日本体育学会大会予稿集
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第67回(2016)
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一般研究発表(01) 体育史
01史−24−口−05 日本人戦没オリンピアン名をめぐる混乱とその真相
ベルリンに届けられた大島鎌吉の作成名簿から
*曾根 幹子
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p. 87_2

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抄録

 大島鎌吉はベルリンのオリンピックスタジアム側に設置される「平和の鐘」の台座に、世界の戦没オリンピアンの名前が刻印されることを聞き、日本人戦没オリンピアンの名簿を作成し、1982年7月に自らベルリンに持参した。当時の新聞記事には「世界24ヵ国280人の戦没オリンピック選手とともに、30名の日本人戦没者の名前も台座に刻印された」と報じられている。ところが現地調査では、ベルリンの「平和の鐘」の台座に戦没者名は刻まれておらず(現在は台座もない)、ベルリンスポーツ博物館が保持している日本人戦没オリンピアンリスト(5名)と、大島がベルリンに持参した名簿の名前は一致しなかった。また1964年に靖国神社で開催された展示会「五輪選手を遺品でしのぶ」に記載された戦没選手名(31名)の一部は、大島の作成名簿から除外されていた。本研究は、日本とベルリンに存在する戦没オリンピアン名の適否について可能な限り検証し、大島の作成名簿の更新を目的としている。併せて、なぜ日本人戦没オリンピアン名をめぐる混乱が起きたのか、「平和の鐘」の台座に「刻まれた」はずの戦没オリンピアン名はなぜ刻印されなかったのか、その真相の解明を試みた。

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© 2016 一般社団法人 日本体育学会
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