Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
タペンタドール誘発性過活動型せん妄にオピオイドスイッチングが有効だった1例
西本 武史廣岡 めぐみ部川 玲子公平 弘樹高橋 哲也島田 瑠奈後明 郁男
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2016 年 11 巻 2 号 p. 525-528

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Abstract

【緒言】がん性疼痛に対してタペンタドールを投与したところ発症した過活動型せん妄が,オキシコドンへのスイッチング後,速やかに改善した1例を報告する.【症例】67歳女性.胸腺がん.化学療法経過中にがん性心膜炎となり積極的治療を終了した.胸壁への腫瘍浸潤による体性痛と,背部への放散痛に対してタペンタドール200 mg/日を投与したところ,終日不眠,幻視,思考障害,注意の転導性亢進などが出現.せん妄と診断し,クエチアピンによる対症療法を行ったが改善を認めなかった.やむなくタペンタドールからオキシコドンにオピオイドスイッチングを行ったところ,せん妄は速やかに改善し,疼痛の増悪も認めず在宅療養に移行できた.【考察】タペンタドールのノルアドレナリン再取り込み阻害作用が過活動型せん妄を引き起こした可能性が示唆された.オピオイド誘発性が疑われるせん妄には,スイッチングを検討する必要があると考えられる.

緒言

せん妄とは,身体的要因もしくは薬物によってもたらされる特殊な意識障害である.原疾患の遷延化や治療の妨げとなり,また患者本人の意思決定を損ね,家族とのコミュニケーションに支障をきたすことから,可能な限り治療することが望ましい.

オピオイドはせん妄を引き起こす代表的な薬物であり,モルヒネ使用患者の約1%にせん妄が出現するといわれている1).モルヒネによるせん妄では,活性代謝物であるmorphine-6-glucuronide(以下,M-6-G)の関与が指摘されている2).一方で,その他のオピオイド誘発性のせん妄に関しては,未だ十分に解明されていないのが現状である.

タペンタドールは,ドイツのGrünenthal GmbH社が合成した新規強オピオイドで,2008年11月以降,米国を皮切りに世界30カ国以上で承認を受けている3).本邦でも2014年3月,「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」を効能・効果に処方可能となった.μオピオイド受容体作動作用とノルアドレナリン再取り込み阻害作用を併せ持つことから,侵害受容性疼痛だけでなく,神経障害性疼痛での有効性も期待されている4,5).また,モルヒネに比してμ受容体への親和性が低いことから,悪心・嘔吐の副作用が弱いといわれて

いる5)

今回,われわれはタペンタドール誘発性せん妄に対して,オキシコドンにオピオイドスイッチングした結果,速やかにせん妄が軽快した症例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.なお,本稿では外科系学会協議会による「症例報告を含む医学論文及び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」に従い,個人が同定できないように,内容の記述に倫理的配慮を行った.

症例提示

【症 例】67歳,女性

【診 断】胸腺がん,多発リンパ節転移,がん性心膜炎,過活動型せん妄

【既往歴・家族歴】特記すべきことなし

【現病歴】2013年9月,左鎖骨上部に腫瘤を触れたため,当院内科を受診.鎖骨上リンパ節生検とPET-CTを施行したところ,胸腺がんと診断された.1st lineにカルボプラチン+エトポシドを,2nd lineとしてアムルビシンによる化学療法を行った.しかし2014年9月後半,治療効果が乏しく,がん性心膜炎・心嚢液貯留を認めたために積極的治療中止の方針となり内科でフォローとなった.10月,胸壁への腫瘍浸潤による体性痛(締め付けられるような痛み)と,背部への放散痛(ズキズキした痛み)をほぼ終日認めた(Numerical Rating Scale,以下,NRS 5/10).第−13病日からオキシコドン徐放剤10 mg/日+速放剤レスキュー5 mgを開始.第−3病日オキシコドン徐放剤を20 mg/日に増量したがレスキューを4~5時間に1回使用する状況だったため,疼痛緩和を中心としたケアを目的に緩和ケア内科に転科となった(本稿では,便宜上緩和ケア内科初診日を第0病日とした).転科時の他の処方はフロセミド40 mg,スピロノラクトン50 mg,エソメプラゾール20 mg,ベタメタゾン2 mgで,第−7病日より変更がなかった.

【臨床経過】第0病日,上記の痛みに対し,緩和ケア医(身体)が診察した結果,オキシコドンの使用量から換算し,ベースのタペンタドール200 mg/分2への変更と,レスキューのトラマドール25 mgへの変更を行った.その際,同緩和ケア医は,患者の意識に異常を覚えなか

った.

