抄録
ライソゾームは細胞内小器官の一つで体の中の老廃物を酵素の働きで分解するいわゆる生体のごみ処理場である。ライソゾーム病(lysosomal storage disease:LSD)はライソゾーム酵素が先天的に欠損しているため老廃物の分解が滞り、中間代謝産物がライソゾーム内に蓄積するためライソゾームが肥大化し細胞機能障害を生じる進行性の先天代謝異常症である。LSDは現在60以上の疾患が知られており、そのうち約2/3は神経症状を呈する。
近年LSDに対し遺伝子組み換え酵素製剤が発売され酵素補充療法(Enzyme Replacement Therapy:ERT)を行うことにより症状および予後の改善が期待されている。ERT可能なLSDはゴーシェ病、ファブリー病、ポンペ病、ムコ多糖症(mucopolysaccharidosis:MPS)Ⅰ型、Ⅱ型、ⅣA型、Ⅵ型の7疾患である。
ゴーシェ病はグルコセレブロシダーゼ遺伝子異常によりグルコセレブロシダーゼ酵素活性の低下を生じグルコセレブロシドがマクロファージに蓄積することによって発症する。またゴーシェ病の神経症状はグルコセレブロシドのリゾ体であるグルコシルスフィンゴシンの脳内蓄積により発症する。ゴーシェ病は神経症状の有無と重症度によりⅠ、Ⅱ、Ⅲ型に分類され、Ⅰ型は神経症状を伴わない病型で血小板減少、肝脾腫、骨症状を呈する。Ⅱ型は新生児期から乳児期に発症し、主に精神運動発達遅滞、筋緊張亢進、ミオクローヌスなど神経症状が早期に出現し、また急速に進行する。Ⅲ型はⅡ型より発症年齢が遅く進行速度もⅡ型より緩徐である。Ⅱ型とⅢ型を合わせて神経型ゴーシェ病と分類される。
ファブリー病はα‐ガラクトシダーゼA(α- galactosidase A:GLA)の遺伝子異常によりGLA酵素活性の低下を生じ、グロボトリアオシルセラミド(globotriaosylceramide: Gb-3)が血管内皮細胞、平滑筋細胞、汗腺、腎臓、心筋、自律神経節、角膜などに蓄積することによって発症する。GLA遺伝子はX染色体長腕に存在しファブリー病はX連鎖遺伝形式をとる。臨床症状や臓器障害、性別により学童期までに発症する古典型、遅発型、ヘテロ接合体女性患者に分類され、さらに遅発型は心亜型と腎亜型に分類されることもある。臨床症状はGb-3の蓄積しやすい血管、腎、心、神経、眼などに発現するが古典型の特徴的な症状として四肢末端痛、低汗症、被角血管腫、若年性脳梗塞を呈する。
ポンぺ病(別名:糖原病Ⅱ型)は酸性α‐グルコシダーゼ(acid α–glucosidase:GAA)の遺伝子異常によりGAA酵素活性の低下を生じライソゾーム内にグリコーゲンが蓄積する。臨床的に乳児型と遅発型に分類され、重症型である乳児型では心筋ならびに骨格筋にグリコーゲンが蓄積することにより心肥大、筋力低下を伴うfloppy infantとして発症する。
MPSではムコ多糖(グリコサミノグリカンglycosaminoglycan:GAG)の分解に必要なライソゾーム酵素が10種類以上存在し、欠損している酵素のちがいにより7つの病型に分類されるがERT可能なMPSはⅠ型、Ⅱ型、ⅣA型、Ⅵ型である。GAGは全身組織に分布するが、特に軟骨、皮膚、靭帯に多く存在するため骨関節の変形、関節拘縮(ⅣA型では過伸展)、特異顔貌、異所性蒙古斑を呈する。また神経症状として難聴、知能障害、角膜混濁、水頭症、頸髄の圧迫による四肢麻痺などを呈する。
酵素製剤は高分子であり血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)を通過できないため、ERTは神経症状の改善には乏しいことが報告されているが、兄弟・姉妹発症例では早期診断・早期治療が可能であり神経症状を含むさまざまな症状が出現する前にERTを開始することで、症状および予後の改善が認められる。ライソゾームはほとんど全ての細胞に存在するためLSDの症状は多岐におよび、症状が出現する前に疾患を疑い診断することは困難であることも多い。しかしERTが開始され、早期治療により長期予後が改善される可能性があり、治療可能なLSDの早期診断のため、新生児マススクリーニングの対象疾患の候補と考えられている。兄弟・姉妹症例のため比較的早期にERTを開始することのできた実際の症例を紹介しLSDに対する早期治療の重要性を概説する。
略歴
氏名: 古城 真秀子 (ふるじょう まほこ)
生年月日: 1966年4月18日
所属: 独立行政法人 国立病院機構岡山医療センター小児科
〒701-1192 岡山市北区田益1711-1 TEL:086-294-9911 FAX:086-294-9255
学歴・職歴: 1993年 国立浜松医科大学医学部医学科卒業/1993−1997年 岡山医療センター小児科(旧国立岡山病院)研修医/1997年− 岡山医療センター小児科常勤医/2018年− 岡山医療センター小児科医長
専門:先天代謝異常/小児内分泌/新生児マススクリーニング