抄録
はじめに
小児神経外科領域では手術の効果に依らず残念ながら重症心身障害を残すことが稀ではなく、療育による支えが重要な側面を持つ。またその支援過程でもさらなる外科的介入を余儀なくされることもある。こうした背景から小児神経医療に携わるスタッフは、各々が他領域の知識にも精通しているのが望ましい。本稿では小児神経外科における基礎知識から最近の知見まで水頭症を中心に概説し、関係各位の理解を深めて重症心身障害診療の一助になれば幸いである。
水頭症と髄液循環
水頭症は、一般に何らかの原因により脳室やクモ膜下腔に異常に髄液が貯留し、脳室の拡大を呈し、過去あるいは現在において脳圧が亢進した病態(狭義の症候性水頭症)と定義される。したがって髄液の生理的な循環動態を知ることは、水頭症治療の第一歩と言ってもいい。髄液は水様透明な体液で、外部からの機械的衝撃を緩和すると同時に、脳の内部環境を一定に保つ恒常性維持に欠かせない。成人の総髄液量が 120-150ml であるのに対して、小児では年齢によって変化する。新生児期で4ml/hr程度なのが、生後1-2年で急激な産生量が増加し、2歳で15歳時の70% 程度になると言われている。その産生は脳室内の脈絡叢における能動輸送により、いわゆる‘総対流(bulk flow)’と‘心拍動に一致した流れ(to and flo movement)’が駆動力となって髄液主循環を形成する。この主循環路は脳室系から脳表におけるクモ膜顆粒に至り、硬膜静脈洞で吸収されるものである。一方、そもそもクモ膜顆粒はヒト・ウマ・ヒツジなど大型生物の成熟体にのみ存在し、加齢とともに数・量が増大して周産期には認められないという報告がある。したがって、髄液はMagendie孔およびLuschka孔からクモ膜下腔に流出した後、末梢神経根から神経周膜の管を通って運動・知覚終末の細胞間隙に達するか、または脈絡叢や松果体、下垂体などの静脈性窓あき毛細血管から吸収されるという別の髄液循環も唱えられており、これを副循環路と呼ぶこともある。どちらが主なのかは不明だが、髄液循環は実は単純な経路ではないと考えられている。
循環が中断されたり産生過剰や吸収障害が生じれば、髄液は過剰蓄積され頭蓋内圧が上昇する。興味深いのは小児期の頭蓋内圧である。これは成人に比べて優位に低く、出生時では 0 mmH2Oのこともある。諸家の報告によると乳児期で45±12 mmH2O程度とされ、成人の1/3にあたる。したがって大人と違い小児期水頭症では、脳圧亢進症状(頭痛・嘔吐)が前面に出てこないことも多い。ところが、脳室拡大が生じていることで脳実質組織は損傷されているのである。
先天性水頭症
日本産婦人科医会先天異常モニタリング調査で集計したデータによると、21世紀に入ってから先天性水頭症は先天異常全体の平均5%弱となり、30年前に比べて約8倍程度増えている。10,000人出生あたり7~8人を占める決して少なくない疾患である。多くは脳神経外科医により適正な水頭症手術を施行されるが、その予後を見ると全面介助 27%、植物状態 1%、死亡例 6%、さらには一部要介護 18%を含めると、実に50%は何らかの介助・介護を必要とすることになる(先天性水頭症第3次全国疫学調査のデータによる)。
先天性水頭症の予後に影響する因子はさまざまだが、基礎疾患や併発する病態などの一次的な因子が重要である。先天性水頭症は、原発性と胎児期続発性に大別される(表1)。原発性水頭症はさらに脳室拡大を主体とする単純性水頭症と中枢神経系異常を伴うものに分類できる。単純性水頭症はX染色体連鎖性遺伝性水頭症に代表される症候群性のものと、中脳水道狭窄による閉塞性水頭症に大別される。前者は手術の如何にかかわらず重篤な機能障害を残すことが多く、染色体検査や遺伝カウンセリングも重要になる。後者は適切な手術で良好な予後が期待される。一方、中枢神経系異常を伴う水頭症では脊髄髄膜瘤併発のものが最も多い。この場合水頭症手術に加えて脊髄手術やChiari奇形の治療も必要で、さらに泌尿器科・整形外科的治療や視覚認知機能を支える療育も重要性が増している。またきわめて予後不良な全前脳胞症もこの中枢神経系異常を伴う水頭症に分類される。他方、胎児期続発性では頭蓋内出血後や感染後水頭症が手術対象となることが多く、原疾患の重症度によって程度は異なるが、適切な時期での手術を逸すると重症心身障害を残すことがある。また先天性水頭症は髄液循環動態から、脳室内閉塞性水頭症と脳室外閉塞性水頭症に分類されることもある。この分類は治療を考慮する上で重要で、前者では後述する神経内視鏡手術の適応になることが多いからである。
