行えない.そのため,動物実験や臨床試験等が必要となってくる.評価のアプローチ自体がどうしても帰納的になってしまい,承認評価における時間やコストの問題につながる.これは,「エビデンスに基づく医療」において言われる科学的エビデンスが,臨床試験に基づく医療統計情報を主として考えられていることも要因といえる.実際に生じる物理・化学的作用とそれに対する生物的応答の理論の議論もすべきところを,そのメカニズムを定性的なまま扱い,統計データに基づく帰納的な判断にとどまっていることも課題である.

実際の運用状況との乖離 レーザー治療では,レーザーと生体組織の相互作用により治療するが,治療効果に大きく影響するのは,術者のレーザーの設定と治療手技である.そのため,治療機器としての責任は企業が負うというより,操作する医師に寄ってしまう.そうなるとレーザー装置というよりもむしろ,医師の技量によって提供されるレーザー治療の質が異なってしまう.そのためレーザー治療装置は,これまで高度な医療を提供しているが,もう一つの医療機器として重要な役割といえる標準化に対して,貢献できる余地を残している.同じ装置を使用すれば,術者によらず,一定の治療効果を提供できるようレーザー機器や周辺技術を整備する必要がある.例えば,腫瘍に対する放射線治療では,レーザー治療と同じように電磁波照射であるが,患部に対して入射方向や線量を決定する治療計画ソフトウェアなどが医療機器として承認されている3).レーザー治療の場合,コストに対してベネフィットがバランスするかの課題はあるが,観察系との組み合わせ等によるレーザー治療の標準化のための技術に向けて,工学の立場からレーザー治療に貢献しなければならない.

上記を総合すると,これまでのレーザー治療における新規機器の承認において,エビデンスとされていたものは,臨床試験,非臨床試験における統計データであり,詳細な作用についての解析というより,作用の生じた結果により評価されてきた.統計評価に基づくため,コスト等,新規承認の障壁となっている.作用の物理・化学・生物学的なプロセスにより,承認申請のための評価を可能にするレギュラトリーサイエンスの確立が必要である.

3.  計算機援用レギュラトリーサイエンス

医療機器の評価における安全性・有効性評価は,開発メーカー側にとっては企業活動であることからも分かる通り,効率的かつ完璧にクリアしなければならない.そのプロセスの,迅速化,低コスト化の課題は,医療機器開発における共通の課題である.これらは最先端医療機器を臨床応用する際の期間ギャップや開発意欲自体を阻害する要因であり,医療分野全体の損失につながりかねない.

近年,創薬分野を中心に前臨床試験,臨床試験に変わる第三の試験としてシミュレーションの利用が推進されている4).本稿ではシミュレーションを活用した評価・判断のための枠組みを,計算機援用レギュラトリーサイエンス(Computer-aided regulatory science)と呼ぶことにする(Fig.1).薬理作用を,分子,細胞,組織,個体と階層的な数理モデルを構築し,シミュレーションにより,治療効果を評価する.確度高く治療プロセスを計算機上で再現できれば,これまで障壁となっていた前臨床試験・臨床試験における時間や費用コストの課題が,シミュレーションの利用により解消される.さらには,ヒトへの外挿性が明確でない動物実験や,臨床における患者の個人差や手技者によるばらつきを含む臨床結果より,前提条件の明確なシミュレーションにより定量的に評価試験をする方が根拠が明確という見方もある.また,シミュレーションでは,パラメータを自在に設定できるため,網羅的解析を定量評価できる.そのため,これまで臨床試験でされていたような個人差や疾患などの種々の組み合わせ考慮した,患者の数理モデルを構築することにより,臨床試験で対象となる患者数以上のデータを容易に収集可能となる.これまでに希少疾患治療などに対する計算機臨床試験が提案されている5).階層的な治療モデルと膨大な患者の数値モデルから計算機臨床試験が実現されている.臨床試験における症例数などの物理的制約を,計算機援用により克服することができる.もちろん,シミュレーションに基づく評価では,数理モデルの確からしさと使用する物理化学パラメータの精度が重要となる.

Fig.1 

Overview of medical device evaluation in (a) conventional and (b) computer-aided regulatory science. In addition to complementing conventional trials by numerical simulations, evaluation of laser treatment devices will be completed in silico by improving simulation accuracy.

