Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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短報
医療・介護関連肺炎を合併したがん患者の症状緩和
赤司 雅子湯之原 絢春日 真由美
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2016 年 11 巻 4 号 p. 326-330

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Abstract

医療・介護関連肺炎(以下,NHCAP)の合併は,終末期がん患者にとって予測困難な症状の原因となる.本報告ではNHCAPの併存症状と臨床的に行われた治療に対する効果を探索するため,がん患者にNHCAPを合併した15例を対象に,併存症状の頻度と使用薬剤による症状緩和の効果を後ろ向きに調査した.NHCAPに関連した症状は,呼吸器関連症状以外に疼痛,不眠,発熱,倦怠感,経口摂取困難,口渇,嘔気,眠気,抑うつだった.同時に合併した症状の数は,4.6±1.8だった.オピオイドの投与(13人)とグルココルチコイドの投与(6人)で,疼痛と呼吸困難の軽減が得られた.抗菌薬は全例に投与され,喘鳴(3人)と発熱(4人)の軽減を認めたが,他の症状の軽減はなかった.がん患者のNHCAP合併時は呼吸器関連の症状以外にも,精神症状や疼痛,消化器症状を合併することを認識し,症状緩和を行う必要があることが示唆された.

緒言

終末期がん患者の生命予後に影響する因子の一つに,医療・介護関連肺炎(nursing healthcare-associated pneumonia: NHCAP)の合併がある.NHCAPはがん患者において頻度の高い併発症の一つであり1),併発頻度は多いもので59%と報告されている1,2)

NHCAPとは①長期療養型病床群もしくは介護施設に入所している②90日以内に病院を退院した③介護を必要とする高齢者,身障者④通院にて継続的に血管内治療(透析,抗菌薬,化学療法,免疫抑制剤)を受けている,の①〜④のいずれかに該当する疾患背景を持つ患者に合併した肺炎と定義されている3).発症の病態は誤嚥性肺炎が多く,薬剤耐性菌の関与が高い予後不良な肺炎であり,予後の延長だけでなく苦痛の緩和も治療の重要な目的となる点に特徴がある3,4)

がん患者がNHCAPを合併することで生じる苦痛は,われわれが知るかぎりまだ報告されていない.本邦ではNHCAPの症状緩和に関するガイドラインはまだ存在していないが,実臨床ではNHCAPによる呼吸困難の緩和に,がんによる呼吸困難の場合と同様にオピオイドが有用であることを経験する.また先行文献でも,オピオイドの有用性が報告されている5).がん患者に合併した良性疾患に伴う症状もがんによる症状と同様に苦痛を生じる症状と認識し,有害事象なく緩和する方法を確立することは重要である.

本報告の目的は,がん患者に合併したNHCAPの併存症状と臨床的に行われた治療に対する効果を調査し,NHCAPが症状緩和を必要とする病態であることを認識する根拠を探索することである.

方法

本報告は国立病院機構埼玉病院で2014年1月から2015年12月に入院後死亡退院した患者について後ろ向き研究を行ったものである.本報告は人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に基づいたものであり,国立病院機構埼玉病院倫理委員会での審査を経て承認された.

患者の適格基準は,①年齢20歳以上,②組織診断,細胞診断,臨床診断のいずれかによって根治できない悪性腫瘍と診断されている患者,の全てを満たすものとした.除外基準は,①がん性リンパ管症を併発したもの,②肺転移を認めたもの,③リンパ節転移による気道狭窄のあるもの,④がん性胸膜炎を併発したもの,および⑤原発性肺癌と診断されたもののいずれかの基準を,既存の臨床経過をもとに臨床的に主診療科医師が満たすと判断したものとした.

患者背景として,年齢,性別,癌種,転移部位,入院前の療養場所,前回退院後から今回入院までの日数,NHCAP診断後から死亡までの日数,抗腫瘍治療歴,合併症の有無を調査した.NHCAPの合併は,胸部X線写真あるいはCT によって新規に肺炎像を認め,NHCAPの診断基準を満たし臨床的にも主診療科の医師と緩和ケアチーム医師がNHCAPと診断したものをNHCAPの合併と定義した.抗腫瘍治療歴は緩和的治療を目的としたものも含み,死亡から1カ月以内に治療が施行されたものとした.

NHCAPに関連する症状はNHCAPの合併により新規に出現したもので,がんとの関連がない症状を対象とした.NHCAPに関連した症状でがんとは関連がない症状である判断は,NHCAP発症前のがんの経過の中で症状がなく,NHCAP発症の時点のがんの病状からは症状の発症が予測・診断できないことを基準に,主診療科医師が臨床的に判断した.症状の評価方法は後方視的に診療録調査を行い,Support Team Assessment Schedule-Japan (STAS-J)症状版6,7)を参考に,2点以上に相当する場合を症状ありとした.また分類不能な症状は診療録に各症状の記載がある場合を症状ありとした.また患者毎にNHCAPに関連して同時に合併している症状の数を調査した.症状の評価は緩和ケアチーム医師および看護師が2名以上で行い,入院期間は毎日評価を行った.

