多文化関係学
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旧ユーゴ紛争における民族浄化の要因 : 社会と言語からの史的考察
吉田 昌弘
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2007 年 4 巻 p. 47-67

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抄録

本研究の目的は、批判的談話分析という言語学的手法により、1918年の建国以来、多民族が共存してきた旧ユーゴスラヴィア連邦共和国の、1990年代における紛争の激化と民族浄化にまでいたった要因を解明し、将来的に類似の紛争防止に貢献することである。批判的談話分析とは、社会コンテクストや談話を分析して、その社会の共通認識やイデオロギーを考察するものである。本研究では、旧ユーゴスラヴィアの社会コンテクストを、クロアチア民族とセルビア民族の関係を歴史的に概観し、各民族指導者の他民族に対する言及を含んだ談話と紛争直前期のメディア報道の検証をおこなった。その結果、歴史的考察からは(1)第2次世界大戦以前までは、大規模な民族間の衝突は存在しなかったこと。(2)第2次世界大戦期には、旧ユーゴ紛争と類似の対立構造が存在し、同様に陰惨な民族浄化が行なわれたことが明らかとなった。また、第2次大戦期と旧ユーゴ紛争期の民族指導者の談話分析から、(1)他民族排斥イデオロギー(2)地政学的イデオロギー(3)優生学的人種イデオロギーを共有していたことが浮かび上がった。さらに、第2次世界大戦期の民族対立を利用したレトリックが、旧ユーゴ紛争に第2次世界大戦期の恐怖心を付与し、民族という枠組みで旧ユーゴ社会を「内集団・外集団」化してしまったことを検証した。以上の分析結果を総合し、(1)第2次世界大戦期からユーゴ紛争までの指導者層のイデオロギーと民族対立の構造が時間的連続性をもってこの地域に継続されていたこと。(2)連邦がひとたび崩壊すると、このイデオロギーや歴史的民族対立の記憶が表面化したこと。(3)レトリックにより生成された民族浄化国家のプロトタイプが、拡大再生産され、第3帝国と結合・巨大化し、そのプロトタイプこそが、紛争当事者に和平交渉の拒絶、他民族への憎悪の助長と排斥、徹底抗戦を促したのではないかと結論づけた。

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