医療機器評価を行う際に,その機器による作用の実測が容易な現象であれば問題はない.しかし,先に挙げた超短パルス光を利用する機器などの場合は,組織中の光分布やそれに伴う熱拡散,光化学反応の空間分布の情報は,実測することは大変困難であるが,光拡散方程式やモンテカルロ法による光伝搬モデルで,精度よくシミュレートできる6).実測困難な評価対象においても,シミュレーションにより計測データを補完することにより,より詳細かつ定量的な評価が可能になる.計測の分野では,それらの数理モデルから必要となる物理,化学パラメータの抽出はもちろん,逆問題的なアプローチにより,組織内の情報を計測することもできる7).パルス光により誘起される実現象を精度高くシミュレートできる.これら研究の蓄積は,レーザー治療機器のための計算機援用レギュラトリーサイエンスにおいて非常に有用といえる.

4.  レーザー治療における計算機援用レギュラトリーサイエンス

レーザー治療では,レーザー光による直接的な作用は照射領域しか起こらず,その過程は領域を限定して考えることができる.レーザー光はまず,タンパクや水などの分子に吸収される.その後,吸収されたエネルギーは熱や化学的な作用に変換される.熱拡散や蒸散,光音響効果などの応答が生じ,細胞死等により組織が損傷を受ける.その損傷が,病変組織であれば治療効果,組織の正常部位であれば損傷効果になる.その後,創傷治癒により組織が修復される.光熱変換等の線形プロセスについてはすでにモデル化されており,その精度検証や評価が行われている8).一方,超短パルスレーザーによる治療効果モデルに関しては,物理現象としていまだに不明瞭な部分もあり,定性的な議論と臨床試験の結果による比較検証にとどまっている9).いかに妥当なモデルを構築しシミュレーションの信頼を獲得するかが今後の課題となる.

現状では,機械的作用や恒常性維持機構などのモデル構築は実現されておらず,臨床試験の代替となるまでの道のりは険しい.そのためシミュレーションは,まずは実験ベースの評価の補助的な役割にとどまっている.しかし,今後の研究によりシミュレーションの信頼性が認められれば,新規医療・医用機器評価において現在当然とされている動物やヒトに対する前臨床・臨床試験における全プロセスを計算機上で実施することができ,令和時代におけるレーザー治療機器開発のあり方を変革するひとつのアプローチとなりうる.

5.  超短パルスレーザーのシミュレーションによる安全性評価

新規レーザー治療機器に対するシミュレーションによる評価の一例として,詳細は文献10)にゆずるが,これまでに行なった皮膚良性色素疾患治療用ナノ秒パルスレーザー装置における安全性評価を紹介する.計算機援用レギュラトリーサイエンスの初期検討として,既承認レーザー装置(装置A,装置B)の2機種を取り上げた.いずれもフラッシュランプ励起式Qスイッチアレキサンドライトレーザーであり,皮膚良性色素疾患治療用として承認されている.装置Aが先に承認された経緯から,装置Aを既承認機器,装置Bを承認申請機器と想定して,装置Aに対する装置Bの安全性を評価した.「使用目的及び作用原理が同一の既承認品が存在」し,「既承認品との差分にかかる臨床的な影響」を計算機シミュレーションにより評価し,「臨床試験成績の提出が不要」となるよう想定した.「既承認品との差分にかかる臨床的な影響」として,正常皮膚組織へパルス光を照射した際の温度上昇と熱損傷割合を安全性の評価指標として,既承認装置に対する新規レーザー装置の安全性を評価した.

本シミュレーションでは,ナノ秒パルスレーザー照射における熱損傷過程をモデル化し,熱損傷体積を求める(Fig.2).患者数値モデルとしては,Fig.3aに示す皮膚数値モデルを用いた.両機器にてレーザー光を皮膚組織へ照射した際の,組織内の温度分布の時間変化とそれに伴う熱損傷体積を比較した.既承認機器における推奨条件と承認申請機器における熱損傷が最大となる過酷条件を比較した.温度分布(Fig.3b)と熱損傷分布(Fig.3c)を求め,熱損傷体積を指標として,両機器の安全性が同等であるという結論を得た.両機器は既承認品であるため,シミュレーションによる評価結果は矛盾のないものであった.今後,複数例に対して本手法を適用し,信頼性の獲得が必要となる.

Fig.2 

Overview of thermal damage calculation. Spatial distribution of thermal damage is obtained by calculating light and heat transportation in tissue.

Fig.3 

(a) Numerical skin model. Simulation result of spatial distribution of (b) light and (c) thermal damage.

