1996 年 56 巻 4 号 p. 355-362
脊椎手術時に椎弓切除や硬膜, 神経根周囲の操作によって局所の炎症反応を惹起し硬膜や神経根の癒着を引き起こすことが多く, またこれらが再手術の同部位への侵入を危険で困難なものにしている.硬膜や神経根の癒着防止のため従来では生体材料として脂肪移植が多用されてきた.遊離脂肪移植は硬膜と傍脊柱筋問の中間挿入物として長期間の生着がMRI等で報告されているが組織学的な評価はなされていない.今回われわれは, 脂肪移植にかわる癒着防止材として, polyvinyl alcohol hydrogel膜 (以下PVAH膜と略す) を中間挿入膜として用い, その透過性および抗炎症作用に着目し, 硬膜や神経根周囲における癒着防止効果を検討したので報告する.雑種成猫60匹を用い無菌操作下に, 第5腰椎の広範椎弓切除を行い, 硬膜と神経根周囲を厚さ200μmのPVAH膜で覆った群と, 遊離脂肪移植群, コントロール群3群に分け, 3週間, 12週間, 1年間飼育の後, 無痛的に屠殺し, 病理学的に評価した.1) コントロール群, 遊離脂肪移植群では硬膜上に強い細胞浸潤が見られ, 癒着も露出硬膜全体に高度であり硬膜は肥厚していた.PVAH膜群は, 癒着はまったく存在せず薄い滑膜様物質が観察され, 硬膜の肥厚も最小であった.また移植脂肪は時間の経過によって縮小する傾向があった.2) コントロール群と脂肪移植群の神経根周囲には線維性瘢痕によって癒着が観察できたが, PVAH膜では癒着はまったく見られなかった.PVAHは水分量, 強度が生体組織と酷似し, 異物反応も少なく, 表面には微小孔があり, 蛋白等の低分子を透過しても, マクロファージのような高分子は透過しない.この選択的透過性が必要な栄養物は取り入れ, 不必要な炎症細胞の脊柱管内への浸潤を防止し瘢痕組織形成や癒着を減少させると思われた.PVAH膜は, 脊椎手術時の癒着防止材として遊離脂肪移植に優る有用な挿入膜と考えた.