NHCAPの症状緩和に使用した薬剤として,オピオイド,グルココルチコイド,ベンゾジアゼピン,抗菌薬投与の有無を診療録より調査し,使用した人数と症状緩和の効果を調査した.悪性腫瘍の治療および症状緩和のためにすでに投薬されていた薬剤は,NHCAPの症状緩和のために増量した場合に使用ありと定義した.症状緩和の評価方法はNHCAP発症時のSTAS-Jのスコアより減少した場合を症状緩和ありとした.STAS-Jにない項目については,診療録に各症状の軽減に関する記載がある場合を症状緩和ありとした.

数値表記は平均値±標準偏差とし,カテゴリ変数は頻度と割合(%)で示した.

結果

本報告のNHCAPを合併した15例の患者の属性とNHCAP発症に関連する因子を表1に示した.化学療法を継続して施行していたものは7人(47%)であり,抗菌薬治療や免疫抑制剤,透析の治療を継続的に施行していたものはいなかった.NHCAPに付随して生じた症状とその頻度を図1に示した.同時に合併した症状の数は,4.6±1.8だった.

表1 患者基本属性およびNHCAP発症に関連する因子(N=15)
図1 医療・介護関連肺炎に付随して生じた症状

次にNHCAPに合併した症状に使用した薬剤と観察した効果を調査した.オピオイドは13人(87%)に投与され,オピオイドの種類にかかわらず全ての症例で疼痛と呼吸困難の軽減が得られた.2人(13%)はオピオイドの使用なく,経口摂取の中止により症状緩和を得た.グルココルチコイドは6人(40%)に投与され喘鳴が軽減した.ブチルスコポラミンは3人(20%)に投与されたが気道分泌物の減少はなかった.抗菌薬は全ての症例に投与され3人(20%)に喘鳴の軽減と4人(27%)に発熱の軽減を認めたが,他の症状に軽減はなかった.NHCAPの発症を契機に減量や中止を行った薬剤はなかった.

考察

本報告は予備的な調査であるが,われわれの知るかぎり終末期がん患者に合併したNHCAPの多彩な症状を報告した最初の報告である.

最も重要な本報告の結果は,NHCAPは同時に多彩な身体症状と精神症状を認めたことである.同様の結果は先行研究で良性肺疾患が多彩な身体症状・精神症状を合併することが報告されている.間質性肺炎では呼吸器症状以外に,脱力感,焦燥感,全体的なつらさ,負担感などの身体症状および精神症状の合併を認めた8,9).また慢性閉塞性肺疾患においても倦怠感,口渇,不安,浮遊感,焦燥感,疼痛,頻尿1012)と多彩な症状が報告されている13).本報告で対象としたNHCAPでは疼痛と不眠・発熱の頻度が高かった.NHCAPに伴う症状の頻度はわれわれが知るかぎりまだ報告がないため,NHCAP単独の症状かあるいはがん患者に合併したNHCAPの症状かは比較困難である.肺炎は急性の炎症性疾患であり,炎症に伴う急激な症状変化が合併する症状の種類に影響していたと考えられるが,がん患者特有の特徴から起こる原因として,がん患者は悪液質を合併しやすく,悪液質に伴う呼吸筋の機能低下や筋萎縮による廃用性疼痛が混在していたことから疼痛が増強したことも考えられる.

また本報告では精神症状の合併を認めたが,先行研究では肺炎は過活動せん妄を合併する危険性が高いと報告されている14).本報告では抑うつ,不眠の精神症状の合併は認めたが,過活動せん妄の合併は認めなかった.せん妄は診断が難しく15,16),正確に診断されていない場合も多いことが原因として考えられるが,NHCAPは比較的高齢な患者が多く注意が必要である.NHCAPは頻度が高く,また他の良性肺疾患とは異なる多様な症状を合併するため,症状悪化に伴う患者の負担の増加に気づくことの重要性が示唆される.

次に重要な結果は本報告ではNHCAPに関連した症状の緩和を目的に,オピオイド,グルココルチコイド,抗コリン剤,抗菌薬が投与され症状緩和が得られていた.欧米では高齢者の肺炎の症状緩和に関するガイドラインが作成されており5),オピオイドやグルココルチコイドによる薬物療法が呼吸困難や喘鳴の症状緩和に有用と報告されている.本報告でも過去の報告と一致する薬物療法の効果が認められた.一方でオピオイドは使用せずに経口摂取を中止したことで症状緩和ができた症例もあり,ケアを含めた複合的な関わりが有効であるとも考えられる.グルココルチコイド,ブチルスコポラミン,抗菌薬についても,症状緩和の効果は部分的であり単独投与で症状を改善するものではなく,複合的な対応を検討する必要があると考える.NHCAPを合併した患者の苦痛を適切に評価し,適切な症状緩和の方法を検討することの有用性が示された.

本報告にはいくつかの限界点がある.本報告の調査対象者が単施設で少ない症例数であること,後ろ向き研究であること,対照群がないことである.そのため薬物療法の効果の評価において,自然経過として症状が改善した可能性やプラセボ効果を含んでいる可能性がある.以上の点を考慮しつつ肺炎による多彩な症状の頻度は先行研究に反するものではないこと,薬剤による症状の改善効果が評価されている点で,がん患者のNHCAPの症状評価の必要性を示しているものと思われる.

結論

本報告はNHCAPに合併する症状として,呼吸器症状以外にも,消化器症状や疼痛,精神症状の合併も頻度高く起こることを示した.またがん患者に合併した良性疾患に伴う症状も,薬物療法を含めた複合的な方法で症状緩和が可能であることを認識することが重要と思われる.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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