本シミュレーションは,生体組織モデルの構築及びパラメータの取得により実装が可能であるため,他のレーザー治療における熱損傷に基づいた安全性評価に応用可能となる.「外科的な処置を使用目的とするレーザー機器の性能評価指針」1)では,「設定可能なモード及び出力全体にわたって評価」することを求めている.その性能は生肉又は動物を用いた実験的な評価が必要となる.実際の手技を反映した使用方法により,機器の設定可能なモード,出力全体で行う必要がある.この評価過程において,シミュレーションに基づく評価が認められれば,計算機上でパラメータを設定するのみの簡便な操作で試験を完結することができる.

本研究で利用したモンテカルロ法による光伝搬計算,熱伝導方程式による温度計算はすでに広く利用される確立された手法である.また,アレニウスモデルによる熱損傷計算では,生体組織における熱的作用を高精度にシミュレーション可能であることが示されている.そのため,ヒト皮膚組織においても高精度にシミュレーションできていると考えられるが,機器承認の評価プロセスにおいて,シミュレーションが採用されるには,既承認機器などの評価例の実績を積み,信頼性を得る必要がある.

6.  計算機援用レギュラトリーサイエンスの今後の展望

計算機援用レギュラトリーサイエンスでは,承認申請における同等性や差分評価などの安全性・有効性評価を,シミュレーションにより実施することが最終的な目標になる.超短パルスレーザー装置への適用に向けて,既承認機器との安全性に関しては評価可能であることを第5節にて紹介した.現状では,安全性の評価にとどまっているが,今後,有効性評価が課題となる.超短パルスレーザーに対する計算機援用レギュラトリーサイエンスの適用は,美容分野で多く用いられている未承認機器に対しても,簡便な機器評価手法を提供することになる.現在の課題点を下記にまとめる.

・時間的な数理モデルの確立

・数理モデルの精度評価

・パラメータデータベースの整備

時間的な数理モデルの確立 第5節で紹介した内容は,現在確立されている光・熱伝搬モデルを用いた,熱損傷の評価に留まっている.レーザー治療における実現象としては,それぞれのスケール階層ごとの現象をモデル化することが必要となる.また,これまでのレーザー治療におけるモデルは,光・生体相互作用に主眼が置かれているが,光誘起現象後の免疫プロセス等の数理モデル化による,長期的な時間軸を考慮したシミュレーションの実現が必要となる.

数理モデルの精度評価 バイオフォトニクス分野において,光・生体相互作用の数理モデルを用いた研究は無数にあるが,それを医療機器申請の評価者に納得させるだけの下地ができているかといえばそうではない.今後,臨床データ,実験データとの比較を積み重ねる必要がある.また,データ同化など,臨床データを活用した数理モデルの向上のための,計算科学アプローチの導入が必須である.

パラメータデータベースの整備 レーザー治療の計算機臨床試験では,本プロセスの確からしい数理モデルを構築しなければならない.一方,シミュレーションには,各組織の物理・化学パラメータが必要となる.光学特性値,熱伝導パラメータ,分子構成比,構造などの精度が,シミュレーション精度を左右する.各パラメータはすでに計測手法が構築されているが7),全ての組織についてのデータベース化が必要となる.

7.  まとめ

レーザー治療の進展は,レーザー治療機器の開発なしにはありえない.レーザー治療機器の開発促進において,機器評価の迅速化,高速化,低コスト化等の課題解決は必須である.臨床不要通知により,臨床成績提出の要否の判定が明確化されつつあるが,本通知の有効活用に向けては,判断分岐の評価指標やその評価手法に課題がある.数値モデルを用い,レーザー治療のプロセスを計算機シミュレーションにより評価する手法の実現は,これまでの臨床・前臨床試験の統計データをエビデンスとする手法と比較して,評価に関するコストや期間を劇的に縮小することが予想される.計算機シミュレーションにより,これまでの評価手法を置き換えるには課題は山積しているが,その実現によるベネフィットは十分大きいといえる.非臨床側の技術者・計算科学者が果たすべき役割も大きく,臨床研究者や,申請の制度設計者などと連携し進める意義は大きい.

「我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し,従来技術の延長にない,より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな事業」として,「ムーンショット型研究開発事業」が始まる11).25のミッション目標例のひとつに,「2050年までに生命現象をデジタルモデル化し,その制御を実現」が謳われている.2019年の今,この計算機援用レギュラトリーサイエンスのアプローチが2050年までに結実することを祈念せずにはいられない.否,直近の課題としても共感いただければ幸いである.

利益相反の開示

開示すべき利益相反なし.

引用文献
 
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