同日深夜~翌日未明にかけて不眠が出現.第1病日午後に精神腫瘍医が診察し,Memorial Delirium Assessment Scale6,7)(以下,MDAS)で7/30と判断した(表1).同精神腫瘍医が毎日午後に診察したが,第3病日には,不眠の持続に加え,「緑と黄色の光がみえる」という幻視,注意の転導性亢進,短期記憶障害,がん末期にもかかわらず「楽しいです」と快活に語る思考障害などを認めた(MDAS 24/30).血液検査では腫瘍の活性化と感染兆候を認めたものの,肝・腎機能の異常や電解質異常は認めなかった.また,酸素吸入1 L/分を要したものの,酸素飽和度は90%後半を維持していた.さらにH2ブロッカーや,ベンゾジアゼピンといったせん妄を誘発する薬物もあらたに追加されていなかったため「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-IV-text revision8):292.81,物質中毒せん妄,他の物質:タペンタドール」と診断した.

表1 MDAS下位分類

タペンタドールは疼痛に有効だったため(NRS 0/10,レスキューの使用なし),オピオイドスイッチングは行わず,同日,クエチアピン50 mg/眠前を対症療法的に開始した.しかし,第5病日にクエチアピンを100 mg/眠前に増量しても,実娘に対して「そこの子は腕が細いわね」と語り,ベッド上の何かをつかもうとするなど次第に幻視,思考障害は悪化した.そこで,第6病日,タペンタドール200 mg/分2から治験の換算比に従い,オキシコドン徐放剤40 mg/分2にオピオイドスイッチングを実施した(MDAS 24/30).

その後,不眠および思考障害は速やかに消失し,幻視も徐々に軽快した(第8病日:MDAS 5/30).疼痛マネジメントも良好であった(NRS 0/10,レスキューの使用なし).本人はせん妄状態下を振り返り,「大体覚えている.非常につらかった」と話した.また,孫の写真をみて「かわいい.早くうちに帰って会いたい」と穏やかに話すなど,注意の転導性亢進,知覚の異常,思考障害などは概ね改善したと思われた.

第9病日,クエチアピンを中止したが意識障害の再燃は認めなかった.また,経過中に酸素飽和度の変動や,血液検査データの明らかな改善はなかった.退院調整ののち,第16病日自宅退院となった.

第19病日,夫に見守られ自宅で逝去した.

考察

本症例は,タペンタドール誘発性過活動型せん妄がオピオイドスイッチングによって軽快した本邦での初報である.終末期がん患者におけるせん妄の原因は多岐にわたり,原因へのアプローチが可能である場合には,まずその原因を取り除くのが鉄則である2).本症例では,タペンタドールがせん妄の誘因と考えられたが,胸壁への腫瘍浸潤による体性痛と,背部への放散痛に対してタペンタドールが極めて有効であったため,まずはオピオイドスイッチングを行わず,クエチアピンによる対症療法を試みた.しかし,クエチアピンは無効であり,タペンタドールからオキシコドンにスイッチングするに至ったが,結果,これがせん妄に奏功した.

タペンタドールの治験におけるせん妄の発症率は0.3 %とされ3),モルヒネの1%と比べて少ないとされている.その理由のひとつとして,モルヒネは中枢毒性の強い活性代謝物M-6-Gを有するのに対し,タペンタドールは主にグルクロン酸抱合によって代謝され,かつ,その抱合物は薬理活性を持たない4,5)ことが考えられる.本症例では,せん妄の諸症状のなかでも,とくに,注意の転導性亢進,知覚の異常(幻視),思考障害,睡眠覚醒リズムの障害(終日覚醒)が強く認められた.ノルアドレナリン再取り込み阻害薬のひとつであるアトモキセチンによって,意識混濁,精神運動性の焦燥,過活動などがもたらされる9)という報告があることから,タペンタドールのノルアドレナリン再取り込み阻害作用がせん妄,とりわけ過活動型せん妄の惹起に繋がったのかもしれない.

今回の症例では,タペンタドールからオキシコドンにスイッチングを行うことで速やかにせん妄が改善した.Brueraらが指摘している2)ように,オピオイド誘発性のせん妄には,被疑オピオイドの減量,もしくはスイッチングが第一選択である.

結論

タペンタドール誘発性と思われる過活動型せん妄にオピオイドスイッチングが有効であった1例を報告した.タペンタドールのノルアドレナリン再取り込み阻害作用が,過活動性を誘発した可能性が示唆された.タペンタドール誘発性せん妄に対するオピオイドスイッチングの有効性に関する報告は乏しく,さらなる症例の蓄積が必要である.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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