水頭症治療のゴール
水頭症治療の最終目標も成人と小児では考え方を異にする。即ち、成人ではあくまで頭蓋内圧の正常化と脳圧亢進症状の改善に主眼がおかれるのに対して、小児では脳損傷が不可逆的になる前に精神運動発達のために良好な環境を造ることが肝要である。したがって、その治療指針は脳圧亢進症状の有無にかかわらず早期治療を行うことが大原則である。脳圧亢進を指摘できなくても発達の遅れがあれば治療の適応となる。この際CT/MRI画像の所見で、はたして脳室拡大なのか、それとも脳萎縮なのかという鑑別が重要になる。その一助として頭蓋内圧測定や髄液排除試験が行われることもあるが、侵襲的な検査であるのに確定に至らないことも多々ある。むしろ、発達の状況を密に観察することや頭囲曲線の記録といった日常診察が大切である。
脳室-腹腔短絡術(V-P shunt)
水頭症手術の標準術式はシャント術である。シャントの手技そのものは経験を積んだ脳神経外科医であれば決して難しいものではない。しかし生理的な脳圧環境に近いシャントの開発は長年にわたる課題である。一番の問題は体格や体位によって左右される静水圧の管理にあり、どのシャントを使用してもoverdrainageやunderdrainageとなることが多い。近年はシステムが多様化しており、従来の差圧バルブと圧可変式バルブに抗サイフォン機能が付加されたものや、重力可変式バルブも使用可能になった(表2)。2008年7月から本邦でも使用されている重力圧可変式バルブ(ProGAV)が最も新しいシャントシステムである。ドイツでの臨床試験の結果によると、同シャントの2年間のshunt survivalは70.6%であった(図1)。シャントの標準的な成績として指標にされることが多いshunt design trial(Kestle et al. 2000)では、2年間のshunt survivalは52.0%であるので、今後も臨床で使用可能なシャントの一つと考えられる。ただし昨今開発されている他のシャントとの比較では、術後2年間のshunt-survivalに優位な差はなく、現状では症例に応じたシステムの選択と遠隔成績の比較が必要とされている。
一方シャントにはさまざまな合併症(表3)があり、水頭症患児は常にその悪夢に悩まされている。その頻度は、1年で40%, 10年で70%とも言われる。リスクファクターとしては、低年齢, 出血後、感染後, 腫瘍随伴水頭症例などがあげられる。特に問題となる合併症がシャント感染である。従来10%程度とされてきたが、昨今のシャントシステムの品質向上や手術の工夫により、それでも0.33-5%にまで改善した。起因菌は表在菌のStaphylococcus epidermiditis が47-64%と最も多い。シャントカテーテル周囲の発赤や膨隆を認めたら、すみやかに血清CRPの測定や髄液検査を施行して早めに治療を行うことが大切である。治療は抗生剤の静脈内投与、時に髄腔内投与(例:vancomycin 4-5 mg/d)も併用されるが、第一には感染したシャントの抜去と持続脳室ドレナージの設置を考えるべきである。
また他の合併症として各種シャント機能不全を考慮しなければならない。脈絡叢の引き込みによる脳室側閉塞や腸管膜での腹腔側閉塞、のう胞形成はたびたび目にする合併症である。長期臥床の児では後頭部の、活動性の高い児では頸部や鎖骨下でのカテーテル断裂や離断も忘れてはならない。さらには髄液過剰排出に伴うslit-ventricle syndromeや孤立性第四脳室、時には硬膜下血腫を合併することもある。
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